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第四夜-4

 

☆4


 教室に戻ると、

「お、来た来た、ご本人様!」

 男子の一団が掃除を放ったらかしにして、群がって盛り上がっていた。その中から辰生が顔を出して青尉を手招いた。

「何やってんの?」

「ほれ。」

 青尉の問いに辰生はスマートフォンを突き付けた。

 動画が再生されている。咄嗟に、何の動画か分からなかった青尉だったが、そこに自分が映っていることに気付くと、無言でスマホの電源を落とした。

「ああ! おま、何してんだよ少尉!」

「るっせぇっ! 何見てんだよアホ!」

「いいだろ別にー。というか、もう昨日の時点でみんなで観賞会やっちゃってたし。なぁ。」

「え、マジで?」

 青尉が若干引きぎみに聞くと、集まっていた連中はそれぞれ頷いた。

 辰生は、額を押さえて落ち込む青尉の肩に手を置いて、親指を立てた。

「・・・な?」

「な、じゃねぇよ。ふざけんな。」

 憎々しい満面の笑みを思いきり睨み付ける。けれど辰生は応えた様子もなく、「まぁまぁ、もう開き直っちまった方が楽だぜ。」などと飄々と言って、スマホを操作した。再び動画を呼び出して、机の上に置く。

「ほい、戦闘解説、頼むぜ。」

「何でだよ嫌だよ。思い出したくもねぇ。」

「敗北から学ぶことって、たくさんあると思うぜ!」

「他人事だと思って好き勝手言いやがって。」

「何でも答えるっつったじゃねぇーか。」

「言ったけど・・・。」

「あ、じゃあ、隠してた罰ってことで。」

「・・・・・・。」

 そう言われてしまうと、もう何も言い返せない。辰生の勝ち誇ったような笑顔が非常にムカつくが、青尉は腹を括って、椅子に座った。

「よーし、少尉。まずはこの赤メッシュって、どんな能力だったんだ?」

「・・・風。」

「風?」

「風の操作。自分の周りに・・・こう・・・」青尉は指を回した。「・・・巻き付かせて、移動とか、打撃とかに利用してた。そいつが面倒で面倒で・・・」左腕の裂傷と、粉々にされた腕時計を思い出し、青尉は苦い顔になった。「・・・食らうとすげー痛いし、避けてもあんまり意味なかったし、散々だったよ。」

「へぇー! すげー!」

 青尉の解説に、辰生を始めとした周りの皆が目を輝かせ、張本人を無視して好き勝手なことを喋り出す。あっという間に青尉は喧騒に包まれてしまった。

「・・・何だこれ・・・。」

 青尉はうんざりとして溜め息をついた。

 ふいに、しゃがみながら人垣をすり抜けて、青尉の机の上に顎を乗せた奴がいた。

「あーおーいっ」

「・・・柚姫ゆずき。」

「よお。」

 男らしい挨拶をしたが、葉山柚姫はれっきとした女である。長いストレートの黒髪は胸元にまでかかり、もともと小さな顔がさらに小顔に見える。すっと涼しげな目尻は気の強さを現しているが、焦げ茶で真ん丸の瞳には愛嬌がある。俗に言う“美人”というやつだ。しかし性格はそれに反してまったく女らしくなく、それ故に皆からは“姉御”と呼ばれていた。男子からも女子からも一目置かれる、稀有な存在である。ちなみに青尉とは幼馴染みだ。

「人気者はツラいなー、青尉。にしても、まさかお前が能力者だったとはね、驚いたよ。」

「・・・悪かったな、黙ってて。」

「はっ、なに謝ってんだ? お前が神妙だと気持ち悪ぃからやめろ。」

「酷ぇ言い種だな姉御。」

「いつものことだろ。で? 怪我の具合は。」

「・・・お前に心配されると気持ち悪ぃからやめてくれ。」

「馬っ鹿、あたしが心配してんじゃねぇよ。勘違いすんな。」

 柚姫は親指を背後に向けた。「向こうの女の子っちに、どーしても気になるから聞いてきてくれ、ってね。頼まれたんだよ。」

 青尉は首を傾げた。「・・・何で?」

「知るか。あー、この様子じゃあ、大丈夫そうだな。」

 柚姫は机に肘をついて顔を乗せ、口元を覆い隠すと、心配してやって損した、と呟いた。

「ん? 何?」

「別に。頑丈さだけが取り柄だもんな、お前は。」

「まぁな。」

 正直誉められている気はしなかったが、青尉はあえて何も言わずに素直に頷いた。澄ました顔をしている青尉をしばらく見つめ、柚姫はふいに真剣な顔になる。

「・・・あんまり、黄佐さんと朱将さんに心配かけるなよ青尉。」

 青尉は柚姫を見た。「何でお前に言われなきゃいけないんだよ。」

「他に言う人がいないからだよ。」

「うるせぇ、余計なお世話だ。」

 にべもない返事に柚姫はムッとして黙った。―――人がせっかく、厚意で言ってやったことに対して、何て態度なんだ。自分の兄貴たちには優しいくせに・・・。

「いつも思ってるけどさ、お前って、ブラコンだよな。」

「はぁっ?!」突然とんでもない指摘を受け、青尉は目を見開いた。「お前、何アホなことを・・・っ!」

「いやだってさぁ、お前自分の兄貴たちに、“うるせぇな”とか言ったことないだろ? 少なくとも私が見た限りでは、お前が黄佐さんとかに悪口言ったことないよな。」

「・・・・・・」青尉は自分の記憶を必死に掘り返した。「・・・いや、一度も無いわけじゃねぇよ。」

「一度も無かったらそれこそ気色悪ぃわ。」

 柚姫はばっさりと切り捨てた。

「でも、数えるほどしか無いんだよな。」

「・・・まぁ。」

「ほらやっぱり。」

「だからって何でブラコンになんだよ。」

「だって黄佐さんも朱将さんもカッコいいじゃん。カッコイイし優しいし強いし・・・モテるんだろうなー・・・。」柚姫は遠い目になって、思いを馳せた。

 柚姫の思いが誰に向いているのか知っている青尉は、わざと溜め息混じりに告げる。「あぁ、そういや黄ぃ兄はこの間も、見知らぬ女に連絡先聞かれてたな。」

「うっそ! マジで?!」柚姫は目を見開いて、綺麗な顔を思い切り歪ませると、俯いて小声で毒を吐いた。「ちくしょう、誰だ? 誰だよそんなことする女! この私を差し置いて・・・くっそ、身の程を知れ! 滅びろ。ほろびろーっ!」

「・・・柚姫、お前いまだに黄ぃ兄のこと―――っ!」

 神速で手を伸ばした柚姫に髪を鷲掴みされ、青尉は口を閉ざした。青尉はもともと動体視力が良い上に、この半年間さまざまな状況で戦ってきて、目で追えないような攻撃にも対応できるようになっているのだがしかし、ぴくりとも反応できなかった。怪我人であることを考慮しても、柚姫の攻撃はあまりにも速すぎた。ちなみに、蹴られたところが物凄く痛んだのだが、気圧された青尉には何も言えなかった。

 柚姫が髪を握りしめて額を突き合わせ、にっこりと笑う。

「あーおーいーくん?」

「すみませんでした。」

「今すぐ禿げてみようか。」

「ごめんなさい。もう二度と言いません。許してください。」

「嫌だ。」

 頑なな態度を崩さない柚姫に、青尉は耳打ちした。

「・・・黄ぃ兄の好みのタイプ、聞いてやろうか?」

「・・・・・・今日中にメールしろ。いいな。」

「うす。」

 密約を交わし、柚姫は無言で青尉を解放した。そのまま髪をなびかせ、華麗に立ち去る。

 青尉は大きく息を吐いて座り直した。下手な能力者を相手にするよりよっぽど恐ろしい。

 柚姫が元通り女子の輪に戻った途端、男子連中の輪が急速に縮まった。青尉の頭上で口々に言い合いを始める。

「おい、刀堂、姉御と何話してたんだよ。」「禿げろリア充。死ね。」「幼馴染みだからって距離近すぎだっつの。」「青尉ってブラコンなのか?」「あのままむしりとられてたら良かったのに。」「いいなぁ、羨ましい。俺も姉御に掴まれたい。」「ひそひそ怪しいんだよコラ。」「なぁなぁ、ブラコンなのか?」「美人の幼馴染みっていったら王道ヒロインだよな。」「ちぇっ、イチャイチャするんじゃねぇよ。」「いいなぁ。俺の幼馴染みはめっちゃブスだからな・・・。」「俺の幼馴染み男しかいねぇよ。残念すぎるわー。」「ブラコンってマジでいんだな。引くわ。」

 雑音をすべて無視して、青尉は再び、深々と嘆息した。そして―――右手を机に思い切り打ち付け、男子連中を強制的に黙らせる。

 自ら注目を集めた青尉は、笑顔に殺気を纏わせて周りを睨み付けた。

「今、リア充とブラコンって言った奴、表に出ろ。」

「「・・・・・・・・・。」」

 片腕の青尉が手負いの獣のように、獲物を見極め次第即座に噛み殺してやろうと獰猛な光を目に宿す。自らその獣に首筋を晒すような強者つわものはおらず、また、仲間の手足を縛って獣に差し出すような臆病者もいなかった。

「オイどうしたよ。今すぐ名乗り出やがれコラ。」

 沈黙が降り、打開策を練る男子連中が、しかし咄嗟に名案など何も思い浮かばず、いっそのこと土下座という最終手段を用いようかと考え始めた頃、天の助けが現れた。

 タイミングよく教室の前を通りかかった神島先生が、

「こらー、ちゃんと掃除しろー。」

 と言ったのである。

 その時、男子連中の意気は完全に通じ合った。―――キタコレ!

「「はーいっ!」」

 小学生顔負けの従順さと明るさで返事をし、そそくさと掃除用具を手に取る。不可解そうに首をひねる神島先生と、冷たい眼差しを向けてくる女子のことは見ない振り。

 ちっ、逃げやがった・・・。青尉は心中で盛大に舌を打ち、しかしその実あまり怒っていないような顔で、席を立ったのだった。

 

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