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2.栗原カナメ




5時30分。

目覚ましをかけなくても朝にきっちりに起きれるのは わたしの特技のひとつだ。その代わり夜は23時を過ぎると、眠くて活動出来なくなってしまうけど。


完成してしまった体内時計はめったなことでは崩れない。今日もわたしはいつもと同じ時間に起きて、洗面所で寝癖を直した。

顔を洗い、正面にある鏡に映った自分の顔をぼんやり眺めてみる。


肩にかかる程度の黒髪。これといって特徴のない顔。

唯一自慢できる二重まぶたは、起きた直後ということもあり三重になっていた。

中学校前半で成長期が終わったわたしの身長は、154センチからはのびる気配がない。

太っているわけではないし、小柄とはよく言われるけど、華奢や痩せているとは決して表現されないそんな体型。


自他共に認める平凡な容姿。その一言でわたしを表現するは十分すぎた。

どこにでもいそうな顔立ちだけど、顔の各パーツの配置などで個性は出てくるものだ。

あの家族写真の幼いわたしの面影は、この顔にもちゃんと受け継がれているのは自分でもちゃんと分かる。


写真は偽物とかではないはずなのに、臆病なわたしは胸を張ってそれを他人に言えない。


5時45分。

2階から起床した美子さんと茂さんが降りてきた。

茂さんは寝起きとは思えないほど爽やかで、すでに会社へ行くためのカッターシャツに着替えていた。

おはようと二人にあいさつを交わして、ワックスで髪を整えるであろう茂さんのため洗面所を譲る。


茂さんの身支度を待つ美子さんは、その間にお弁当のおかずを冷蔵庫から取り出す。眠そうな美子さんの横に並んで、わたしも冷蔵庫の中を見た。


我が家の朝ご飯は、自分で作るのが決まりだ。

とはいっても、美子さんが昨晩のうちに炊飯器をセットしてくれているから、ごはんのお供をどうするか考えるだけだけど。


気の向いたときは、ベーコンエッグなど簡単なおかずを作るのだが、今日はそこまで乗り気になれない。

今日は手短に鮭フレークとごはんで済ませることにした。


朝食が終われば自分の部屋に戻り、学校へ行く準備をする。

制服に着替えていると茂さんが家を出ていく音が聞こえた。仕事に向かったのだろう。


7時を少し回ったところでカバンを持って部屋を出る。

美子さんからお弁当を受け取り、空のペットボトルにお茶を入れた。


放課後にある三者懇談会の時間は17時30分からだと美子さんに確かめて、自転車で学校に向かった。


家から学校までバスで行くことも可能だが、運賃がものすごく高い。

片道450円。往復の利用で一日に900円使うのはさすがに出費が痛いし、雨の日以外は極力自転車で通学するように努めている。


家を出てしばらくは市を南北に分けるように貫通する国道を走って、やがて細い田んぼ道にそれた。

一般車はあまり通らない、市街地へ行くための近道だ。


自転車をこぐにはちょうどいい曇り空と追い風のおかげで、快適に学校までたどり着けた。


時刻はまだ8時になっていない。

部活のある生徒は登校しているが、一般の生徒じゃわたしが一番のはずだ。

その証拠に、体育館や運動場は騒がしく人の気配があっても、校舎の中は閑散としていた。


正面玄関より校舎に入り、自分の教室へと歩く。

L字型の校舎の一階、直角に曲がったところから二番目の教室が1年4組である。


教室のドアを開けてまず机を数えた。もはや日課だ。

座席は昨日と同じで36台ちゃんとあった。

小さなため息をもらしつつ、自分の席に腰を下ろす。

そこから先は何もせず机に片肘をついて手にあごを乗せ、ホームルーム開始まで過ごす。


これも、わたしの日課である。



8時15分を超えると生徒が次々に登校してくる。

予鈴が鳴る8時20分には教室内もそれなりの賑わいを見せていた。



「お、は、よう!!」



もうすぐ本鈴が鳴りそうなころ、遅刻を気にしてなだれ込む者に紛れて慌ただしく教室に入ってきた女子生徒がひとり。

茶髪の巻き髪にピアスとばっちりメイク。

どれもが校則違反なんだが、その全てか彼女に似合ってしまっているのがわたしとしては悔しいところだ。


170センチを超える長身で、モデル体型の美女は、中学からの友人——栗原カナメである。

カナメは自分の机に行く前にわたしのところに突進してきた。



「おはよう。昨日の夜に送ったメールはちゃんと見た?」


「見た見た! だからこうして棚上先生と勝負するために朝から来てんじゃん」



相変わらずテンションの高いやつだ。

しかし勝負というのは一体何だ。あんたがきちんと登校している時点ですでに棚上先生の勝ちなんじゃないのか。

カナメがメールを返してこないことに関しては、今に始まった話じゃないので気にしないでおく。


そうこうしているうちに本鈴が響いた。

自分の席へとカナメが戻ると同時に、棚上先生が入ってきた。

いつも通りの朝のホームルームは、カナメと棚上先生の舌戦が加わっただけでわたしにとっては平和なものだった。


カナメが登校している日はいつもふたりで過ごしている。

明るくて気さくな彼女は誰とでもすぐに仲良くなれるのに、なぜかわたしの傍を離れようとしない。

彼女がこの高校に進路を決めたのも、わたしが行くと言ったのが理由だそうだ。

それでいいのかとも思ったけれど、人見知りの激しいわたしは高校もカナメと同じクラスになれて正直安心してしまった。


わたしたちは女子のグループにはどこにも属していない。

そしてわたしがクラス内で人付き合いを上手くやっていけてるのは、カナメがいてくれるからに他ならない。


社交性と順応性をもった女であるのは認める。

だからといってこいつのさぼり癖は褒められたものではないが。


今日も今日とてカナメは4限目が終わって弁当を食べると、眠くなってきたとかぬかして午後の授業を受けずに帰ってしまった。

基本真面目なわたしは、カナメに一緒にサボろうと誘われても断るし、何より今日は三者懇談がある。

そのため放課後まで学校に残っておく必要があった。


基本真面目だが、授業にそこまで意欲的でないわたしは五限と6限を寝て過ごし、放課後を迎えた。


帰りのホームルームが終る。

教室は三者懇談会で使用するとのことで、生徒たちはとっとと追い出されてしまった。


帰宅したり部活に行ったり、みんなが散り散りになるなか、わたしは時間を潰すために図書室へと向かった。

別館の一階にある図書室は、入学以来暇なときに足を運んでいる場所だ。

カウンターにいる司書さんとも顔見知りになったけど、あいにくわたしは小説の類を全く読まない。


ここにきて毎回手にするのは、古びたハードカバーの漫画、ブラックジャックだけだ。

本棚の一角に並べられているシリーズはところろどころ抜けている巻もあるけれど、話自体が一話完結ものなので何巻からでも読める。

窓から校舎の見える一席に陣取って、時間つぶしの読書は始まった。


そこからしばらく。

設定していた携帯のアラームが鳴ったところで本を閉じて図書室を出る。


別館は体育館と隣接する4階建の建物だ。

校舎の端と渡り廊下でつながっているので、行き来に靴を履き替える必要はない。

校舎に戻り、L字になっている建物のちょうど直角の部分にある正面玄関にさしかかったところで、同じクラスの三谷さんと出くわした。



「今帰り?」


「うん。たった今懇談が終わったとこ。築山さんはひょっとして今から?」


「うん。どんな話したの?」



興味はあまりないが、話の流れで聞いてしまった。



「別に普通だったよ。学校生活は特に問題ありませんで、予定より早く終わった」


「うわあ。わたしもそれがいいな」


「築山さんは大丈夫じゃないの。わたし的に栗原さんの懇談はすごく長引くと思う」


「確かに言えてる」



笑いながら心の中でカナメに礼を言う。

ありがとう、あんたのおかげで話がはずんだよ。



「マリちゃん」



事務室前の来客用玄関からした声に目を向けると、美子さんがいた。

薄いピンク色のワンピースがとてもよく似合っている。



「じゃあ、美子さんもついたみたいだし、わたしも行ってくるね」


「え? ……ああ、うん。じゃあまた明日」


「うん。ばいばい」



一瞬きょとんとした三谷さんだったけど、すぐに気を取り直して駅のほうへと歩いていった。



三者懇談会は三谷さんの予想通り、勉強も学校生活も特に問題なし、この調子で頑張ろうということだけで早々に終わってしまった。

わたしに夕飯のリクエストを聞いた美子さんとは、昇降口の前で別れた。


帰りは本屋に寄って、雑誌を立ち読みしようかと考えながら自転車庫へと向かう途中——やらかしてしまったことに気付いた。


カバンの中を探りながら歩いていたが、自転車の鍵を入れたポーチが見つからない。

立ち止まって見知らぬ人の自転車の荷台にカバンを置いて中を捜したが、結果は同じだった。

ここにないということは、机の中に置き忘れたのだろう。



「……うわあ」



よりによってこんな日にやる失敗か。

わたしは懇談中の教室に「ちょっとすみません」の一言で乱入していく勇気なんて持ち合わせていない。


かといってひとつの懇談が終わるまで、次の懇談を控えたクラスメイトと、もしかしたらプラスその保護者と教室の前で一緒に待ち続けるなんて……気まずくてできそうにないよ。


頭の中でいろいろと考えた末、わたしは図書室つに逆戻りして教室から人がいなくなるのを待つことにした。


それからしばらく、誰もいない図書室で捗らない宿題を広げるだけ広げて時間を潰す。

図書室の窓から1年4組の電気が消えたのを確認し、慌てて宿題をカバンにしまった。

用務員さんに鍵を閉められても困るので、急いで教室へと向かう。


夕日が完全に沈んだ薄暗い廊下を進む。

次第に見えてきた、開けっ放しになっている教室のドアにほっとする。


駆け足の勢いをそのままに教室へ飛び込もうとしたが、室内を見て思わず急停止してしまった。


誰もいないと思っていた教室には人がいたのだ。

しかも、ふたり。


窓側の一番前の机に腰掛けている人と、窓にもたれかかっている人。

ふたりとも、この高校の男子制服を着用している。



でも……クラスメイトにこんな人いたっけ?



「どうしたの?」



机に座っている男子がわたしに気付いて聞いてきた。

男性にしては高い、だけど落ち付いた声だ。



「自転車の鍵、忘れたから取りに来たの」


「そっか。気をつけて帰りなよ」


「うん。そのつもり」



彼の座る机の3つ後ろにあるわたしの机から鍵を探す。

なんとなく気まずい空気だったため、鍵の入ったポーチを見つけるとすぐに教室を出ようとした。


何も言わない彼らの視線が痛い。



「まだいるなら電気付けようか?」



なんとなく聞いてみたら、座っている彼が首を横に振った。



「いいよ。俺たちももうすぐ帰るから」


「そう」



断られてもとりわけ気にするものではない。

今度こそ廊下に出ようと足を踏み出したのだが……。



「待て」



なぜか呼び止められてしまった。



「……なに?」



予想外の事態だが、平静を装って振り返る。

うん。多分だけど、びびったことには気付かれていない。

わたしを呼んだのは、窓にもたれかかっていた男子生徒だった。


机に座っているほうよりも低い声。

男子生徒は窓から離れて2歩、3歩とわたしに近付いてきた。



……え? わたし、何かした?



「お前は——」


「カズナリ」



彼が何か言おうとしたのを、机に座ったままの男子が止めた。

名前を呼んだだけのはずなのに、鋭く重い響きがあった。


そう思ったのはわたしだけではないみたい。

教卓の前で立ち尽くした「カズナリ」と呼ばれた彼もまた、険しい顔をしてあからさまにわたしから視線を外してしまった。


それ以上、彼は口を開こうとしない。



「ごめんね、また明日」



呆気にとられていたわたしは、ひらひらと手を振る机の上のその人に我に返った。



「うん。ばいばい」



手を振り返して、わたしは教室に入ったときと同じく駆け足で駐輪場に向かった。


心臓がどくどくいってるのが分かる。

走っているからか。だけどそれだけじゃない気がしてならない。

何がどうとかは言葉にできないけれど、ずっと机に座っている彼がなぜか不気味に感じた。



「……あんな男子はクラスにいない」



だから大丈夫、落ち付けと自転車をこぎながら自分に言い聞かせる。


暗がりで顔はよく見えなかった。

だけどわたしのクラスの男子はやんちゃ系が多いし、大人しい男子生徒でもあんな喋り方をする人はいなかったはずだ。


それに、もうひとり——カズナリと呼ばれていた彼にしても、クラスにはそんな名前の男子は記憶にない。



だから最後に彼の言った「また明日」は、ない。







よく分からない出来事を体験してしまったから、思考が変な方向に行ってしまったのだろう。



その日の夜。


夢の中で、カズナリと呼ばれた彼の顔に、昔わたしの前から消えてしまったカズ君の面影が、重なった。






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