第五夜-2
番外編的立ち位置のものになります。
☆能力者たちの特技披露
「能力が使えるようになってさ、一番良かったことって、何?」
辰生の問いに、青尉は机に覆い被せていた半身を起こした。
「・・・良かった、こと?」
「うん、そう。」
「良かったこと、なぁ・・・・・・」
改めて考えてみて―――青尉は涙を堪えた。
「良いことなんてねぇよ・・・。」
「え? そうなのか?」
「だってお前、考えてみろよ。俺、能力者になってから、襲われるか巻き込まれるか、そんなのばっかりなんだぜ?」
「あー・・・」辰生は納得して苦笑した。「ちなみに、どんぐらい、とか、聞いていいか?」
青尉は背もたれに身体を預けた。「えーと、8月に1回・・・9月に2回・・・11月に1回・・・12月に1回・・・んで、今月はこの間ので3回目だろ。計8回か。」
「お前、よく生きてるなぁ。」
「しみじみと言わんでくれ、悲しくなる。」
「さすが、“最強の能力者”だな!」
「その呼び方やめてくれよ・・・。」
「じゃあさー、何か出来るようになったこととか無いわけ? 能力使ってさ。」
「うーん・・・」
電線の上に乗れるようになったことだろうか。落下に強くなったことだろうか。動体視力が良くなったような気はするけど、能力関係では無いよな。・・・あ、そうだ。
青尉は特技と言えそうなあることを思い付いた。
「シャー芯の硬さがケースを見なくても分かるようになった。」
そう言うと、辰生はものすごく微妙な表情になった。
「何だその微妙すぎる特技。」
「うん、今のところ、役に立ったことはない。」
「あっはははっ! 意味なっ! しょーもねぇな!」
「うるさいなー、だって他にねぇし。」
休み時間が終わるまで、辰生はずっと笑っていた。
☆
「刀堂。」
廊下で呼ばれ、青尉は振り返った。
「はい、何すか神島先生。」
「休んでた間の授業内容は大丈夫か?」
「あぁ、だいたい聞きました。大丈夫です。」
「そうか、何か分からないことがあったら聞きに来いよ。」
「はい。」
ふと、青尉は辰生との話を思い出して、「そういえば、神島先生。」
「ん?」
「能力者になってから、何か良いことってありましたか?」
「え? 良いこと? 能力者になってから?」
「はい。」
青尉はいつもの普通の表情で、冗談なのか真剣なのか、まったく分からない。気軽な雑談なのか? それとも、何か深い意味があるのか? ―――戸惑ったが、別に知られて困るようなことではない。神島先生は少し考えて、答えた。
「そうだな・・・あ、携帯の充電が自分で出来るようになったな。」
「え、マジすか。」
「うん、めっちゃ便利だよ。まぁー、加減を覚えるまでは大変だったけどね。何個か駄目にしたし。」
「へぇー・・・それは役に立ちますね。」
羨ましいことである。青尉は素直に感心した。
神島先生が、刀堂は何かあるのか? と聞こうとしたその時、予鈴が鳴った。
☆
神島先生は首を傾げながら、次の授業の準備のために職員室に入った。
杜本先生が机に向かって古文の本を読んでいる。同じ学年部の先生は他にいない。神島先生は思い切って、声をかけた。
「杜本先生。」
「はい?」
「能力者になってから、何か良いことってありました?」
「はぁ?」
何を突然。杜本先生は眉を潜めて本を閉じ、栞を挟み忘れたことに気付いて呻き声を上げた。
「何かありませんか?」
「あー、良かったこと、ですか・・・。どうして突然、そんなことを?」
「いえ、今ちょっと、そこで刀堂に聞かれまして。」
「刀堂に? ・・・ふーん、そうなんですか。」―――杜本先生は納得して、それから考えた―――「良かったこと、ねぇ・・・。」
「何かあります?」
「―――重たい荷物を持つときに、楽になったことかな。腰に優しいんで、有難いです。」
「あぁ、なるほど、それはいいですね。」
にこやかに相槌を打ってから、はたと思い出して剣呑な表情になった。
「・・・あれ、じゃあ、もしかしてあの、河原から刀堂を運んでくる時、杜本先生に頼めば楽になったんですか?」
「・・・あぁ、まぁ、そうだったかもしれませんね。」
「ちょ、そんなぁっ! あれ以来俺、重たい物を持つ時ちょっと腰が痛むようになっちゃったんですよ?!」
「知りませんよ、そんなこと。」
不条理に責められて、杜本先生は顔をしかめた。ぐちぐちと恨み言を小声で囁く神島先生に、杜本先生はイラっとして、口調を尖らせた。
「それより、時間は大丈夫ですか? 次の授業があるんでしょう?」
「え―――はっ! そうでした!」
わたわたと準備をする神島先生を追い立てるように、本鈴が鳴る。「すみません、それじゃ、失礼しますっ!」
騒々しい足音が職員室を出て行った。
「・・・若いなぁ。」
白い目で背中を見送り、杜本先生は呟く。心中でもう一度―――若いなぁ。ったく、高々25、6の若僧が、何が『腰が痛い』だか。
「ふふふっ。」背後でささやかな笑い声が響いた。「若い方は元気でいいですねぇ。」
「副校長。」
杜本先生は振り返りつつ立ち上がった。
穏やかな笑みを浮かべた副校長は、大きな茶封筒を差し出す。「申し訳ありませんが、これ、跳野先生に渡しておいて頂けませんか?」
「これは・・・あぁ、交通安全教室の。」
「はい。たしか担当は跳野先生でしたよね。本来は私から渡すべきなのですが、出張で、今からすぐに、行かなくてはならなくて。」
「わかりました。確かに、お預かりします。」
「それから、杜本先生。」
「はい?」
封筒に落としていた視線を上げると、副校長と目が合った。微笑して細めた目。けれど、なぜか空恐ろしい光が灯っている。杜本先生は硬直した。2人の年齢に大差はない。しかし―――いや、だからこそ、杜本先生は昔、先公に叱られた時のことを思い出した。
「この学校は確かに、『賢老君主』さんのお世話になっています。けれど、支配されてはいませんよ。貴方は、どちらに付くのですか? よく考えて、動いてくださいね。」
「あ・・・はい・・・。」
「ちなみに、ですけど、僕だったら絶対に青尉くんの家には逆らいませんね。たとえ7大組織に逆らっても。」
「―――――」
「刀堂さん家の方が上ですから。実力的にも、魅力的にも。」
副校長は笑ったまま断言して、最初から杜本の返答など期待してなかったように、職員室を去った。
ギシッ
力なく腰掛けた椅子が鳴る。
いろんな感想が頭の中を巡るが、杜本先生はそれら諸々の一切を溜め息に変えて、本を開いた。
☆
「あ、跳野先生。」
「はい。」
「これ、副校長から・・・交通安全教室のやつです。」
「あぁ、ありがとうございます! ちょうど良かったです。今日、警察署へ行く予定だったので。」
「それは良かった。じゃあ、よろしくお願いします―――」と、立ち去りかけて、ふと気になった。「―――跳野先生、つかぬことをお伺いしますが・・・」
「はい? なんでしょう?」
「能力者になってから、何か良いことってありましたか?」
「良いこと、ですか?」
唐突な問いに少なからず困惑した跳野先生だったが、「うーん、そうですねぇ・・・あ、鍵をなくした時とか、便利でしたね!」と、嬉しそうに語った。
「あとはー、ちょっと疲れてる時とか、使っちゃいますね、ついつい。」
「そうですよね、ついつい。」
「あんまり頼っちゃいけないって、分かってはいるんですけど・・・。私の場合、代償もそんなにキツくないんで、余計に。」
と、跳野先生は照れ笑いをした。
「あ、それじゃあ私、警察さんの方へ行ってきます。」
「はい、変な事を聞いてしまって、すみませんでした。」
「いえいえ。では、失礼します。」
☆
交通安全課の方との打ち合わせを終え、跳野先生が警察署を出ようとした時、小柄な女性が入ってきた。
見覚えのある人だなぁ・・・あ。―――まじまじと見詰めた跳野先生が、その人が誰かを特定して声に出したのは、奇しくもその人と同じタイミングだった。
「『stardust・factory』の。」
「『賢老君主』の。」
互いに名前は知らない。河原での一瞬の顔合わせで、覚えていた事の方が不思議なくらいだ。
「どうしてここに?」
小柄な女性―――佐久良が、警戒心を露に尋ねた。
跳野先生は微笑む―――人見知りする栗鼠みたいで、可愛いなぁ。
「交通安全課の方に、今度学校へ来ていただくんです。それの打ち合わせに。」
「・・・なるほど。そういうことでしたか。」
佐久良が頷いたのを境目に、会話が途絶える。別に、和やかに会話をしようという間柄でもないが、何となく立ち去りにくい、微妙な雰囲気になってしまう。
耐えかねた佐久良が辞去の礼を取ろうと口を開いた時、跳野が両手をぽんっと合わせた。
「そういえば、貴女も能力者さんですよね。能力者になってから、何か良いことってありました?」
「・・・はい?」
佐久良の剣呑な表情など見えていないように、ニコニコしている跳野。
―――答えなきゃ、行かしてくれなそうですね。そう思って、佐久良は諦め、考えた。―――良かったこと、か・・・。
「・・・火を見ながら、食材を切れるようになったこと、ですかね。」
「わぁ、それは便利ですねぇ!」
「はい、なかなか重宝しています。」
思わず愛想よく答えてしまった佐久良。
そのまま「あ、じゃあ、さようならー。」と礼をした跳野先生をにこやかに見送って―――はたと、我に返った。あれ? あの人は『賢老君主』の人ですよね?
「・・・何やってるんでしょう、私。」
溜め息1つ。振った手で頭を掻き、踵を返した。
☆
すれ違った他の刑事に厳しい目線を与えられながら、佐久良は部屋に入った。『stardust・factory』に割り当てられた一室である。即席で作られた『特殊事件担当課(仮)』の安っぽいプレートが揺れる。
まったく、どうしてパッパと正式な課にしてくれないのでしょうか・・・―――能力者による犯罪は、程度の差こそあれ、全国規模で起き続けている。同じ能力者による迅速な対応が、9年前からずっと、求められているというのに。
「佐久良、ただいま帰りました。」
中には山瀬だけがいた。他の能力者たちは、まだ市内を巡回しているらしい。
「あぁ、どうだった?」
「特に何も。怪しい輩は見当たりませんでした。」
「そうか・・・ご苦労。」
浮かない顔をしているのは、双方ともに、だ。『マッド=コンクェスト』の配下組織『マッド=グレムリン』が市内にいて、暴れる機会を窺っているからである。厳戒体制を敷いているが、目ぼしい情報は何もない。
生活安全課の連中はあまり協力してくれない。
「刀堂 朱将の方はどうですか?」
山瀬は肩を竦めた。「・・・時々、撒かれるらしい。」
「撒く? ・・・能力者を?」
「あぁ。」
「確か、張り込みをしているのは、成島さんでしたよね?」
黙って頷く山瀬。佐久良は絶句した―――確か成島さんの能力は、位置捕捉だったはず・・・―――位置捕捉。その名の通り、特定の人物の居場所を捕捉し続ける物だ。
「無意識か意識的にかは分からんが、時折、意識の中から消えているらしい。」
「・・・どうやったら、そんなことが出来るんですか?」
「さぁ。私に聞かないでくれ。」
重なった溜め息は重々しく、2人の心中を代弁した。
「―――あ、そういえば山瀬さん、」佐久良は空気を変えようと、話題を持ち掛けた。「能力者になってから、何か良いことってありましたか?」
「良いこと?」
「はい。」
「良いこと、なぁ・・・。」
しばし考え込んだ山瀬は、苦い顔になって佐久良を見た。
「・・・日常生活の中に、金属を爆破する機会があると思うか?」
「・・・愚問でした。忘れてください。」
彼女の努力もむなしく、結局空気は重苦しいものに逆戻りしたのであった。




