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良いか悪いかタイミング

 周囲に気を配りながら戦闘態勢に入る水王ブットル。水王の姿に怒りを覚えた老人は、一早くに声を出した。



「貴様! よくもおめおめと我らの前に姿を見せたな! 亜人族の恥さらしが! 今すぐ斬り殺してやる!」



 バスクード元帥は、腰から剣を引き抜き怒号を飛ばす。



「バスクード元帥、か? 随時老けたな。まぁそんな事はどうでもいいか。非戦闘員と一般人を巻き込むつもりは無い。言うことを聞いてくれればすぐに帰る」



 ブットルは両手を処刑執行人の二人に向ける、三本の指の一つから遠隔魔法:脳内操作(テレキス)を使用し執行人二人を、大人しく座らせる。



「揉め事を起こす気は無い。師匠の、サクゴウの処刑をやめてくれないか? そうすれば――」



「ぬかせ! 貴様はここで儂に斬られ死ぬだけだ、帝国兵よ!  儂に続け~!」



 バスクード元帥は剣を掲げる、次には兵を率いて、ブットル目掛け走り出した。



「やれやれ。ガリオじゃあるまいし、亜人帝国に喧嘩を売るつもりは無いんだけどな」



 言い終えるとブットルは自らの口に右腕を入れる。肘部分まで入った後に引き抜くと、先端部分に水色の石が飾られている銀杖を握っていた。


 迫るバスクード元帥と兵達、特に動揺を見せないブットル。足元に水色の魔法陣が現れた後、ゆっくりと魔法名を口にする。



 水魔法特級:帝王大海渦(カイル・レヴィアベリ)



 瞬間、大質量の水の塊が現れる。水塊(すいかい)は処刑台を中心にぐるぐると勢いよく渦を巻き始めた。


 大渦にのまれまいと魔導士達は、再度防御魔法を展開するが、渦巻く大海に押され始める。

突撃した多くの亜人兵は、大渦にのまれ、遥か後方へと飛ばされていった。



「帝国の優秀たる、(まじな)い士よ! 我が剣に反魔法(アンチマジック)をかけよ! この魔法は儂が斬り伏せる!」



 指示を受けた魔導士は、防御魔法を維持しながら、バスクード元帥が握る剣に反魔法をかける。



 反魔法(アンチマジック)は物質が魔法に干渉できる効果をもつ補助魔法。


 魔法に対抗できるのは魔法のみ、だが反魔法を武器や防具にかけることにより明確に魔法に触れる事ができる。


 バスクード元帥の剣か光輝く、咆哮を上げ、大渦に剣を振り下ろす。剣と水魔法の拮抗がしばらく続いた後、弾ける音が辺りに響く。



 勝ったのはバスクード元帥。


 見事に斬られた大渦は四散していく。剣を構え直し、しっかりとした足取りでブットルに近づく。



「ははっ、凄いな。バスクード元帥は年を取っても豪傑だな。さすが亜人三英雄の一人だ」



「貴様に誉められた所で何も嬉しくはないわ! ブットルよ、数々の亜人族への裏切り、忘れた訳では無いな? 時期亜人三英雄とまで呼ばれた男が何故に帝国に牙を向ける! 贖罪の言葉くらいは聞いてやらんでもないぞ?」



「帝国を裏切った事なんか一度も無いんだけどな。何度も言ってるように俺は嵌めら――」



 ブットルは何かに気付き、魔法を展開する。

足元に現れたのは青色の魔法陣、杖で魔法陣を叩くと辺り一面が氷に覆われる。



 水魔法派生の氷魔法特級:絶対零度氷河アブソリュード・テラス



 野太い氷の柱が地面から幾つも飛び出し、処刑台と簡易コテージを囲う。


 ブットルの狙いは一般人を遠ざける事。

迫る敵意が周囲にも危険を及ぼすと判断した為だ。


 だがLvの低い兵士は氷にのまれ、柱の一つとなっている。ブットルが杖を掲げさらに魔法を展開しようとすると、



 ポンッ、と場違いな音。


 ブットルの頭が胴体から離れた音だ。だがその離れた頭とふらつく胴体は水に変わる。


 サクゴウの近くに水溜まりが現れ、ヌルッと現れるブットル。ブットルの首を飛ばしたのは白い毛に覆われた兎族の女。



「久しぶりねブットル。私のこと覚えてる?」



 親戚の子供にでも話しかけるように、兎族の女は笑顔を作っている。



「久しぶりだね、キャロ。天才キャロを忘れるなんてできるはずないよ」



「貴方に天才と言われても、皮肉にしか聞こえないわ」



 兎族の女、キャロは自身の白い毛を撫でた後、手に持つ小ぶりのダガーをサクゴウに投げる。


 何よりも早いダガーの投擲はサクゴウの目の前で止まり、空中に現れた水玉にのまれ、消えていく。



「キャロ? 君はまだあの豚貴族に奉仕しているのかい?」



 ブットルが水の玉を操りサクゴウに薄い膜を張る。



「ええ。タルウ公爵のお側で仕事をしているはよ。ほら、あそこ」



 キャロが指差すのは簡易コテージ、そこには騎士団に守られているタルウ公爵がいた。他にもこの国の重要人物を目にする。


 だがそれよりも、ブットルは一人の亜人を確認すると大声を出した。



「ティッパ! どうして君が豚貴族の側にいる?」



 弟子仲間のティッパがタルウ公爵を守るように杖を構えている。


 ティッパの目に力が無いのを確認したブットルは、考えを巡らせる。



 ――あの目は洗脳か何かにかかっているな……思念魔法が届かなかったのはこのせいか、洗脳を解きたいが、何の魔法で洗脳しているのか確認しないと、解除は難しいな。



 ブットルが見ていることに気付いたタルウ公爵。彼はニヤリと笑った後に、ティッパの首元の衣服に指をかけ下にずらす。鎖骨と胸元部分が露になった肌には、黒い刻印が刻まれていた。



 それは奴隷紋。



 胸元と鎖骨を這うようにある黒い模様は、魂を鎖で縛られている形を連想させる。



「なっ! 奴隷紋? ……どういうことだタルウ」



 ブットルは凄みを利かせながらタルウを睨む。お~怖い怖い。と煽る態度をとるタルウ公爵。



 ――どうしてティッパに奴隷紋が、くそっ! どうする? 敵だらけの状況で師匠とティッパを同時に助けるには無理がある。奴隷紋を解消するには。



 ブットルの思考を中断したのは、駆け寄ったバスクード元帥の叫び。



「ブットル! 贖罪の言葉を言え! さすれば情けをかけ、一撃でその首を落としてくれる」



 処刑台にはブットルと対峙するように立つキャロとバスクード。


 ブットルの後ろにはサクゴウと人間族の女。

二人はこの騒ぎでも反応が無く。正座のまま俯いている。



「この状況で三英雄の二人を相手にするのは、無理があるな」



 と舌打ちをするブットル。


 じわじわと距離を詰めるバスクード、キャロは小ぶりのダガーを両手に持ち構える。


「やるしかないか」と呟いた後にブットルの背後に現れる水色の魔法陣、その大きさは極大。

らしくもなく咆哮を上げるブットル。


 十メートル程の魔法陣を見た全ての亜人は背筋が凍った。本能があの魔法陣は危険と警告している。


 無論、三英雄の二人。バスクードとキャロにも悪寒が走る。


 戦慄を感じたバスクードは剣を構えブットルに走り出す、だがその疾走はけたたましく鳴く、嘶きによって止まる。


 極大の魔法陣から這い出るのは竜。



 水魔法極級:狂水竜の顎メイルストロムゲネイオン



 空中を漂う水竜はブットルを睨み付けた後に、再度けたたましく鳴く。ブットルは荒い息を吐きながらも、負けじと水竜に向かって叫ぶ。



「頼む! 今は言うことを効いてくれ! 全く、師匠はとんでもない魔法を作ったもんだ」



 ブットルは横目でサクゴウを確認した後に、杖を持つ右手をバスクードとキャロに向ける。



「悪いが、こいつ(水竜)は完璧に制御できない。死にたくなかったらこの場所から離れてくれ、最初に言ったが俺は揉め事を――」



「何故だ! 貴様は何故それほどの力がありながら帝国の為に、皇帝の為に使わぬのか!」



 ブットルの言葉を遮りバスクードが叫ぶ!

一瞬で距離を詰め、反魔法の効果で輝いてる剣をブットル目掛け振り下ろす。


 だがそれは半で阻まれる。止めたのは水竜の大口。バスクードの剣と水竜の大口がぶつかり合う、この衝突は勝負にもならなかった。


 あまりの重量にバスクードは押され、ズルズルと後退していく。



「ぬぅ~! 手を貸せキャロ!  貴様と儂が協力すれば、この水竜とて――」



「死にたくないのでお一人でどうぞ」



「キャロ~~~~~~!」



 キャロの素気無い返答に叫び声を上げながら、バスクード元帥は水竜に吹き飛ばされる。

慌てて騎士と魔導士達はバスクードに駆け寄り、水竜に刃を向ける。


 全ての戦力が水竜に集中し、尚且つ水竜が暴れまわり場を荒らしている。


 行ける! と踏んだブットルはサクゴウを連れ、一旦引こうとするが。


 ブットルが立つ周囲の拳大ほどの空間が、上下左右と四ヶ所歪み鎖が現れる。鎖は真っ直ぐ伸びブットルの自由を奪う。


 本来なら回避できるであろうが、極級水魔法と特級氷魔法を同時使用している為か、反応が鈍り鎖に捉えられてしまう。



「なっ、ティッパ! くそっ!」



 闇魔法中級:這鎖呈(アッシェ)



 敵の動きを封じる補助魔法、這鎖呈の鎖はブットルの力を奪っていく。縛られながらも辛うじて片膝をつく。魔法を発動しているのはティッパ。


 彼女は虚ろな目のままブットルを闇魔法で拘束する。そんなティッパの頭を撫で、耳元で何かを呟くタルウ公爵。


 タルウはたまらない。といった表情でブットルを見つめる。


「くそっ!」と叫ぶブットルに迫るキャロ。


「つれないわねブットル、私の相手もして頂戴?」


 拗ねた素振りでブットルに近づきダガーを閃かせる。水魔法で何とか応戦するが、まさに焼け石に水だ。


 粘るブットルにキャロは指を立て視線を誘導する。見るとタルウ公爵がティッパの喉元にナイフを突き付けている。怒りで震え、小さく唸るブットル、だが効果はてきめんだったようで。



「動転しちゃって、ブットルは可愛いわね」



 軽やかな声に反応すると、キャロがサクゴウに張られた水膜をダガーで破り、喉元に凶器を突き付けていた。


 だがサクゴウだけではない、ブットルの喉元にもダガーが当たっている。


「はい、ゲームオーバー。でもさすがブットルね。あの水竜には正直驚いたわ。人質がいなかったらちょっとやばかったかも、まぁそれでも勝つのは私達だけど、ね!」


 語尾に合わせブットルは喉元を斬られ血が噴出する。直ぐ様ブットルの体を纏う透明な膜が、傷跡を塞ぐ。


 キャロの流れるような動きは終わらず、ブットルの両手にダガーが刺さる、痛みに呻くブットル。


 痛みでも消えない水竜と氷柱にキャロは少し驚く。魔法を使う者は痛みに弱く、大概が激痛を与えれば、使用している魔法が消える傾向があるからだ。


 ニコリと笑ったキャロの指先が光り、ブットルの額に当たる。脳内操作魔法を直接使われ、強制的に魔法が解除される。


 暴れていた水竜は、豪快な水しぶきと共に四散、水竜の出した被害は酷く、殆どの戦闘員は使い物にならなくなっている。


 処刑台と簡易コテージを囲っていた氷柱も、一瞬で砕け散る。氷柱の外にいた亜人達は、状況が飲み込めず茫然と立ち尽くしていた。



「くぅ。手間取らせおって、マルシェ皇帝。反逆の罪として水王ブットルの処刑を了承して頂けますか!?」



 ヨロヨロと立ち上がるバスクードは皇帝に願い出る。マルシェはタルウを見た後に、許す。と告げた。



「ありがたき幸せ。よし! 皆の者、大罪人が一人増えたぞ、処刑は続行だ! さっさと終わらせるぞ!」



 騒動後にも関わらず、処刑の準備が手早く終わった。処刑台の上、人間族の女とサクゴウが左右に座っている。


 真ん中には鎖で縛られ、無力化されたブットルが膝を付いていた。


 幅広い戦斧を掲げる二人は、予定通り大罪人と呼ばれる二人の近くに立ち、ブットルの側にはバスクード元帥が立つ。


 ブットルを見下げる元帥は剣を掲げる。



「水王よ、自らの行いを悔いて死ね」



 その言葉に薄らと反応しブットルが答える。



「何が水王だ……」



 弱々しく漏れた言葉。聞き取れずにいたバスクードは眉を寄せる。



「最後の言葉くらいは聞いてやろう、何だ? いやっ、貴様には贖罪の言葉を紡いで――」



「何が水王だ! 恩師も守れず、惚れた女も守れずに何が水王だ! タルウ! お前を呪い殺してやる! サクゴウの弟子の底力をみせッ――」



 ブットルは叫んだ! 力の限り叫んだが、バスクードの靴底に阻まれ、その言葉は途切れた。



「この後に及んで貴様という奴は、もうよい! 処刑を執行する」



 バスクード元帥に合わせ執行人二人も戦斧を掲げる、ブットルは踏まれながらタウレ公爵を睨む。タルウ公爵はニヤニヤと笑いながらブットルを見る。


 公爵に体をまさぐられるティッパ、その虚ろな目から涙が零れている。


 掲げられた戦斧と剣が振り下ろされる。その動作に入った時、バスクード元帥と執行人の動きが止まる。



 今度は止められた、ではなく自分達が止めたのだ。


 何故か、それは処刑台を見ているはずの亜人達全員が空を見ていたからだ。


 この大事な場面で何を、とバスクード元帥は思ったが。簡易コテージに座っていた首脳陣も空を見ていた。


 不思議に思い空を見上げる、すると空が歪んでいた。青一色の空だが、真上の空だけが灰色になり渦を巻いている。



 そして聞こえてくる間抜けた叫び声。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 処刑台目掛けて空から何かが落ちてきた。派手な音を立てて、片隅の一部が壊れる。



「間に合った~~~!」



 空から落ちてきたのは人間族の少年。その叫び声はこの場にいる者達には、あまりにも場違いに聞こえた。

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