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二度目の涙


「これで名実ともに海国では犯罪者ね。全く、綾人は人を犯罪者にする才能だけは持ち合わせているのね」


「うるせぇな。嫌なら帰れよ、あとはルードとブットルでやっから、お前は帰れ」


「うわわわわ〜っん。死んだかと思った〜お前が死んだら俺も死ぬ〜って。亜人帝国の往来で白昼堂々と叫んだ男の台詞とは思えないわね。あなたは私の策の上で踊ってなさい、泣き虫君」


「てめぇ! そういうこと言うのかよ! 知ってて気付かないふりする陰湿女がよ!」


「全く。久々の再会なのに直ぐさよならなんて。私、悲しいわ。どうする綾人? 心臓を一突きが良い? それとも頭と体を離す方がいいかしら? 好きな方を選んで良いわよ。来世に期待をするのなら、頭を切り離す方がオススメよ。バカな頭がついたままこの世を去っても、来世もバカに生まれてくる可能性が高いものね」


「ちょっと〜ちょっと〜。直ぐですよ、このアタオカエルフは! 直ぐ人を殺そうとするんだよ、あぁ〜嫌だ嫌だ。少しは器のデカさを見せたらどうだよ。これだからお前は色々と成長しないんだよ、本当に色々とな——胸とか(小声)」


「死ね!」


 真上から振り下ろされた短剣を瞬時に半身を引いて回避する。

 躱しきれなかった髪の毛が数本地に落ちる。

 

 綾人は逃げながらも悪態を吐く、ティターニも負けじと悪態と短剣を繰り出し続ける。

 それを見るルードとブットルは特に気にした様子もなく作戦を立て始める。


「さて、どうしたもんか」


 ブットルはチラと会議場を見渡す。正面から乗り込むのは得策ではない。

 今も多くの憲兵が在中しており、おそらく建物内には五剣帝もいるだろう。

 二の剣・シンラとの激戦を思い起こせば、改めて争うのは得策ではないとブットルは感じている。


 思案の後手の平からシャボン玉を発生させる。

 水魔法で自身を水に変え地中に潜る。会議場に侵入した後は、水牢で天使の使徒一団を押込め移動させるか? と己に呟く。


 これは、亜人帝国で実際にやってことでもある。だが、あの時は三人だけであった。天使の使徒はおおよそ五十名ほど、それを運ぶのは流石に——待て? 何かが引っかかる。


 ブットルは己の心内にある僅かな棘に気付く、綾人を発見したことで忘れていた、小さな棘である。それはダークエルフからの言伝。


 ——結局、天使の使徒らとコンタクトを取らぬままで終わってしまったのか。


 そう。天使の使徒の長たるマリアンヌから、何かあったら助けて欲しいとの言葉を授かっていた。だがそれ果たせなかった約束となる。


 裏をつけば、天使のお告げは絶対という。マリアンヌの言葉が外れたことになる。

 では外れた要因はなんなのか? おそらく不確定要素の出現なのだろう。

 それは一の剣・アクア・スカイラの行動なのか、それとも、自分たちが天使の使徒から一人を、綾人を半強引に連れ去ったことが原因なのか。


 その回答ができる、ダークエルフはもういない。


「ブットル。一旦俺様が空から様子を見てこようか?」


 隣で浮くルードの問いに「あぁ、そうだな」と気の抜けた返事を返す。視線は今も短剣の嵐を回避する綾人に向けられていた。


 考えても答えはでない。意識を切り替え再度会議場に目を向けると同時に、キキキキッ——となんとも耳障りな声が届いた。


「困ってるようだな」


 ブットルに話しかけたのは威勢の良さが顔に現れている人族の少年。ボロを纏った少年は雨を気にせずズブ濡れになっている。


 このタイミングで話しかけてくるのは、海国の闇になんらかの形で関わっている者と推測が立つ。

 ブットルはスッと体と指先を少年に向ける。


「なにか用か、兄ちゃん?」


「キキキッ、おぉ、怖いな。そんなに威圧しないでくれよ。俺はある人に頼まれて、アンタラに協力しにきたんだよ。敵じゃない。言葉を聞かないうちにズドンなんてのは止めてくれよ」


 何が面白いのか少年は自分の言葉で猿のように笑い出す。どうにも少年の風貌と言葉遣いがちぐはぐである為、ブットルは違和感を感じる。


「ある人? 誰だ?」


「それは、言えないな。言ってもいいが、俺にメリットが無い。とにかく敵じゃないんだ。そのある人の力を借りてよ、あんたらが欲しいものを用意したってわけだ、ほれ」


 少年は、小さな小袋を投げつけてきた。

 小袋は取り出し口が紐で縛られている。受け取るブットルに少年は、紐を解くようジェスチャーした。


「ブットル?」


 安直に紐を解くほどこの男は素直ではない、じっと袋を見る姿にルードが声を掛けた。


「いや、敵意は感じない。袋の中身は、おそらく無限収納か何かの筈だ」


「キキッ、ご明察だ。さっさと紐を解いて中を見なよ」


 側でやりとりを見守っていたルードを自らの背後に回らせ、ゆっくりと紐を解く。

 中身を見るとブットルの無機質な瞳が揺れる。


「なっ、これはっ——」


「だから言ったろ? 今、お前達が 欲しがっているのだって、キキキキッ」


 少年は楽しげに笑うが、その猿にも似た声には苛立ちしか感じられない。


「おいおい。良心的とは言えねぇな」


 ブットルが明らかな動揺を見せたため、ルードはそっと子袋の中を覗く。

 それを見ると息をのみ、明確な敵意を表しながら少年を睨む。


「どうしたんだよ。ってか、誰だよそいつ?」


「ルード? ブットル?」


「綾人、落ち着いてこの中身を見てくれ」


 二人の様子に気付いた綾人とティターニは訝しみながら近づく、

 ブットルは言い聞かせるように子袋の中身を綾人に見せた。

 


 ————。



 見た瞬間に瞳孔が開き心拍が跳ね上がるのを綾人は自覚した。

 

「——み、んな」


 綾人の溢れた言葉は雨音によって消されてしまう。それほどに弱々しい言葉であった。


「ねぇ? これはどういうつもりかしら? あなたは私達の敵と思っても良いの?」


 同じく中身を見たティターニが嫌悪感たっぷりに少年に言葉をぶつける。右手は腰にある短剣の柄を握る。


「よしてくれよ。俺は争う気はないんだ。あんたらの手伝いをしたくてやったんだよ。偶然にも俺らの利害関係は一致しているんだよ。こっちは信用されたくてわざわざ危険を冒したんだ、それと俺が拾い上げる前からその状態だったんだからよ。やったのは俺じゃないぜ」


 軽薄な口調は止まらない、耳を貸しているのはルードとティターニとブットルのみ、綾人は子袋の中身から視線を外せない、頬には雫が垂れる。


 小袋の中身は赤で染まっていた。それは、多くの者達の血。

 五十人全員の生首である。

 小袋の中は圧縮されており、生首はフギュアにでもした大きさである。だが本物である。

 今も輪切りにされた断面からは血が流れている首もある。それが今し方切断されていたのだと分かる。


 綾人によくしてくれた、蛸爺、猫婆、そして——。


「飛鷹——」


 六堂飛鷹の灰色の瞳には何も映っていない。綾人は小袋を胸で抱える。言葉は何も出てこない。


「言っとくが、俺が全員の首をチョンパしたわけじゃないからな。初めからされていたんだよ。それを警邏の目を盗んでその収納付き小袋に収めてとんずらこいてきたんだってわけだ。今中では大騒ぎだろうよ」


「そう——ところであなたは何者なの? 私達がやろうとしていたことを代行してくれたのは、感謝を言ってもいいけれど、どうにも信用する気になれないわね。それによくあんな厳重な守りの中、たった一人でそんな芸当ができたわね」


 ティターニが顎で示す場所は会議場。

 言うように今も忙しなく憲兵が周囲を見回り、何やら慌てた様子で方々を駆けている。

 おそらく死体が消失したからだろう。そうなるといつまでも会議場の近くで身を隠すのは危険である。


「キキキ。ここで長居するのは得策ではないな。場所を変えよう」


 この場に止まる危険性を感じているのは少年も同じのようだ。

 一行の許可も取らずに歩き出す。さも付いて来いと言わん行動は、やはり十代の態度ではない。


 訝しみながらも、他に選択がないのは事実。

 三名は渋々ながらも了承し、綾人に視線を送る。


「行くしかねぇよな」


 そんな言葉が僅かにそれぞれの耳に届く。一行は少年から僅かな距離を保ちながら動き出す。

 小袋を抱える綾人の手は震えている。それは怒りか、悲しみか、絶望か、虚しさか、何の感情かは本人も分かりかねている。


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