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164.コタツで酒盛りを


「こんにちはレティーシア様。今日もお邪魔しますね」


ヘイルートさんが片手をあげている。

画家のヘイルートさんはクロードお兄様の友達でもある。

私の料理も気に入ってくれていて、お兄様の住まいを私が訪ねた時には、よく一緒に食事をしていた。


「今日はキノコとベーコンを炒めたものと、揚げ物を持ってきたわ」

「お、どんな揚げ物ですか?」


 わくわくとするヘイルートさん。

 揚げ物作りの試行錯誤に付き合ってもらって以来、ヘイルートさんは大の揚げ物好きになっていた。

 感謝を込め味の感想を聞くため、いくつもの揚げ物を食べてもらっている。


「これです。イモを切って揚げて、糖蜜と絡めたものよ」


 使ったイモは名前こそ違ったけど、味も見た目もほぼサツマイモだ。

 あく抜きをしたイモを低温の油で揚げ、砂糖と水を煮詰めた糖蜜を絡めた、いわゆる大学芋だ。


「表面がツヤツヤ輝いて綺麗っすね」


 フォークに突き刺した大学芋を、ヘイルートさんがじっと見ている。

 画家であるヘイルートさんの目は信用できる。

 この反応なら、他の人に出しても受けが期待できそうだ。


「甘い……。揚げ物には甘いのもあるんすね」


 言葉を切り、もぐもぐと咀嚼するヘイルートさん。

 二つ三つと、一口大の大学芋を次々に食べていった。


「トンカツやチーズ揚げも美味しかったけど、今日のも癖になりそうっすね。カリっと香ばしい表面と、中身のこってりとした甘さ。表面にまぶされたゴマもいい味出してますね」

「ふふ、気に入ってもらえてよかったです」


 相槌を打ちつつ、私も大学芋を食べていった。

 寒い冬には、ほくほくとしたサツマイモが嬉しい。

 

 足にはコタツ、口と胃には大学芋。

 体の内側も外側も温かく、じんわりと心までほぐれそうだ。

 お兄様達より一足早く満腹になりくつろいでいると、腰のあたりに何かが当たった。


「にゃにゃっ!」


 みーちゃんだ。

 二本足で立ち両手いっぱいにミカンを抱え、頭をこちらに押しつけアピールしている。


「コタツから出ると少し寒いわね」


 名残惜しくもコタツから離れ、みーちゃんと外へと向かう。

 お兄様の借りているこの建物の裏手には、極小さいながらも庭が設けられている。

 まだ雪に埋もれた地面には一枚、木の板が突き立てられている。


「――――風刃」


 私の手から放たれた風の魔術により、硬くなった雪が切り崩される。

 続いて風の魔術で雪をまとめて横にどけると、半透明の氷の塊が顔を出した。


「うにゃにゃっ!」


 みーちゃんが興奮し、ぶんぶんゆらゆらと尻尾の先端を揺らしていた。

 氷の中には数個のミカンが入っている。見たまんま、冷凍ミカンだった。


「あとは氷を割って、っと」


 氷の塊は、私の魔術でミカンごと水を固めたものだった。

 今の季節、雪の中に埋めておくだけでも、冷凍ミカンを作ることは可能だ。


 けれどそれでは、味がぼんやりと薄くなってしまった。

 冷凍の速度が緩やかかつ安定せず、時間がかかったからかもしれない。


 そんな時は魔術の出番だ。


 軽く洗い水気を拭ったミカンを一度凍らせ、その後一度取り出し水にくぐらせもう一度氷に閉じ込め凍らせる。

 二度凍らせることで、ミカンの皮の表面に二重の氷の膜ができ、うま味が抜けるのが防げるらしい。

 前世ではそういう仕組みだったはずだ。


 冷凍ミカンは他にも、熱伝導の良い金属のバットに乗せ凍らせる方法なども試しているけど、今のところは魔術を活用し氷の中に閉じ込めるのが、一番おいしく仕上がっていた。


 前に来た時埋めたミカンを氷ごと発掘し、新たに冷凍ミカンを仕込んでいく。

 クロードお兄様も魔術は使えるけど、得意なのは地系統の魔術で、水系統は魔力効率が悪くあまり連発はできなかった。

 そのため私がここにくるたび、みーちゃんに冷凍ミカン作りをせがまれるのが恒例だ。


 ルシアンが持ってきてくれた桶にミカンを入れ、ちょうど水の真ん中あたりにくるよう桶を揺する。

 タイミングよく魔術を使い水ごと凍らせ雪の上へ置いておく。

 ミカンの中まで冷やすにはしばらく時間がかかるので、それまでは室内でだらだらしよう。


 発掘した方の氷を魔術で割りミカンを取り出すと、みーちゃんと共にコタツのある部屋へと戻った。


「酒臭い……」


 少し離れている間に、部屋は酒盛りの場になっていた。

 コタツの周りには、既に何本もの酒瓶が並んでいる。

 陽気にお酒を飲み干したヘイルートさんか、次の酒瓶を掴み掲げた。


「レティーシア様も一緒に飲み比べしますか?」

「やめておくわ。酔い潰れたら困るもの、私は私のペーすで楽しむわ」


 苦笑しつつコタツへと入った、

 クロードお兄様もヘイルートさんも、かなりお酒に強い体質だ。

 私もこの国では飲酒可能な年齢だけど、二人に合わせていては二日酔いになる未来しか見えなかった。


「レティーシア様はどうぞこちらを」 

「ありがとう。もらうわね」


 ルシアンが差し出してくれたグラスを受け取る。離宮から持ってきた赤ワインだった。

 赤ワイン、料理に使ってもいいけど、飲んでもやっぱり美味しいよね。


 種類としてはミディアムボディの、果実の味と酸味渋味が豊かに溶け合った味わいだ。

 赤ワインの中でも料理と合わせやすいと言われている通り、つまみにしたキノコのガーリックサラダとも引き立てあっている。


「おーいしーい~~~~」


 お気に入りのワインに美味しいおつまみ、ぬくぬくとしたコタツに、気心の知れたクロードお兄様達との会話。


 離宮での毎日も楽しいけど、肩の力を抜ききった宅飲みもいいよね。

 キノコおいしいし、お芋もいいしこれを作った私はとってもえらい。

 みーちゃんも可愛くてえらいえらい。


 冷凍ミカンを天板の上に積んで、ちょいちょいと手を出しては、

『つめたっ!』

 と肉球を引っ込めている。おもしろかわいい。


 冷凍ミカンは氷から出してしばらくしたら食べごろだ。

 今の室温なら、だいたい三十分後くらいかな?


 待っている時間も食事の一部、待てば待つ程、期待と楽しみが膨らむよね。

 私も後で一、二個わけてもらおう。


 ほんのりふわふわしながら、ほろ酔いでグラスを傾ける。

 私が一杯飲む間に、ヘイルートさんは瓶を一本空けていた。


 酒飲みすごいな早いなぁ。

 クロードお兄様も楽しそうだ。

 生まれた国も身分も違う二人だけど、仲良くお酒を飲み交わしていた。


「そういえば二人は……」

「何だい?」

「どうしたんすか?」


 私の呟きに、耳ざとく二人がのってきた。

 だいぶ飲んでいるけど、まだまだ意識ははっきりとしているらしい。


「ヘイルートさんは、この国でクロードお兄様と出会ったんですよね? どんなきっかけで友人になったんですか?」


 前から気になっていたことを聞いてみる。

 性格の相性は良いようだけど、そもそもどうやって知り合ったんだろう?

 ヘイルートさんは手元のお酒を飲み干すと、


「酒場で一緒に飲んだからです」


 納得の答えを返してくれた。

 やはり酒飲みらしく、酒場で盛り上がり仲良くなったらしい。


「その時はお互いに最初、一人で飲んでたんですか?」

「そんなところっす。近くにいたクロード様にオレが声をかけて、その日のうちに意気投合して、今もこうして一緒に飲んでる感じですね」

「へぇ~~。そうだったんですね」


 ヘイルートさんの話を聞きつつ、持ってきたローストビーフをつまんだ。

 こっちもワインに合うね。

 うまうまと口を動かしながら、ワインを飲んでいったのだった。



◇ ◇ ◇



「ヘイルートさんは、この国でクロードお兄様と出会ったんですよね? どんなきっかけで友人になったんですか?」


 レティーシアから向けられた問いかけに対して。

 酒場でクロード様と酒盛りをして仲良くなりました、と。

 ヘイルートはすらすらと答えを返してやった。


(嘘はついてないし、疑われてる気配もなさそうっすね)


 レティーシアは上機嫌で料理をつついている。

 リラックスした様子で、ヘイルートに対してもそれなりに、心を許しているようだ。


(俺の正体には気が付いていない? それとも勘づいた上で知らないふフリで黙っている? ……読み切れませんが、とりあえず今のところは、いい関係を築けてそうっすね)


 ヘイルートはレティーシアに好感を持っていた。

 王妃として魔術師としてての有能さは疑うべくもなく、気さくで優しい、それでいて時折あっと驚くようなことをする人柄も好ましく思っている。


 しかし、ヘイルートは画家であると同時に、ライオルベルン王国の王太子に忠誠を誓い働く間諜だった。

 任務では時に、直接間接問わず血を流し犠牲を出すこともある。


 そんなヘイルートだが、レティーシアとは敵対したくないのが本音だ。

 敵に回せば苦戦は間違いないし、打算と感情両面で、できる限り避けたかった。


(レティーシア様の敵になったら、グレンリード陛下達何人ものやっかいな相手から狙われそうですしね……)


 内心苦笑しつつ、ヘイルートは正面を見た。

 コタツの体面に座るクロードは、そんなやっかいな相手の一人になるはずだ。

 クロードと出会った日のことを、ヘイルートは酒を舐めつつ思い出していた。


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