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165.出会いは書店にて


「よぉ、兄さん。さっき古書店で買ったその本、オレに譲ってくれないっすか?」 


 二年ほど前、ヴォルフヴァルト王国のとある町にて。

 小いさな本を手に、町はずれの寂れた道を歩く青年を、ヘイルートは呼び止めていた。


「その本、ずっと探してたんですよね。お兄さんが買った時の値段の倍出しますから、オレに譲ってもらえないっすか?」

「奇遇だね。俺もこの本を探してて、ようやく今日見つけたところだよ」


 緩く笑った青年――クロードは足を止めつつも振り返ることなく、顔だけを向けて答えた。

 警戒心や怯えは見られなかったが、本を譲ってくれる気も無さそうな様子だ。


(さて、どうするっすかね……)


 ヘイルートが求めているのは本そのものではなく、革張りの装丁と本の本体との隙間に封入された紙片だった。


 他の国と同じように、ヴォルフヴァルト王国内にも、各国の間諜や協力者たちが何人も身を潜めている。

 その中の一国は、間諜同士の情報のやり取りに書物を利用していた。


 何食わぬ顔で古書店に本を売り払い、数日後に仲間が購入し回収。

あらかじめ、所定の古書店にその本があったら購入するように、と打ち合わせておけば、顔を合わせなくてもやり取りが成立する形だ。


 多少時間はかかるが、直接会って情報交換をするよりも安全で、やり取りにヘイルートが気が付いたのもほんのささいな偶然だった。


この幸運を逃すまいと、慎重に調査を進め間諜の身元を洗い出し、やり取りをしていた二人を捕らえることに成功。

『お話し』した結果、よい関係を築くことができた。


彼らから得た情報を元に、古書店から秘密情報入りの本を回収しようとしたところで。

突如現われたのがクロードだった。


ここしばらく古書店に通い客に注意を向けていたヘイルートだったが、クロードを見かけたのは初めてだった。

ふらりとやってきたクロードは何冊か本を見ると、紙片入りの本を選び購入してしまった。


偶然か、はたまた彼もまた、別の勢力に属する間諜か何かなのか。


図りかねたまま、ヘイルートはクロードの後をつけていた。

町の中心部から離れ人気が無くなったため、声をかけ反応を伺うことにしたのだ。


「その本、そんなに欲しかったんすか?」

「読み応えがありそうだからね」


 黒い手袋に包まれた手で、クロードが本の表紙を撫でている。

ゆるい笑いのまま、本を懐へとしまいこんでしまった。


「ちょっとだけ、一日だけでも貸してもらえませんか? 元値の三倍までは出せますよ」

「読みたい時に読みたい本を読む。これ以上の贅沢は無いだろう? 俺が読み終えるまで、君は待っていてくれ」


 会話を打ち切り、歩みを再開するクロード。


が、次の瞬間、


「危ないなぁ」


 ひょいと頭を斜めに傾けていた。


「君、画家だろう? 商売道具を粗末に扱うのは感心しないよ」


 文句を言うクロードの向こう側、ほんの数秒前まで頭があった場所の延長線上にある木の幹に、黒い塊が当たり跳ね返っていた。


 小指の長さほどの木炭。ヘイルートが持ち歩いている画材の一つだった。


(確定っすね、やっぱ、オレのご同業者ですか)


 おそらくはそれなりの手練れだ。

 不意打ちを避け動揺した様子もない以上、一般人の線は完全に消えていた。


(オレの表の顔が画家だと知ってるみたいですし、もしや前から目を付けられてたんすかね?)


 あるいはただの当て推量かもしれないが、それならそれで、勘が鋭く侮れなかった。

 相手が同業者だと確定したなら、実力行使に抵抗はない。

ヘイルートは隠し持っていたナイフを握り、クロードに向け投擲した。


「わっ、ととっ、物騒なのはやめて欲しいんだけどな」


 言葉だけは気弱に、クロードはあっさりとナイフを躱していく。


 ヘイルートは目を細めた。

 胸へと投げたナイフが避けられるまでは予想内だが、同時に投げつけたもう一本、足狙いの本命が避けられるとは思わなかったのだ。


(いつもなら、胸狙いのナイフに気を取られた相手の、足を潰して終わりなんですがね)


 ヘイルートは蛇の聖獣の先祖返りだ。身体能力は卓越しており、優れた獣人でもなければ、白兵戦では勝負にならないはずだ。


 なのにクロードは、一度ならず二度もヘイルートの攻撃を躱している。


 これは思ったより手ごわい相手かもしれない。


 どう攻めるか考える一瞬の隙に、クロードは勢いよく走りだした。


(逃がしてたまるか!)


 思考と同時に攻撃を実行。

 宙を切りナイフが飛ぶが、クロードの肩をかするだけに終わった。


 追撃のナイフを投げようとし、ヘイルートは直前で目標を変更。

 寸分狂わず、クロードが投げつけてきた物体を打ち落とした。


「目くらましっ⁉」


 砕けた物体から、猛烈な勢いで煙が広がっていく。

 追い打ちをかけるように土煙が発生。クロードの魔術によるものだった。


 煙玉と土煙。

 二重の煙で視界を奪い、その間にクロードは逃げるつもりだ。


(足止めもばっちりっすか)


 追うヘイルートの前方。

 地面が槍のごとく次々と、細く鋭く盛り上がった。

 地系統の術式の一つ『土くれの槍』、通称土槍による攻撃だ。


「当たりません、よっと」


 串刺しにしようと迫る土槍を、ヘイルートは軽く避けていった。


 一本二本三本――――。

 全て余裕をもって躱した。

 進む先にクロードの次の一手、魔術による落とし穴が口を開けるが、勢いよく地面を蹴り跳んで危なげなく回避に成功。

 魔術による波状攻撃は、ヘイルートにかすり傷一つつけることができなかった。


(『見えている』攻撃なら、避けれて当たり前っすからね)


 着地したヘイルートの瞳が金色に、縦長の瞳孔へと変わっていた。

 蛇の先祖返りの特性の一つ、人ならざる視覚の発動の証だ。


 金の瞳が映す視界は、熱と魔力の位置と動きをヘイルートに教えてくれた。

 生きた人間は熱の塊であり、魔術の発動時には必ず魔力が動くものだ。

 煙ではヘイルートのめくらましにならず、はっきりとクロードのいる場所や、魔術の発動場所が見えていた。


 今だって右斜め前方、十数歩ほどの距離を走るクロードの体温を補足している。


 煙で視界を奪い、その間に逃走と足止めをしようとしたクロードの企みは無意味であり、ヘイルート相手では悪手でしかなかった。


 迫りくる土槍を躱し、落とし穴を飛び越えクロードのすぐ横へ着地するヘイルート。

 勢いのまま体を捻り、回し蹴りを叩きこんだ。


「ぐっ⁉」

 

 鈍い悲鳴と共に、クロードが大きく吹き飛ぶ。


(ちっ、浅かったか!)


 蹴りが当たる寸前、クロードは自ら反対方向へと跳んでいた。

 派手に吹き飛んだのは見た目だけ。致命打には遠いはずだ。


 クロードが体勢を立て直す前に追撃を、と走るヘイルートだったが、追いつく直前で方向転換、素早く右へと曲がった。


 直後、地面が抜けるように陥没。

 ヘイルートが踏むはずだった場所に落とし穴が口をあけていた。


(少しヒヤッとしたけど、おかげで相手のやり口や強みはだいたいわかったっすね)


 魔術には詠唱直後ではなく、決まった時間の後に発動させる方法もあった。

 遅延術式と呼ばれるやり方で、実戦においては罠の一種として使われている。

 相手の行動を予測しあらかじめ遅延魔術を仕掛けておくことで、不意を打つことが可能だ。


(まぁ、オレの瞳には通用しませんけどね)


 遅延術式が厄介な理由は、どこに魔術が仕掛けられたかがわからないことだ。

 その点、魔力を見る瞳を持つヘイルートにとっては、まるで脅威にならなかった。

 丸見えの罠は無力でしかない。


 クロードの強み、一番の武器はおそらく、相手の行動を予測する戦術眼にある。

 ヘイルートの蹴りで吹き飛んだのもおそらく策のうち。

 とどめを刺そうと追いすがってきたところを、遅延魔術で仕留めるつもりだったのだ。


 通常であればそれで決着だが、あいにくヘイルートの瞳は特別だ。 


 周りを見渡し、ばら撒かれた遅延術式の位置を確認。

 魔術のことごとくを回避し、攻勢へと転じていった。


「そらよっと!」

「危なっ!」


 クロードの腕に一筋、切れ込みが入り赤い血が舞った。

 

 ナイフによる斬撃に投擲、蹴りに殴打、足払い。

 一方的に攻めたてるも、ヘイルートはかすかな違和感を覚えた。


(向こうの魔術はかすりもせず、反対に俺の攻撃は当たっていますが……)


 毎回寸でのところで、直撃は避けられてしまっている。

 それでもヘイルートの優位は揺らがないはずだが、何かが引っかかっていた。


(気持ち悪いっすね。魔力の残量的にも、追い詰められているのはあちらで間違いないはずなんですが……)


 ヘイルートの瞳は対象の魔力量や魔力の性質についても、ある程度識別が可能だ。

 クロードの魔力量は魔術師として平均以上だが、特別高いということはなく上の下、もしくは中の上程度でしかなかった。

 魔術の連発により既に量は当初の半分以下。おおよそ三割強といったところだ。


 このまま戦闘が続けば、じきに魔力が底をつくはず。


 どう考えても、ヘイルートの勝ち以外ありえなかったが……。


 クロードの腹を狙った投げナイフが、脇腹を浅く切り裂いただけだったのを見て、にわかにヘイルートは戦慄を覚えた。


(ちょっと待て。おかしい。そもそもあいつがあんなにも、オレの攻撃を捌けるはずがないだろ!)


 魔術と煙玉から生まれた煙はだいぶ薄れたとはいえ、まだあたりをぼんやりと漂っている。

 クロードの視界は良好とは言えないはずだ。


 にも拘らず、身体能力の高いヘイルートの攻撃に、ギリギリとはいえ対処してしまっている。


 考えてみれば最初からおかしかった。

 

 煙がまだ立ち込めていた時にも、クロードはヘイルートの攻撃に的確に反応している。

 遅延術式まで使いこなしていた。

 まるではっきりと、ヘイルートの動きが見えているような対応だ。


(煙の中でオレが問題なく動けたのは熱と魔力が見えるおかげで、周りの地形や人間の動きを把握できるからだけど……。あいつに同じことは不可能なはずだ)


 ならばなぜ、特殊な瞳を持つヘイルートと同じように動けているのか。


 答えはおそらく、クロードは全てわかっているからだ。


 視界が煙で塞がれる前に、周囲の地形や状況を細部に至るまで正確に記憶しておき。

 その状況から、ヘイルートがどう動くかまで全て予測できていたからこそ、煙の中でも対処できていたのだ。


(頭の回転の早い、勘が良い人間だとは思ってましたが……)

 

 そんな生易しいものではなかった。

 ヘイルートの推測が当たっているとしたらまるでクロードは、


「化け物だな」


 告げられた言葉に、ヘイルートは瞳を見開いた。


 クロードだ。

 

 ヘイルートの心の声をそっくりそのまま、クロードが口にしていた。


「ははは……」

 

 もう笑うしかなかった。

 こうも正確に思考内容を当ててきた以上、今までのヘイルートの行動もほぼ全ても、予測されていたと考えるのが自然だった。


(世の中、とんでもない人間がいるもんっすね……)


 極めて特殊な瞳を持つヘイルートだったが、クロードもなかなかにかっ飛んでいる。


 ヘイルートは乾いた笑いを漏らし、しかし今はそんなクロードと敵対しているのだと、気を引き締めてナイフをひたと構えたのだった。


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