夢の中では
夢を見た。
懐かしいというよりは悲しかった。亜人帝国後方には緑豊かな場所が広がっている。
私達は子供の頃その場所を緑山と呼んでいた、木々がお生い茂る緑山の中心には、樹齢何千年とも呼ばれる、生命の大樹ダアトが聳えている。
私は大樹ダアトのすぐ近くに立っていた。この大樹は本当に不思議だ。
触っていると心が安らぐ、明日をどう生きようなど考えなくてすむ。安心する、この大樹は凄い、子供の時の記憶だが、それだけは分かった。
「お~いサクゴウ、遊び行こうぜ~」
ジッケ! ……同じ孤児院で暮らす獅子人のジッケだ、やんちゃでよく孤児院のシスターを困らせてたな。
ジッケの姿は少年だった、自分の体を確認すると私も少年になっていた。屈託の無い笑顔を向けてくるジッケ。
「えっ、何々どっか行くんか? だったら僕も行く~」
ロンだ。蛙族のロンは相変わらずヌボッ~っとした顔をしている。ロンはコホコホと咳をしながら近づいてくる。
「こら~あんた達! 今日は魔法の訓練があるんだからね! サボっちゃダメなんだかんね! サボったらシスターに言いつけてやるんだから!」
あぁ……カーチェだ。生きているカーチェ……カーチェだけじゃない。ロンにジッケも生きている。孤児院で一緒に育った三人が生きている。
「って、おい! サクゴウ泣いてるぞ! なんだ! どうした? 分かった! カーチェの大声にビビって泣いたんだな? カーチェ! サクゴウを泣かすなよ。俺シスターに言いつけてやる。カーチェのブース! ブース!」
「誰がブスだジッケ! お前がいつも寝小便漏らしてることシスターに言いつけてやるんだから! ちょっとサクゴウなんで泣いてんのよ、ロン! ボッ~っとしてないでサクゴウを慰めなさいよ!」
「は~い」
ロンはやる気無く返事をして、私の背中を擦りだした。ありがとうロン。
全く。と言いながらチラチラと可愛らしい心配顔を向けてくるカーチェ。
君は常に私達の事を心配していたね。ありがとう。蝙蝠人のカーチェは脇下から手首まである被膜を揺らし、木の枝を渡してきた。
これは……懐かしいな。
「サクゴウ。いい加減に泣き止みなさいよ! ほらさっさと魔法の練習始めるよ! ロンももういいから枝を構えて」
木の枝を持ち構えるカーチェとロン。二人は集中し詠唱を始める。私も同じように構え詠唱を始める。
「「「水球」」」
三人同時に叫ぶが、カーチェが持つ木の枝からは綺麗な水の玉が現れる。だがロンと私の木の枝からは何も現れない。
「……サクゴウはともかく、ロンは水魔法と相性良いはずよね? 何で初級の水球がうてないのよ」
「……やっぱ魔法なんてつまんないや~ジッケと一緒に遊んでこよ~」
「あっ、こら! 待ちなさいロン!」
カーチェは耳が痛くなる程の大声を出すが、ロンはどこ吹く風とばかりに、すたこらさっさと逃げていった。
「シスターに言いつけてやるんだから!」
カーチェはムキーという効果音が似合う声で叫んだ。
「ん? 何よサクゴウ、あんたは遊びに行かないの? 別にいいわよ行っても。あんた一人に教えてもしょうがないし」
いや私は魔法を習いたい! カーチェから魔法を習いたいんだ!
「そうなの? 別にいいけど……まぁシスターには全員に教えるように言われてるし、サクゴウこっち来て」
私は嬉しさのあまり木の枝を折ってしまった。カーチェはバカね。と笑いながら説明を始める。
「いい? 魔法っていうのはね火、水、風、土、闇、光の六つの属性があって、生まれもったスキルで使用できる魔法は決まっているの。分かる?」
あぁ。小さい頃から君が口酸っぱく教えてくれたからね。懐かしいよ。
「何だか今日のサクゴウは変ね? まぁいいわ。六つの属性には派生属性なんてのもあるけど、私もよく分かんないから横に置いときましょ」
あぁ。子供の体で派生魔法なんて早すぎるからね。
「魔法が初級、中級、上級、特級で分かれているのは知ってるでしょ? 前に教えたもんね? 例えばさっきの水球なら水魔法の初級になるの……分かるよね? まぁとりあえずやってみましょう! サクゴウは器用だからすぐできるわよ」
構えて。という君は変わらずにせっかちだ。カーチェの夢は魔法指導員。きっとカーチェなら優秀な指導員になれるはずだ。
二人で並び水魔法の練習していると、生命の大樹ダアトが風で揺れ、若々しい葉っぱ同士がこすれ合い風と葉が自然のメロディーを奏でる。
横を向くとカーチェが消えたいた。変わりに現れたのはジッケだ。
だが先程までの子供の姿ではなく青年に成長していた。見ると私も少年から青年の姿になっていた。
「ようサクゴウ。相変わらず魔法の練習か?」
ジッケ? さっきまで子供だったのに……
「お~いジッケ、向こうでカーチェが探してたぞ、これからデートかお二人さん?」
今度はロンだ、ロンも立派な青年に成長している。
でも相変わらず咳き込んでいる、口許に手を当てゴホッゴホッと……ん?
デート? あぁ、そうか。ジッケとカーチェは――
「やめろよ! デートなんて恥ずかしいだろ!」
「なぁなぁジッケ、カーチェとチューしたのか? キッスしたのか? 教えろよ、サクゴウも気になるだろ?」
え? いや、私は……
「バ~カ! まだだよ! でも、まぁ今日あたり――」
「ジッケ、何してんの? 置いてくよ!」
成長したカーチェに目を奪われてしまった。綺麗になったねカーチェ。
「お、おう! 今行く! じゃあな」
謝りながらカーチェの元へと走るジッケ。二人は何処かに消えていった。
「情けねぇなジッケは。ありゃ尻に敷かれるタイプだな。な? サクゴってオイ! 何泣いてんだ? あっ……お前まさかカーチェの事が好きだったんだろ? ジッケと付き合ったのが悔しいんだろ? そうなんだろ!?」
いい大人は泣かないよ。でも私の意思とは関係無く涙が溢れてくる……だいたいロンだってカーチェの事がっ――あれ? 隣にいたロンが消えた。
まただ……また大樹ダアトは風に吹かれている。
「ジッケ! 戦争に召集されたって本当か?」
声に反応し振り向くとジッケとロンが歩いていた。
「あぁ、俺らもう十七歳だろ。いつか来るとは思ってたけど……とうとう来ちまったよ」
軍服を着たジッケとロンが近付いてきた。戦争。そうだジッケはこの戦争で……
「なぁカーチェは知ってるのか? お前が戦争に行くこと?」
「あぁ。カーチェとは別れたよ。人間族との戦争は長期間らしいしよって、んな顔すんなよロン! 俺は帰ってくるよ!」
行くな……ジッケ行かないでくれ! その戦争に参加したらお前は!
「何だよサクゴウ必至な顔して。あっ! そうだ。もし俺に何かあったらカーチェを頼んだぞ! 俺は知ってんだぞサクゴウ。言っちゃえよ。カーチェに言っちゃえよ!」
ジッケ、頼む行かないでくれ! 頼む! 俺はお前を失いたくない――
「……サクゴウ」
カーチェ? ジッケとロンがぼんやり消えた後に声をかけられた。生命の大樹ダアトは変わらずに風に揺れ優しく微笑んでる。
「さぁ、新しい魔法の開発をするぞ! 今回は水魔法だ! 私が考えたのは大質量の水を変換させて竜の姿にするんだ! 水竜にのみ込まれた敵は直ぐ様木っ端微塵! 名付けて――」
カーチェ……ジッケが戦争から帰ってこないからって、気丈に振舞わなくていいんだよ。
「名付けて! 狂水竜の顎どうだ? カッコいいだろ? この水魔法は特級を越える威力になるやもだ! はっきり言って一人では完成させる自信が無い! だからサクゴウは私の手伝いをするように、完成するまでは。どこにも行かないよう………私を、一人にしないように……」
カーチェ……ごめん。
「おい! サクゴウ何だその格好は? お前、まさか軍に召集されたのか?」
名前を呼ばれ振り向くとロンがいた、そんなに慌ててどうしたんだ? だが召集という言葉に気付き自分の姿を見る、いつの間にか軍服を着ている自分に自嘲してしまう。
「サクゴウ……」
カーチェ。
「サクゴウ、どこにも行くなって約束したのに……私を一人に、しないって約束したのに」
カーチェ……ごめん。必ず戻ってくるから、戻ってきたら特級を越える水魔法、狂水竜の顎を完成させよう!
だから待っててくれ! 私は必ず君の元に帰ってくる! だから!その時は――カーチェとロンが消えた。
それに生命の大樹ダアトも。私の視界は一瞬だが全てが黒に変わった。
次に私の目に飛び込んだのは、人間族と亜人族が殺し合う戦争だった。
がなり声に反応すると、目の前の人間族が剣を掲げ私を斬りつけようとしてきた。咄嗟に魔法を放つが剣の起動は変えられず、深く左足を深く斬られてしまった。
今度は別の人間族が私に迫る、目の前に剣が迫ると私の視界はまた黒に覆われた。
「よお! サクゴウ!」
唐突に軍服姿のジッケが現れた。妙に嬉しそうな顔をして近づいてくる、風景は変わらずに真っ黒のままだ。
ジッケ!? お前死んだはずじゃ……
「いや死んでるんだよ俺! ははっ、生命の大樹ダアトに力借りてよ。お前に会いに来たんだよ」
大樹ダアトに……そうか。やっぱりあの大樹は凄いんだな。
「お前の軍服姿は似合わねぇな! やっぱりお前は、地道にコツコツと魔法の練習してる方が似合ってるぞ」
そうだな。私に戦争は似合わないな。
「それよりサクゴウ! 早くカーチェの所に言ってやれよ、んで早く言っちゃえよ! カーチェに好きだって言っちゃえよ! はははっ! じゃあな」
おいジッケ! 待ってくれジッケ! 行かないでくれ!
「おっ、気がついたか?」
あなたは? それにここはどこだ? 次の風景は見知らぬ亜人とベッドに寝ている自分だった。
「ここは亜人帝国の病床建物だよ。戦争で重症をおった奴は強制送還されたんだ、俺もアンタもその口さ。特級回復魔法なんかは俺ら下っぱには無縁だからな、治したきゃ高い金払って協会に行くか、自分で習得するしか方法はねぇって訳よ、せちがれぇよな……」
私は戦争のせいで体を満足に動かせなくなってしまった。動けるには動けるが酷く重い、支えがなければ歩けない程だ。
窓越しに外を見る、遠くの為見えにくいが、変わらずに生命の大樹ダアトがあった。
「何みてるんだ? あぁ大樹ダアトか……そういえば知ってるか? 最近、生命の大樹ダアトを燃やそうとしてる輩がいるって。国も戦争のせいで満足に調査できないらしくてよ……物騒になっちまったよな、ってオイ! どこ行くんだ!」
そうだ! そうだ! 生命の大樹ダアトを死の大樹と呼ぶ連中がこの国にはいる。
ほんの一部だが奴等は何でもやる頭のイカれた連中だ、バカな事を大樹ダアトは生命の源だ、それを燃やそうなどと。
早く生命の大樹まで行かなくては、頼む動いてくれ私の体、この後はどうなってもいい! 今行かなければカーチェが!
「サクゴウ! 戻ってきたのか!?」
ロン! 大人になったロンがいた。だが今は再会を喜んでいる場合じゃない一緒に来てくれ!
「ははっ。何慌ててんだよ? それよりもカーチェに会ったか? あいつお前が帰ってくるのずっと待ってたんだぞ。今日も大樹ダアトの近くで……ほらっ、見えるか? 水魔法の練習してるの」
ロンが咳き込みながら伝えてくる。大樹ダアトの近くでは、輪郭がはっきりとしない水竜が空中を泳いでいる。
カーチェ……。
「どうしたサクゴウ? んっ、何だ? ……煙? おいおいおい燃えてるぞ! 緑山が燃えてるぞ! 何だ? どうなってるんだ!? お、オイ、サクゴウ!」
カーチェ! 今行く! だから無理しないでくれカーチェ! カーチェ!
視界が暗転した、次には生命の大樹ダアトの近くに私は座っていた。そうだ、あの放火はカーチェが消した。だがそれと引き替えにカーチェは……何者かに殺された。
体を凶器で切り刻まれ殺された。あれから私は大樹ダアトを守り続けた。それと同時に犯人を、カーチェを殺した奴を見つけようと必死になった、だがそうそう上手くいかないものだ。
時間だけが経過していった……
「サクゴウ……」
ロンか? ははっ。随分老けたな。ということは私も老けているのかな……
「いい加減に戻ってこい。こんな所で何年も暮らして正気とは思えないぞ!」
私は大樹ダアトに話しかける、いや、ダアトにじゃない……カーチェにだ。
よかったねカーチェ。ロンが来てくれたよ。これで寂しくないね。
「もうやめろ! おかしくなったのか!? 俺とお前だけになったんだぞ……俺は今小さな道場を構えてる。そこで子供達に魔法を教えてるんだ。でもこれは本当ならお前がやるべき事だろ! カーチェの意思を、お前が引き継がないでどうする!? 俺だって、もう病気が……」
ロンは吐血し膝をついた、ロン? ダメだ! お前はまだ死んじゃいけない! 良い奴は長生きしなきゃダメだ!ロン! ロン!
視界が暗くなる。暗闇の中私は立っている。一人になってしまった……ジッケもロンも。それにカーチェも皆私をおいて逝ってしまった。
でも三人にいつでも会える、大樹ダアトにあの三人はいるのだから。私はロンとカーチェの意思を継ぐため山を下り、道場で暮らし始めた。
ロンが死んだ為、道場には教え子が一人もいない。だがそれでいい。
私は私と同じように、身寄りの無い子を引き取り魔法を教えた。偶然なのか必然なのか蝙蝠人、蛙族、獅子人の子供達を引きとった。
三人の面影があったからなのか、今となっては分からない。三人は順調に育っていった。
思えばこの時間こそが私の生涯で一番の安らぎだったのかも知れない。三人を食わせていく為にどんな仕事もした。
時間を作り大樹ダアトの様子を見に行き、三人と話した。今日も弟子達に魔法を教えた後に大樹ダアトに、三人に会いに行くと。
全てが燃えていた。
何もかも無くなっていた。生命の大樹ダアトは始めから存在していないかのように消し炭になっている。辺り一面が焼け野原となっていた。私は叫んだ。
この叫びが悲しみなのか怒りなのかも分からず叫んだ。
犯人を探しだし殺してやる。同じように燃やしてやる、憎悪が私の中を巡った、だか、足は一歩も動かなかった。
きっと耐えられなかったのだ。
親友を失い。
愛した女を失い。
拠り所にしていた大樹を燃やされ。
磨耗し続けた私の心はその重荷に耐えられなかった。
叫んだ。喉が張り裂ける程叫んだあと、私は全ての意識を手放した。
三人の弟子が気にはなったが、もう立派な大人になったから大丈夫だろう。
私は疲れてしまった。
生命の大樹ダアト、守れなくて……ごめん。
カーチェ、ジッケ、ロン。
今行くから待っててくれ……




