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嵐の前に


 海を一望できる小高い山の上に天使の使徒の隠れ家はあった。

 海国を少し離れた場所である。丘に立てられた十字の木は実に不格好であるが、それで良いと綾人は肯く。


 一通りの供養が終わり一息つく。隠れ家は五十人も暮らしていた建物である。四人で使用するとその広さに考え深いものがある。


「相棒、そっちの服が見慣れてるな」


「まぁな、俺と云えばスカジャンだしな」


 白い服を脱ぎ、いつもの黒一色のコーデとトレードマークのスカジャンを着込んでいる。

 広間に集まる一行の重苦しい空気を払拭するように、ルードは明るく振る舞う。


「さて、色々と状況が掴めてきたけど、どう動く? 綾人?」


 ティターニが間髪入れずに問いただすと、三人は綾人に注視する。


「んなもん、決まってんだろ」


 少し間をあけ、綾人は答えた。


「皆殺しだよ」


 その言葉は正義の言葉ではなく、復讐という増悪に固めた言葉だ。

 だがティターニ、ルード、ブットルは口端を上げる。三人の顔もまた正義とはかけ離れていた。綾人も同じようにニヤリと口端を上げた。


「そう言うと思ったわ。でも今は状況の整理からしていきましょう」


 いつものように冷静なティターニの言葉に「オウッ!」と綾人は返事を返す。

 この男にしては珍しく素直である。それはティターニの言葉に僅かな熱を感じた為である。

 ティターニだけではない、短く返答するブットルにも熱があった、綾人の頭の上に乗るルードに至っては鼻息荒く今にも飛び出さんばかりの勢いである。


 天使の使徒と直接の関わりがなくても、助けてももらった恩がティターニとブットルにはある、ましてや綾人の同胞であるならば思うところはある。


 綾人のように明確な敵討ちを望んでいないが、行動を起こすには十分すぎる動機と云える。

 それを感じたからこそ綾人は素直に従い、こそばゆい感情に包まれながらも口を開く。


「まず、皆と別れた日、もう、いつだったかも忘れたけどよ、一ヶ月以上前なのかな? 俺は魔人族の男と飛鷹に会ったんだ——」


 綾人の語りは実に淡々としていた。

 自身が魔人族の男と天使の使徒の戦闘に巻き込まれ、その後、六堂飛鷹の記憶の書き換えによりさも当たり前のように、天使の使徒の一員であったという記憶。


 日々魔人族と悪魔を探す日々であったと綾人は語る。


「目的は悪魔の駆逐と天使の解放。天使を解放すれば悪魔は滅ぶと教えられたよ。肝心の天使は今どこかに閉じ込められていて、その場所に辿り着く事、だったかな。勉強会もやってたからよ、この場所で」


 綾人はその光景を思い出すが払拭するように頭を振るう。


「俺が聞いた情報とほぼ合っているな」


 ブットルはティターニの様子を伺うように見る。エルフはさして気にしていない意志を示す。


「あの夜、俺は天使の使徒の代表者のダークエルフと会った。話した内容は綾人の言っていた通りだ。違う点と云えば、天使の使徒が危険な目にあったら助けてほしいと言われた事だ。ダークエルフは天使からのお告げで未来が見えるそうなんだ。その未来には俺が天使の使徒を助ける未来が見えていたのかもしれない。だがそれは叶わなかった——おそらくボタンのかけ違いのような現象が起きたのだろう」


 ブットルは綾人を見る。

 もし、なんらかのイレギュラーが発生したとすれば綾人に起因すると考えたが、ブットルは敢えて語らず心内に押し留める。


 ティターニはツイとブットルに視線を送る。


「そう。他には何か言っていなかった?」


「密会したことは黙っていろと言われたな、喋ると必ず厄災が起きると——」


 ——なるほどね。とティターニは短く返答し考え事を始める。


「もしかして、代表者って、あれか? あの銀色の髪と目で肌がギャルっぽい人か?」


「ギャル? というのはよく分からんが、銀色の髪と目は間違いない。あれは雷蘭の姫と呼ばれるダークエルフだ。相当な強者であると言われているよ」


 考え込むティターニを横目で見つつブットルはそれと——と言い。どうにも奇妙な感覚を持ちながらもあの場所の名を口に出した。


「綾人がさっき言った、天使が封印されている名は——無限牢獄という名前らしい。これも教えてくれたよ」


「オイオイオイ! それは本当かブットル⁉︎」


「あぁ、確かにそう言っていたぞ。何か心当たりがあるのかルード?」


 今まで黙っていたルードが慌て出す。

 綾人は不敵な笑みを張り付かせていた。


「全てが繋がってるってか、キメェ演出だよ。上等じゃねぇか! 全部まとめてブッ潰してやろうぜ」


「おう! それでこそ相棒だぜ!」


 二人のやりとりに疑問をもったティターニとブットルに、ルードは無限牢獄の説明を始めた。

 一生出られない牢獄。異世界人が集められる孤島であり、その場所から脱出し今に至る経緯を伝えた。


「でもよ相棒、天使の封印だったか? 俺様はあの島には長く、かな〜り長くいたが、そんなもんなかったけどな?」


「確かにな、俺はルードほど長くはないし、あそこではずっと畑作業しかしてないんだよな、何つうか——どうにもな——」


「ルードと綾人が居たとはな、偶然という言葉で片付けるには無理があるかも知れないな。それと悪魔ベルゼの言葉か、綾人が元の世界に帰還する為には無限牢獄に行く必要がある。確かに繋がっているな」


 ブットルの言葉に綾人とルードは肯き、全員が考える人となる。だが当然だが答えは出ない。

 その様子を見ていたティターニがおもむろに語り出す。


「無限牢獄ね。マリアンヌが行き着く先と、私達が行き着く先は同じということになるのね。色々と合点が言ったわ」


 語り出しの枕はどこか自分自身を責めるような口調であった、全てに納得したティターニの目に迷いはない。


「天使の使徒の代表であり、雷蘭の姫マリアンヌは——私の妹。私は妹を追って冒険者になったの——」


 ティターニはつらつらと己の過去を語り出す。今まで誰にも語ることのなかった話である。


 妹が天使の声を聞き、家族を殺し天使の力を借りてエルフの大虐殺の犯人であること、妹をマリアンヌを捉え問いただすことが旅の目的であること。


 語り終えたティターニは自嘲気味に笑う。

 その態度はバカな女でしょ? と己を責めているようにも見えるが誰も責める者はいない。


 聞き終えた三名は何も問わず、深入りせずただ黙っていた。その沈黙がティターニは少し嬉しかった。気持ちを切り替えティターニは再度語り出す。


「色々と気になるけれど、今は海国の問題に集中しましょう。私もブットルに話していないことがあるの。あなたがマリアンヌにあっていた夜。私は魔人族の男と会っていたの」


「はっ? おい、それって、あれか?」


 綾人の言葉にティターニは薄く微笑む。


「えぇ。綾人の感の良さだけは褒めてあげるわ。他はバカでしょうがないけれどね」


「お前は本当にブレないな」


「お前じゃないわ。ティターニよ」


 馴染みのやりとりも今は新鮮である。


「綾人が対面した魔人族で間違いないわね、それとさっき出会ったあの少年でもある。これが実に今回の出来事を厄介にさせていたと思うわ。あの夜、私の目の前でも魔人族の男は死んだの、でも次の日には魔物の大軍を伴って現れた。全くあの時に問いつめておけば少しはややこしくならなかったのかもね」


「もしかしてティターニ。あの夜、お前も何か言われたのか?」


「えぇ、ブットル。あなたの想像通りよ。あの魔人族の男は今際の際に亜人の蛙族には気を付けろと言っていたのよ。全く厄介な虚言だわ。おかげであなたに疑いの目を向けそうになった自分が情けないわ」


「そうだったのか。今は、疑いの心はどうだ?」


「これっぽっちもないわよ。私が早々に仲間を疑うような真似をするはずがないでしょう?」


 ティターニとブットルは皮肉めいた笑みを送り合う。

 ——なんだか急に仲良くなってね? という綾人の声に——だな。とルードが答える。


「でもややこしくしたのはもう一点あるわ。あの魔人族の男はベルゼと接触している」


 ティターニの言葉に綾人の片眉が動く。空気がヒリつくのを皆が感じた。


「これもややこしくしている要因の一つね。あの魔人族の男って何度も言うのもめんどくさいわね、仮にAとしましょう。Aはベルゼに会っている、私にエルフの大虐殺の真相を語る時に骸骨マスクを被った大男から聞いたと言っていたわ。それは間違いようがなくベルゼよね?」


 綾人は頷き、続きを促す。


「Aは本来アスモデアという悪魔からの命令を遂行していると推測されるわ、あの口振りからそこまでは読み取れる。でも話を聞く限りアスモデアというのはただ食うことを目的としていて、それ以外はどうでもいいような口振りだった、これだと今回のような複雑な一連と整合性がとれない」


「ベルゼは一度Aと接触し自分の駒として機能するかを見極めて、改めてもう一人の悪魔アスモデアだったか? そいつからも自分の指示を行うように命令した、か?」


「そうよ。さすがね綾人。おそらくベルゼが命じたのは——」


「天使の使徒達の首を綾人に見せる行為と、アクアの海国を滅ぼすと言う野望を伝え、両者を引き合わせることか」


「あなたも存外感が良いわよねブットル。そういうことよ」


 綾人は大きなため息を吐き出し——ようやくかよクソ野郎と小声をもらす。


 綾人は考える。

 ベルゼは何故一度Aと会ったのか、そして次はアスモデアからAに命令を伝えさせたのか。

 おそらく理由は至極簡単である。

 からかっているのだ、いつものように綾人を、皆をからかい遊んでいるのだ。

 亜人帝国の時のように、混乱を増長させる為だけにあたかもこの一連の出来事にもう一人の人物がいるように見せたかったのだろう。

 

 安直かも知れないが恐らくこれが正解である。

 悪魔の行動など理にかなっておらず、ただ自分が楽しい事をする。という思想であるからだ。


「なるほどね。どっちにしろクソベルゼが噛んでやがるのは分かったよ」


「何がなるほどなんだよ相棒! 俺様にはさっぱり分からねぇぞ?」


「つまりよルード。俺たちは何回死んでも生き返ったり姿を変える厄介なA——魔人族の男とベルゼにいいように振り回せれてたんだよ。そして今からも振り回される。実際に今からAの言葉通りに皆の仇をとりに行くんだからよ」


 綾人の言葉に要領を得ていないルード。

 ティターニの道筋立てた説明が入る。


 綾人が初日で出会った魔人族の男、ティターニが夜に出会った魔人族の男、翌日の魔物を引き連れていた魔人族の男、それと先ほどの少年。


 出会う度に死んだ筈の魔人族の男は全てが同一人物。

 死んでも死なない悪魔と同じような能力を持った男であり、おそらく五剣帝が追っている若者が減少する謎の中心人物。


 少年に姿を変えたのを鑑みると、若者を連れ去り悪魔アスモデアに献上していたのが事の真相と予想が付けられる。


 そして今からAの言う通り、アクアに正面から立ち向かおうとする。

 そのせいで魔人族や悪魔アスモデアはヒルコを手に入れるだろう。


「でもよ——」


 だが綾人には気になる点があった。


「あのベルゼが大人しく事が運ぶように黙って見ているか? 俺はそこも疑問だぜ。俺の予想はクソ女(アクア)とクソベルゼは既にコンタクトを取ってるんじゃねぇかと思う。そんで俺等の情報やA達の情報は筒抜け、それでいざドンぱちが起こった瞬間とか、そんな感じの誰も予想していない瞬間にヒルコってのが復活するんじゃねぇかと、俺はにらんでいる」


 綾人の考えに、ティターニはそっと顎先に指を這わせ思考する。


「その仮説はかなりあり得る話ね。そうなるとアクアが私やブットルに五剣帝の二人を常に同席させていた理由も合点がいく。あれはテイの良い監視ということね」


「俺たちは初手から動きを封じられていたわけか。となるとこの街で早々に絡まれたチンピラ達はアクアの命令だったというわけか」


 ブットルも合点がいったとばかりにため息を吐く。

 ルードも納得しつつアレ? と疑問をぶつける。


「なぁ、ティターニ。結局ヒルコってのは何なんだ? 俺様はそこがさっぱり分からねぇ。Aの話だと兵器とか言っていたけどよ」


「それは、私にも分からないわ——」


 ティターニの言葉を最後に沈黙が生まれる。

 まだ疑問はある、アクアが海国を滅ぼそうとする理由、悪魔アスモデア、魔人族Aの存在、それと謎ばかりのヒルコの存在。


 四人の考えは一致したが、ヒルコという存在の明確な答えは出ていない。

 だがいつものように——。


「まぁ、それはよ、あの女をブッ飛ばせば分かることだろ」


 いつものように空上綾人が行動を開始する。

 その後ろをルードが、ティターニが、ブットルが追う。いつもと変わらない。


 罠であろうが何であろうが纏めてぶっ潰す。綾人の瞳は黄金色に変わると空から小ぶりな雨がまた降り出した。


「行くのね?」


「あぁ、力貸してくれるか?」


「勿論よ」


 ティターニは呆れたように微笑む。


「綾人」


「悪りぃなブットル、そうそうに揉め事だ、頼めるか?」


「任せてくれ」


 ブットルは不適に微笑む。


「相棒」


「ルード、お前は黒豆竜で危ねぇからよ、亜人帝国の時みたいに空から状況を見ていて逐一連絡くれ」


「おう! っていま黒豆竜のくだりいる⁉︎ なんでオチつけたし!」


 四人はクスリと笑みを溢したあと、天使の使徒の隠れ家を跡にする。

 綾人は立ち止まり振り返ろうとしたが、振り切るように足を前に出す。

 やがて嵐がくる。


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