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異世界防衛隊〜進化で世界を救え〜  作者: シャルシャレード
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第三話

 ーーー本日行われている一次試験は、目の前に出された異獣に対して実際に戦うというシンプルなもの。

 様々な異獣に対応する力を見るため、異獣は数人ごとに別の種類へと入れ替わっていく。

 硬い装甲を持つもの、素早く逃げるもの、こちらに攻撃を繰り返すもの。基本的には学生でも対応できるレベルで考えるため、命の危機に陥るということは少ない。


 一見単純な試験に見えるが、シンプルであるが故に戦う内容を見て、この時点である程度センスが測れるものだ。


 

 『サンダーステップ!!!』

 生徒が右に左に軽やかに弾み、目の前の敵に対して華麗に攻撃を加え続ける。

 雷を動きに合わせることで高い効果を出すことができる光技であるが、使い手によってその効果がモロに現れる。


 『はぁぁぁぁ!!!』

 攻撃の雨霰。

 稲妻のような。いや、静電気の如き攻撃である。

 

 目の前にいる異獣は、その場から動く事なく、じっと身を固め耐え続ける。


 『はぁ、はぁ…。なんでだ…。』

 しかし、威勢が良かったのもそこまで、今度は逆に攻撃をしている方が苦しみ始める。

 

 『くそぉ、もう、限界だ…。』

 男子生徒は声なき声で叫ぶ。



 『…。もう、限界かな。』

 そして、その生徒は敵を倒すことが出来ず、その場に倒れ込む。


 駄目そうだな…。

 『そこまで!はい、次の人!』

 この子も不合格ラインと。

 俺はここ十回は続けている×印を、名簿の名前欄に書き加える。

 この×印がその子の将来に関わる事なのだから、正直うんざりしてくる。



 この村のレベルは決して低くは無い、支部が設置されて以来、飛躍的にレベルが高くなっている。

 全国3エリアのうちの1つ、対東地区の中では、紛れもなく上位である。


 そんな中で、この学校では隊員候補の教育にかなり力を入れていると聞く。

 歴史や戦術を学ぶ座学はもちろん、体術の取得や対人や実戦での訓練。

 高みを目指すためには、これ以上無いものであろう。危険地域に隣接しない、または遠い内地にある学校では、そう簡単に実戦は積めないため。経験という最大の武器を手にしやすい。

 それが、この対東地区において、良い成績を収めてる点である。

 だが、もちろん命の危機と隣り合わせというデメリットも存在する。普通には中々起こり得ないが、不測の事態はいつ起こるか分からない。

 そのため、才覚のないものは、内地へ行くことがほとんどであると聞く。



 試験官になるためには、まず絶対条件としてB級以上にならなければならず、その中でも上位に入らなければならない。

 3000人以上いるB級の中で、俺はついに上位500以上の順位を手に入れ、そして、俺、髙橋潤は、ついに試験官側に漕ぎ着けたのだ。


 しかし、B級隊員は一人で試験官になることは出来ない。必ずもう一人、SかA級。又は、ベテランのB級隊員が必要となってくる。

 

 そして、俺の隣にいるのは南條由香。透き通るような瞳に吸い込まれそうなほどの黒髪。恐らく誰が見ても美人となるような顔である。そしてどこか儚さをも覚える雰囲気がある。

 オレと同様に、比較的新人…というか同じ村出身で幼少からの同級生である。今日人生で初めて入隊の試験を担当している。先日、史上最年少でA級に上り詰めた、逸材である。

 そして、俺の憧れであり、常にその背中を追い続けてここまで来た。

 彼女は俺のことなんて眼中にないだろう。

 だけど、いつか必ず振り向かせて見せる!なんて思ってたりもする。


 俺は、どのような逸材を見ることが出来るのか、試験官が決まってから、評価基準を何ヶ月も前から練ってきた。しかしその間、この女は時間に全くのノータッチ。実際に今日もこの試験に対してただの一つも行動を起こしていない。

 

 [氷の女王]彼女はそう呼ばれている。

 感情を読み取れないと言われるが、俺に言わせればそんな事はない。僅かに表情が違うのである。

 ちなみに、今日はあまり機嫌は良くないと思う。

 

 このやる気の無さは問題であるが、口を挟まないだけまだ良いのだろうか。


 今の子は、確かに攻撃は鋭かったし、早かった。

 ただそれだけである。

 サンダーステップを使えば、誰でも出せるほどの力しか出せていなかった。


 彼が攻撃を加えていたのは、硬い装甲が自慢の異獣、"ストーングラブ"である。

 弱点であるお腹を攻撃すれば良いのだが、装甲をただ、考えもなく殴り続け、そのまま自分が削り取られてしまった。


 しかし、この現象が起きたのは彼だけでは無い。

 このクラスのメンバーほぼ全員が近からず遠からず、同じ負け方をしていた。


 彼らを形容するならば、自信と言うにはあまりに拙い、驕りだろうか。



 防衛隊は、一次試験と二次試験の計2回行われる。

 一次試験は各地方で行われ、二次試験のために人数を絞る。

 いわゆる"落とす"試験である。

 

 ここでは、主に素質、将来性が重点的に見られ、ある程度の水準に達していれば基本的に落ちることはない。


 つまり、才能がある者にとっては、なんら問題のない、言ってしまえば"通過点"ということになる。

 

 しかし、素質の無い、いわゆる凡百な者と呼ばれる人にとってはそうとはいかない。

 先ほど述べた通り、素質に重きを置いて見られるから、彼らにとってはかなりきつい試験となってきてしまう。


 素質の無い者は落ちてしまうのか。

 

 そんな事はない。俺たち防衛隊は鬼ではない。


 "素質以外の"将来性でキラリと光るものを見せればなんら問題ない。

 素質がない者も実際に突破している。つまり、受かることが出来る。もちろん、簡単なことでは無いが。


 でも、それ以外を見せる者は往々として少ないのが現状である。

 

 特に今、見ているクラス。

 素質が無い者がいるクラスとは聞いていたが、まさかここまでなんて…。


 『いくらなんでも酷すぎなか?』

 ため息と共に眉間を思わず押さえつける。


 『ちょっとは工夫というものをして欲しいな。素質が無いなら素質が無い人なりの立ち回りってものがあるでしょうに…。』

 そう言いつつ手元にある、クラス名簿を見つめる。

 今のところ21人中20人が不合格圏内…。

 これは!と思わせる人材は今のところいない。


 いや、受かってる子だけは、流石に良い動きだけれども。


 工夫を見せれば、評価できる。

 今の段階で、そういったことが出来ていれば、ある程度能力が弱くても、これからも考えて行動できる場合が多い。

 だから、先行投資といった意味合いで、この試験を突破する場合が多い。

 しかし、口で言うのは簡単であるが、考えて戦うのはなかなかに難しい。

 がむしゃらに、一生懸命戦う方がはるかに楽だから。

 だから、経験と才能がモノを言う。


 ある程度では、あるが能力も強化はできる。


 そのせいなのか分からないが、ここに来てから、と言うか、俺に会ってから、一言も喋ってくれない。


 『ただ技をぶっ放せば良いってもんじゃ無いでしょうに…。』

 さらに眉間を強く抑える。

 そろそろ眉間が赤くなりそうだな…。


 『歴に託けて俺にこんなクラスを押し付けて…。』

 一瞬頭まで熱くなる感覚を覚え、あわてて深呼吸をする。今日だけでこれを6回繰り返している。

 これでもマシになった方であるが。


 実は1週間前までどのような人たちを担当するのか全く知らなかった。

 この学校を担当すると決まった瞬間に先輩から、エリートじゃないこのクラスを押し付けられたのである。A級じゃない俺は、逆らうことが出来ず、コンビである南條も全く興味がないのか、無視していたので、こうなってしまった。

 1週間前までは楽しみで寝れなかったのに、クラスの資料を見た瞬間、この1週間は別の意味で寝れなかったじゃ無い!!!


 『多分試験官向いてないな…。』

 試験官は基本的に短所よりも長所を見つけて、判断をする。

 短所なんてものは、努力次第でいくらでもなんとかなるから。

 だから、どれだけ悪くても、秀でた一芸で判断することもある。

 

 しかし、現状悪いところにしか目がいかない。

 彼らの人生が掛かっているというのにである。


 『春香さんの言う、"面白い子"って本当に居るのかしら…。』

 つい、3日前に憧れの先輩である、嶋崎春香さんの言葉を思い出す。


 『あと、3人じゃないか…。』

 今のところ、それらしき者は出て来ていない。

 

 春香さんの目が曇ってるわけじゃないんだろうけど…。

 心に抱えた一抹の不安を払うように今一度深く呼吸をする。


 

 『よぉし!行くぜよぉ〜!』

 どこか気の抜けた感じの少年がストーングラブの前に立ち塞がる。

 張り切った声に一瞬呆気に取られる。


 すぐに気を取り直し、資料を読む。

 早来鏡…能力はミラー…珍しいな。

 多分、今の防衛隊でも使ってる者は居ないんじゃないか?

 お手並み拝見だな。

 今日、初めて胸の高揚を感じた気がした。


 『準備はいいかい?』

 俺は、僅かに興奮を抑えきれずに、早来くんに声をかける。


 『ちょっといいですか、マドマゼル?』

 彼は、俺の隣にいる、南條を真っ直ぐに見つめる。

 南條の先程までの無気力な目に僅かに興味の色が灯った気がする。

 

 『マド…!?』

 俺は思わずツッコミそうになる。

 5個以上も歳上の私にお嬢様って…悪い気はしないのだろうか?

 南條の方へと目を向けるが、氷のように動いてはいない。さすがは氷の女王。

 

 周りもその一言でガヤガヤと声を上げている。

 それもそうだ。

 仮にも人生を賭けた試験。そんなことを言う奴は居ない。

 バカか相当な実力者かどちらかである。


 しかし、南條は早来くんの問いには一切答えず、黙って一瞥もしない。


 とりあえず、早く進めないと。

 俺は、毅然と

 『ごほん…何かな早来くん。』

 仕切り直して問いかける。

 

 『もし、瞬殺できたら、お茶でもどうですか?』

 早来くんは、先程の顔を崩さず聞いてくる。

 バカだったわ…。


 しかし、ここまで何となくつまらなかった試験で初めて面白そうな子が出てきた。

 南條のやる気を上げるためにも、これを逃す手はない。

 『このクラスNo.1の成績を収めればデートしてあげる(らしいよ)!No.1の成績を取った人とね?(多分)』

 俺は、小声を挟みつつ強い口調で言った。


 すると、他のクラスの連中からも、オオっと言う声が上がった。

 試験を面白いものにしたいと思ってたけど、まさかここまでやる気になってくれるとは。

 

 …ほんとにちょろいな。


 『No.1ですか…』

 そう言いながら、彼はまだ出番のない少年1人と少女1人を見つめる。

 少女は、気にも留めず。  

 少年は、下を俯き、微動だにしない。


 あの少女は確か…

 私は手元にある資料をめくる。このクラスで上位の成績か。田舎の学校とは言え、No.1は楽しみである。

 もう1人の少年はその真逆だな。


 そして、一瞬目線を外した後、真っ直ぐこちらに向き直る。

 『その言葉、忘れないでくださいね。』

 ウインクを南條に向けながら返してくる。

 南條は相変わらずの無反応である。

 ちょっと可哀想になってくる。同情するぞ少年。


 『準備は良いか?』

 俺はまっすぐに左手を上げる。

 

 『OKです。』

 早来くんは、腰の横に手を開き構える。


 『始め!』

 そして、上げた左手を下ろす。


 構えが様になっている。

 早来くんの構えは、戦闘向きというか、明らかに戦う準備のための構えである。

 体制は低く、重心は前のめりに。

 思わず感心してしまった。


 『ミラーコントラ!』

 呪文唱えると同時に、ストーンクラブに真っ直ぐ突っ込んでいく。


 『鋭い』

 呪文を唱えてから、敵に向かうまで全く迷いがない。自分の能力、戦闘に自信がある証拠。

 だけど、あまりに動きが若すぎる。


 "本当の戦闘"を知らないあまりに素直すぎる動き。

 ストーングラブはカウンターを狙い、その場でハサミを振り上げる。

 これは、まずい捉えられる。

 

 ストーングラブは攻撃力が低いとは言え、ハサミは鋭い。

 直撃であれば無事では済まない。


 『危ない!』

 早来くんは、そのままストーングラブのハサミに捉えられた…はずだった。

 

 『透けてる?』

 完全に捉えたはずのハサミが虚空を切り裂いていた。

 

 『単純で助かるよ、カニ君。』

 その言葉を残して、ハサミを振り下ろし、ガラ空きのストーンクラブの腹部めがけて回し蹴りを入れる。


 ドンっという鈍い音を出しながら、ストーングラブが吹き飛ぶ。


 『かーったぁ!!!足の骨折れるてこれ!腹部でこれなの!?』

 そう言いながら、早来少年は振り出した右足をぶらぶらとする。

 

 今日2人目の急所である腹部への攻撃。

 駆け引きもなく、あの一瞬で弱点に攻撃を入れることは、新人隊員にだって難しい。


 『…そこまで!』

 私は、ストーングラブの安否を見ることなく、宣言をする。


 『あれ、見なくて良いんですか?トドメ、させたか分かりませんよ。』

 早来くんは、そう言いながら、ストーングラブの飛んだ方を指さす。


 『あれだけのものを見せてくれたんだから十分だよ。』

 なるほど、春香さんが言ってたのはこの子だろう。

 俺は、心の中で納得をする。

 この言葉は事実であり、俺の中のこの子に対する最大限の賛辞である。

 それほどまでに良いものを見せて貰えた。


 『やったね!さっきの約束忘れてないですよね?』

 やや身を前屈みにして、南條と俺を交互に真っ直ぐ見つめる。


 『あぁ…もちろんだよ。』

 そう言いながら、俺もちらりと南條を見つめる。先程とは、変わらず表情に光がない。

 興味はなしか。 

 恐らく、春香さんの言っていた逸材はこの子であるが、一つも目をくれてはいない。


 怒ってないよね…?

 勝手に適当なことを言ってしまったことに対して、今更ながらに申し訳なさを覚えた。

 先程の言葉をそのまま取った、少年の純粋さと健気さに感心と若干の気恥を覚えたのだろうか。

 まだまだ俺も未熟だ。もっと鍛えないと。


 『やったぜ!!!おい、天洋見てたか!?』

 そう言いながら、早来くんは先程よりもやや歩幅を大きくし、まだ試験を終えていない少年のいる方へと歩みを進める。

 その少年は、試験が始まってから、木の木陰、クラスメートの居る所から外れた、端っこの方で1人じっと試験を見つめていた。

 

 『見てた見てた。多分お前よりストーンクラブ見つめてたぜ。』

 少年は、戦闘を見学してきた時の自身の状況を正直に話した。

 俯いてたようだけど、見ていたのかな?

 

 『天洋ってカニ、好きなの?』

 

 『…何でそうなんだよ。…好きだけど。』

 その2人は、その後、カニの好みの話をしていた。

 ちなみに俺は好きだ。味噌以外は。



 『さて、次は…綾瀬さん。準備は良いかい?』

 綾瀬さんに確認をする。


 すると、

 『オォォォ!‼︎頑張れェェェェ!!!』

 『綾瀬さん、天使!!!』

 『頑張ってーーー!!!』

 『綾瀬さん、L・O・V・E!!!』

 とても、同級生の応援とは、思えないような。

 黄色いと野太い声がこだましている。

 

 『綾瀬さん、そいつのハサミ、危ないよーーー!』

 早来くんまで、大声を出し、声援を送る。

 先程のデートの時、あるいはそれ以上の声援である。

 飛んだ浮気者だ。けしからん。


 綾瀬さんは、その声援に一度軽くお辞儀をしつつ、ストーンクラブの方へと向く。

 『試験官さん、準備は出来てます。いつでもどうぞ。』

 声援を気にする様子はないらしい。


 さてと、お手並み拝見と行こうかな、

 『わかった。始めぇぇぇぇ!!!』

 なぜか、力が声に込もった。

 俺も大概だ。


 開始と同時に彼女は、手を上に上げ、

 『ベル・ストーム』

 と唱える。

 黒い球体が現れ、そこから無数のレーザーが雨のように降り注ぐ。


 『…!』

 俺は、恐らく驚きで目が見開いてるであろう。

 一瞬のうちに、ストーンクラブの硬い装甲を上からまるで叩き潰すかのように貫き、ストーンクラブは、パタリとその場に倒れた。

 そして、彼女は、すでに攻撃の手を止め、服についた埃を払っている。


 『もう、よろしいですか?』

 彼女が攻撃を止め、服を払ってから数秒。黙っていた俺に対して、少し困惑しつつ聞いてきた。

 

 『そ、そこまで!』

 少し慌てつつ、終了の合図をかける。

 驚いた。これほどまでとは。

 今年の受験生の5本の指には入ってくるはずだ。


 

 『すげぇよ…』

 『流石、綾瀬さん。』

 『村で一番強いんでねーか?』

 『綾瀬さん、ラブゥ…』

 この光景がいつも通りなのか、意外な展開なのかは分からない。しかし、この場にいる全員がこの少女の凄さをマジマジと感じている。


 『凄いわね…あの装甲を簡単に破るなんて。』


 『いえ、たまたまです。当たりどころが良かっただけです。』

 俺の問いに対して彼女は謙遜を見せる。

 しかし、たまたまであったとしても、ストーンクラブを上から圧倒できる少年少女はそうはいない。

 光力を鍛え上げた、団員なら別だが、若干15歳の少女がいとも容易く、装甲を貫いた。

 彼女に対して、期待と心の底で僅かながら、恐怖すら感じているのかもしれない。


 『なるほどね。』

 隣にいる南條が初めて口を開き、ポツリと漏らす。

流石の南條もこれには驚いたのだろう。

 なぜか俺が得意気になってしまった。

 

 『そうか…わかったわ。』

 最後に良いものを見せて貰った。

 試験官の仕事もどうやら捨てたものではないのかもしれない。


 『では、全員が終わっt…てない!!!最後に居たわよね!!!』

 危なかった。今完全に流れで、ぶった斬りそうになっていた。


 『ごめんね。えっと…祥鳳界くん。』

 俺は、流石に申し訳ないので、頭を下げつつ謝罪をする。


 『いえ、大丈夫です。』

 祥鳳界も、同じく頭を下げつつ答える。


 『さぁ、最弱の出番だな。』

 『全科目× 下級の異獣も倒せない。』

 『あいつに何ができるんだろうな!?』

 生徒達は直接的には声をかけないが、最後の少年の方を見ながら、悪意のありそうな笑いを向ける。

 私なら、耐えられそうにない場面である。

 流石に、その行為に注意をするために、口を開こうとしたその時、その少年は意に介することなく、スッと前に近づいてくる。


 『いつでも、行けますよ。』

 その言葉にハッとし、少年と目を合わせる。

 そしてその少年の目に私は思わず怯む。

 目が、とてつもない集中力を孕んでいることを、まじまじと感じた。

 そして、どこか違和感を感じた気がした。


 『待って、でもその前に…』

 そう言いながら、先程、ストーンクラブがいた場所を指す。

 先程の光技により、ちょっとしたクレーターのような大きな穴が空いていた。


 『5分ほど待ってもらえるかな。穴を塞ぐから。』

 資料を持ってない方の腕を前に突き出し、光力を使おうとする。


 すると、

 『あ、言え、大丈夫です。実際の戦闘に環境が近い方がやりやすそうなので。』

 と言って、フィールドを直すことを断る。


 『…わかった。では、位置について。』

 その言葉を聞き届け、祥鳳界くんは、ストーンクラブをじっと見つめる。

 本当に、この目を持っている子が最下位なのか。

 私は、先程までの彼の評価と、一瞬のあのやりとりの間に大きなギャップを感じた。


 もしかしたら、この子は強いのかもしれない。

 一つの疑念が生じ始める。


 『始め!!!』

 合図とともに、祥鳳界くんは手から火を放つ。

あれじゃ火力が足りない。ストーンクラブの装甲は撃ち抜けない。

 ひ弱な球が装甲に崩れるように弾き飛ばされる。



 『なるほど、この硬さね。』

 グッと体制をかがめ、反撃に転ずるストーンクラブの攻撃を躱し、そのまま発動した火球を至近距離で横腹に打ち込む。

 

 『ほぅ。』

 鋭いな、無駄がない動き。

 先程の早来くんのような派手さは無いが、実戦的な動きだ。

 躱し際に、弱点に攻撃することも怠らない。


 攻防一体の見事な攻撃であるが…。


 火力が足りなさ過ぎるね。

 ストーンクラブにほとんどダメージが通っていない。


 祥鳳界くんは間髪入れずに、再び攻撃を仕掛けるが、悉く装甲に防がれる。

 巧みな動きでストーンクラブの腹に、攻撃を仕掛けるが、決定打にはなり得ない。

 先程の戦闘で開いた穴を駆使しながら、なんとかカウンターを続ける。

 

 このままでは、ジリ貧。いずれ捕まる。


 『しまっ。』

 地面にぽっかりと空いた穴に潜み、繰り返しストーンクラブの意識の外から攻撃を続けた。

 しかし、祥鳳界くんはストーンクラブの爪に捕らえられる。胸の辺りだろうか、血が滴る。

 内臓には、達していないであろうが、それでも傷は深い。動けば命に関わるかもしれない。

 これまでにも細かい斬撃は無数に喰らっていた。

 それでも、今までは致命的なダメージは避けていた。

 集中力の限界か。

 ほぼ初実戦で、ここまで頑張ったんだ。胸を張っていい。


 『ここまでか。』

 工夫はあるし、動きは鋭い。普通なら合格ラインではある。

 しかし、彼にはそれ以上に、いや、絶対的な要素が足りていない。

 

 『現実とは、残酷だな。』

 恐らく、この世界の殆どがぶつかるであろう、光力の才能の壁。努力ではどうすることもできない壁。

 彼は、早々とぶつかってしまったのだ。

 

 事実、あれだけ弱点を突いてもダメージを与えるには至っていない。

 本当ならば、もっと前に止めるべきである。

 彼の能力ならこうなることは目に見えていた。

 そして、実際に大ダメージを負ってしまった。


 俺も、甘いな…若者の夢を諦めさせるためにここまでやらせて。

 本来であるならば、最初の一撃で止めるはずだった。

 資料にある通りのおよそ実戦では使えない光力。

 もし、何かの間違いでここを突破しても次で死ぬことになるかもしれない。

 それでも止めなかったのは、同じく持たざる者としての最後の恩情だろうか。


 だが、彼には残酷ではあるが彼の未来を考えてもここで諦めさせたほうが良い。

 

 恨むなら、何も持たずして産んだ親を恨め。試験官をした俺を恨め。

 防衛隊を志してしまった己を恨め。


 立ち尽くした彼に一瞥をくれる。

 終わりだね。


 『そこま…』

 『待って。』

 後ろから…まさか南條?

 俺は驚きとともに振り返る。


 『まだ続けて。』


 『いや、しかし、あの出血量は命に関わります。』

 祥鳳界くんの胸には、赤黒く血が広がる。


 『彼の目は死んでいない。』

 彼女の表情に僅かに光が灯る。


 『全責任は、私が取るわ。』

 南條がこちらを真っ直ぐに見る。

 

 『…分かりました。』

 好きな女にまっすぐ見られたら断れないのが男である。


 『ただし、危険になったら止めますからね。』


 『えぇ、迷惑をかけるわね。』


 祥鳳界くんは、ふーっと息を吸うと、左手に火をつける。

 じっとストーンクラブを見つめる。

 

 なんだ、なんなんだ、この身震いは。

 彼は何者なんだ。


 思い切り地面を蹴り上げ、真っ直ぐに最短距離で向かう。

 その傷で躊躇いもなく、全速力で…

 死ぬのが怖くないのか…!

 


 無謀だ。カウンターを食らって終わる。

 そのスピードで躱すのは無理だ。



 ぐしゃりと脇腹を貫通する音がこだまする。

 まずい、このままでは!

 助けに入らなければ。


 『おい、南條!』

 俺は、チラリと南條を見る。

 

 『なに、笑って…』

 南條が笑みを浮かべている。


 まさか。


 ドーンと破裂音が聞こえ、もう一度元の位置を振り返った時には、血みどろの少年が天にも届くほど手を高く挙げ、立ち尽くしていた。ーーー

 

 



 ーーー第一次試験に命を賭けるものなど前代未聞である。

 弱く、拙い光力が強大な相手に弾かれ続ける。誰が見ても負けパターンであった。 


 とりあえず、死ななくて良かった。

 あの場面で死なせてしまっては間違いなく、俺たち2人に雷が落ちる。

 全責任を南條が取ってくれるとは言え、こちらに何もお咎めなしとはいかないだろう。


 しかし、まさか穴の中に自分の魔法を繰り返し設置し続けて、いたとはね。

  


 普通、光技は光力を各々が持ちうる攻撃なり、回復なり、防御の属性に変換して、発動する。

 基本的な火球で言えば、手を出し、技を唱える。すると、そこに膜のようなものが浮かび、そこに光力を流す。

 この膜は、何度も繰り返しイメージしながら練習して、浮かぶようになる。

 稀に、この練習をすっ飛ばしたり、技を唱えなかったりする者もいるが、それは天才か技を極めたか。

 どちらにしろ変態しか居ないのだ。


 そして、彼の行っていた魔法の設置。

 魔法の設置とは、古く変歴30年くらいには登場していた。

 先程の光技の上に、もう一度光力に魔法を重ねる。

 そうすることにより、普通に魔法を発動するよりも遅らせたり、自分が思うタイミングで発動することができる。

 緻密なコントロールと計算がいるため、入念な下準備や臨機応変な対応力を必要とする。

 

 帰りの南條はえらく上機嫌であった、目に見えて分かるほど、表情が緩み、感情が昂っている。

 『今日の試験どうでしたか?』

 恐る恐る彼女に問いかける。

 久々の平常時の会話。

 雲の上の存在となってしまった、幼馴染に声をかけた。


 『そうね、とても面白い子がいたわね。』

 彼女はそういうと、手を後ろに回す。

 嬉しい時のこの仕草、変わらないなぁ。


 『そうですか。彼は、祥鳳界くんはどうですか?』

 彼女の上機嫌の源であろう、彼。

 

 『そうね、どうでしょう。形容し難いけど、何かとんでもないものを持っていたわね。』

 彼女の表情がさらに緩む。

 こんな顔を見たのは何年振りだろうか。


 『私から見たら、彼は凡庸な。いえ、それ以下の存在にしか感じませんでした。動きはともかく、あの素質では。』

 多分、彼も俺と同様、いやそれ以上に素質が無い。それは、同じものとして分かる。

 "持たざる者として"


 『私はね、動きなんてものはどうだって良いの。素質とかも同じくね。興味が湧いたのはあの目よ。』

 彼女は、さらに続ける。


 『彼の目には決意というか、無謀というか。あの場面において、死の恐怖を感じない目をしてた。普通は、本能的に防衛に走ってしまうものなのに、それを押し殺して。今にも壊れてしまいそうな危うい目ね。』

 微かに目を細める。

 出発前に聞いた、春香さんからの話しと内容は少し違うが同じく評価をしている。

 彼の中にある、大きく危ういものを。

 

 『何かを起こすという事ですか?』

 

 『分からないけど、多分ね。近い将来、彼には何かが起こる。もしかしたら、ビックバン級のものなのかもしれない。』

 彼女の目には力が宿る。

 嬉々とした表情には、あの頃の面影を感じた。


 『そうですか…。』

 俄には信じ難い。

 俺には分からない世界、持っているものの世界なのだろうか。

 

 『彼は、異世界防衛隊や世界に何かをもたらすと思う。吉か凶か、破壊か救済かは分からなけれども。あなた基準では不合格かもしれないけど、私はそれを近くで見てみたい。』


 彼女はそう言うと、俺から目線を離し、空を見上げる。

 純粋な少女の顔であった。ーーー

 

 

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