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【番外編2】能力者たちの前夜

 



※ややグロ注意※



 

 

 誰もが明らかに“おかしい”と思うタイミングで、そのデパートの出入口はシャッターを下ろした。8月の日曜日の正午前。雨が降ってはいるが、客は多く、一番賑わっているこの時に。

 警告音が鳴り響き、赤いランプが点滅し、分かりやすく“緊急事態”と告げながら、シャッターが下りる。この段階で、異様な空気に気が付き、行動できる人間などほとんどいない。

 大半の人が――誤作動だろうか――と思ってざわついた。その頭上へ、館内放送が入る。

『あ、えー、お買い物中の皆々様へ、残念なお知らせでーす。』それは軽薄な調子で始まった。誤作動のお詫び放送を予期していた人々がどよめく。『えー、ただいまー、当デパートは我々、能力者によって、占拠されましたー!』

 さらりと行われた宣言に、どよめきが一層大きくなった。理解できない言葉に、それでもようやく本能が察した――すなわち、今この場はどこよりも危険だ、と。パニック寸前の群衆を、まるで嘲笑うかのように、放送は続く。

『我々の名は《デッド・エンド・ナイツ》』――それは数か月前から、この県内を中心に活発に動いているテロ集団の名前だった――『世界法則をぶち壊し、通俗理念を書き換え、一般常識を塗り替える者たちである。ありえないだろうけど――もし生き残れたならば、恐怖とともに、我々の名を刻みつけてねっ!』

 それは、虐殺開始の合図だった。

 1階の真ん中、吹き抜けになっているエスカレーターホールで、黒いスーツの男が手を振り上げた。

 瞬間――「青尉っ、待て!」――2つの能力がぶつかり合う、大きな音が響き渡った。


☆1


 さて、ここで話は数時間前に戻る。

 窓から空を眺めながら、黄佐はわざとらしい笑みを浮かべて言った。

「雨だねー、青尉?」

「そうだな。」

「これじゃあお仕事できないねー、青尉?」

「うん、無理だね。」

「ところで、朱兄が昨日言ったこと覚えてる?」

「“雨が降ったらな。降ったら買い物でもなんでも行ってやるよ!”」

「そのとーりっ! そして? 男に?」

「二言は無い。」

「と、いうわけだから朱兄――」黄佐は不意に声のトーンを数段落として、「――いい加減腹ぁくくれよ。とっとと動けっての。」

「・・・。」リビングに寝転がっていた朱将は、深々と溜め息をついて、上半身を起こした。「・・・別に、買わなきゃいけねぇもんなんて無いんだけど。」

 瞬間、黄佐は歯をむき出して、「うっそだねー! 俺分かってんだから! デパート行くのが嫌なのは着ていく服がないからだって!」

 朱将はぐっと言葉を詰まらせた。図星だった。

「もうこの際作業着でもなんでもいいよ! 裸じゃなければ問題ない! ともあれ朱兄には服が必要だ!」

「・・・金はやるから適当に――」

「はいアウトー! 中学生男子じゃないんだから、服ぐらい自分で見て買いなさいっての! めんどくさがって俗世から遠退くのはよくないよ! 仙人じゃあるまいし!」

 お母さんモードを発動させている黄佐に敵う奴は、本当のお母さんしかいない。

 朱将はわずかな期待を込めて青尉を見た。が、青尉は完全に冷め切った眼で、“早く諦めろよ”と語っている。――くっそ、あの野郎・・・自分が部活休みで、スポーツウェア見たいからって・・・っ!

「あ、け、にぃー?」

「・・・分かったよ行けばいいんだろ行けば・・・。」

 高圧的な笑顔を前に、朱将は遂に折れて、立ち上がった。降水確率30パーセントに裏切られた気分だった。


☆2


 で、結局こうなるから嫌なんだよ・・・。――朱将は溜め息を飲み込んだ。3人は3人とも、服やら何やらが詰まったビニール袋をその手にぶら下げていたが、青尉は朱将の倍、黄佐はそのさらに倍の量を持っていた。黄佐が言葉巧みに朱将を連れ出すときは、もちろん朱将のためを思ってのこともあろうが、大抵、自分が金欠か何かであって、家の財力を使って買い物をしたい時に決まっているのだ。――大体、男兄弟3人で服を買いに行くってのがまず理解に苦しむところだよな・・・まぁ、そこはしょうがねぇんだけど。

「よーし、時間も時間だし、昼飯買って帰ろうか! 昼飯遅くなると親父がうるさいし。ね、2人とも、何食べたい?」

 ひどく上機嫌の黄佐がそう言ったまさにその時――警告音とともにシャッターが閉まったのだった。


 そして話は冒頭に戻る。

 刀堂兄弟は館内の誰よりも早く、危険を察知して柱の陰に隠れていた。しかし、スーツの男が手を振り上げた瞬間――青尉が、荷物を放り投げて飛び出した。

「青尉っ、待て!」

 朱将の制止が背後に遠退く。青尉はさっき買ったばかりのシャープペンの芯を、躊躇せず自分の前にばら撒いた。変形。――硬くなれ!

 ずるっ、と、体の中で未知のエネルギーが動く感覚がした。利き手ではない方の手で文字を書くような、そんな使い慣れない感触。しかしその一瞬を耐え抜くと、シャーシンは膨れ上がり、本来の体積の数倍にまでなって、カチリ、と固まっていた。

 刹那、トラックが壁に衝突したような轟音が鳴り響いた。

 シャーシンの壁が粉々に砕ける。視界一面に広がった黒点の向こうで、驚愕する男の顔が見え――次の瞬間、男は朱将に蹴り飛ばされて視界から消えた。

 ぱらぱらぱらぱら・・・と、雨が地を打つような音を立てて、シャーシンの破片が床に落ちる。

「朱兄――」

「こっの、馬鹿っ!」

「うぐっ!」

 思い切り頭を殴られて、青尉はうずくまった。

「いっ・・・てぇー・・・なっに、すんだよっ!」青尉は涙目になって朱将を睨み、噛み付いたが、朱将にとっては子犬が吠えているも同然だ。

「後先考えずに突っ込んでんじゃねぇよ! 相手が何するかも分かってねぇのに、何かあったらどうするつもりだったんだ!」

「いや、今のは俺が出なかったらやばかったって! 絶対、何かやばいことになってたって!」

「そうだとしても、だ! 大体、突っ込むなら突っ込むで、防御した後にぼーっと突っ立ってんじゃねぇよっ! やるんだったら、完全に相手が黙るまで止まんなっ!」

「いやぁ、さっすが朱兄――」壮絶な兄弟喧嘩に平然と首を突っ込んだのは、黄佐だった。「――元ヤンは言うことが違うねぇ。はい、これ。」

「あぁ? なんだよこれ。」

 黄佐が手渡したのは、真っ赤な無地のキャップだった。青尉には青いキャップを被せ、黄佐自身も黄色いキャップを被る。

「そこの帽子屋さんで買ってきた。防犯カメラと、録画対策。」

「なんでそんなこと。」

「俺ちょっと考えたんだけどさ、」と、黄佐はさも当然のことのように、「これ、警察の対応待ってたら、帰るの何時になると思う? とてつもなく遅くなることは明白だよね。で、今は11時半だ。俺らが帰らないと、昼飯が無い。――さぁ、親父がなんて言うだろうね?」疑問形で言いながら、黄佐は答えを待たずして――待つまでもなく、全員が同じ答えに行き着くだろうことは分かっていた。「ということは、だ。俺たちとしては警察よりも早くこの場を収めてしまって早急に帰りたい。出来れば警察のお世話になる前に。そして、それが出来るのは、おそらく・・・というか、確実に、かな。能力者の青尉、圧倒的武力の朱兄、それらを保有している俺たちだけ――だと、思うんだけど、どう? 目の前で死人を見るのも嫌だし。出来ることならやっちゃいたいよね?」綺麗な建前上の提案をした後、黄佐は続けざまに本音を吐いた。「というか、他人に助けられるの待ってんのって、たるくない?」

 それを聞いて、朱将と青尉は口々に言った。

「同感。」

「同意。」

 基本的にどいつもこいつも、短絡思考で血の気の多い兄弟なのであった。

 黄佐がにこやかに宣言した。それは、館内に流れた放送とは正反対の内容でありながら、同じくらいの軽薄さで行われた。

「ですよねー! それじゃ、さくっと制圧、してみましょっかー!」


☆3


 3人は1階と2階の間の踊り場に座り込んで、作戦会議を開いていた。と言っても、黄佐が作戦を告げるだけの場なので、“会議”と称すには相応しくないかもしれないが。

「6人組なんだってさ。この・・・《デッド・エンド・ナイツ》? って連中。」黄佐はネットから拾ってきた情報を読み上げた。たくさんの事件を、特に隠すことなく起こしてくれているおかげで、とても情報を集めやすい。「うわ、結構ヤバい連中だね・・・人を殺すのを目的に、デパートとか電車とかを占拠しているらしい。今回が3件目だけど、すでに50人近く殺してるってさ。これは捕まったら即刻死刑――あぁ、死刑は廃止されたんだった。無期懲役だね。んで、電子機器に干渉できる奴と、テレポートができる奴がいるらしい。シャッターはその、電子機器をどうこうする奴の仕業だろうね。出入口を断ってから、各階でそれぞれ適当に暴れまわって、最後はテレポートでさくっと脱出って算段かな。いやぁ、便利だねぇ能力って。これじゃあ警察も捕まえらんないわけだ。」

「で? 作戦は?」と、朱将。

「第1目標は3階。」と、黄佐は指を立てながら、「文房具屋。そこでシャーシンを補充したいね。第2目標は、たぶん5階。電子制御室的なところに行きたいんだけど・・・このデパート7階建てだから、たぶん5階辺りだと思うんだよねー。まぁとりあえず、そこに行って、出入口のシャッターを開けたい。んで、この2つの目標を達成するまでに、残りの5人を全員倒していく。なお、脱出に関しては、シャッターを開けた瞬間全員が殺到するだろうから、それに紛れて警察の目をやり過ごすってことで。」

 その時青尉が手を上げた。

「はい、質問。」

「はい、どうぞ、青尉くん。」

「同意した上に、俺が真っ先に飛び出しておいてアレなんだけど・・・マジでやんの?」

 青尉の、真っ当と言えば真っ当な質問に、しかし朱将と黄佐はきょとんとした顔を返した。あっこれは質問を理解されてない――と察した青尉は、言葉を重ねた。

「いやだって、相手、かなり凶悪なテロリストなんだろ? 俺ら一般人・・・ガチで、戦うの?」

 ところが兄たちはさらにきょとんと首を傾げて、

「凶悪っつったって6人だろ?」と、朱将。その言葉に青尉は思い出す――そうだった、この人は50対1で殴り合いの喧嘩して勝った人だったっけ・・・6人程度って思うよな・・・。

 続いて黄佐。

「ゲームだったらこれくらいのミッション、基本1人でやらされるからねぇ。3人なら楽勝だよ。」

 このゲーム脳めがっ!――青尉は質問したことを後悔した。一般常識など誰かに塗り替えてもらうまでもなく、この場ではすでに歪んでいる。

「いいか、青尉?」黄佐は弟の逡巡をよく理解していた――いや、それが普通だからね。「本当はね、どんな人だって戦えるんだよ。誰かを殴るのに技術はいらない。戦おうと思えば戦えるんだ。でも、ほとんどの人はそうしない。その理由は大きく分けて、2つあってさ。――まず第1に、報復を恐れるから。誰だって、自分が傷つくのは嫌だからね。そして第2に、“本当に殴ってもいいのだろうか”とか“自分が殴る必要があるのだろうか”っていう躊躇いが生じるからなんだよ。だから、戦いには理由が求められる。誰かを守るため、とか、敵が許せないから、とか。・・・朱兄の場合は、やられたらやり返せ、だけどね。」

「違ぇよ、」朱将は間髪入れずに訂正した。「やられる前にやれ、だ。」

「あっそう・・・ほんと物騒だよね朱兄って。まぁともあれ、だ。」折られた話の腰を元通りにして、「理由はそれぞれ。実は、無くたって問題ない。必要なのは覚悟だけってこと。オーケイ?」

「腹ぁ決めろ、青尉。喧嘩売ったのはお前だぞ。」

 朱将の言う通りだった。“喧嘩を売った”という表現にはいささか疑問が残るものの、吹っ掛けたのは確かに自分である。思い切り飛び出しておいて、今更尻込みするなど男が廃る。

「分かった。」青尉は覚悟を決めて頷いた。何より、一旦やろうと決めた兄たちが、自分1人抜けた程度で止まるとは思えない。だったら、付いていって力になりたい。

「よろしい。」黄佐が先生のように鷹揚に頷いた。「さて、それで、それぞれの役割だけど、青尉は基本、防御に徹すること。相手の能力をまともに食らったらやばそうだし、防御出来んのは青尉だけだから。ただし、電撃系には気を付けること。黒鉛は電気を通すから、自分まで感電しないようにね。」

「了解。」と、青尉。シャーシンのケースを握りしめる。

「朱兄は殴るなり蹴るなり好きに暴れて。ダメージさえ食らわなければそれでいいから。」

「雑な指示だなおい。」と朱将は言ったが、別に不服があるわけではなかった。「了解。」

「んで、俺は2人のサポートね。状況を見て指示したり、フォローしたりするから、よろしく。作戦会議は以上。」

 黄佐がそう言って締めると、3人はほぼ同時に立ち上がった。

「こっから先は、私語厳禁ね。」

「分かってるっての。」

「了解。」

「それと、青尉。」改まって名前を呼ばれ、青尉は黄佐の目を見た。「どんなことが起きていようと、起こってしまったことはもうどうにもならないから・・・努めて、感情を切り離すこと。いいね。」

 黄佐の言っていることは、正直よく分からなかった。しかし、その真剣な眼差しに、青尉はしっかりと首肯した。

「それじゃあ――行こう。」

 3色のキャップのつばが、触れ合うように縦に揺れ、次の瞬間走り出した。


☆4


 2階に上がって、青尉は先ほどの黄佐の言葉を理解した。

 そこには凄惨な光景が広がっていた。階段から逃げようとした人々を狙ったのだろう、上り切ったすぐ近くに、焼け爛れた死体がいくつも転がっていた。いまだかつて嗅いだことのない、不思議な臭いがして、なるほどこれが人の焼ける臭いなのか、と知った。――知りたくもないことだった。

 その中を3人は疾走した。朱将は眉一つ動かさず、前だけを見据えて。黄佐はむしろ、死体の中に生存者がいないか探るように、じっくりと視線を配りながら。

 青尉は、息が上がらないように気を付けながら、ただ朱将に並走することだけを自分の仕事だと言い聞かせていた――感情を切り離せ。今は何も思うな。余計なことを考えたら、走れなくなる。――黄佐のアドバイスが無かったら、止まっていたかもしれない。アドバイスのおかげで、止まることなく、冷静に――朱将と同じ、悲鳴の聞こえる方向へ、走ることができていた。

「傷の状態を見るに、おそらく相手は電撃系。」黄佐が後ろで言った。「朱兄、あまり近付きすぎないように。攻撃には武器を使うこと。青尉、先に防御展開しとけ。」

「了解。」

「了解っ。」

 青尉はシャーシンケースを開けて、中身をすべて手のひらの上に広げた。集中する――変形。数瞬のラグの後、単純に分厚いだけの壁が形成され、青尉の隣に浮かんだ。

 フロアの角を曲がったところで、初めて、動いている影が見えた。異様な軌道で飛び交う紫電も。悲鳴が一段と大きくなる。――途端に、青尉の走るスピードが急激に上がった。まるで両足にロケットブースターでも付いているかのような、爆発的な加速。もとより瞬間的な加速力は、兄弟内で随一なのだ。あっという間に兄たちを引き離して――先の逡巡が嘘のように――青尉はいち早く戦場に飛び込んだ。

 雷撃を放っている人物の前に躍り出る。作っておいた壁を前に置き、縦横に面積を増やす。

 轟音とともに火花が散った。シャーシンの壁は、電撃を完全に受け切って、1階の時のようには砕けなかった。相性の問題だろうか。

「はぁっ? え、何?」

 壁の向こうで男がとぼけた声を上げた。

 青尉は右手を握って、素早くシャーシンを圧縮し、視界を確保した。改めて敵を見れば、それはやはり黒スーツを着た男だった。

「何だ、もしかしてあんたお仲間?」男は下卑た笑みを浮かべて、手のひらを天井に向けた。その上で雷光が走る。「えー、マジでー? なんで一般人の味方なんかしてんの? もしかしてヒーロー気取り? ウケるんですけど。」

 と、笑った男を、背後から忍び寄っていた朱将がマネキンで思い切り殴り飛ばした。卑怯? 姑息? 悪辣? なんとでも言え。安全かつ確実なのは一に奇襲、二に奇襲である。容赦のない先制攻撃こそが必勝の秘訣だ。

 鈍い音が響いて、床に熱烈なキスをした男は――そのまま、動かなくなる。

 一部始終を真正面から見ていた青尉は、思わず言っていた。

「・・・え、殺してないよね?」

「死なねぇよ、この程度じゃ。」

「全員が全員、朱兄ほど頑丈なわけじゃねぇよ・・・?」

「鉄パイプよりマネキンの方が柔らけぇんだから、大丈夫だっての。気にすんな。」

 その後ろで、人一倍冷静な黄佐はさくさくと「はい、無事な方はゆっくりと1階に移動してくださーい。パニックを起こさないように、ゆっくりとお願いしまーす。」などと避難誘導をしていた。


☆5


 再び階段を使って3階に上がる。

「青尉、シャーシンの残機は?」

「今浮かんでんのと、あと1ケースだけ。」

「オッケー、そしたら、まず真っ先に文房具屋を占拠する。青尉、突っ込むなよ。」

「・・・了解。」

 一瞬開いた間に、朱将と黄佐は悟った――あ、絶対コイツまた突っ込むな・・・――と。しかし、あえて重ねて止めようとは思わないのだった。青尉の行動は合理的でなく、感情任せで、危なっかしい。自分より他人の命を優先することを、本能的に行ってしまう。兄たちにとってみれば、それは真っ向から戦うことより、ずっと理解できないのだった。――できないが故に、守りたいと思うのだった。

 3階に入ると、そこには一段と酷い世界が広がっていた。

「青尉、下見んな。」

 黄佐の指示に、――それより一瞬早く下を見てしまって、そこに転がる何かが視界に入り、――素早く青尉は目線を上げた。スプラッタは苦手ではない。が、作り物と本物では重みがまったく違う。

 そこに宿っていたはずの命が。そこに存在し続けたかったはずの命が。理不尽に奪われもうこの世に存在しないこと。その命を愛する人がいて、その命の帰りを待つ人がいて、その命の喪失を悲しむ人がいること。

 その人々は切断されていた。焼け焦げるのとはまた違う。鮮烈な赤色が、濃密な鉄錆の臭いが、四方から押し寄せて精神を圧迫する。見ようとしなくても目に入ってしまう。目に入ってしまえば、意識せずにはいられない。

 青尉は歯を食いしばり、一歩遅れて朱将の背を追った。結果的に黄佐と並走する形になる。黄佐のその目はやはり、周囲をくまなく見渡していて、

「・・・なんで、平気なの?」

 青尉は意識せず尋ねていた。聞いてしまってから、私語厳禁、と言われたことを思い出し、慌てて口をつぐんで前を向く。

 聞かれた黄佐は青尉の横顔を眺め――その目が少し潤んでいることを、指先がかすかに震えていることを、知りながら――答えた。

「平気じゃないよ。」と、苦笑混じりに「平気じゃないけど、今は、泣くより先にやることがあるから。」

 青尉は黄佐を一瞥して、一歩踏み込み朱将に並んだ。揺らがない背中は追うのに楽だが、背中に隠れていては守れない。――俺の仕事は防御すること。相手の攻撃を、ほんの一筋も通さないこと・・・っ!

 少なくとも、兄たちが同じ状態になることだけは、許せるわけがなかった。


 フロアを1周して、敵がいないことを確認すると、3人は文房具屋に止まった。青尉がシャーシンを漁り、朱将が取った分の代金を律儀に―乱暴に―レジへねじ込んでいく。

 黄佐は周囲を警戒しながら、考えていた。――血の付いた靴跡が2人分・・・女性だな。小さいしヒールだ・・・エスカレーターで上に行ったのか。乾き具合から、そう前のことじゃないね。・・・けっこうしっかり組織化されてる? 別の階で誰かがやられていようと、自己責任って感じなのかな。――それから、黄佐の思考は敵の能力に関することへとシフトした。――・・・傷口はかなり鋭利なもので斬られたような・・・でも、そんじょそこらの刃物じゃないね。この人数の四肢をあっさり落として回るなんて・・・さすがは能力者って言うべきか。さて、問題はこの能力が、間接的に切断するものなのか、直接的に切断するものなのか、ってことなんだけど・・・。

 黄佐は文房具屋を出て、一番近くにあった死体へと近付いた。一瞬、心のどこかがずきりと痛んで、すぐにそれを振り払う。――今だけ、感情を切り離せ。戦場に心はいらない。

 傷口はよく見ると2種類あった。片方は大きく、鋭さにはやや欠けるが、至るところに見られる。人間だけでなく、壁や棚などにも、よく似た裂傷が入っていた。もう片方はより鋭利で、斬られた直後に繋げれば元通りになるのではないか、と思うほど、綺麗な切れ方――というかもはやこれは落ち方?――をしていた。――2人が別々の切断系能力を持ってる、って見た方がいいかな・・・。となると、厄介なのは直接切断の方で――

「黄ぃ兄っ!」

 青尉の声にはっと顔を上げると、目の前に真っ黒な壁が滑り込んできた。

 瞬間、壁が削られる嫌な音が鼓膜を劈いた。

 その、どこかで聞いたことがあるような音――少し考えて、歯医者の音だと思い至る――と、壁の下にできた水溜まりを見て、黄佐は能力の正体に思い至った。――分かった、ウォータージェットだっ! 気付いた黄佐は反射的に横へ跳躍した――シャーシンの壁を貫通した水が、黄佐のつま先を掠めて、床にまで穴を開けた。

 息つく間もなく、やや体勢を崩した黄佐へ小さな影が躍りかかってきた。素手。白魚のような、細くて小さな手が、黄佐の顔に触れようとして――。

「らぁっ!」

 裂帛の気合とともに、朱将が容赦なく蹴り飛ばして、その女性はもんどりうって転がっていった。――さっすが朱兄、女の子だろうと容赦ないや。

 朱将は止まらず、素早く黄佐の首根っこを引っ掴んで、後ろに跳んだ。――放たれた必殺の水流が、床に風穴を空ける。

 まろぶように距離を取った3人の背中へ、

「逃げんなぁっ!」

 女の甲高い声がそう叫び、手を横に振った。あらゆるものを切り裂き、貫き、両断するウォータージェットが、つい数瞬前まで朱将たちの頭のあった空間を横に切り裂いた。

 ちょうど横にあったエスカレーターが寸断されて、火花が散った。

 うわぁ、マジか・・・と黄佐が呟いた。同時に3人は立ち止まって振り返り、女2人と相対する。黄佐がぼそりと言う。

「見ての通り、右のポニーテールはウォータージェット・・・ウォーターカッターって言った方が分かりやすいか。それを使うみたい。何でも切れるから気を付けて。左のショートカットは、よく分からないけど、たぶん触れられたらアウトだと思う。そっちも切断系だから、距離を保って。」

「了解。」

「了解。」

 3つの帽子が上下に揺れると、

「相談はおしまいー?」

 ショートカットの女が、明らかに朱将を睨みつけながら言った。

「じゃあじゃあー、人生もおしまいにしようよー、ねぇー? あたしが終わらせてあげるよー、とびきり綺麗に、ね。」

 ねっとりと絡みつくような甘ったるい声。それに相反する物騒な内容。

 そして次の瞬間、無造作に女が走り出した。予想以上に速い踏み込みに、縮まっていく距離。蹴られたことを根に持っているのだろう、狙いは完全に朱将だった。

「青尉、なんか棒作れ。」

「あっ、おうっ!」

 唐突な指示に、しかし戸惑うのは一瞬。壁を作る要領で、それを細く長くし、(こん)を作り上げる。朱将がそれを掴んで、女を真っ向から迎え撃った。走ってくるのに合わせて、真上から振り下ろす。女はそれを軽く避け、横から回り込み手を伸ばした。朱将の腕に触れようとする――が、それを中断して後ろに跳んだ。誰もいない空間を棍が薙ぎ払う。追撃しようと踏み込んだ朱将――青尉がそこへ唐突にタックルをし、2人揃って柱の陰に倒れこんだ。直後、2人がいた場所を、水の刃が床から天井まで、縦に走っていった。

 青尉が体勢を立て直したところに、ショートカットの女が詰め寄ってくる。咄嗟に、青尉は壁を盾にした。が、

「っ!」

「これ君の能力ー? もろいねぇーふふっ。」

 ウォータージェットですらしばらく耐えてみせた壁が、目の前でパカリと真っ二つに切断されて、青尉は息をのんだ。生じた隙をこじ開けるように、女はシャーシンの壁の隙間をすり抜けて、青尉に肉薄した。致死性を持つ右手が目の前に迫り――青尉は反射的に右手を握りしめた。――変形。

「なっ!」

 女の体が不自然に固まった。見れば、切断してすり抜けたはずの黒い塊が形を変えて、全身に纏わりついている。それは手足を掴んで離さず、どれだけ力を込めようとも、微動だにしなかった。切断しようにも腕の関節を固められていて、触れることもできない。

「えぇー、なにこれーっ?」

「ナイス、青尉。」ぼそりと讃えた朱将が「よっ、と。」何の躊躇いもなく女の腹を蹴った。

 シャーシンの拘束に囚われたまま、女ががくりと首を垂れる。

「ほんっと朱兄って容赦ないよね!」どこから持ってきたのか、黄佐が消火器を片手に2人に合流した。「さ、あと1人だ!」

 ポニーテールの女は遠くから、手を掲げたまま、同士討ちフレンドリー・ファイアを恐れて何も出来ないようだった。青尉たちは青尉たちで、距離を縮める手立てを持たず、何もできない。

 膠着状態に陥った場に、

『――あ、あー、業務連絡ー、業務連絡ー。』うすらとぼけた館内放送が流れた。『全員、退却いたしまーす。瀧水はそこを動かないよーに。』その言葉に、ポニーテールの女が悔しそうな顔で舌を打った。放送は続いて、『赤・青・黄色の信号みたいなお三方?』刀堂兄弟に向けられた。当の本人たちは、一瞬誰のことを言っているのか分からず互いの顔をちらりと見て、自分たちが3色の帽子を被っていることを思い出した。なるほど、確かに信号だ。

『今回は見逃してあげるけど、次は無いよー? 覚悟してねっ! それじゃあ!』

 ブツンッ、と音を立てて放送が切れた。

 そして、ポニーテールの横に男が2人、現れる。2人の男――どちらもやはり、黒いスーツだった――は、青尉たちに向けて中指を立て、次の瞬間、手を繋いだと思ったら全員の姿がその場から消えていた。

「・・・テレポート、ってやつ?」

 黄佐が半ば呆然と呟いた。

「そうっぽいな。」と、青尉。「で、どうすんの、黄ぃ兄?」

 黄佐はせっかく持ってきた消火器――怯ませるのに使えると思って持ってきたのだった――を床に転がして、「・・・ま、計画通りに行こうか。とりあえず警戒は怠らずに、上に行ってシャッターを開けよう。」

 妥当な判断に朱将が頷き、3人は再び走り出した。


☆6


 4階はまだ蹂躙され始めたばかりだったらしく、2階や3階ほど酷い有様にはなっていなかった。5階はほぼ無傷だ。

「えーっと、たぶんこの辺なんだよねー。・・・あ、あった。」

 黄佐が探り当てた警備室は、こじ開けられており、中には警備員の死体が転がっていた。青尉は少しの間だけ、両手を合わせて瞑目した。朱将が、慰めるように青尉の頭へ手を置いた。

「あー、そっか、防犯カメラで見てたのね。そりゃ当然か。道理で、一旦上に行ったはずの2人が戻ってきたわけだよ。」黄佐はキーボードをぱちぱちと触りながら、「お、あったあった。あー、その前に、エスカレーターとエレベーターは危険だから使えなくして、っと。・・・んじゃ、開くよ。」

 エンターキーを押す。再び、警告するような音が、遠く1階の方から聞こえてきた。


 3人は警備室に帽子を脱ぎ捨てて、半狂乱になっている人混みに紛れた。警察はすでに外に密集していて、現場に居合わせた人を帰さないようにしていたが、パニックを起こしたこの人数を制御するなど神の御業にほど近い。よって、3人はまんまと警察の目を逃れ、買った物を回収した上、家へと帰ったのだった。

「ただいま。」

「ただいまー。」

「たっだいまー。はぁー、酷い目に遭った!」

 家に着くなり、3人は口々にそう言いながら、リビングに入った。するとそこでは、父・軍武(いさむ)がテレビの前に胡坐をかいており、「おう、おかえり。なぁ、これって、お前らだろ?」ニュースの画面をリモコンで指差した。

『速報です。超能力者の集団によって占拠されていたデパートが、つい先ほど解放されました。デパート内部では、占拠した集団とはまた別の3人組が、対抗するように戦闘行為を行っていたとのことです。こちらが、警察によって公開された、襲撃されたデパート内部の、防犯カメラの映像です。』

 アナウンサーがそう言い、画面が切り替わる。するとそこには、3人の男性が3色の帽子を被り、まさにあの女2人と交戦しているところで。帽子のおかげで顔がはっきりと映ることはないが――。

「お前らだよな? おい。」

 近しい者ならばすぐに分かるだろう。

 黙して語らぬ息子たちに、軍武は振り返り、怒鳴った。

「てめぇら、なに揃って危ねぇことに首突っ込んでんだよ、あぁっ? ――ふざけんなぁっ!」

 久々に轟いた雷は、向こう三軒両隣にまで響き渡ったという。


☆7


 ぽんっ

 軽快な電子音が聞こえ、辰生はすぐさま飛び起きた。携帯を放り出し、点けっぱなしだったパソコンに駆け寄る。――お気に入りのユーザーさんの新着動画! 今の情勢的にこれは・・・ビンゴっ! 駅前のデパートで起きた、能力者による虐殺事件だ!

 辰生は口笛を吹き鳴らして、すぐさま再生ボタンをクリックした。ほんの少しのロード時間中に、アップ主であるハンニバルさんのコメントを見る。『これまでに投稿された動画と、とある筋から入手した防犯カメラの映像を、切り貼りしただけのもので恐縮ですが・・・よろしくお願いしまぁああああああああす!』と書いてあった。相変わらず、ハイテンションな人だ。

 一週目はコメント抜きで楽しむ。――お、この3人がヒーローか・・・。3色の帽子、こんな組織あったっけかな?

 防犯カメラの映像がほとんどなので、彼らの会話は聞こえない。時折、叫ぶ声や悲鳴、能力による轟音、あとは館内放送が聞こえるのみだ。3人の内、1人――青い帽子の男――が能力者であるとはすぐに分かった。どこからともなく、黒い盾を取り出して、自在に動かし防御に使っているからだ。これ、何の能力だろう・・・見たことないタイプだな・・・。

 残りの2人に特段変わった様子は無いが、敵にとどめを刺すのは決まって赤い帽子の男だった。黄色い帽子の男は周りを入念に見ているだけで、戦闘には参加していない。この2人も能力者だとしたら、赤いのは身体強化系、黄色いのは索敵特化って感じかな。――ハンニバルさんによる戦闘解説パートが始まる。――へぇ、うまく連携できてるな・・・あの《デッド・エンド・ナイツ》相手に・・・。

 《デッド・エンド・ナイツ》はネット界隈ではかなり有名な集団である。というのも、よく動画を使って自分たちの宣伝をしているからだ。危険度マックス、関わったらヤバイ、というのが彼らに対する共通認識である。それを相手に、ここまで追い詰める連中など、いまだかつていなかった。

 ――すごいな、この3人。めっちゃ強ぇじゃん。

 見終わって、辰生は溜め息をつき、リピートボタンを押した。今度はコメントを表示する。最初の方は『うぽつ』『仕事早いwww』『さすがハンニさん』などといった労いの言葉が流れて行き、やがて戦闘への感想に切り替わっていく。

 感想の大半が『DEKひでぇ』というものだった。ちなみに、DEKとは“デッド・エンド・ナイツ”の略称である。ナイツは夜でなく騎士の方だ。

 辰生もそれらの意見に同感だった。ニュースではしっかり現場を映した映像は流されなかったが、この場では違う。無造作に転がる死体。飛び散った血。まるで同じ国内の映像とは思えないほど、凄惨な状態だった。

 動画の最後の方になって、膠着した戦場に《デッド・エンド・ナイツ》による放送が流れる。嫌味な声としゃべり方。2度目も変わらず、辰生は眉をひそめて――ところが、そこに合わせて打ったのであろうコメントに、思わず吹き出していた。

『さしずめ“信号戦隊・トメルンジャー”ってところかな。』

「ぐふっ、あっははは! 信号戦隊っ! トメルンジャーって! うっそだろっ」辰生は笑い転げた。「それはださいな! ださすぎるっ!」

 他のコメントもこの通り――『うっわ、なにそれだっせぇwww』『お茶返せ』『もうちょいまともなあだ名付けろよwww』『語彙力死亡のお知らせw』『俺のコーラを返せw』――非難轟々である。

 あぁあ、可哀想に。――と辰生は笑いながら思った。――こういうあだ名って、なぜか定着しちゃうんだよなぁ・・・残念過ぎるだろ。


 辰生はまだ知らない――この、残念なあだ名をつけられたまさにその人たちが、自分の友人とその兄たちであることを。そして、辰生自身もまた、彼らに深く関わるようになることを。

 能力者たちの夜の始まりは、まだまだ先である。


☆おしまい

 

 


☆あとがき

 華一愛さまのリクエスト「信号戦隊のお話」ということで、お送りいたしました。華一愛さま、リクエスト本当にありがとうございました! これは番外編でなく、本編でやるべき内容でしたね・・・ごめんなさい。華一愛さまのおかげでお届けすることができました、本当にありがとうございます!

 全体的にグロくなってしまったのは申し訳なかったと思っています。が、中にはこういう能力者集団もいるだろうなと思いまして。作者的には、基本的に人死には起こさない方向で行きたいのですが、このような凶悪犯罪がないと、『stardust・factory』の警察麾下入り話は進まなかっただろうし、『M=C』が比較的善良なテロ集団であることも伝わらないかなと判断いたしました。

 朱兄は容赦しませんよ。誰に対しても。青尉くんはまだ能力を使いこなせていない感じですね。能力者になって一か月、といったところですから。

 この一件を通して、朱将と黄佐は悟ります――また何か事件が起きたら、この弟は絶対に首突っ込む! ――と。突っ込むなと言っても聞かないのは明白。だったらいっそ鍛えてしまおうか、という結論に至り、本編のようなワンマンアーミーの青尉くんになっていくわけです。・・・ほんと、この話は本編でやるべきでしたね。

 ともあれ、以上! リクエスト番外編その2でした! ありがとうございました!


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