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六堂飛鷹


「蛸爺。綾人君はまだ帰ってきていないの?」


「あぁ、まだ帰ってきてないぞ、全くどこぞで遊んどるんだか。今日は大事な会談があるというのに。帰ってきたら説教じゃな」


 魔物の襲来からあけた朝。

 天使の使徒総勢五十名は、海国の代表者や五剣帝との会談となっている。

 一行は隠れ家からアクアより指定された会議場に向かう。場所は海国の中心地たる大きな議事堂である。


 先頭を歩く飛鷹は、蛸爺の返答を受けて辺りを見回す。

 言葉通りに空上綾人の姿はない。

 ソワソワする飛鷹の様子を、並んで歩く猫婆は喉を鳴らしながら揶揄し始める。


「ふふふ。綾人がいなくて寂しい気持ちは分かるが、これからの会談の方が優先じゃぞ、綾人は浮気なんぞせんから安心せぇ」


「ちょ、なに言ってるの猫婆、僕はそういうことを心配してるんじゃなくて、どこに行ったのか心配しているだけでって——どうしてそんなニヤニヤした顔するのさ! み、皆も止めてよね、僕と綾人君はそういう関係じゃないんだから、そもそも、僕は——」


 ごにょごにょと呟く飛鷹の顔は真っ赤である。

 それを見て仲間内全員が生暖かい目で飛鷹を見守る。


 六堂飛鷹はそっと自分の胸に手を当てる。綾人のことを考えると胸が高鳴る自分がいる。

 体は少女だが心は少年。歯痒いジレンマがいつも飛鷹の心をかき乱す。


 素直になりたいのだが、少年の部分が邪魔をする。

 本来なら綾人の胸に飛び込み、甘えたい。と考えてしまう自分がいる。

 男の部分では否定するが体はそうは思ってくれない、なぜなら少女であるから。いつもこの考えになり結局は解決せずに大きなため息をついてしまう。


 今日も正しくそうであり、自身の胸を見る。小ぶりだがしっかりと女性の体となっている自分に大きなため息を吐く。

 それを見ていた猫婆が呆れたような声を出す。


「全く、またぐじぐじと悩みおって。これから大事な会議じゃろうに、シャキッとせんか」


「う、うん」


「全く。そんなんでは、ここを託してくれたマリアンヌ様が心配するぞ?」


「うん。そうだね、マリアンヌ様にはちゃんとしている所を見せないと」


「そうじゃ。恩は正しく返さねばの」


 猫婆の言葉に飛鷹は頷き出会った日を思い出す。




 飛鷹の思考があの日まで巻き戻る——あの日、空上綾人と石巻寛二が決闘をした日である。

 二人の決着と同時に転移魔法に飛鷹は呑まれ、この海国へと転移してしまう。


 目を開けると、どことも知れない薄暗い場所にいた。鼻をつく異臭に思わず嘔吐する。

 視界が確保できない恐怖と生き物の腐った匂いが飛鷹の混乱を増長させる。


「カカカカッ! 随分とヒョロヒョロだな! それに精が薄い。こんな奴食っても腹の足しにならん。そもそもこいつは本当に男なのか? ノーマ? こいつは何だ?」


 抑揚の激しい声に飛鷹は身を固くする。

 声の方角に視線を向ける、暗闇に目が慣れたので人の気配があるのは分かった。


「何だ? って言われてもね。旦那が餌もって来いって言うから、道端で転がっているこいつを拾って来たんだ。無理やり男を連れてくるより簡単だったしな」


 また別の声、二人の会話はとても人間がする会話では無かった。飛鷹は恐怖のあまり蹲りただ震えている。


「こんな男か女かも分からん奴はいらん! 目障りだ、さっさ殺せ!」


 高圧的な声に「へ〜い」と気怠げな声で別の男が返答した。

 自分に近づく足音に飛鷹の恐怖は跳ね上がり、こんな所で死にたくないという衝動が起き上がる。


「殺さないで下さい! 何でもしますから! 殺さないで下さい! お願いです!」


 一か八かの懇願だが、近づく気配は一瞬止まっただけでまたこちらに近づいてくる。

 

 ——このままじゃあ殺される。


 そう思った時に、男達の会話で、せい。という言葉が出たことを咄嗟に思い出す。せい。男のせい、違う、男の精。ならばと飛鷹は再度声を張り上げた。


「僕はそこらのブスな女の子よりも可愛い自信があります! 本当です。男なのに女の子に間違えられて何度も痴漢にあったし、そっち方面のおじさんによく声をかけられるんです。容姿には自信があります。精一杯頑張りますから」


 自分でも良くないことを言っているのは分かっていた。何度も大声で叫ぶ。

 このままでは殺されると、そう思ったからだ。そして飛鷹の願いは、ある意味で叶う。


「カカカカカッ! こいつ面白いぞ! 待て、ノーマ! 殺すな、俺にいい考えがある」


 高圧的な男は笑いながら自分に近づいてくるのが分かった。


「男に媚を売るのが上手いのなら、いっそ女にしてやるぞ、人間」


「は、はい?」


 飛鷹は真上からふる声に要領を得ない返答をする。

 見上げると、上品なダークスーツを着用している男であった。

 薄暗さに慣れた目で見たのは、非常に端正な顔立ち、絵に描いたような美丈夫。涼しげな目元に通った鼻筋、品の良い口元。シャープな顎のライン。

 金色の長髪を掻き上げ男は笑う。飛鷹は男を見た瞬間に意識を手放した。




 次に目覚めると、銀髪に小麦色の肌をした、女神と思うほどの美女が目に飛び込んできた。


「あら。起きたのね。大丈夫?」


 先ほどまでいた悪臭の部屋ではない、甘いミルクが鼻腔に届く。

 状況の変化についていけず飛鷹は口を開けたまま固まっていた。


「ごめんなさいね。もっと早くに来ていればあなたを救えたかもしれないのに、天使様のお告げを実行できない私の力不足だわ」


 いきなり謝られても飛鷹は返答ができない。

 大きなソファーに横になっており、薄い毛布が掛けられていた。

 とりあえずと上半身を起こすと毛布が落ちる。裸であることに気付き毛布を引き寄せようとした際に、違和感に気付く。


 胸がある。そして下半身の感覚も無い。


「私がもっと早く行動しておけばあなたは女にならずに済んだかもしれない。深く反省するわ」


 混乱のあまり叫ぶ飛鷹を女神が優しく抱擁する。


「私の名前はマリアンヌ。あなたの名前は六堂飛鷹よね? 大丈夫よ。一から説明するわ。そしてそれが終わったら私達、天使の使徒に力を貸して欲しいの」


 こうしてマリアンヌの寵愛を受け、飛鷹は天使の使徒になる。




 己の過去を振り返り色々あったと哀愁に浸っていると猫婆より声がかかる。


「何をぼうっとしとるんじゃ? この会議が無事に終われば大きな仕事を一つ終えたことになる。綾人も褒めてくれるわ。その時くらいは甘えてもいいんじゃないかの?」


「そ、それは——」


 否定しかけたがそれは自分の本音ではない。

 たまには素直にとそう思った時、どうにも歯痒い感情が心を包む。

 それは綾人の記憶を書き換えた為の偽りの関係性。本来とは違う、それでも——。


「そうだね。無事に終わったら。綾人君に褒めて貰おうかな」


 清々しい笑みで答えらえた自分自身に驚き、少し笑った。


 そして——。


「着いたね」


 アクアに指定された会議を行う議事堂へと到着した。

 

「行こう!」


 飛鷹率いる天使の使徒は議事堂の門を潜り抜け敷地内に入る。

 大きな建物の扉を開き中に入ると——。


「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました。どうぞこちらへ——」


 美しい海人族の女。五剣帝・一の剣。アクア・スカイラが正面に立っていた。

 いつものように黒い軍服の上に、大きな白い羽織り。羽織の縁は燃えるように赤々とした色と柄が施されていた。腰には明王の髄液と、炎王バルバトの血肉で固めた赤い炎刀——明炎王刀が下げられている。


 アクアは柔らかな物腰で天使の一行を奥の会議室へと案内する。


「本日はありがとうございます。五剣帝のアクア様にご案内いただき嬉しく思います。僕は六堂飛鷹です。一応この地区の天使の使徒の代表を務めているものです。他の方々はもう到着されているのですか?」


「はい、皆席に着いております。本日はよろしくお願いしますね」


「はい! よろしくお願いします」


 先を歩くアクアに付いていく天使の使徒は各々が緊張した面持ちである。

 飛鷹の言う方々とはこの国の立場ある者達や五剣帝の事を指している。


 悪魔の脅威を明確に伝え、手を組むように伝えなければならない責任感がある。マリアンヌから伝えられた天使様のお告げなのだから。


「ここです。どうぞお入りになって下さい」


 アクアが止まり案内したのは大きな両扉である。

 一行は案内の礼を伝え部屋に入る。そこは大きな一室であった。舞踏会でも開催できるような広さであり、これであれば天使の使徒、総勢五十名は難なく全員が部屋に入ることができる。


「あれ?」


 その声は飛鷹である。


「すみません。まだ誰も来ていないのですか? 先ほど全員揃っていると——」


 天使の使徒全員が一室に入ると同時に飛鷹は振り返る——と同時に両扉が閉じられた。


「アクア様? 今日は立ちながらの会議になるのでしょうか? おそらく長丁場になるので机や椅子があった方が良いかと思うのですが——」


「いえ、その必要はございません」


 飛鷹の言葉にアクアが返す。

 二人は今、見つめ合っている。モーゼの十戒ように天使の使徒は半分に割れ、代表者同士の会話を邪魔しないようにしていた。 飛鷹は首を傾げながら返す。


「え? すみません。もう一度言っていただけますか?」


「はい。その必要はございませんと言いました」


「必要がない? どうしてですか?」


「はい。何故なら——皆さん、ここで死ぬからです」


 アクアは微笑みを飛鷹におくると、ひどく緩慢な動作で明炎王刀の赤い柄に手を掛けた。

 丁度、日の光が降り注ぐと同時であった。それは以下にも朝を告げるような光といえた。


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