第八夜-3
☆4
「M=C第一支部がユウレカによって落とされたっていうのは朝から話題になってましたんで、間違いないと思います。実際、第一支部周辺でユウレカの人員が確認されてますし、――見てください、これ。」
「何?」
と、辰生が黄佐に見せたタブレットの中には、空中から撮影しているらしい映像が映っていた。中央に普通の民家がある。おそらくドローンを使っているのだろう。民家の窓の中が覗けるような角度で撮影されている。民家の周りはすべて畑であった。
「ここがM=C第一支部なんすけど、家の背後にあるこの黒いワゴン車――」辰生が画面をタップすると、そこが拡大され、ナンバープレートの地名が読めた。「――京都ナンバーなんすよね。京都といえばユウレカの本拠地です。M=Cの本拠地は神奈川なんで、京都ナンバーはあり得ないんすよ。」
「なるほど。」
「で、少尉――青尉を、誘拐した連中がユウレカなんじゃないかって話ですけど、それも『電光会議室』では噂になってました。能力封じの手段を開発できる組織は、現段階ではユウレカ以外あり得ないんで、信憑性は高いと思います。あと、さっき言ったとおり、ユウレカの本拠地は京都なんで、関西には支部が多いんですけど、この辺りはM=CとかJISとか星屑さんらの縄張りになるんで、支部が無いんですよね。だから、M=Cの第一支部を真っ先に落として、そこを仮の拠点とするっていうのは、まぁ一応筋の通る話かなぁと思います・・・けど、危険なのは変わりないんで、仮にそこに少尉――青尉を連れて行っているとしても、すぐに移動させるんじゃないかと思うんですよね。今までのところ、ユウレカ構成員にテレポーターの存在は確認できてません。なんで、青尉を連れて行くとしたら、物理的な方法に出る他ないかと。」
「ふんふん、オッケー、よく分かった。」
黄佐は軽く頷いた。
「で、ユウレカは宣戦布告されたんだったよね。そしたら、正面衝突が始まる前に移送するってのが定石かな。」
「でしょうね。期限は今日の夜9時なんで・・・。」
「うん、そしたらそれより前に、移動する算段だろうね。移送手段で考えられるのは?」
「順当に行けば車・・・目立つのを避けるなら武装した一般車両、貨物に紛れるならトラック、確かユウレカには存在偽装の能力者がいたはずなんで、もしかしたら投入してくるかもしれないっすね。」
「空輸の可能性は?」
「無いとは言えません。」
「だよね。そんじゃ、最悪に備えて知り合いに」――というのは、母のことである。母ならヘリの1台や2台、平気で動かせるだろう。まして、青尉のためともなれば。――「ヘリ用意してもらっとくから、空輸の線が濃くなったら言って。」
「わかりました。とりあえず、M=C第一支部周辺は見張っててもらってますんで、何かあったらすぐに連絡が来ますよ。――あ、なんか今、M=C本部と見られる連中が市内に入ったらしいです。数は6。全員能力者です。」
「了解。これで、少なくともM=C側は、計42人になったのか。ユウレカ側が78人――」――と言っても、ユウレカはその半数が一般人だが。それでも、能力封じの手段を持っている以上、戦力は拮抗、ややユウレカが優勢にあると見ていいだろう――「それぞれの潜伏先って割り出せる?」
「勿論っす!」
辰生がものすごいスピードでタブレットを操り、あっという間に情報網が構築される。
自分たちの手札が丸裸になっていく、もはやイカサマじみた情報戦に、速美やマッド=グレムリンの連中は心から恐れ戦いていた。速美など、カレーの匙を持つ手が震えている。
「私、めでぃありとますしだけは、きちんと学ぼうと思います・・・。」
「うん、メディアリテラシーのことかな? 確かにとっても重要だよね~。」
あっはっは、とどこか遠い目をした佐藤がお気楽な相槌を打って、カレーを頬張った。
「あ、そういえば、速美ちゃん?」
「ふぁっ!」唐突に黄佐から呼びかけられた速美は、飛び上がって驚き、慌ててカレーを飲み込んだ。「あ、ひゃい! な、なんでしょうっ?」
「さっき言ってたその紙、ちょっと失礼するよ。」
「あ、はい、どうぞ・・・。」
速美から佐藤へ、佐藤から柚姫へ、そこから良平と朱将を経由して、資料は黄佐の手に渡った。辰生が黄佐の手元を覗き込んで、その文字化けばかりの文章でできた資料を見、首を傾げる。
「なんすか、それ?」
「青尉の能力の詳細だって。M=Cに、能力分析の能力者がいるらしくってさ。今のところやれることは全部やってるし、読める時に読んでおいた方が良いと思って。あ、辰生くんの意見も聞かせて、ぜひ。」
「了解っす!」
黄佐が一枚読んでは、それが辰生に回される。2人が読みふけっている最中、すでにカレーを食べ終えていた朱将は、ふと匙を置いた。
「・・・なぁ、拓彌、良平。」
「あぁ?」
「何ッスか?」
「それ食い終わったら、ちょっとコンビニまでひとっ走り行ってきてくんねぇか。金は出すから、飲み物と食い物を適当に――」朱将はしきりに首の裏を撫でながら言った。なんだか首筋がピリピリする。「――ついでに、途中で何か怪しいのがいたら、こっちに連絡してくれ。頼む。」
朱将の眼光は鋭く、目前にはいないはずの敵を確かに見据えていた。昔からそうだった。赤鬼にはどうやら千里眼が備わっているようである。拓彌と良平は「わかった。」「了解ッス!」言うなり、カレーをかきこんで、勢いよく立ち上がった。ばたばたと玄関を出ていく。
それら一連のやり取りを、黄佐は全く感知していなかった。資料を読むのに熱中していたからだ。大学で鍛えられた速読力で、あっという間に資料を読破していく。文字化けした部分を除けば大した量ではないのだが、それでも驚異的なスピードで、幾ばくもしない内に資料を読み終えると、
「・・・はぁー、なるほどね・・・。」
黄佐は、得心がいった、と嘆息した。
「辰生くん、どう?」
「大体は理解しました。・・・この、2人目については・・・。」
「うん、それも気になるところだけど、とりあえず置いとこう。」
「ですね。」辰生はひょいと頷いて、もう一度資料を手繰った。「しっかし、なるほどなぁ。こういうわけなら、少尉――青尉が、『自分に代償は無い』って言ってんのにも頷けるし、組織の連中が青尉を“最強の能力者”って言うのも、納得しました。」
「そうだね、悔しいけど・・・確かに青尉は、“最強”みたいだ。」
「というか、この分だと、青尉だけじゃなくって・・・。」
「うん、そうみたいだ。」黄佐は辰生を見た。「分かってるとは思うけど――」
「――他言無用、っすよね。」辰生は先んじて言って、頷いた。「こんな重要なこと、口が裂けても言いませんよ。」
黄佐は肩を竦めた。
「話が早くて助かる。」
「おい。」と、朱将が不機嫌そうな声で言った。「お前らだけで勝手に納得してんじゃねぇよ。説明しろ。」
「あー、うん、分かってるよ。でも、その前に――」
黄佐はふと室内を見回して、目当ての人物を探し当てると、「ねぇ、えっと、あんた・・・片倉、って言ったっけ?」
「は? ・・・俺?」
「そうそう、君君。」
突然の名指しに戸惑う片倉。ただでさえこの兄弟には恐怖しか抱いていないというのに、こうも唐突に指名されては生きた心地もしない。黄佐の満面の笑みが余計に怖い。
「ちょっと質問なんだけど、君の能力って、体表硬化ってやつなんだよね?」
「あ、あぁ・・・そうだけど・・・。」
「“体表”って、具体的にどの部分だと思ってる?」
「え? そりゃ・・・――」片倉は質問の意図が分からなくて、それでも必死に頭を巡らせて、ようよう答えた。「――・・・皮膚、全部?」
「ふんふん、なるほど。やっぱりね、そうだと思った。」
堪らず朱将が口を挟んだ。
「黄佐、お前さっきから何がしたいんだ。」
黄佐は、朱将の問いには一切答える素振りを見せず、「朱兄、昨日さ、能力を発動させている状態の片倉から、爪を剥いだ上に鼓膜を破ったんでしょ?」
「あぁ。」
「でもそれさ、本当に片倉が“体表”を硬化させてたなら、不可能だったと思うんだよね。」と、黄佐は飄々と言った。「だって、“体表”って、大雑把に言えば、体の表面の空気に触れる部分すべて、ってことになるんだから。」
その時片倉は『えっ? マジで? 知らなかった!』と叫びたくなったが、寸でのところで押し留めた。ちなみに、驚愕の声を抑えたのは、朱将もまた同様である。
「つまり、爪も鼓膜も、“体表”の一部ってことなんだよ。もしそれらも全部硬化させていたんだったら、ただの一般人である朱兄に破れたわけがない。だけど――」黄佐はちらりと片倉の様子を窺った。「――片倉はそのことを知らなかった。“体表硬化”の能力者が、“体表”の定義を間違ってたら、当然、上手くいくはずないよね。そんな状況で能力を使えば、本人が“体表”だと思いこんでいる部分だけが硬化されることになる。で、その結果消費するエネルギーが、本来の出力を下回っていたら――」と、少しの間を置いて、「――自然、“代償”も小さくなる。」
この時点で、朱将は話の流れを察した。もし、同じようなことが青尉にも起きているとしたら・・・―――。
朱将の表情から、察したことを理解したらしい。黄佐は軽く頷いて、真っ先に結論から述べた。
「・・・資料によれば、青尉の本当の能力は、シャーシン、すなわちグラファイトの操作じゃない――」強調するように一呼吸入れて「――炭素の、操作だ。」
「たぶん、その気になれば」言葉を繋いだのは辰生だった。「空気中から炭素を取り出して、好きなように操ることも出来るんだろうと思います。でも、本人がそのことを知らないから、やらない。やらないから、“代償”も少ない。逆に、それをやったら、大きな代償が来てしまう・・・。」
「“最強の能力者”って呼ばれるのは、元々の能力が強すぎるからだろうね。だから、9割方セーブして使っても、普通より強い。しかもその上、『代償』までセーブされるから、他よりずっと長く使い続けられる。」と、黄佐。「青尉は、“代償が無い”わけじゃないんだ。“極端に少なくなってる”ってだけで。少ない代償で一騎当千の威力を持っているから――」
「――“最強”。」
黄佐と辰生は顔を見合わせて、「納得。」「いや本当。」と頷き合った。
「代償とか最強がどうのこうのを抜きにしたって、元素に直接作用できる能力って今のところ確認されてませんからね。」と辰生。「これが知られたら余計、狙われるようになりかねませんよ。――特に、ユウレカには。」
黄佐は顔をしかめて天井を仰いだ。
「あー、だよねー。俺も今ユウレカへの対処だけが迷っててさー。星屑さんらは曲がりなりにも警察の一部になったから、最悪放置しても大丈夫だし、M=Cさんには――」と、意味深な間を置いて「――いろいろ、交渉の材料が揃ってるから、問題ないとして。ユウレカだけがどうにもできないんだよねー。何かないかなー、弱みとか弱みとか弱みとか。研究機関ってことは機密情報がかなり多そうだから、それの一つや二つぽろっと手に入れることができたらこう、ね、煮るなり焼くなり好きなようにし放題なんだけどさぁ、何せガードが固すぎるじゃん? 一か所とっかかりがあればそこから潜り込めると思うんだけど、如何せん鉄壁なんだよなー、参ったなー。まぁ、今はそんなことどうでもいっか。」
あっさりと自分の言を翻して――『情報が少ない』ってことは『待機』ってことさ。果報は寝て待て、ってね。それよか、今できることは――座り直した。
「朱兄、『朱雀荒神』の皆に、協力してほしいことがある。」
「あぁ、なんでも言え。」と、朱将はさも当然のように頷いた。『朱雀荒神』が自分の手足となってくれることはよく理解しているし、こういう状況下において、黄佐の指示以上に正確なものは無いとも知っている。
「まず、俺の考えを言うね。」と前置きして、「今この状況は、青尉にとっては最悪だけど、同時に最大のチャンスであるとも俺は思うんだ。青尉がどう思っているかはさておき、俺と朱兄の望みって、青尉の安全を確保することでしょ?」
「あぁ。そうだな。」
「でも、ただの一時的な安全じゃ意味がない。青尉が能力者である限り、青尉は一生誰かに狙われ続けるかもしれない。そこで、俺らの望みを正確に言えば、“青尉の安全と自由が永続的に保障され、今後一切組織と関わらずに生きていけるようになること”だよね?」
朱将は胡乱げに首を傾げた。「・・・それが、今なら出来る、と?」
「一応、チャンスではある。今関わってきている3つの組織――」と、黄佐は指を3本立てた。「――ユウレカ、M=C、星屑。この3つそれぞれに関して、恩を売る、あるいは弱みを握る。そうすれば、今後一切、青尉に関わらないことを約束させられるかもしれない――少なくとも、こちらの立場が強まることは確実だ。今この、戦争が起きるかもしれないっていう情勢下だったら、それが出来る。」
黙って聞いていた朱将は、慎重に口を開いた。「言いたいことは分かった。でも、そんな悠長にしてる場合か? 青尉は今、誘拐されてんだぞ?」
「うん、分かってる。」と、一転、黄佐は不安げに顔を曇らせて、「正直、俺も迷ってるんだ。今すぐM=C第一支部に強襲かけて、青尉を助けに行ったほうがいいんじゃないかって。ただ――」
「ただ?」
「――まだ、M=C第一支部に青尉がいるって確定したわけじゃない。おそらくそこにいるだろう、ってだけだ。もしも違ったら、ただの骨折り損になる・・・まぁ、違ったとしても、もちろん、支部解放の手助けはするけどね。」――と、これは速美に向けての言葉だ――「それとはまた別の話しとして・・・。だとしたら、確定できるまで待たなくちゃいけない。そこに青尉がいるかどうか、確実に分かるタイミングは、青尉が移送される時だ。けど、それまで、ただ待っているだけっていうのは性に合わない。だからその間に、出来ることをやりたいんだけど・・・。」
不意に黄佐は、真剣な眼差しの中に、縋るような色を滲ませて、朱将を見た。
「・・・一か八かで今すぐM=Cを襲撃するのと、確定するまで待ってその間に青尉の立場を強める工作をするのと、どっちがいいと思う? 朱兄。」
朱将は口をつぐんで、考え込んだ。黄佐の逡巡は手に取るように分かる。要するにこれは、未来のために一瞬だけ青尉を見捨てるか否か、という決断だ。細く溜め息をついて、黄佐を軽く睨む。
「・・・本当、お前ってずるいよな、黄佐。」
「えー、そんなことないよ。俺はただ相談しただけじゃん。」黄佐は唇を尖らせた。「朱兄だけの責任にするつもりはないし。」
「分かってる。」
朱将は頷いて――そういや、澤城のおっさんいわく、責任なんてのは後付けの理由、だったな。・・・やりたいことをやりたいようにやれ、か。それなら・・・――「それなら、しっかりやり返すか。」
「やり返す? ってことは?」
「工作でもなんでも、お前が考えてるようにやれ。その代わり、青尉の居場所が確定したら即座に動くぞ。・・・それでいいな。」
黄佐は一も二もなく首肯した。
「うん、了解。それで行こう。」
朱兄と意見が一致した、ってことは、俺は間違ってないってことだ。――黄佐は、自分の意見に自信が無い時は、朱将の直感と判断を何よりも当てにしている。そして、一度全幅の信頼を置いたら、どんな結果になろうとも決して恨んだりはしないのが主義だ。――うん、大丈夫、朱兄の決断は俺の決断だ。
「よし、それじゃあ、これからのことなんだけど――」
と、黄佐が計画を話そうとした、その時だった。
「あ、悪ぃ、電話だ。」朱将が携帯を取った。――良平だ。何か見つかったのだろうか。「もしもし。――うん。――あぁ、そうか、分かった。そしたら・・・」と、電話口から顔を離して、「黄佐、うちを見張ってる連中がいたらしい。動画を撮ってるみてぇなんだけど、どう処理する?」
「動画? ってことは、リアルタイムで見られてるってことか・・・。」黄佐は少しだけ考えて、「ねぇ、辰生くん。」
「あっ、はい? 何すか?」
唐突に名前を呼ばれて、辰生は慌てて姿勢を正した。
黄佐がにっこりと笑う。
「動画の編集って得意?」
「はい、チョー得意っす!」
即答して、辰生もにっこりと笑った。




