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アスモデア


「かへっ——」


 その言葉と共に一人の人物の意識が覚醒する。


「ちくしょうが、また死んじまったよ」


 薄暗い部屋でその声は反響した。血生臭い匂いと、腐臭と悪臭が部屋全体に蔓延している。

 臭いの原因は部屋の隅の屍体から。屍体は山のように積み上げられ、さほど高くもない天井にまで届いている。

 死体の山には小虫が飛び、蛆が溢れ、黒い嫌悪感を固めた害虫がカサカサと床を這っているので衛生面は最低といえる。


「最近は死に過ぎだな」


 夕日が僅かに差し込み、愚痴をこぼしていた者を捉える。

 声の主は魔人族の男。


 猿に似た顔に薄汚れたボロを着込んでおり、ボロを煩わしそうに払う。

 足元には人族の男が倒れている。男の眼球に小虫が止まる所を見るともう死んでいるのが分かる。

 魔人族の男は足元の屍体を蹴り上げ部屋の隅へと乱暴に移動させた。


「カカカッ。荒れとるな、ノーマ。もっと楽しもうぜ」


 その声は魔人族の声では無い。

 底無しに楽しいという無邪気な声である。

 大きなため息の後、魔人族の男——ノーマは呆れた態度をとる。


「アスモデアの旦那は気楽でいいよな。こっちは死ぬ度に痛みまで共感しちゃうんだからよ」


 ノーマは首に指を這わせて、労わるように摩る。

 部屋にはもう一人男がいた。

 屍体の山とは対角の隅。椅子に座る男は再びカカカと豪快に笑う。

 

 男はノーマのボロと違い、上品なダークスーツを着用している。

 高級感が漂う黒の革靴と白いワイシャツ、差し色に緋色のネクタイ。

 屍体の山と身なりの正しい男がいる部屋は非常にチグハグな光景だ。


「カカカ。ノーマ、俺は腹が減ったぞ。飯はまだか?」


「けっ! 旦那は本当に気楽で羨ましいぜ。ちょっと待ってな、今朝捕まえたイキの良いのがいるからよ」


 ノーマは部屋を一度出ると人族の男を引きづりながら戻ってくる、


「ほう。確かにイキが良いな。腹が膨れそうだ」


 高級スーツを纏う、アスモデアと呼ばれた男はグイと前のめりになる。

 引きずられる人族の少年は若く、十代の男である。少年はノーマをこれでもかと睨む。

 猿ぐつわを噛ませられていながらも、唸りを上げ、拘束されている手足は引きちぎらんばかりに暴れている。

 二人が言うように確かにイキがよさそうだ。


「早くしろノーマ! 俺は腹ペコだ!」


 前のめりになるアスモデアの顔に夕日がかかる。

 非常に端正な顔立ちの男であった。

 絵に描いたような美丈夫。涼しげな目元に通った鼻筋、品の良い口元。シャープな顎のライン。

 金色の髪を後ろに撫で付け、アスモデアは立ち上がる。


 ノーマは部屋の中心に男を放り投げると、隅に移動する。

 人族の男が騒ぐ、アスモデアは近づき膝を折り、男の猿轡を乱暴に解く。少年は自由になった口で叫ぼうとした瞬間に唇を塞がれる。


「——————‼︎」


 少年の声にならない声はアスモデアの口内で響く。アスモデアは少年の頭を掴み強引に接吻したからだ。少年は手足を拘束されているので絶叫しかできない。


 アスモデアの瞳が少年を楽しげみに見つめる。数秒後に少年は動かなくなり、絶叫も上げなくなった。糸の切れた人形のように手足をだらりとさせ、白目を剥くとそのまま床に倒れてしまう。

 

 少年は微弱な痙攣を起こしているのでまだ生きている事が確認できる。


 アスモデアは満足したように口を離すと、唇から白い流動性の物質のようなものが飛び出ていた。食べ物でも啜るように、その白い気体を口内に収めると、ゴクンと喉を鳴らして嚥下する。


「まぁまぁ美味かったな。やはり若い男の精は格別だ」


「旦那のソレはいつ見ても気持ち悪いな。まぁ、そのおかげで俺は楽々死体を使って死なずに済んでるからいいけどよ」


 ノーマは行為が終わったのを見計らい中央まで歩むと、倒れている男に手を置く。すると今度はノーマの体が糸の切れた人形のように倒れる。


 代わりに倒れていた人族の男がゆっくりと立ち上がる。


「入れ替え完了っと」


 語尾に音符でもつく調子の声である。

 その声を発していたのは、人族の男だが、既に容姿が変わっていた。床に倒れているノーマそっくりに変化している。

 ノーマの容姿をした元人族の少年は、倒れているノーマの体を優しく抱き起こし壁際に移動させる。


「相変わらず妙ちくりんな力だなノーマ、それは楽しいのか?」


「楽しい楽しくないじゃねぇんだよ、死なないように常に保険を掛けておいてんの。弱い俺にはこんな戦法しかないんだよ」 


 次には人族の少年の姿に戻ると、またノーマの姿へと戻るった直後には少年の容姿になっている。

 アスモデアは興味無いとばかりにぞんざいな態度を取り始める。


「メシはこれだけなのかノーマ? 俺は全然食い足りないぞ! さっさとヒルコとやらをもってこい、アレは相当な馳走だぞ、思うだけで腹の虫が躍動している」


「ったく旦那。腹八分目にしとかねぇときりがねぇぞ。この海国を食い尽くすつもりかよ」


「カカカ! もちろんだ! さっさと餌をもってこい。あぁ、それとそろそろ面白いことが起こるそうだから、今から言うように動けよ」


 アスモデアは何かの命令を二、三ほど伝えるが、その内容が要領を得れなかったのでノーマは聞き返す。


「詳しくは知らん! とにかくそう動けということらしい」


「らしいって、旦那は詳しく知らないのかよ? 別に良いけどよ。さっきの話通りそうそう事が運ぶのかよ? 下手して見つかれば俺が一の剣に殺されちまうぜ」


「カカか! 俺が詳しく知ると思うか? そういう煩わしいのは性に合わん。そう動いてくれとある悪魔(・・)に頼まれただけだ」


「ある悪魔って、旦那の知り合いか何かなのかい?」


「そんなことはどうでもいい。あいつの口先と頭の回転だけは褒められるからな。そう動けばヒルコを食えるとも言っていたからさっさと準備でもしろ。それと餌の補充をしとけよ、もう腹が減りそうだ」


「ったく、動くのは俺なんだからきっちり頼むぜ、それとよ。そんなに食ってどうしようっていうんだよ。悪魔ってのは食い道楽なのかね?」


 ノーマは呆れと愚痴を混ぜた様子で部屋を出ていく。

 部屋の中には大量の屍体と悪魔アスモデアのみとなる。


「カカカカ! 食うことが俺の楽しみだから食うだけだ、それ以外に理由は無い。カカカ——」


 悪魔の心情が吐露されるが誰も聞くものはいない。




ーーー




「皆今日はご苦労様です。魔物はもうおりません。体を休めてください」


 一の剣、アクア・スカイらの声である。

 海国を隅々まで巡回し魔物の有無の確認を終えたのは夜である。

 星と海が共演する海国は情緒があるが、今この場にいるのは皆精悍な顔つきをした憲兵と五剣帝である。

 研究所の敷地内で解散した面々はそれぞれが疲労と功績を称えながら帰路につく。


「アクア様。明日のご予定は、あの怪しげな白服の集団との会合でしょうか?」


 憲兵が散り散りになる中、アクアの側に立つ、五の剣コーガが声を発する。


「えぇ。怪しげなは余計ですよコーガ。あの人達は我が国を魔物から救ってくれた恩人の方々です。明日は彼らとの意見交換を私は楽しみにしています」


「さすがアクア様。度量が広い。明日はアクア様の警護として同席させていただきます。会合の時間は明朝でよろしかったですか?」


「いえ、日の光が頂上の位置の時間でお願い致します」


「丁度昼時ですね。はっ! 畏まりました」


 コーガは恭しくアクアに一礼する。目線を移動させサマリに向き直る。

 サマリは疲労感を漂わせながらアクアとコーガの話を聞いていた。


「サマリさん、水王と暴蘭の女王はどこに行ったのですか?」


「えと、見つけられなかったです。もう遅いから宿に帰ったのかな? でも魔物が出たという騒ぎがあったから此処に来てもおかしくはないと思ったり? どこにいるのでしょうか?」


「サマリさん! 俺達は騙されたんですよ、あのエルフに。こんな嘘で我々をこの場所に集めて魔物に襲わせるのが目的だったんですよ!」


「そう、かな?」


「そうですよ!」


 サマリのはっきりとしない態度にコーガが険しい表情で答える。


「でも、あんな魔物如きに五剣帝がやられるとも思えない。もちろんブットルさんやティターニさんがそれを考えないはずがない。ここ数日二人と行動していたから、あの二人が理由もなく嘘は付かないと思うけど。コーガ君もそう思わない?」


「そ、それは、確かにそうですけど——」


 珍しくサマリが反論したのでコーガは言葉を濁す。

 数日行動しただけだが、あの二人がわざわざ嘘をつく理由が思い当たらない。二人とも実直な性格というのは知っている。


「それにコーガ君も聞こえたでしょ? あの不気味な、何て言っていいのかも分からない悲鳴のような声? 音? おそらくブットルさんとティターニさんはあの音の何かに——」


 そこまで言ってサマリは考えこむ。それはコーガも同様。

 二人は研究所の地下に眠るヒルコ様の悲鳴を聞いている。

 サマリとコーガは考える。あの、異界の赤子のような気味の悪い泣き声。あれは一体なんなのか? 

 最近の若者が消えた事件と関係があるのか、それとも別の——二人は見えない恐怖に覆われていく感覚に陥る。


「悩んでいてもしょうがないわ。あの悲鳴は私の方で調査をしておきます。なのではっきりするまでは事を荒立てないよに、いいわね?」


 アクアの言葉に二人は肯く、海国一の実力者が動くのであれば、あの悲鳴は安易に解決の方向にいくのだろうと考えたからだ。


「それと、彼女が嘘をついた理由を聞きたいわね。直接会って二人から事の顛末を問いただしてみましょう。宿の場所は抑えているのよね?」


 一の剣の問いにサマリとコーガが首を縦に振るとアクアは満足そうに肯く。


「よろしい。では今から二人でその宿まで行き、暴蘭の女王と水王を仮拘束してください。事情聴取を行います。応じないようなら——対応はお任せします」


 皆まで言わせるな。そんな雰囲気がアクアから漏れ出ていた。

 サマリとコーガは一瞬だけたじろぐが直ぐに体制を立て直し、短い返事と背を向け、目的地に駆け出そうとした時——。



「ア、アクア、様」



 か細い声が耳に届きå足を止める。

 そこには二の剣。シンラ・クォートの姿があった。


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