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第六夜-1

 



【第六夜】刀堂青尉と子供のような奴ら



 

☆1


 そう大規模なテロで無かったとはいえ、4日や5日程度では完全な復旧は望めない。駅前はいまだ無残な姿を天日に晒し、その傷口をなぞって報道のカメラが歩いていく。散乱していたガラスは綺麗に取り払われ、事故車はすでに回収された。真っ黒に焦げた街路樹も、近々新しく植え直されるらしい。日曜日だからかそれなりの通行量があるが、そのうちの半分は復旧作業に従事する人々であった。

 おおかた、乾燥している陰風の所為だろう。

 殺伐としながらも何となく物悲しい空気に、青尉は1人、混ざっていた。青い帽子を深々と被っているが、その下から覗く目は鋭く、街並みを見回している。

 例のコンビニの前を通る―――店の前をぐるりと囲う、黄色地に黒い『keep out』の文字が痛々しく映った。

 思わず足を止めてコンビニを見詰めてしまう。首から吊っている左腕の重量が、急激に増した気がした。

 ここに突っ込んだのか、俺・・・―――改めて思い返してみると、かなりの死闘だったらしいと自覚し、微弱な震えがつま先から頭頂部へと駆け抜けていった。

 戦っている間の記憶はほとんど無い。行動や、記憶、感情、そういうものの統合体が『意識』だと言うなら、その『意識』が消え、行動だけが機能しているような状態だったように思う。ただひたすら、必死で、一杯一杯で、冷静に思える状況分析も映画を見て批評するような感覚だった。もう一度やれと言われたら、絶対できないに違いない。

 ―――はぁー、参ったな・・・。変な啖呵切っちゃったし。どうしよう、マジで。困ったな。

 鬱々と思いつつ、青尉は、自分があまり動揺していないことに気が付いていた。現実味がまるで湧いてこないのは何故だろう。怪我をして、いつか仕返すと宣言され・・・普通ならどうするのが正解なのだろうか。警察に泣きつく? 組織に入る? ―――少なくとも、こう無防備にふらふら出歩いたりはしないだろうな。ましてや、自分が“核爆弾”かもしれない、ともなれば、なおさら。青尉は自嘲気味に笑った。さて、こうしていても仕方がない。鈴美庵は確か、1本向こうの通りにあったはずだ。

「少し早かったかな・・・。」携帯を見て呟く。約束の時間まではあと10分ある。「・・・まぁいいや。」

 携帯をポケットに突っ込んで、コンビニを一瞥。胸中でこっそり3日前の自分に拍手を送り、踵を返した。

「すみませーん。ちょっといいかな?」

 直後に、背後から声をかけられて、青尉はたたらを踏んだ。しかし、素直に振り返って

「・・・はい、何か?」

 などと答えてしまう所に、青尉の暢気さが表れていた。

 白衣を着た壮年の男性が、にこやかにこちらを見ている。全体的に野暮ったい印象。ぼさぼさの天然パーマに銀縁の眼鏡が、テンプレートな科学者じみていて、どことなく笑いを誘う。

 科学者のような男は、青尉の腕を見て少なからず驚いたようだった。

「うわぁ、君、ずいぶん酷い怪我してるねぇ。大丈夫かい?」

「はぁ、まぁ・・・。」

「君、地元の子? 申し訳ないんだけど、ちょっと道を教えてくれないかなぁ。」

「えっと・・・」青尉は不意に、言おうとしたことを忘れてしまった。少し口ごもってから、思い出すのを諦めて、尋ねる。「・・・どこに行きたいんですか?」

「県立ひがし高校って学校なんだけど。」

「ひがし高校?」青尉は首を傾げた。「そんな高校、ここら辺にはありませんよ。」

「え、嘘! でも、ほら、そこへ行けって・・・。」

 男はあたふたと携帯を取り出し、慣れているようだが鈍臭い手付きで操作して、画面を青尉に突きつけた。

『県立東高校へ行け。名前を出せば通じる。』

 文面を読んで、青尉はすっかり理解した。苦笑せざるを得ない。

「あぁ、これ、あずま高校のことですよ、たぶん。」

「えっ! これ、あずまって読むの?!」

「はい。」

「へぇ~、変わってるねぇ。面白いなぁ。うん、面白い。」

「行き方ですけど―――」

 何故かやけに感心している科学者に、青尉は簡単な道筋を説明した。

「ほうほう、なるほど! よく分かったよ、ありがとう! 助かった!」

「いえ、別に。」

 大袈裟な感謝を片手でいなして、そこで青尉はふと、忘れていたことを思い出した。

「そうだ、携帯・・・」

「ん?」

「スマホ使って検索かければ、もっと早かったんじゃ?」

 科学者は盲点を突かれたように、口をあんぐりと開け広げた。それから照れたように笑いだす。

「あ・・・・・・あぁ~、それもそうだねぇ。あはは、全然気がつかなかったや。あはははは。」

 コイツは少し(とろ)いのかも知れない。と、青尉は失礼なことを思った。

「まぁー、何はともあれ、助かったのは事実だよ。ありがとう。お手数おかけしました。それじゃあ、」――科学者は背を向けて、肩越しに手を振った――「またねぇ。」

 言うなり歩き出した科学者もどきの男は、工事に携わる業者の群れに紛れて、すぐに見えなくなってしまった。

 青尉が再び携帯を見ると、約束の時間の5分前になっていた。―――あぁ、ちょうどいいな。

 早く着いてしまったのは、彼に道案内をするためだったのかもしれない。青尉は別に運命論者ではないが、そう考えた方が、自分の計算違いや余計な手間に苛立つより、よっぽど前向きだ。

 少し機嫌良く、青尉は鈴美庵へ向かった。

 それほど歩きはしない。それこそ、5分やそこらで小さな和菓子屋に辿り着く。

 辰生の姿はまだない。

 適当な自販機の影に背中をもたれかけ、三度(みたび)携帯を見る。時刻は1時31分。待ち合わせの時間を1分過ぎた。

 30分以上過ぎたら罰金なー。―――一方的に宣告して、青尉は画面上に落ち物パズルゲームを呼び出した。タイムキラーとして一流のゲーム。古めかしいと言われることもあるが、結局はシンプルなものが一番面白かったりするのだ。


☆2


 碓氷(うすい)は、左腕を重たそうに吊った少年に背を向けて歩き出した。

 数十メートルほど行ったところで、横に1人の女が並んだ。幽鬼のような薄暗い雰囲気の女性だ。碓氷はそれを気配だけで察し、勝手に話し始める。

「いやぁ、びっくりしたねぇ。君、ちゃんと5m以内にいた?」

「・・・」――ワンテンポおいて、抑揚のない乾いた声が答えた――「すぐ横の、電信柱の辺りに。」

「ほうほう、じゃあ、実質3mくらいだったのか。ちゃんと効いてはいたようだったけど、回復早かったねぇ。本来なら何分くらい続くんだっけ?」

「・・・あの距離なら、30分は。」

「へーえ。」馬鹿にするように相槌を打って、碓氷は笑った。

 彼女――林 芽衣子は、記憶操作の能力を持つ能力者である。接触すれば効き目は強まるが、遠距離からでもその効果は出せる。先ほど、碓氷が青尉と話している時、青尉に能力をかけて『スマホを使う』という選択肢を脳から奪っていたのだのだが―――能力の使用を止めても、普通、記憶はしばらく戻らない。そのはずが、彼、刀堂 青尉は、あっさりと記憶を取り戻していた。

 ・・・悔しい。と唇を噛む林と対称的に、碓氷は鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌であった。

「いやぁ、ますます興味深くなってきたねぇ、彼。トウドウ、アオイって言ったっけ。最強の能力者に最も近い少年。・・・いや、それだけじゃなくて――」碓氷はヒーローに憧れる少年のような、恍惚とした表情で天を仰いだ。「――あー、早く“開いて”みたいなぁ。ふふふっ。」

 白衣の裾を翻し、風が通り抜ける。パトカーがすぐ隣を駆けて行き、その中から強い視線が飛ばされてきたのを感じたが、碓氷はすっぱり無視した。どうせ星屑の野郎どもだろうし。相手にするまでも無いよ。この場所が星屑どもの本拠地であることは知っているけど、僕らと比べたらあんな奴ら――

「――小さい、小さい。」

 ふふん、と鼻で笑う。ああ、楽しくなりそうだ。自然と足取りが軽くなっていく。

 碓氷はスマホを取り出して、覚束ない手付きでありながら、ある番号を呼び出した。コール音は2回。碓氷を待たせることなく電話口に出た男が応答の言葉を言うより早く、碓氷は指示を下す。その声は、お気に入りのおもちゃを自慢するように、無邪気で明朗だったが、それ故に残酷さが際立っているように思えた。

「いっちばん邪魔なくせに、一番情報を持ってる奴ら。今夜あたり潰しといて。いつも通りの手筈で。よろしく頼んだよ。」

 必要な部分まで容赦なく削ぎ落とした簡潔な指示に、それでも相手は頷いた。お互い、もう慣れたものであるのだ。碓氷は従順な返事に満悦し、スマホを切った。


「さぁて、―――――戦争の始まりだ。」


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