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第八夜-7


☆12


 どれほどの時が経っただろうか。青尉は、抱え込むように立てた膝へ額を当て、目を瞑ったまま、夢と現の間をぼんやりと彷徨っていた。採血が行われたのが、もう随分と前のことのように思える。ここから脱出しようだとか、どうにかしてやり返そうだとか、そんな気はすっかり失われてしまっていた。全身が冷え切って重たい。特に、変な体勢で座り続けていた所為か、腰と首が痛い。

 ――家に帰りたい。帰って・・・飯食って・・・あったかいところで眠りたい。

 このままでは叶うはずのない願望だ。すなわちそれは、即座に絶望へと切り替わる。状況を打破するための手立てなど思い浮かばないし、考える気力もないのだから、願い望むだけ余計に憂鬱になっていくのだった。

 目を瞑っていると、色んな人の息遣いや、身動ぎや、衣擦れの音が聞こえてくる。全員、監禁されている身だ。呼吸は速く、弱々しく、不安げな色を含んでいる。それを聞きながら、青尉はひたすらゆっくり、吸っては吐いてを繰り返していた。自分より怯えている人が近くにいると、かえって冷静になれるものだ。・・・なったところで、どうしようもないのだが。

 その時ふと、廊下を歩く微かな音が耳に届いた。――複数人いる。なんだろう?

 ついに移動させられるのだろうか、ここよりずっと遠くに――と青尉が思った矢先、扉が開いて、「うわっ! ったた・・・大切な人質なんだからもうちょっと丁重に扱ってくれたっていいんじゃないの、ねぇ?」酷く懐かしい声が朗々と響き、青尉は目を開けた。

 自分のすぐ前に、見知った人物が倒れている。その人はこちらに背を向けて、後ろ手に手錠をかけられながらも器用に上半身を起こした。顔は見えない。けれど、その声は、髪の毛は、全身は、青尉が最もよく知る人物のものであると明白に語っていた。

「――・・・黄ぃ兄。」

「ん? おお、青尉! 何か久しぶり! 大丈夫? 変なこととかされてないか?」

 と、頭だけをこちらに向けて、底抜けに明るく言った黄佐だったが、青尉はその顔に付いた傷を見逃さなかった。右の頬が赤黒く腫れて、唇の端に乾いた血がこびりついている。

「黄ぃ兄、その怪我・・・っ!」

「あぁ、これ? これはねー、いや、俺が悪いんだよ。ちょっとしくじっちゃって、あはは。まぁ、この程度のかすり傷ならすぐ治るさ。」と、言いながら黄佐は胡坐をかいて、自分を引きずってきた男――碓氷に笑顔を向けた。碓氷の後ろには武装した部下たちが数名控えていて、警戒心を丸出しに銃を構えていたが、そんなことに怯む黄佐ではない。「先に言っておくけれど、別に青尉の前だからって俺の口が軽くなるってことは無いよ。元々舌の回りは軽い方だけれど、その分扱える話題も軽くなってるからねぇ、重要なテーマをお話しできるほど俺の教養は深くないってわけさ。だから、適度なところで諦めたほうがいいと思うよ?」

「君は本当によく喋るねぇ、弟くんとは大違いだ。」

 やや呆れたような、苛立ったような口調で碓氷が言うと、黄佐はへらへらと笑って再びマシンガンの引き金を絞った。

「あはは、それ、よく言われる。三兄弟の内で俺だけ母さんに似たからね、しょうがないんだよ。まぁ、バランスが取れて丁度いいと俺は思ってるんだけどね。それよかあんたら、思い切ったことしてくれたよねぇ、うちの可愛い弟を誘拐していくなんて、命知らずにも程がある。というか、能力者が相手だったら何してもいいと思ってるわけ? だとしたらとんだ大馬鹿野郎の集まりだね。確かに現段階では能力者を取り締まる法律って定まってないわけだけれど、能力者と一般人を別物扱いする法律だって定まってないんだよ。あぁ、ごめんごめん、こんな当たり前のこと言うまでも無かったか。あんたらはそれを知っててやってるんだったね、こいつは失礼。」

「君――」

「ついでに俺まで誘拐してくれちゃって、本当に良い根性してるよあんたら。」口を挟もうとした碓氷をすかさず遮って、黄佐は言葉を続けた。青尉が顔を寄せて「黄ぃ兄、あんまり挑発しない方が・・・。」などと呟いたが、途中でやめた。兄には何を言っても無駄だと、弟である彼が一番よく分かっている。

「俺は生まれも育ちも生粋の一般人だよ? それを誘拐して拷問してってこれ完全に憲法違反じゃん。知ってる? 憲法第36条、拷問および残虐刑の禁止。」――正確にはこれは“公務員による拷問”を禁じるものだが、黄佐はあえて触れなかった――「これを遵守すべきだって言ってこの間死刑制度が廃止になったばっかじゃん、知らないの? 出るとこ出たら確実にあんたら有罪だよ。それにさ、銃刀法だってヤバいよね、それ。型番見た感じだと結構新しいやつでしょ、その銃。炭素繊維強化プラスチック使ってるやつ。青尉を相手にしようってのに余裕なことだねー、炭素繊維ってことは、大きく括ればシャーシンの延長線上にある物質じゃん。防弾ベストもあれだね、そのメーカーってことは、炭化ケイ素セラミックを使ってるやつだね。やっぱりシャーシンの強化版みたいなもんだ。そんなに――」一瞬だけ、黄佐は言葉を止めた。もちろんわざとだ。「――『ANTI・PSYCHIC・SONIC』を信用してるんだ。」

「っ!」

 言った瞬間、碓氷の顔色が変わった。

「・・・君、どこでそれを?」

「さぁて、どこだろうねぇ。本当、でかい組織って」

「惚けるのはいい加減にしてくれるかな。撃たれても」

「大変だよねぇ、末端まで管理が行き届かないから。俺なら」

「文句は言わせないよ。それに――」

 不意に、碓氷は言い争うのをやめた。そして――黄佐が飄々と「少数精鋭で完璧な部隊を作るね。大きくするなら独立性を保ったまま、ある程度自由にさせるくらいの度量がなくっちゃ。」などと持論を展開する――その後ろを見た。

 隣に座り込んだ沢木が、ちらちらと斜め左下を気にしている。碓氷は、彼の左腕がやけに青尉の方へ寄っていることが気にかかった。そしてその視線の先には、黄佐の背に隠れて見えなくなっている、青尉の右腕がある。――手錠と、能力封じの腕輪を掛けた、右腕が。

「ちっ!」

 碓氷は舌を打って、左手を前に振りかざした。ひょう、と空気が急速に冷え込む音がして――次の瞬間、黄佐の首から下の右半身が氷に固められた。

「黄ぃ兄っ!」

「うっ・・・つ、――」

 あまりに冷たすぎると、それは痛みとして脳に伝えられる。黄佐は奥歯で呻き声を噛み殺して、――最近こんなのばっかりだな・・・でも、俺の勝ち、だ! ――左手だけで針金を回した。

「そいつを引き剥がせ! 拘束しろ!」

 碓氷の指示が飛ぶ。慌てて武装した連中が動き出す。

 が、それを嘲笑うように、ぽつりと、

「遅いね。」

 呟いた黄佐の手から、針金が落ちる。カツン、と、リノリウムの床で腕輪が跳ねて――青尉は久々に蘇った感覚を懐かしみもせず、思い切り右手を握りしめた。

 瞬間、その場の全員の銃があらぬ方向に曲がり、ただの黒い塊と化した。何かが爆ぜるようなくぐもった音が、その塊の中で鳴った。「がっ」「うぐっ」などと苦痛の声があちこちから上がったのは、青尉が防弾ベストをそのまま収縮させたからである。

「くっ・・・このっ!」

 胴体を締め付けられる苦しみの中で、息も絶え絶えになりながら、碓氷は手をかざした――なにがシャーシンの延長線上、だよ! 無茶苦茶じゃないか・・・! ――が、青尉の方が早い。青尉が指先を軽く振ると、自らの装備に絡め取られた連中全員が宙を舞って壁に叩き付けられ、その場に力なく倒れ伏した。

 動かなくなったのを確認すると、青尉はさっきまで銃だった物質を手元に引き寄せた。

「手錠は斬るな。」黄佐が鋭い声で言った。「再利用するからね。」

「わかった。」

 頷いて、青尉は銃だった物質を液状にし、鍵穴に流し込んだ。固定し、それを回すと、あっさり手錠は黄佐を放した。自分の手錠も外しながら、並行して、黄佐の体を覆う氷を慎重に砕いていく。――外してみれば、なんて小さな鎖だったのだろう、と青尉は思った。こんなだったら、いくらでも脱出できたんじゃないか? 俺が1人で勝手に落ち込んでる間に、もっと、出来ることってあったんじゃないか? 黄ぃ兄は・・・・推測するに、朱兄も、俺のために動いてくれていたようなのに。俺は、一体今まで、何をしていた?

「あーおい。」

 深く俯いた青尉の頭に、黄佐は動かせるほうの手を置いた。この小さな弟が考えていることなど、手に取るように分かる。けれど、それはすべて結果論だ。確かに、手錠の外し方は俺や朱兄の方が上手いけれど、俺たちだって青尉の頃には出来なかった芸当だ。それに、どうしてもそれが出来ない状況に陥る時など誰にでもある。――ただ、それを理解するのは難しいことだ。だからあえて黄佐は、厳しい声を出した。

「あんまし思い上がんなよ、青尉。お前は、自分で思ってるほど強くない。」

「・・・。」

「でも、それでいいんだ。」黄佐は犬でも撫でるように青尉の髪を掻き乱して、そこを手掛かりにゆっくりと立ち上がった。「大丈夫。能力者ってのは、神様でも悪魔でも何でもない。ただの、人間だ。俺が、保証する。」

 いつになく弱々しい口調だった。青尉は黄佐を見上げた。顔色が悪い。殴られて紫色になっている部分以外は、蒼白になっていた。それに、呼吸もどこか荒い。

「いやぁ、参ったねぇ。」と、黄佐は壁に背を付けて、あまり参って無さそうな調子を取り繕って言った。「ちょっと体力使いすぎちゃった。年甲斐もなく、無茶したからなぁ。あ、青尉、その手錠と腕輪、そこの眼鏡の男――何だっけ、碓氷って言ったっけ? そいつに付けておいて。そんで、そこにある監視カメラ壊して、とりあえず入り口を封鎖。」

「――あ、うん。」

 途中から指示に切り替わった言葉を危うく聞き流しそうになって、青尉は慌てて頷いた。

 青尉が指示通りに動くのを見ながら、黄佐は頭を巡らせていた。気を抜くと考えるのをやめてしまいそうになる。殴られた頬――そして、脇腹や背中が、鈍く痛む。幸い、青尉にはばれていないようだが・・・虐めの基本は目につかない場所に、なんだよねぇ、と自嘲気味に思う。その上先程の氷漬けだ。あれで一気に体力を削られたような気がする。手足は冷えているのに、頭だけがぼうっと熱い。どうやら、眩暈に近い症状が出ているらしい。

「――なぁ。」

「・・・ん?」話しかけてきたのは、青尉と一緒に繋がれていた男――沢木だった。黄佐は反射的に笑顔を浮かべる。「何かな?」

「ここにいる全員を解放してくれないか? そしたら、あんたらを外まで送り届けてやる。それに――」

「あぁ、そういうのは結構。」黄佐は無下に断った。「M=Cさんらの手を借りたら、ここまでの努力が水の泡になっちゃうから。それに、心配せずとも、この支部は解放するよ、俺たちが。そうする、って約束したからね――」わざと間を置いてにっこりと笑い、「――鳴神速美ちゃん、って子と。」

「はぁっ?」

 その言葉には、沢木だけでなく部屋中の全員がどよめいた。黄佐はからからと笑った。

「いやぁ、凄い偶然だよねぇ。俺の友人がさ、低血糖症でぶっ倒れてた速美ちゃんと、その傍についてた佐伯くんって子を保護して連れてきたもんでさぁ、その2人、今うちで面倒見てる。あ、あと、マッド=グレムリンって連中も、朱兄がぶん殴ってそれ以来うちの保護下に置いてるよ。」

 さらに大きくなるどよめきに、黄佐は満足げな表情になった。青尉まで、どこか呆れたような、驚いたような表情で、黄佐を見やった。

「黄ぃ兄・・・一体、何やったんだ?」

「いーや、べっつにー。」わざとらしく軽い調子でそう言って、「青尉。この後のことなんだけど、そこの碓氷ってやつと、M=Cのリーダーを連れて、ここを脱出するよ。この2人は絶対に連れて行くこと。」

「え、なんで?」

「今後の交渉に必要だから。それで・・・そしたら・・・―――」

 続けようとしていた言葉を見失って、黄佐は口をつぐんだ。何故見失ったのか分からないまま、足から力が抜ける。ヤバい限界だ、とどこか冷静な部分がそう判断した。いやいや待て待て、ここで倒れたらどうなる? とすかさず反論が飛ぶが、判断が下ると体は素直に従ってしまう。あっという間に目の前が暗くなって――

「黄ぃ兄?」

 青尉に腕を掴まれて、黄佐ははたと我に返った。

「大丈夫か?」

 縋るような目に見られては、そうそう倒れるわけにもいかない。大体、ここで弟の足手纏いになってしまっては、無理して突っ込んできた意味がない。黄佐は自分の頬を包むように張って、

「いってぇっ!」

「何やってんだよ黄ぃ兄っ!」

「あっ・・・たぁー・・・怪我のこと忘れてた・・・。」

 涙目になりながら――いや、でも良い気付けになった。もうひと踏ん張り、行きましょうかね! ――黄佐は意識してまっすぐ立った。まだ限界なんかじゃない、と気力で判断を覆す。

「よし、行くよ、青尉。――このくっだらない戦争、終わりにしよう。」

 そう言って笑うと、小さな核兵器は、しっかりと頷いてみせた。


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