第五夜-1
【第五夜】刀堂青尉と能力のあれこれ
☆第五夜
「なぁなぁ、少尉ー。」
「んー?」
「少尉の能力って、結局何なわけ?」
土曜日の朝。眠気を堪えながら歩いて学校へ来て、どうにか到着した直後にすでに帰りたくなっていた青尉は、机に突っ伏したまま辰生に答えた。
「シャーシンの操作。変形。変質。そんなところ。」
「・・・シャーシンの?」
「うん。」口で説明するのをめんどくさく思った青尉は、ポケットからシャーシンを取り出して、辰生の方へ差し出し、蓋を開けながら逆さまにした。一連の動作が見なくても出来るようになってしまったことに関しては、正直微妙な感想を抱く。「こんな感じ。」
ヌルリ、と、一塊になったシャーシン(だったもの)がケースから出てきて、不透明なシャボン玉のように丸まって宙に浮かんだ。
「うおおおおおっ、なんだこれ! すげぇ!」
テンションを急上昇させた辰生が恐る恐る球体を指でつつき、ぼよん、とゴムボールのような弾力にはじかれて口を開けた。なんだこれ、これ本当にシャーシンか?
「かたくもなる・・・。」と、眠そうにつぶやいた青尉がひらひらさせていた右手をぐっと握りしめると、瞬間、ふよふよしていた球体が真四角になった。
再び辰生がそれをつつくと、今度は『コンコンッ』と硬質な音を立てた。
大きく欠伸をしながら「ほぉれ2Bだから、そこまで硬くなんねぇけど。」と、青尉。
「へぇぇぇー・・・すげぇなぁ・・・。」辰生は溜め息まじりに言った。それからふと心配になって「少尉、代償とかは平気なわけ?」
朝の青尉の脳内では漢字の変換機能が上手く働かない。それ以上に、耳慣れない言葉だったので余計に混乱して、首を傾げる。「だいしょう? 何それ?」
辰生は驚愕した。代償を知らない能力者ってお前それ大丈夫か?! いや、駄目だろうどう考えても!
「あのな、少尉、よく聞けよ?」
「うん。」
「代償、ってのは、その名の通り、能力を使う時に支払う対価みたいなもんだ。能力は基本的に自然の摂理とかガン無視してるけど、それでも、使用するにはすげーたくさんのエネルギーが必要になるから、何かしらの対価が必要になってくんだよ。わかる?」
「んー・・・」青尉は今までの自分の戦闘履歴を見返して、正直に答えた。「わかんねぇ。」エネルギー? 使った記憶ないんだけど。
辰生は天井を仰いだ。「・・・まじか。どーゆーことだよそれって。」
「知らねぇよ。代償なんて」――ようやく変換が上手くいった――「感じたことも考えたこともない。」
「いやいや、それはおかしいぞ少尉。普通――つっても俺が知る範囲で、だけどな? 能力者には必ず『代償』と『制限』があるもんなんだよ。」辰生の声が真剣なものになっている。青尉は指先でシャーシンを操った。柔らかくして、長く伸ばしてみる。辰生の話は続いている。「『代償』には〈前払い式〉と〈後払い式〉があるらしくって、生まれつき障害と能力を同時に持ってる人なんかは〈前払い式〉に当たるんだ。で、ほとんどの能力者は〈後払い式〉になる。能力を使った後はお腹がすく、とか、眠くなる、とか。だから、能力者は長期戦とか個人戦が苦手なわけ。負担がでかすぎるんだよ。中には命にかかわる代償を要求される能力者もいるから、自分の代償が何なのか知らない、ってのは、すっげー危険なことなんだ-―――少尉、聞いてる?」
「んー?」青尉は10等分したシャーシンの塊をそれぞればらばらに動かしながら生返事を返した。「うん、聞いてる聞いてる。」
「ほんとかよ・・・。」
「つまり、代償を知らないとマズイんだろ? いろいろと。」
「あれ、ちゃんと聞いてた。」
「で、制限ってのは?」
「それは、能力を作用させられる範囲のことな。テレキネシストだったら、一度に動かせる物の個数、重量、種類、距離、速度、とか、そういうものが制限されてくるんだ。目に見える範囲内のみ、とかな。」
「ふぅん。」青尉は手をぱっ、と開いて、シャーシンを粉状にした――この間、青尉は一度もシャーシンを見ていない。ずっと机に額を乗せて瞑目したままで――目に見えないほど細かい粒子になったシャーシンの一群を、波のように振動させる。「そうなんだ。」
辰生は青尉の能力を冷静に観察していた。シャーシンの操作? 変形? 変質? 普通ならそれは1つなはずだ。操作なら操作だけ、変形なら変形だけ、と、そうなるのがネット上の常識だ・・・それをどうして、3つ同時に行っている? ―――たとえ、操作だけだとしても、おかしい。粉状にするなんて、いったいいくつまで同時に動かせるってことなんだ? それもさっきは、10個の塊を別々に好き勝手に動かしてたし・・・。
「なぁ、少尉。」
「なーにー?」
「そのシャーシンってさ、どうやって動かしてんの?」
辰生の問いに、青尉はくるくる回していた指先を止めた。連動してシャーシンも止まる。どうやって動かすのか、って? 青尉は最適な言葉を探して、「―――質問を返すようで悪いけどさぁ辰生? お前、自分の手足どうやって動かしてる?」
「え? そりゃお前・・・・・・そんなん、説明のしようがないだろ。」
「だよな。俺の能力もそんな感じ。意識したことねぇから、説明なんかできねぇ。」
「そっ、か・・・。」辰生はうなずくなり、黙り込んだ。能力は手足ってことですか、少尉? それってむしろヤバい。少尉のワンマンアーミーの理由がよく分かったよ、うん。
「そういやぁさー、」と、青尉はふと思い出して上体を起こした。「“最強の能力者”って、どんな奴のことか、知ってる?」
「“最強の能力者”?」
「うん。」
「よく知らねぇけど・・・まぁ、普通に考えて、代償が少なくて制限が緩くて、強い能力を使える奴がいたら、そいつが“最強”ってことになるんじゃねぇの?」
と、自ら言っておきながら、辰生は寒気を感じて唾を飲んだ。「ふぅん、そうなんだ・・・。」などと他人事のように呟いて、ぼんやりとした目でシャーシンを眺めながらそれを自在に操っている男に、辰生は畏怖の視線を向ける―――もしかして・・・。
「な、なぁ、少尉。お前さ・・・」なんとなく聞くのが怖い。「・・・本当に、『代償』って感じたことないの?」
青尉は辰生の怯えなど意にも介さず、あっさり頷いた。「うん、ない。」
「一度も?」
「一度も。」
「じゃ、『制限』は?」
「あー・・・」少し考えて、「・・・今のところ、やろうと思って出来なかったことはないな。」
「見ないで操作できる?」
「できる。」
「違う硬さのシャーシンを同時に、とかは?」
「できるね。」
「長さとかは?」
「一回、7階建てのビルの屋上から安全に飛び下りるために使ったことがある。5ケースくらい丸々使ったけど、余裕で届いたな。」
「量は? 何ケースまでいっぺんに使える?」
「さぁ、限界まで試したことないからなー。」
などと、飄々と言ってのける青尉に、辰生は事の重大さをどう伝えようかと考えあぐねた。考えあぐねた挙句、ストレートに言ってしまうことにした。
「・・・少尉。“最強の能力者”って、もしかしたらお前なんじゃね?」
青尉は呆けた顔で辰生を見た。
「え、なんで? 山瀬にも同じこと言われたんだけど。」
「やませって誰?」
「『stardust・factory』の奴。」
「へぇ・・・。」
「仲間になれってうるせぇんだよなー。」
「そりゃそうだろ・・・。」“最強の能力者”となれば、どの組織も喉から手が出るほど欲しがるはずだ。――あぁ、これで謎が解けた―― 一昨日から考え続けていた疑問が氷解していく。Q.なぜ、『マッド=コンクェスト』は少尉を誘拐しようとしていた? ――A.少尉が“最強の能力者”だから。うわ、めっちゃ納得。
深く得心がいった様子の辰生に対し、青尉は不満だった。「なんで俺が“最強の能力者”になんだよ。わけわかんねぇ。」
「いや、少尉、今言ったろ? “最強の能力者”は『代償』と『制限』がほとんどないような奴だって。」
「なんでそうなんだ?」
「だって、代償と制限がなければ、能力使いたい放題じゃんか。」
その台詞に青尉は大いに思い当たる節があって、何も言えなくなった。―――でも、俺は“最強”なんかじゃない。
「少尉。」意を決したように辰生は青尉に向き直り、真剣に告げた。「少尉は、組織に入っちゃ駄目だ。」
「いや、もともと入る気ねぇけど・・・なんで?」
「言い方悪いけど、今の少尉は核爆弾みたいなもんだよ。」
「はぁ?」核爆弾? 言うに事欠いてそれかよ。青尉は非難しようとして――用意した言葉を飲み込んだ。それだけ、辰生の顔は深刻だった。
「今、組織はいい感じに均衡を保ってる。三すくみって言うのかな、とにかく、そんな感じなんだよ。だけど、少尉がどこに入るかによって、そのパワーバランスは大きく崩れる・・・」――と、辰生は言葉を切った――「現社でさ、“核抑止論”って習っただろ?」
「あー・・・うん。」聞いた覚えがあるようなないような、青尉にとってはその程度の認識だった。確か、核を持ってる国同士が睨みあうことで、戦争を起こさないようにするんだっけ?
「それってさ、核爆弾が量産可能で、2つ以上の国が持てるから成立する関係だろ?」
「そう、だな。」―――ここまで来て、ようやく青尉にも話の展開が読めてきた。俺は核爆弾、組織は勢力均衡、そして―――
「少尉は量産できない。」青尉の胸中を呼んだように辰生が言った。「つまり、少尉がどこかの組織に入るってことは・・・本当に、言葉が悪くて申し訳ないんだけど・・・核爆弾を1国が独占するようなもんなんだ。」
「・・・・・・。」青尉はゆっくり、辰生の言葉を噛み砕いた。宙に浮かばせたままだったシャーシンを、ゆっくり一塊にして、手元に引き寄せる。
「だから、できるだけ組織には入らない方がいい・・・入ったら、たぶん、戦争が起きる。」
「そっか・・・。」
つまり俺は、それだけ危険な存在ってことか――青尉は他人事のように思った。まるで現実味がない――核爆弾、ね。
「でも、少尉、いずれ組織に入るなら、早いうちに入った方がいいよ、絶対。」
なんで? と問う代わりに青尉は辰生を見た。
「まだ、少尉が“最強の能力者”だってことは広まってない。広まらないうちに組織の庇護下に入っちゃえば、そしたらこっちのもんだよ。・・・たとえ戦争になったとしても、1人でいるより確実に安全だ。」
押し黙っている青尉に、辰生は言葉を重ねる。「だって、考えてみろよ。仲間になるかどうか分からない、敵の組織に入られたら厄介、そんな“最強の能力者”―――過激な連中が放っておくと思うか? 下手したら、敵の敵は味方、って心理で、組織同士が結託するかもしれない。そんで、少尉を・・・」続く言葉を辰生は飲み込んだ。一日の始めに怪我人の友達へ向けて言うには酷過ぎる言葉だ。
けれど、青尉にはしかと伝わっていた。「・・・殺しにくるかも、ってか?」
「・・・可能性の話だけど、さ。」気まずげに肯定する辰生。
青尉は、自分でも驚くほど落ち着いていた。たぶん、話があまりに突拍子もなさすぎるくせに、なんとなく納得できてしまった所為だろう。『敵の手に渡るくらいなら今ここで殺す』と何度か言われた覚えもある。一昨日の山瀬の話、その話の意味が、ここでようやく理解できた――山瀬が、詳しく語ろうとしなかった、そのわけも。
「ま、まぁでも、まだ少尉が“最強の能力者”だって決まったわけじゃないからな! あんまり、そのー・・・気にすんなよ!」
暗くなった場を立て直すように、辰生がわざとらしく明るく言った。正直、気休めにもなんねぇな、と青尉は思ったが、
「そうだな。まぁ、どうにかなるよな。」
と、その気遣いを有難く受け取って笑った。
―――自分がこれ以上深く考えたくなかっただけかもしれない。臭いものには蓋。怖いことは先延ばし。時間が解決してくれることを切に祈るのみだ。青尉はシャーシンの塊を握りしめ、元の形に戻すと、きちんとケースに仕舞いこんだ。




