117.吟遊詩人に口説かれているようです
「お嬢さん、この後一曲聞いて行かないかい? 退屈はさせないつもりだよ」
「すみませんが、この後ちょっと予定があるんです」
「つれないな。それとも、名前も知らない男相手は不安かい? 俺はレナードと言うんだ」
「いえ、そういうわけではなくて……」
断りの言葉を告げるも、レナードさんは引いてくれず困ってしまう。
「残念だけど私、今日は忙しいんです。失礼しますね」
強引に、レナードさんに背中を向け反対方向へ歩き出す。
幸い、追いかけてくる気配は無いようだ。
そっと一安心していると、背後から声をかけられた。
「わかった。今日が難しいなら、また次に会った時お願いしようか」
「……それでお願いします」
レナードさんには悪いけど、もう顔を合わせる機会は無いはずだ。
私は変装しているし、滅多に王城の外には出ないわけで―――――
「約束だぞ? 次はこちらから、離宮にお邪魔させてもらうつもりだ」
「っ⁉」
今なんと?
慌てて振り返ると、レナードさんがにやりと笑っていた。
「お嬢さん、王妃のレティーシア様だろう? この国に嫁いできた日、馬車の上から手を振ってたの、しっかり見ていたからな」
「……一度見ただけで、よくわかりましたね」
「美人の顔は忘れないものだからな」
軽く片目を瞑ると、レナードさんはリュートの柄を叩いた。
「吟遊詩人ってのは顔が広いからな。そのうち離宮にもお邪魔して歌わせてもらうから、希望の曲目を考えておいてくれ」
「……楽しみにしていますね」
「あぁ、こちらこそ、また会える日を楽しみにしているよ」
つまびくように一音、手にしたリュートを奏でると、レナードさんは去っていった。
ストールを翻す姿は道に迷う様子も無く、王都の裏道に慣れているようだ。
「……ずいぶんとキザな方でしたね」
ルシアンの言葉に頷いた。
キザで色気たっぷりで、でもそれが様になっている男性だった。
レナードさんとはいずれ、また顔を合わせることになりそうだけど……。
「その前に、できたらいっちゃんを見つけたいわね」
軽く周囲を見渡した。
恐喝犯達とのごたごたで、それなりに時間が経っている。
今からいっちゃんを探しなおしても、見つけるのは難しそうなのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いっちゃん、今どこにいるのかしら……」。
レナードさんとの遭遇から十日後。
あいかわらずいっちゃんは行方知らずのままだ。
朝夜二回、私は苺ジャム片手にいっちゃんを探しながらも、いくつかの用事をこなしていた。
「レティーシア様、本日もよくぞお越しくださいました」
魔術局に出向くと、ベレアスさんが歓迎してくれた。
ぴよちゃんを譲り受けて以来、私は定期的に魔術局を訪問している、
ベレアスさんとは魔術局に来た際に、軽く会話を交わす間柄だ。
くるみ鳥や魔術の運用について話していると、早足でリディウスさんがやってきた。
また魔術研究に明け暮れ寝ていないのだろうか?
目の下にクマが居座り、視線が鋭くなっている。
「レティーシア様いらしていたんだなありがたい。前回話していた遅延魔術を刻んだ紋章具の魔術基盤の編成案についてだが――――何をする?」
リディウスさんが唸り声をあげた。
私に近づこうとしたのを、護衛のキースに止められたからだ。
「下がれ魔術師。レティーシア様に近づきすぎだ」
「そちらこそさっさとどいてくれ。僕には魔術について、レティーシア様と話したいことがたくさんあるんだ」
どけ、いやどかない、と。
二人が押し問答をしている。
初対面での険悪な雰囲気を、まだ引きずっているようだ。
「二人とも落ち着いてください。魔術についての話なら、この距離でもできますわ」
「それもそうだな」
「……わかりました」
リディウスさんはあっさりと、キースはどこか不満げに。
どうにか引き下がってくれたようだ。
……この二人、悪い人達じゃないけど、とにかく相性が悪かった。
魔術オタクで学者肌なリディウスと、明るく肉体派の騎士であるキース。
性格の違いもあるが、より根深いのが、魔術師と獣人の間に横たわる溝だった。
獣人はみな、優れた身体能力を持っている。
例えば、まだ十歳のレレナでさえ、私と同じくらいの筋力の持ち主だ。
身体能力で優位に立つ獣人だが、魔術を使えないという、種族全体の特徴も持ち合わせている。
魔術への適性の欠落は、人間が獣人を馬鹿にする大きな原因の一つだ。
獣人の方も、魔術師自体に良い印象を持っていないことが多かった。
キースにとってリディウスは、仲良くしにくい相手のようだ。
リディウスさんの方もキースをよく思っていないようで、空気がトゲトゲとしている。
もう少し穏やかにして欲しいなぁと願っていると、気になるものが目に入った。
「それ、リディウスさんのくるみ鳥の羽ですか?」
水色の大きな羽が、リディウスさんのマントと服の間に挟まっている。
くるみ鳥はそれぞれ体色が違い、羽の色も異なっているのでわかりやすかった。
「あぁ、そのようだな。先ほど抱き着かれた際についていたようだ」
水色の羽は結構な存在感だけど、リディウスさんは気が付いていなかったらしい。
骨ばった指で羽を回収すると、私へと魔術議論を持ち掛けてきたのだった。
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