JK無罪
わたしと恵美ちんは大村達を追った。
やっぱり罪悪感はあるけど、もはやそれどころじゃない。
「紗、おまえ慣れてねぇ?」
「二度目だからね。むしろ恵美ちんの方が手慣れてる感あるよ」
「ねぇよ、なんでだよ」
大村とお母さんは談笑しつつ、軽やかな足取りで日暮れの街を進んで行く。
「てか大村さぁ、ぜんっぜん落ち込んでるように見えないじゃん。どういうことなの、恵美ちん!」
「るせーな、知るかよ。紗のおばさんの前だから気ぃ使ってるんだろ」
「なんでお母さんにだけ? わたしにも気を使ってよ!」
「跡をつけてる分際で人の行いにケチつけんのかよ」
「仕方ないでしょ。確かにストーカー的行動だけど」
「的じゃねーだろ、ガチストーキングだろ、これ」
小声で言い合いつつ、わたし達は追跡を続行した。
しかしなんだか妙に人通りが増えてきた。あまり間隔を空けていると見失ってしまいそうだ。
「まずいね。もうちょっと近寄ろう」
「いま気付いたけど、あーし別にいらねーだろ。腹減ったし、そろそろ帰るわ」
「えっ、ダメ」
「なんでだよ」
「わたしが! 不安だからだよ! ここまできたら最後まで見守ってよ。日本人ならみんなそうするし、欧米とかむしろ地球人類の常識だよ」
「主語でけー。テメー慣れてくると無遠慮に甘えるのな」
「あははは、だよね~」
「共感したー、みたいな返しやめれ」
恵美ちんは軽く手を振ると踵を返した。
「んじゃな」
「あああっ、待って待って!」
「やだ」
「ううう……あっ、そうだ! わたしは君の弱みを握ってるんだぜ!」
「ああ?」
「こないだ譲司君が言ってたんだよねー。『恵美さんとは不思議と街でよく出くわすんだよなー』って」
「そ、それがなんだよ。あーしとジョー君は遊びのフィールドが被ってるから」
「嘘じゃん? ストーカー乙」
「ストーカーじゃねー! あーしはこそこそ隠れたりしねーし!」
「尾行してから適当なとこで姿を見せてるだけよね? 『ジョーくぅん、偶然だね!』とかのたまって」
うぐっと息を呑む恵美ちん。やはりそうだったか。でなきゃ、そんなにちょくちょく会うわけがない。恵美ちんと譲司君は学年どころか学校が違う。生活圏そのものが異なる想い人と縁を繋ぐための涙ぐましい努力なのだ。まあ、ストーキングだけど。わたしは恵美ちんの肩をぽんと叩く。
「大丈夫、わたしは味方だよ。JK無罪!」
「……有罪だ、阿呆。おまえら二人ともな」
聞き覚えのある声。
振り向くと呆れ眼の大村が、わたしを見下ろしていた。どきんと心臓が高鳴る。久しぶりのせいか、お出かけファッションのせいか、一段とお洒落というか華やかで凜々しくて格好イイ――などと見蕩れていると、
「――紗花っ!!」
「は、はいぃっ!」
「こんなところでなにをしているの!? あなた、まさか――」
肩をいからせてお母さんがやって来てしまった。
まずい、せめて見つかった場合の言い訳を考えとくべきだった。というかこれ、言い訳のしようがなくないっ!? 硬直しているわたしの横から、恵美ちんがすっと進み出た。
「初めまして! 紗花のお母さんすよね」
「ええ、あなたは……?」
「あーし、茂木っていいます。紗の友達っす」
ぽんと合掌し、恵美ちんはへらりと笑った。
「すんません、紗はあーしが呼び出したんすよ。ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあって」
「恵美が? じゃあ、ここで会ったのは偶然かよ?」
「いやいや、運命じゃね?」
「へー。あたしはまた、こそこそ尾行でもしてきたのかと思ったわ」
「わけねーだろ、あははは」
「あははは、だよな! ――だそうです、香里さん」
「……まあ、そういうことにしておきましょう」
お母さんは大村達を交互に眺め、毒気を抜かれたように嘆息した。この二人にはデトックス効果でもあるんだろうか。
「ともかく、これ以上他人様に迷惑はかけられないわね。紗花、今夜はあなたが私につき合いなさい」
「えっ? でも、わたし……」
せっかく会えたのだ。大村と話したい。ちょっとだけでも話したい。なのに挨拶の言葉さえ出なかった。意識してしまうと、もう怖くて目を合わせることさえできない。なんなの、これ? ちょっとケンカしただけなのに。
「ごめんなさいね、杏奈ちゃん。そういうことでいいかしら?」
「――はい。あたしもその方がいいと思います。恵美もいいっしょ?」
「あー、そっすね。よくわかんねーけど、あーしはどうせ帰るところだったし」
「ありがとう、二人とも。もう時間になるから行くわね」
いや、行くってそもそもどこに?
グズグズするわたしをお母さんがうながした。
「なにしているの、紗花。早くいらっしゃい」
□
目的地にはすぐに着いてしまった。
「ここ……市民文化会館だよね?」
大勢の人達が詰めかけ、長い行列ができている。ぱっと見、中高年の女性が多いようだ。みんな大人しく並んでおり、騒いでいる人は誰もいない。だけどじんわりした熱気のようなもの――期待感が空気に満ちていた。
「急ぎましょ。開演まで30分だから私達も並ばないと」
「う、うん」
どこか浮ついたお母さんの様子にわたしは戸惑ってしまう。
「これってコンサートかなにか?」
「いいえ、演劇。ミュージカルよ」
お母さんが身振りで指す方向に大きな立て看板があった。劇のタイトルは〝ちょいカラさんが通る〟のようだ。きらきらしい服装の男性と豪勢なドレスの女性が大写しにされている。この二人が主役なのだろう。
衣装も派手だけどメイクもめっちゃ濃いな……って、んん?
「もしかして、両方とも女の人……?」
「ええ、当たり前じゃない。サクラヅカですもの」
言われてみれば看板にも〝桜塚帝國少女歌劇団〟と書かれていた。有名劇団だからわたしでも大まかなことは知っている。大正時代からの歴史を誇る劇団で、出演者は全員女性――つまり男役は男装した女性がつとめるはずだ。
「同性とは思えないわよねー。すらっとしてて格好いいでしょう!」
まあ、それなりに格好いいけど、大村も同じ位の背丈があるぞ。おっぱい大きすぎるけど。
「よくわからないって顔してるわね」
「え、ええと……」
「大丈夫よ、舞台を観ればわかるから!」
開演するとまさに別世界が展開された。まばゆい照明、鳴り響く音楽。舞台上ではメイクの濃さも気にならない。というか、見事に映えている。わたしはすっかり場の雰囲気に呑まれてしまった。なんかこれ、すごい。よくわかんないけど、これ、なんか――
「す、すごいね……!」
「でしょう!! すごい、とっても素敵よね!」
楽しそうに笑うお母さんの瞳はきらきらしていた。それはまるで大切な宝物を眺める幼子のようだった。




