118.研究にはお金が必要です
「――――ここの魔術基盤に触媒への直通回路を刻むことで、変換効率の上昇と安定性を同時に達成することができるはずだ」
すらすらと淀みなく、リディウスさんが紋章具について語りかけてくる。
早口でかなり情報量が多いが、どうにかかみ砕き理解して、私なりの意見を返してみた。
「えっと、でしたらその開発中の紋章具の第二魔術基盤の方の触媒を、月長石から水銀の粉に変更して、第三魔術基盤へ導線をひいたらどうでしょうか?」
「第三魔術基盤への導線を……? いや待てそうか、ならば第二魔術基盤だけではなく、大本の接続端子の方まで変更してみて――――」
私の意見が琴線に触れたのか、リディウスさんが更に早口になり、聞き取れないほど高速になっていく。
こうなっては私もお手上げで、リディウスさんの思考を追うことは不可能だった。
黙り込む私を、しかしリディウスさんは気にすることもなく、猛然と思考を進めているようだ。
「レティーシア様、お疲れ様です。レティーシア様のご意見を聞き、リディウスも良い刺激になったようです」
疲労感たっぷりの私を、ベレアスさんが優しく労ってくれた。
面倒見がよく、気遣いができる人だった。
「お役に立てて何よりです……。ですが私、魔術の研究はかじった程度なんです。本職の研究者であるリディウスさんの水準には、到底届いていない気がします」
リディウスさん、魔術の知識や紋章具の作成についてはガチ中のガチだ。
私も魔術師だけど、魔術を使う方が専門だった。
魔術の研究については知識も経験もかなり、リディウスさんと差があるはずだ。
「そんなことありません! 大助かりですよ。レティーシア様は私達とは、違う視点の意見をくださりますからね。国が違えば、魔術研究への道筋も異なってきます。だからこそリディウスも、レティーシア様との対話を待ち望んでいるのです」
「そういうものでしょうか……?」
いまいちピンとこないが、あのリディウスさんが演技をできるとも思えなかった。
幸運なことに私の魔術知識でも、役に立てているようだ。
「レティーシア様はそのお若さで、かなりの魔術知識に通じておられるように見うけられます。さすがあの、エルトリア王国出身だけあると思いますよ」
羨ましいことです、と。
ベレアスさんが言葉を続けた。
「エルトリア王国はうちの国よりずっと魔術研究が盛んで、研究資金も豊富だと聞いています」
「……確かに、魔術師の数はこちらよりずっと多いですね」
この国の住民の、おおよそ半分は獣人だ。
必然的に、国の規模の割に魔術師の数が少なく、何かと苦労しているらしかった。
「本当に羨ましいですよ。うちの魔術局はいつも資金難ですし、建物は王城の端に追いやられてますからね」
オルトさんがため息交じりに、会話に加わってきた。
この国での魔術師の待遇について、オルトさんもたまっているものがあるようだ。
「軍事や防衛面だって、美味しい役割は全部、獣人の軍人たちが持って行っちゃいますからね。そのせいで魔術による功績がますます少なくなって、更に予算が少なくなる悪循環が、何十年も続いてきましたから……」
オルトさんのため息が、更に深くなっていく。
「オルトさん、そんなに気落ちしないでください。確かグレンリード陛下の代になってからは、魔術局の予算も増額されてるんですよね?」
「……グレンリード陛下には感謝していますが、まだまだ足りないのが現状ですね。そう簡単に改善できることでないとわかってはいますが、やっぱり辛いですよ……」
オルトさんの嘆きは尽きないようだ。
どれほど意欲があろうと、先立つお金が無ければ研究は進まなくなる。
しかしだからといって、現在の軍事面を担っている獣人たちへの予算も削れないという、なかなかに根深い問題だ。
リディウスさんが獣人であるキースにあたりが強いのも、それが一因なのかもしれないのだった。
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「頭が重いわね……」
馬車の椅子に、深く腰かけ体を預ける。
魔術局を出る頃には、陽は既に傾いていた。
リディウスさんの魔術議論に付き合うのは大変。
豊富な知識と斬新な魔術理論を聞けためになるが、すごく頭を酷使した気分だ。
重たい頭を支えるように、馬車の内壁に額をくっつけた。
ぼんやりと、窓の外を薔薇の木が流れていくのを眺める。
「もうすぐ薔薇の盛りね……」
ちょうど時期よく、五日後に『薔薇の集い』の開催だ。
数か月前に日取りを決めるため、年によっては薔薇の最盛期とズレてしまうらしい。
今年は運良く、薔薇が一番美しい時期にあたるようだ。
「『薔薇の集い』までに、いっちゃんが帰ってくるといいのだけど……」
「同感ですね」
ルシアンが頷いている。
いっちゃんの姿が消え、ルシアンも寂しく思っているようだ。
しんみりとした気分で馬車を降りると、執事のボーガンさんが飛び込んできた。
「レティーシア様、大変です! レレナがいなくなりました!!」
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