音痴 自転車で山を上る
おじさんの話はこうだ。
山の別荘の状態を見に行かないといけないが、土日は仕事が入っていていけそうも無い。
簡単なチェックだけでも先にしておいてもらえれば、非常に助かる。というものだった。
『結果はポストに入れておいてもらったらいいよ』
正直めんどくさいと思った幸彦だったが、おじさんは和やかな顔のまま、続けて言った。
『お使いと言っても、きちんとお金は出すよ。四千円でどうだろう?』
行きますと即刻で返事をした幸彦に渡されたのは見てきてほしい家のチェックリストと、少し型式の古いデジタルカメラ、そして鍵の束だった。
『チェックリストの項目を埋めてもらって、判らなかったら写真を撮ってきて。なんなら中にある物で欲しい物が合ったら持っていってもらっても良いよ』
チェックリストには間取りの確認や、湯沸かし器、ブレイカーや、水道管の確認などが書かれている。おじさんが丁寧にやり方を説明してくれたので、何とかなりそうだと幸彦は思っていた。
『ハイキング気分で上ってくると良い。土日は天気がいいようだから』
おじさんのその言葉をきちんと聞いておけば良かったと思う。
ハイキングは自転車で行くものではなかった。
甘かった。
うかつな自分を呪いながら、幸久は山道を自転車を押して歩いていた。
山の道は当然斜面であり、最初は景気よくペダルをこいでいた足は重たい。加えて自転車を押す姿勢は腰にくる。
幸彦の主な交通手段は金の掛からない自転車である。小学校三年の頃からそれは変わっていない。
遠出=自転車の方程式。
学校行事以外でピクニックや、ハイキング等に行ったことの無かった幸彦はただ家から遠いということしか頭になかった。それゆえ家から自転車で飛び出したのだ。
「山が坂道ばかりとは……誤算だった」
ちょっと考えれば想像がついたであろうことを後悔して嘆きながら、幸彦は自転車を押して山道を進む。憎らしいことに今日は天気もよく、風も少ないので、十一月とは思えないほど暑い。
「厚着、してくるんじゃなかったなぁ」
いっそ自転車をどこかに置いていこうかとも思うが、下り坂を走っていくのも楽しそうだし……と序盤は思い、途中からは投げ出すのもちょっとあれかと思い、今現在は半ばやけになっている。
背中に背負ったリュックには、今朝に幸彦自身がご機嫌で作ったジャンボおにぎりと水筒。仕事に必要な荷物が入っている。それがどうにも重たかった。
いいや、いかん。これでは苦行だ。何か楽しいことをしよう!
しばし考えて、幸彦は歌を歌うことにした。楽しげで、ポップなチョイスを頭に思い浮かべる。狙うはやはり児童音楽だろう。
「§@?*∃♨♪ Å$∃√♨♫」
幸彦の声から奇声が流れた。
楽しげでも、ホップでもない。むしろ人々の不安をかき立て、地獄の彼方から悪魔がわき出しそうな音が立て続けに出ているだけだ。
不調和音同士が最終戦争を起こしたような、聞く者に呪詛的な不安を植え付けるようなその声に、秋の収穫を喜んでいた鳥達が悲鳴を上げて飛び立っていった。
ぎゃーぎゃーぎゃー。
「…………」
鳥が飛び交う空を見上げて、幸彦は口を紡いだ。空の上では鳥達が未だに悲鳴を上げている。
幸彦には壊滅的な欠陥が合った。
音痴である。
それも並大抵の音痴ではない。歌の下手な人間を集めて音痴大会を開けば、ナンバーワンに、いや世界でもとびきりの音痴だ。
幼稚園から数えて、高校の今まで合唱コンクールで口パクで歌えと指導されなかった日は無く、中学生の時の音楽の先生からは手の出しようが無いと、泣きながら謝られたことがあるほど音痴だ。
リアルジャイアン。下手すぎて笑えない。逆にすごい。ほら、人には向き不向きがあるから。
幸彦の歌を聴いた人間はそのような感想を漏らす……幸彦にはどうしようもないものが、歌であった。
なおそうと思ったことももちろんある。だが、悲しいかな……それは努力ではどうにもならないことのカテゴリーであった。むしろ肺活量が上がって被害が増えた。幸彦自身も長く歌うと自分の歌で気分が悪くなるのだ。どうしようもなかった。
音楽関係に勤めている叔母など、あまりの下手さに発狂したほどだ。
あの時の叔母の顔を思い出すたびに、幸彦の気分は目に見えて下がるのだ。
「やばいやばいやばい。テンションがヤバい。ふとんに入って寝たくなってきた」
自転車を押しながら、幸彦はだだ下がりしたテンションを盛り上げる為に、ポケットから音楽端末を取り出す。
パソコンから音楽を取り込んで再生できる憎いやつだ。コードレスのイヤホンを耳に指し、電源を入れる。流れ出す音楽はホップで、明るい。
明日の未来を夢見て、辛い今をがんばって。幸せになるために。明けない夜は無いのだから。
軽快なリズムで始まるその曲を聞きながら、幸彦は坂道で自転車を押し始める。
安っぽくて、それでいて望ましい。希望にあふれた歌詞を歌うのは人ではない。ややたどたどしい歌い方をしているのは合成音声だ。
何を隠そう、この歌の作詞、作曲は幸彦である。
音痴であることを自覚している幸彦は親、兄弟、教師、クラスメイト等々から心無いことを言われるのには慣れていた。傷つかない訳ではなかったけれど。
しかし、納得の出来ないことも合った。それは歌の……下手すると音楽の善し悪しが判らないのではないかと言われることだった。
「この歌、良いね」
幸彦がそのように発言した場合の多くが「音痴のお前に歌の善し悪しが分かるのか?」という態度を出すのである。
それくらい俺にだって判るんじゃぁ!!
そういくら幸彦が大声で意見しても無駄である。なにせ、幸彦は音痴である。音楽の善し悪しが分かるなら、お前の歌をなんとかしてみせろと言われるとどうにもならないのだ。どうにかなるなら、どうにかしているのだ。
どうにもならないから、音痴なんじゃないか!
そんな訳で、幸彦は悔し涙で夜な夜なベッドのシーツを濡らしていた。
そんな折、ひょんなことからネットで合成音声に歌を歌わせる音楽ジャンル……ボーカルシンセサイザーと言うジャンルがあると知り、幸彦はこれに賭けた。
音痴であることは幸彦にとっては最大のコンプレックだった。
だがしかし、歌うのがコンピューターであればーー歌うのは自分ではないのだからーーイケるはずだ。と幸彦は思った。自分は音痴だが、音楽の善し悪しは判るのだという自負の念が幸彦には合った。
そんなことを思ったのが中学二年生の夏休み。そこからせっせせっせと、数多くのゴミデータを積み上げながら、作曲を続けること数十曲。
最近ではそこそこの曲が出来上がり、動画投稿サイトでも好意的な評価とかなりの閲覧数を得られている。
初めて閲覧数が十万を超えたときなど、幸彦は飛び上がって喜び。思わず家を飛び出し、夜の誰もいない公園で「俺は音楽の善し悪しが判る人間だ!」と叫んだ。
そんな訳で、幸彦が今聴いている音楽は彼にとってただの軽快な曲ではない。勝利の証であり、自信や勇気を取り戻すには一番の特効薬だった。
「よぉし、いってやるぜ!!」
もりあがってきたテンションに合わせて、幸彦は歩幅も大きく西油山の斜面を登ってゆく。




