第7話 KANO⑦ 独り
「なんであいつに『第8研究室から脱退させてほしい』って言わなかったのよ? 」
ロリスが出て行ってしばらくして、高潔な香水の香りをまき散らす銀髪が荒々しく、そして不服そうに、買ってきたプリンの蓋を開けながら足を痛めた親友に問いかける。
亜麻色の親友はその長い髪を耳にかけると“それはね”とベッドの中から裏面に麗しい女神の意匠が凝らされたトランプの束を出す。
「アナが買い物に行ってくれてる間に暇つぶしにこれで占いをやっていたの。それでね、『カノ』の正位置のルーンが出たから多分これはロリス先輩とアナのことかな〜って思ってね」
「うーーん、『カノ』かぁ。今までの人間関係を見直すべきだっていう意味で読んだのね。はぁ」
アナスタシアは肩を落としながら自分とは真逆の性格を持つ、将来こうはなりたくないランキング1位の青年の顔を思い浮かべる。
今さらあれと関係を築いたところで一体なんの得があるのだろうか?
とはいえ、実のところソフィーナの占いの的中率はとても高く、もはや未来予知にも匹敵するんじゃないかと思うこともあるくらいだ。無視するわけにもいかない。
「わかったわよ。とりあえず明日またいつもの時間に第8研究室に寄ってみることにするわ」
「そう、よかった。私は明日はここの保健室に一日中いると思うからそっちには行けないけど……ごめんね? 」
ソフィーナは満天の星空の如くキラキラとした微笑みをアナスタシアに向ける。
アナスタシアも反射的に笑顔を浮かべて見せるが……どうしても拙くなってしまう。
明日ソフィーナが研究室に来れないのは自分がわざわざあのダメな先輩の挑発に乗って決闘なんて受けてしまったせいだ、と考えていたからだ。
それも自分が考えて配置した陣営で起きてしまった事故だけにこの事実はより心に重くのしかかる。
そんな心中を知ったらソフィーナはきっと“気にしなくていいよ”といつもの笑顔を見せてくれるのだろうが、自分にはそれが彼女に対して知らず識らずのうちに見せてしまう甘えなのだと我慢できなかった。
ソフィーナが運び込まれてからすぐに病室で泣きはらしながら謝ったが、それでもまだ自分は自分を許せていなかったし、ロリス=セラフィンを許すことなんか無論頭にない。きっとまた顔を合わせただけで口論になってしまうだろう。
それでもソフィーナが行ってほしいと言うのだから自分は行くしかない。それがせめてもの彼女への贖罪になると思ったのだ。
「じゃあ私は今日は帰るわね。明日は貴女のぶんまで頑張って来るから」
そう言って自分のいない間に無くなっていた保健室のドアをくぐり手を振って別れる。
その日のアナスタシアは家に帰ってからすぐに今日1日の嫌なことや自分の過ちを汗と一緒に流して、早くに食事を終えてまだ街が賑わう中早めの睡眠をとった。
“明日のために体力を温存しなきゃ”というわけらしい。
一方その頃エリサ邸では、ロリスが何やら禍々しい液体を古びてひびの入ったツボに注ぎ込んで満足げな顔をしていた。
そして、“ふぅっ”と近くにあったソファに腰を落ち着けると小高い丘の上に建つエリサ邸からしか眺めることのできない満天の星空を眺めて短く濃い溜息をつく。
それには、今日1日というよりは今までの彼の人生を悲観するような深さがあり、そしてどこか寂しさに満ちていた。
「なぁ、お前ら。俺は今ここで何をしてるんだろうな。お前らのことをほっぽり出してから暫くは何もなかったのに、今日はは後輩にケガさせちまった。他の奴らには妙に嫌われてるしさ」
その後小1時間に渡るロリスの星空へ向けた独り言を聞く者はいなかった。




