ロジカル
納得できたところで、スプリットSとインメルマンターンの練習を再開。
繰り返すうちに、どちらの技もさまになってきた。やろう! と思った時には必要な操作をはじめている感じだ。
『だいぶよくなって来たんじゃね?』
「ありがと! でもインメルマンターンの方は使いどころが難しいような……」
『それがわかれば上等。高度を稼いでも、速度を失った瞬間は狙われやすいからな』
「そっか。ねー、こないだ、わたし追っていた敵を追い越しちゃったじゃん」
『あー、オーバーシュートして撃たれたよな』
「ヤバっ! って思った時は遅くてさ。ああいう時はどうすればいいの? ブレーキないし、やっぱスロットルを閉じる?」
大村はダルそうに、しかしきっぱりと否定した。
『スロットルでの急減速は基本ダメ。降下中ならともかく、他の敵もいる時に速度を無駄遣いすると、すぐ詰むぞ』
「でも速度がありすぎるから相手を追い越すのでは? 捨てるしかないじゃん」
『捨てるくらいなら、一撃して離脱だって。まあ、どうしても墜としたいなら〝バレルロール〟で調整すりゃいい』
斜め前を飛んでいた大村のゼロ戦が軽く上昇しつつ、翼を回す。機体が天地逆転した後も回り続け、完全に一回転して水平飛行に復帰。わたし達の間隔は一気に狭まり、ほとんど並びかけていた。
「大村の速度、あんまり落ちてないよね。あたしも速度は変えてない。なのになんでこんなに近くなったの……?」
『あたしの零戦、ぐるんとロールして螺旋を描いて飛んでただろ?』
「うん」
『結果的に真っ直ぐ進むよりも飛ぶ距離が増えたんだよ。おまえは最短距離で飛んでたから――』
「……ああ! 大村が寄り道した分、わたしが追い着いたんだ!」
あの時、わたしのゼロ戦の方が速かったからサンダーボルトを追い越してしまった。だがバレルロールを打てば、飛ぶ距離が長くなる。結果〝ちょっと減速するだけで追い越さない〟状況を作り出せるのだ。
『ロールの大きさで増やす距離の調整も効く。あたしの場合は小さめに回って足りなければ、何度かロールを追加する。いい感じの距離に調整して撃ちたい時とかにやってるわ』
「ふんふん」
『自分が後ろから撃たれている時にもやるといい。その場合は大きめにロールする。狙いをそらせるし、相手を前に出すこともできるっしょ?』
「なるほどー!」
『他に〝ハイヨーヨー〟をやる手もある。実際にやる時は旋回と組み合わせるんだけど――』
大村のゼロ戦はすうっと上昇し、後方へ去っていく。慌ててカメラを後ろに回すと降下に転じ、加速してわたしのゼロ戦に並ぶ。
「あー、いったん速度を高度に変えたんだ?」
『わかってきたじゃん。で、次は高度を速度に戻せば追いつける。持っている速度を無駄にせず、接近しては離れてを繰り返せるわけ』
「ははあ、一撃離脱を何度もできるんだね!」
『上手くやればな。斜め上から撃つ方が命中させやすくもなるし』
確かに真後ろからだと、丸い胴体に線のような翼が見えるだけだもんね。前回の対戦では悪手ばかり打っていたのがよくわかってしまった。
ハイヨーヨーにも逆パターンの〝ローヨーヨー〟があるそうだ。こちらは相手の方が速い時、いったん高度を下げて増速した後、上昇して追いつく技だ。これも下から撃ち上げる形になるのであてやすい。
ただどちらも意図的に互いの高低差を作るため、相手を見失いやすい。カメラをうまく使わなくていけないらしい。
『有効かは別として、ハイヨーヨーは調整幅が尽きることがないんだわ』
「だね。なんならずーっと上昇し続けてもいいんだし」
『だから速度差が大きいならハイヨーヨー、小さいならバレルロールかな』
「とにかく速度と高度の管理かー。空中戦ってロジカルなんだねぇ……!」
『あーね。飛行機の速度と高度――運動エネルギーと位置エネルギーはお互いに交換可能な貯金みたいなもんだよ。上手に使って、有利な位置を占めるように機体を持って行けばいい』
どっちかだけでもたくさんあると、豊かな気持ちで暮らせそうだなー。
俺の家は高度一万mだぜ! とか、私の年収は800㎞/hです! つったら婚活でモテそう。意味はわからないが。
『ただし、降下で上乗せした速度は機体の空気抵抗でどんどん減っていく。旋回でもすれば、さらに大きく減っちまうから気をつけなよ』
「位置エネルギー……高度は水平飛行してればずっとキープできるよね?」
『もちろん』
「じゃあ、ゲーム開始時にとにかくめっちゃ高い位置まで上れば、エネルギー的には最強じゃない?」
『基本的にはそうだけど、零戦の場合はそーじゃないな』
「えっ、なんでよ?」
『エンジンが非力だからなかなか高高度まで上がれないし、上がった頃にはすっかり速度を失っちまっているんだよ』
もちろん水平飛行に戻せば速度は回復できる。
だがゼロ戦のエンジンは高高度では性能が低下し、加速しないらしい。
『近い高度に敵がいたらもうアウト。速度がないからなんもできずに墜とされる』
「うーん……でも降下すれば速度は取り戻せるじゃん?」
『ところが降下制限速度が低めだから逃げ切れない。無理して速度を上げ続けると、空中分解だわ』
「おおう……ゼロ戦ちゃん、燃えやすいし壊れやすいし、繊細なのね……」
結局、ありあまる高度を充分に活用できないのだ。確かにこれじゃ無理して上がっても意味がない。高高度はゼロ戦には向かないステージなのだ。
『上がるにしても精々6000mあたりまでかな』
「なんかお支払限度額の低いカードみたい。高度はいっぱいあっても、景気よく使えないなんてさ」
『おまけに自力で出せる最高速度も低めだし』
「むう……もしかしてゼロ戦ちゃん、けっこう不憫な子?」
『いや、零戦は旋回でめっちゃ曲がるし速度も落ちにくい。20㎜も威力があるからあたればでかい。低空なら上昇力もある。マッチする使い方をすりゃいいの』
それからも大村のセクシーボイスに鼓膜を刺激されつつ、わたしは技――空戦機動と呼ぶそうだ――の練習にいそしんだ。さらにはエイムを磨くため、シングルプレイヤーモードでCPUの敵と交戦。わたしの後ろに立って様子を見ていた大村がぽつりともらす。
「――うん。全然ダメだわ」
「ええええええーっ? 頑張っているのにぃ!」
「おまえ、思い切り敵に近付くまで射撃禁止。特に20㎜はぎりぎりまで撃たねー方がいい」
「ううう……そんなにクソエイムかよ」
「めっちゃクソ。こないだよりはよくなったから、頑張りなー」
敵の未来位置を予測して少し前を狙え。大村的にもそれ以上のアドバイスはできないみたいだ。お互いの速度、位置関係、弾の飛び方などからむ要素が多すぎるため、繰り返し射撃して感覚をつかむしかないらしい。
「もー、わたしは頑張ってるっつーのっ!!」
「わかってるよ。おまえがこんなにアジュコンにはまるとか、思わなかったし」
「――えっ? だって……」
「他のダチとか誰もやってくれねぇよ? みんなやるのはせいぜいリズムゲームか、無人島で暮らすやつとかだからな」
まあ、そりゃそうだ。一般的なJKがこぞってオンライン空戦ゲームをやるようなら、JKの概念を定義し直す必要があるだろう。
「紗花もちょっとプレイさせたら『ヤダもう無理っ!』ってなるだろってさ」
「ふーんだ、お生憎様だね! わたしだってそれなりに根性はあるんだから!」
「おお、マジでな。正直、びっくりしたわ」
(ちくしょー、大村め。こいつ、わたしに言ったこと忘れてやがるな)
確かにアジュールコンバットは面白いし充分はまっているけど、そもそもこのそびえ立つクソ高い敷居を越えたのはあんたのせいなんだぞ。
結局、この日はひたすら練習。実戦は次の機会にお預けとなった。
色々語ってますが、このゲームのマニューバや零戦はこうなのねーくらいに思って頂ければ。
毎日更新期間は本日で終了。
以降、週に二回(たぶん月曜と木曜)を目処に更新していきます。
 




