166.見えているもの
本日三話目です
「……それであんたは、ここからどうするつもりっすか?」
臨戦態勢を取ったまま、ヘイルートは問いを投げかけた。
つい、クロードの化け物っぷりに気圧されてしまったが、言ってみればそれだけだった。
(いくら頭の出来が良かろうが、どうにもならないことはあるもんだ。近くに仲間がいるとか、何かオレに対して逆転の手があるなら、さっきオレが驚いて、一瞬とはいえ隙が出来た時に仕掛けてきたはずっすからね)
依然として、クロードは追い詰められたままだ。
「あとは俺の魔力が尽きるまで、攻撃を続けて削っていけばそれで終わりだから、だろう?」
「……人の考えていることを推測して口にするの、やめてもらえませんかね?」
「当たってるだろ?」
「だからこそ嫌なんすよ」
軽口を叩きつつも、ヘイルートは慎重に周囲を観察した。
(よし、いけるな)
伏兵の気配は無い。
ここは町はずれにある、滅多に人が通らない道だ。
道の両脇にはまばらな廃屋や、木々が立っているだけ。
近距離であれば、廃屋の中や木の幹の後ろに人間が隠れていたとしても、ヘイルートの熱と魔力を見る瞳は誤魔化せなかった。
ざっと見た限り、近くに他の人間はいないようだ。
未発の遅延術式も見当たらないし、今のクロードの魔力残量なら、一発逆転の目がある高位術式を使われる恐れも無さそうだ。
クロードはもう詰んでいる――――
「なんて確信を持ってしまうのは、まだ早いんじゃないかな?」
「強がり、ただの虚勢で……」
ヘイルートは耳を澄ました。
今、何かが聞こえた気がする。
足元からだ。
気が付くと同時、地面が猛烈に震えだした。
「なっ……⁉」
慌てて背後へと飛びのくヘイルート。
後退する足元を追うように、地面に亀裂が広がっていく。
亀裂は瞬く間に深まり、大地が割れ砕けていった。
耳がおかしくなりそうな轟音。
おさまった時には、つい先ほどまでヘイルートがいた場所は、大規模な地割れを起こしぐちゃぐちゃになっていた。
地面はあちこちで不規則に傾斜し、亀裂からは泥が吹き出している。
まともに立つことさえ難しそうな惨状だ。
「まさかこれは……」
「このあたり一帯は、昔沼地だったんだよ」
能天気気な声が聞こえる。
地割れの向こう、ヘイルートとは反対側に避難したクロードだった。
追い詰めていたはずが、距離を稼がれてしまっている。
「町を広げようと沼を埋めてみたものの、雨が降るとあっという間にぬかるんでしまったんだ。大雨が続いた時には、上に立てた家が傾いて、緩んだ地面に沈みこんでしまうこともあったみたいでね。まともに住めた土地じゃないって、今じゃ誰も寄り付かなくなったんだよ」
教師のように、あるいは年下の兄弟に説明するように、クロードがつらつらと語っていた。
「あんたは、ここが地盤が不安定な土地だと知っていてんすね」
わかっていて利用したということだ。
土槍や落とし穴を連発することで地盤に衝撃を加え、地割れを誘発したらしかった。
ヘイルートが直前で異変に気が付き飛びのいたため、怪我は地割れの衝撃で飛んできた石つぶてが数個当たった程度だが、一歩間違えれば大怪我をしていたはずだ。
今度こそ本気で肝が冷える。
クロードの魔術を捌ききっていたつもりが、本命は地割れだったのだ。
ヘイルートが熱と魔力を見ることができるように。
クロードの目には先の先まで、未来が見えているも同然だ。ただの予測でしかないとはいえ、ここまでくると予知と大差ない気がした。
「驚いたかい? 君はなまじ見えすぎるからこそ、油断してた部分があるんだろうね」
「……どういうことっすか?」
「魔力の動き、それに熱の高低もかな? 君には見えているんだろう?」
「っ!」
一瞬頬が引きつり、ヘイルートは失敗を悟った。
これでは、クロードの推測が当たっていると言うも同然の反応だ。
(くそっ、落ち着け。少数だが、オレの瞳の秘密を知っている人間はいる。どこからバレた? どうやってたどり着いた? それとももしかして、この戦闘でのオレの様子から、秘密に勘づいちまったのか? そんなまさか、でもこいつならあるいは……)
どちらにしろ、クロードの脅威度が跳ね上がるのは間違いない。
冷や汗を感じながら、ヘイルートは全力で思考を回した。
魔力の動きが見えてしまえば、たいていの魔術師はただのカモだ。
遠距離から不意打ちで高位術式を叩きこまれでもしない限り、ヘイルートが遅れることはまずない。
いわばヘイルートは、魔術師の天敵だった。
なのにクロードに対しては、決定打を与えることができていない。
相性で優っており、身体能力もヘイルートが数段格上。
圧倒的に有利なはずなのに勝ち切れない、厄介極まりない相手だった。
(どうする? 負けるとは思わないが、あいつを戦闘不能に追い込んだとしても、それなりにこっちも、痛い目にあうかもしれないな)
引くべきか、痛みを覚悟して戦闘を続けるべきか。
悩むヘイルートに、クロードがへらりと笑いかけた。
「お互い、痛い思いをするのは嫌だろう? 荒事は嫌いなんだ。読み終わったら本を渡すから、それで手打ちにしてくれないかな? 少しだけ待っていてくれ」
言うとクロードは懐から争いの元凶の本を取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。
ページが次々にめくられ、しばし無言の時が流れる。
(……これ、まさか、本気で中身を読んでるわけじゃないっすよね?)
ただの読むふり、時間稼ぎか何かだろうと思うものの、なんせクロードは化け物だった。
もしかしたらごく短時間で、一冊を読み終えてしまうのかもしれない。
「……うん、お待たせ。もういいよ。この本は渡すから、俺のことは見逃してくれ。君にとっても、悪い条件じゃあないだろう?」
「言葉だけで信用できるとでも? 本気で提案しているなら、まずは本をこちらへ投げ渡してくれ」
「それはお断りだね」
クロードの返答に、ヘイルートは目を細めた。
提案は口から出まかせ、やはり時間稼ぎの一環でしかなかったようだ。
「いや、違う違う。本当に君に本を渡すつもりだよ」
「……ふざけてるんすか?」
「本気だよ。でも、本を投げるなんてできないだろう? 読書家の一人として、本を粗末に扱うのは許せないんだ。君が欲しがってる本はここに置いておくから、手に取って確認してくれ」
クロードがかがみ、本をそっと置いている。
土で汚れないよう、下にはハンカチを敷いたようだ。
(ご丁寧なこって。読書が好きなのは本当なのかもな)
本を手放し、クロードは後退していく。
ヘイルートは慎重に、本へと近づいていった。
遅延術式など、罠が仕掛けられていないか確認しておく。
本の下敷きになったハンカチも、ごくありふれたもののようだった。
クロードの動きに気を配りつつも、求めていた本を手に取る。
こちらにも罠の類はないように見えるが、ヘイルートは内心眉をしかめた。
(本体と装丁の隙間が広げられている……。これはあいつやっぱり、一度紙片を出して読んでから戻したってことっすね)
古書店から後をつけていたが、クロードが角を曲がった直後などに、短時間とは言え直接姿を見ていない時があった。
その隙に手早く、紙片を取り出し中身を覚えてしまったに違いない。
(まぁ今更、それについてぐだぐだ考えても仕方ないっすね)
紙片をクロードに読まれてしまったのは、すっぱり諦めることにしよう。
ヘイルートは紙片を書いた本人を既に捕まえている。『お話し』した際に、本人が書いた他の紙類も手に入れていた。
今入手した紙片についても、後でじっくりと筆跡を見比べれば、本物なのかクロードが仕込んだ偽物なのか判別できるはずだ。
本を手に考えるヘイルートだったが、そのまま無言で足を動かし、素早く右に体をずらした。
風切り音と共に、氷の礫がすぐ左を飛んでいく。
下手人はクロードではない。
少し離れた廃屋や木の陰にあるいくつかの熱の塊、隠れている人間によるものだ。
『お話し』をした間諜二人の言葉や態度の節々から、他にも潜んでいる間諜がいると推測はできていた。
今や彼らはヘイルートらに対して、包囲網を敷きつつあるようだ。
「紙片を取り返しに来たのかな? すいぶんと仕事熱心みたいだね」
「……あんた、オレをはめましたね? どこから企んでたんすか?」
平然と嘯くクロードに対し、ヘイルートの目はすわっていた。
クロードが撒いた目くらましの煙は狼煙であり、目印でもあったらしい。
人通りのまばらな町はずれとはいえ、煙に加えて地割れまで起こせば、目ざとい者は注意を払うはずだ。
潜伏していた間諜らも気が付き、密かに遠巻きに様子を伺っていたに違いない。
ヘイルートの瞳は優秀だが、クロードとのやり取りの間はどうしても、周りへの注意力は落ちてしまっていた。
間諜らはその隙に乗じ身を潜め観察し、ヘイルートが仲間を捕えた張本人であることと、そして紙片入りの本を手に入れたことを知ってしまった。
ヘイルートは今、クロードとの戦闘と駆け引きで、少なからず消耗している。
弱ったヘイルートを叩き本と紙片を奪い返そうと、間諜らは監視から実力行使に切り替えることにしたようだ。じりじりと、襲撃を駆ける機会をうかがっていた。
「あんたがあっさり紙片入りの本を手放したのは、あいつらの狙いをオレに集中させるためっすね?」
「俺は読み終わった本を、欲しがっている君へ渡しただけだよ」
笑顔でのたまうクロード。
実に腹立たしい返答だった。
クロードはおそらく、間諜らとヘイルートがやりあう間に逃げおおせるつもりだ。
あわよくば双方で潰しあって、全滅してくれと期待していそうだった。
「さっきも言った通り、俺は荒事が嫌いなんだ。怠惰な性格でね。家に帰ってだらだらしてるから、あとは君たちで存分にやるといいよ」
「……後悔してもしらないっすよ?」
ヘイルートは本へと視線を向けた。
このままではクロードの勝ち逃げも同然だ。
やられっぱなしで腹が立つため、駄目もとで脅すことにした。
「あいにくオレは、あんたみたいに本好きじゃないっすからね。間諜どもの襲撃を切り抜けるために、この本を投げつけたり盾にしたりしてぼろぼろにしても、オレの心は痛みませんよ」
クロードに見せつけるように、ヘイルートは本を掲げた。
「それに、あんただってわかってるはずです。俺一人に間諜どもを押し付けたんじゃ、何人か取り逃すかもしれないっす。逃げ延びた間諜からは、間違いなくあんたについての情報も広がるはずだ。めんどくさいことになりそうでお気の毒です」
ヘイルートの言葉は、同情に見せかけた脅迫だった。
このままクロードが一人勝ち逃げを決め込もうとするのだとしたら。
間諜らを全滅させず一、二人見逃し、クロードの情報を広げさせることで、今後の彼の活動を妨害してもらうつもりだ。
もちろんその場合、ヘイルートの情報も同時に拡散してしまうが、化け物じみたクロードの行動を今後制限できることを考えれば、そう悪くない選択であるはずだった。
「君、結構いい性格してるよね」
「あんたほどじゃないっすよ。……で、どうするんですか? ほらほら、早くしないと間諜どもが飛び掛かってきて、本が紙くずになっちゃいますよ?」
本を揺らしながら返答を迫ると、クロードが頭をかき苦笑を浮かべた。
「仕方ないな。本の安全を盾に取られたら敵わないよ。この場は協力して、間諜達を返り討ちにしていこうか」
交渉成立だ。
ひとまず二人は休戦し、間諜への対処にあたることになったのだった。




