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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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11/16

副店長は商品名が読めない

「数字が読めれば、発注はできます」


 雨宮はそう言って、二枚の発注書を平台へ並べた。


 片方には植物油を十本。もう片方には、灯りに使う獣脂油を十壺。数字と単位は同じだった。


「どちらが食用ですか」


「分かりません」


「できてないじゃないですか」


 宗久が答えると、雨宮は眼鏡もかけていないのに、眼鏡の位置を直すように眉間を押した。


 試験営業まで五日。昨日、雨宮は市場商人組合へ現地責任者として登録された。問題が起きたとき、宗久が日本側へ戻っていても店を止められる立場だ。


 その責任者が、現地の商品名を読めない。


「翻訳具を通せば会話はできます。発注するときはロアンに読んでもらえば――」


「毎回ロアンがいるとは限らない」


「リリアもいます」


「リリアは文字を少ししか読めない」


 本人は倉庫の入口で何度もうなずいている。


「私、少し読める。油は分かるよ」


「どっちが食べる油だ?」


「そこまでは分からない」


「ほら」


 宗久が言うと、リリアの耳が伏せた。


「責めてない。分からないまま注文するのが危ないって話だ」


 雨宮は二枚の発注書を見比べた。


「数字の管理は私の担当です」


「だから、文字も全部覚えるつもりですか」


「必要なら」


「五日で?」


「……必要な商品名だけなら」


 負けず嫌いなのは知っていた。できないと言うくらいなら、徹夜を選ぶ人でもある。


 宗久は発注書を一枚ずつ裏返した。


「読める人を増やしましょう」


「私が覚える話では?」


「雨宮さんだけが読めるようになったら、雨宮さんが休めない店になる」


 現地商品の名前を紙へ書く役はロアン。品物の絵を描く役はリリア。日本語の商品コードと数量を書く役は雨宮。宗久は間違いやすい物を並べて、確認項目を決めた。


 食用の植物油には、フライパンの絵。


 灯り用の獣脂油には、炎の絵。


 商品名だけでなく、絵と番号でも見分けられるようにする。


「絵なら任せて」


 リリアが胸を張り、二枚の札へ素早く線を引いた。


 片方には、丸い鍋から大きな炎が上がっている。


「これは?」


「食べる油」


「火事に見える」


 もう片方は、ランプの上に魚らしき物が浮かんでいた。


「これは灯り用?」


「違う。お魚を焼いてる」


「どっちも食用じゃないか」


 ロアンが札を取り上げた。


「絵は俺が描く」


「ロアン、馬しか描けないでしょ」


「荷馬車も描ける」


「車輪が三つだった」


「見えない側にもう一つある」


 結局、ポルカを呼んだ。


 木工職人の老人は、事情を聞くと二枚の札へ迷いなく絵を彫った。食用油は鍋へ一滴落ちる絵。灯り用は、芯へ火がついたランプの絵だった。


「初めからポルカさんに頼めばよかったですね」と雨宮。


「みんなで失敗したから、ポルカさんの絵が正しいって分かったんです」


「前向きに言い換えましたね」


「店長の仕事です」


 商品番号は、現地語の読めない雨宮と、日本語の読めないロアンが同じ物を指せるようにつけた。青果は一〇一から。油や調味料は二〇一から。日本の商品は三〇一から。


 番号をつけ終えると、宗久は商品札を伏せて平台へ並べた。


「確認試験をします」


「誰の?」とリリア。


「全員の」


 宗久が番号を読み、指名された者が正しい商品を持ってくる。最初は一〇一、ミーナの葉野菜。リリアは迷わず取った。二〇一の食用油は雨宮。札を一度確認したが、正しく持ってきた。


「三〇四」


 ロアンが乾麺の袋を取る。


「それは三〇三です」と雨宮。


「三〇四は魚の缶詰だ」と宗久。


「数字は合ってた」


「最後だけです」


「四と三は似てる」


「似ていません」


 日本式の数字を読めても、手書きの癖が違えば見間違える。雨宮の四は上が開き、宗久の四は閉じていた。現地では四を一本の曲線で書く。


「書き方を一つにそろえましょう」


 数字の見本を会計台と発注机へ貼った。ゼロには斜線を入れ、六と九は下線で見分ける。数量の後ろには、必ず本、袋、箱、壺の絵をつける。


 次は重さだった。


 現地では、一石、一握り、一袋という単位が使われる。同じ一袋でも、野菜と粉では重さが違った。


「一袋の植物油って何本ですか」


「油は袋に入れない」とロアン。


「単位表には一袋とあります」


「油商人の一袋は、空瓶を入れる袋だ」


「中身ではなく容器の数?」


「そうだ」


 雨宮は額を押さえた。


「単位まで商品ごとに意味が違うんですか」


「市場では普通だぞ」


「普通が一番危ないな」


 宗久は日本から持ち込んだ台秤を平台へ置いた。現地の分銅も隣へ置き、白根一本、葉野菜一束、油一壺を実際に量る。


 発注書には現地単位と日本の重量を併記することにした。受け取るときも同じ秤で確認する。


 秤の横には、量り終えた商品を置く場所も作った。確認前と確認後が混ざれば、同じ箱を二度数える。床へ白線を引き、届いた品は線の外、確認済みは内側へ置くことにした。


「農家が別の秤を使ったら?」とロアン。


「店へ納品した時点で一緒に量る。差があれば、その場で話す」


「細かすぎて嫌われるぞ」


「最初に決めず、支払いのときに揉める方が嫌われるよ」


 グレンとの契約書が書き換えられたばかりだ。ロアンもそれ以上は反対しなかった。


 雨宮は植物油の札を持ち上げた。


「二〇一。食用。十本」


 ロアンが発注書を確認する。


「合ってる」


「発注します」


「待って」とリリア。


 三人が振り向く。


「十本じゃなくて、十壺って書いてあるよ」


 雨宮が札と発注書を見比べた。単位の横に、小さな壺の印がある。


「危なかった……」


「十壺だと、どのくらい届く?」


「一壺に二十本分」とロアン。


「二百本か」


 試験営業で扱う予定は十本。注文していたら、油だけで倉庫が埋まるところだった。


 雨宮は発注書を破らず、赤い線を二本引いた。その横に、間違えた理由を書き込む。


「捨てないんですか」


「失敗した紙の方が、次の確認に使えます」


 新しい手順は三つになった。


 発注者が商品番号、商品名、数量、単位を声に出す。もう一人が商品札と照らす。最後に現地語を読める者が署名する。


「雨宮さんがいない日は?」


「店長が日本語側を確認します」


「二人ともいない日は?」


「発注しません」


 ロアンが不満そうに眉を寄せた。


「俺だけじゃ信用できないのか」


「信用とは別です。間違えた人と、確認する人を分けたいんです」


「雨宮さんも間違えたもんな」


「ええ。だから作りました」


 雨宮があっさり認めると、ロアンはそれ以上言えなくなった。


 昼過ぎには、試験営業で扱う十八品すべてに商品番号と絵札がついた。


 雨宮は現地文字の練習帳を開き、食用油の名前を何度も書いている。見本と比べると、最後の一文字だけが反対を向いていた。


 リリアが隣へ座った。


「そこ、逆」


「分かっています」


「三回、逆だよ」


「分かっていませんでした。教えてください」


 雨宮は練習帳をリリアの方へ向けた。


 リリアは少し驚いてから、正しい文字を大きく書いた。


「これが食べる油。こっちは灯り」


「よく似ていますね」


「上の角が違う。食べる方はお皿みたい」


「なるほど」


 二人が肩を並べているのを見て、宗久は発注書を束ねた。


 読めないことより、読めないまま一人で処理する方が危ない。雨宮が人に教わると決めたなら、この店は少し強くなる。


 そのとき、外からガルドの太い声が響いた。


「店長! 日本から、でかい荷物が来たぞ!」


 全員で外へ出る。


 門から運ばれてきた木枠は、店の入口より大きかった。


 布を外すと、色鮮やかな看板が現れた。


 王冠をかぶった野菜が笑い、その周りを無数の電球が囲んでいる。


 宗久は本社から届いた設置指示書を読んだ。


「これを、正面の壁へつけろ?」


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