第四十八話 廃墟の町へ
龍降湖を出て次の目的地、堅要へ向けて歩を進めていた刹那たちは木や岩の残骸に囲まれた廃墟にたどり着いた。
「なんだここ?」
どこを見ても壊れた家らしきものが乱立しており、人の気配はない。どうやら、住人がいなくなってからずいぶんと経っているようだ。
「ひどい有様だな」
「何があったのかな」
「分からんが、人の手でこうなったとは考えられんな」
円が眺めている家の残骸は窓の部分のガラスが割れ、両開きであったであろう窓枠が九十度回転している。まるで家ごと横に倒されたような形だ。
「地震でもあったのか?」
「地震?」
「あぁ、大和では時々地震が起きることがある。大きなものになるとその地域一帯の地形が変わってしまうこともあるくらいだ。もしこの廃墟が強烈な地震に見舞われてこうなったのなら納得がいく」
「でも、あんなふうに横倒しになるかな?」
「ふむ……刹那、いやな予感がする。出発しよう」
「え~、面白そうじゃん。もうちょっと探索しようよ」
円とは対照的に能天気な刹那は目の前に広がる荒廃した光景に興味津々だ。
「何を言っている。これだけボロボロになっていては崩落の危険もある。うろつくのは得策じゃない」
「大丈夫だって。俺運動神経良いもん」
「そういう問題ではない」
「そんなに心配なら円はココに残ってりゃ良いんだよ。俺は行くからな」
「刹那!待て!」
円の制止も聞かずに刹那は奥の方へと進んでしまう。
「ホントに瓦礫ばっかで無事な建物が一つもないな。住んでた人たちは避難したのかな」
こんな場所で暮らし続けるのは無茶が過ぎる、よほどの理由が無い限り住人たちは安全な所へ移っているだろう。
右を見ても左を見ても瓦礫しかない光景にさすがの刹那にも飽きが見え始めていた。そろそろ円の所へ帰ろうか。
「ん?アレはッ!」
刹那の目にあるものが映った。それを確認するために小走りにその場へと急ぐ。
間違いない、アレは!
「やっぱり……」
そこにあったのは、瓦礫の下敷きになった白骨遺体だった。うつ伏せになったそれは、胸から下が瓦礫の下敷きになり、両手を前に出すようにして押しつぶされていた。おそらく、突然倒れてきた瓦礫に押しつぶされ、なんとか抜け出そうと試みたが叶わずそのまま息絶えてしまったのだろう。
「逃げ遅れたのか」
「円……」
いつの間にか円が背後に立っていた。その目は目の前の白骨死体への憐れみか、少し悲しそうに見える。
「円、この人、出してやれねぇかな?このままじゃあんまりだよ」
こんな最期を迎えてしまったとしても、このままではあんまりだ。せめて、丁重に弔ってやりたい。
「うむ。刹那、この瓦礫は持ち上げられるか?」
「試してみる」
刹那が瓦礫を持ち上げるために膝をついた。端を持ち、腕に力を込めるが瓦礫はビクともしない。
「ダメだ。重すぎる」
「となると……」
周りを見回した円の顔がある方向で止まる。その視線の先には円の胴体ぐらいの太さの丸い木の棒があった。
「刹那、あの棒を使え」
円の指示に従い、刹那は木の棒を持ってきた。なかなかの重さがある棒だが、これならなんとかなるかもしれない。それを地面と瓦礫のわずかな隙間に突き刺して――その場を掘り始めた。
「う~んちょっと掘り辛いな」
「刹那、何をしている?」
「何って、穴掘ってこの人を下から取り出すんだよ。しゃべってる暇があったらお前も手伝ってくれよ」
円の手ではあまり掘れないかもしれないが、爪を出せば少しはいけるかもしれない。まさに猫の手を借りる、だ。
が、円は手を貸すことはせず、刹那に怒鳴った。
「馬鹿かお前はッ?なんで穴を掘るんだ!普通梃子にするだろうが!」
「梃子?あぁ~なるほど」
刹那は合点がいったとばかりにうなずくと、すぐに手ごろな岩を持ってきて、それを支点に木の棒を隙間に押し入れた。
先ほどまでピクリともしなかった瓦礫が軽々と持ち上がり、そのままひっくり返る形で倒れた。その瓦礫の下には重さでバラバラに砕けた骨が散乱している。
刹那はそれを丁寧に拾い集めると、その白骨遺体が下敷きになっていた場所の隣に穴を掘り、無事な骨とともに埋めてやった。
「これでこの人物も浮かばれるだろう。刹那、もう行くぞ」
「あぁ」
瓦礫の隙間を縫うようにして廃墟の出口を目指して歩く。刹那は円の後ろを何も言わずに付いていく。
と、円が進んだ場所に刹那が足を置いた瞬間――
「え?」
その場の地面が崩れた。
思わずバランスを崩した刹那はもう片方の足に力を入れようとしたが、今度はそちらの方の地面が崩れてしまう。
「わぁぁぁっっっ」
視界が一気に高さを失い、次に光を失った。
足場を無くした浮遊感が襲ってきたかと思うと、一瞬にして体が下へと吸い込まれていく。
「刹那!」
円の声が届くよりも早く刹那の体はほの暗い穴の中へと吸い込まれて行ったのだった。




