第四十九話 穴の中
「う、う……いてて」
刹那が目を覚ますと辺りは薄暗く、光は頭上の穴から射すものだけになっていた。高さにしておよそ五メートルほどだろうか。少し体が痛むが怪我をしているわけではない。こんな高さを落下して怪我一つ無いのは奇跡と言えた。
「にしても……」
自分はてっきり地下に空いた巨大な縦穴に落ちたと思っていた。しかし、周りを見回してみればどうだろう。なんと刹那の前後に巨大な横穴が広がっているではないか。これは地下洞窟というやつだろうか。
「円!お~い、円ァッ!」
地上にいるであろう円に声をかけてみるが反応はない。どこかに行ってしまったのだろうか。
「駄目か……。にしても、これどこまで続いてんだろ?」
目の前の横穴は暗く二メートル先も見えない。どこか出口に通じているのかもしれないが、もし中が入り組んでいた場合は戻ってこれなくなってしまう。今頃円が自分を助け出すために奮闘してくれているはずだ。下手に動き回らないほうが良いだろう。さすがの刹那も今の自分の置かれた状況から取るべき行動は分かる。分かるのだが……
「でも、ちょっとだけなら……」
旺盛な好奇心だけは抑えられなかった
「よし、行くか」
気になったら確かめてみるのが一番だ。それに、少し行ったら戻ってくれば良いのだ。
目が段々と暗さに慣れてくると、自分が歩いている場所がどういう所なのか把握できるようになってきた。
横穴はどれだけ進んでも一定の広さを保っていたが、その進路はまっすぐではなく、突然右に折れたかと思うと、また左に折れ、今度は急勾配の上りになったりしていた。刹那はそんな中をかれこれ二十分ほど歩き続けた。
「ずいぶん……グニャグニャした洞窟だな」
体力には自信のある刹那だったが歩き辛い足場と延々と続くその長さに参ってしまいそうだった。唯一の救いは道が分岐せずにずっと一本道であることだろうか。
「ん?」
そろそろ戻ろうかと思っていた刹那の目に、今までの光景とは別のものが映った。まだ薄暗くてよく分からないが、今いる場所よりも少し開けた場所のようだ。
やっとこの狭苦しい通路から開放される、その喜びから刹那は思い切り走った。ゴツゴツした足場に足を取られそうになりながらも歩く速度は上がっていく。
あと三メートル……二メートル……一メートル――そして、ついにその空間にたどり着いた。
「なんだここ?」
刹那の目の前に広がった空間は先ほどまでの岩だらけの自然物とは違う、明らかに人の手が加えられた人工物で作られた場所だった。所々に何かの装置の様なものが配され、刹那から見て左手には巨大なガラスを隔てて診察台の様なものが置いてある。だが、ガラスは割れ、装置類は半壊している所を見ると、どうやらここはもう機能していないらしい。
「ん?あれは?」
出口を探して視線を動かしていた刹那の目に何かが留まった。近づいて見てみると、それは先ほど刹那が地上で見たものと同じような白骨死体だった。壁にもたれかかる様にあったそれは先ほど地上で見たのとは違い一応全身が人間の形を留めている。しかし、その死体に右腕は無く、左腕はボッキリと折れて地面に転がっていた。
「衰弱死って所じゃない?それか毒物かもね」
「――ッ!」
刹那は思わず神威に手をかけて振り返った。その先に居たのは、ラフなシャツに自分の身長と同じぐらいの荷物を肩にかけた少女。伸ばした茶髪を束ね、その瞳は髪と同じ茶色。刹那は確かにこの女性を知っている。
そう、彼女は――
「キンッ!」
「凛よ!」
そう、刹那のボケに正確に突っ込んだ彼女こそ、以前刹那を苦しめた女武芸者、凛だった。確か円に聞いた話によるとリベンジを誓っていたということだったが……。
「こんな地下にまでリベンジに来たの?よっぽど悔しかったんだね?」
「違うわよ!確かに君を探してたけど、ここに来たのは偶々よ」
「なんでこんなところに?」
「そ、それは……」
凛が言いよどむ。
「それは?」
刹那の無遠慮な視線を受けて、凛がしぶしぶ声を出し始めた。
「面白そうだから探検してたら地面が崩れて。それで落ちた先の道を辿ってたらここに着いたのよ」
凛が恥ずかしそうに下を俯いている。
「わ、笑いたければ笑えば良いでしょ!」
「い、いや、うん……」
とても他人事とは思えず笑う気になれない刹那だった。
「そんなことより、あの時のリベンジよ!」
凛が肩に背負った荷物に手をかける。刹那の脳裏にあの時の勝負の記憶が蘇った。あの絡みつくような多節棍。反しで抉られた肌の痛み――ブルルルッ
「い、今はそれどころじゃない!ここから脱出しないと!」
「負けたままで生きるくらいなら脱出してもしなくても一緒よ!」
彼女の肩から多節棍が下ろされた。保護用の布の隙間からあの金属の鈍い光が見える。くそっ、この勝負馬鹿め。
「か、勝ってもこんなところで野垂れ死んだら一緒だって!それに脱出すればまだ機会はある!」
もう二度とあんな痛い思いはしたくない。刹那は全力で凛の説得に当たった。なんとしても彼女の気を逸らさなければ!
「確かにそうかもしれないけど……」
刹那の言葉に少しだけ凛が傾いた。よし、畳み掛けるなら今しかない!
「それに、世界には俺よりもっと強いやつがいる!そんなやつと戦わないで死んでもいいのかッ?」
その一言が止めだった。凛は下ろした多節棍を再び肩に背負い刹那に右手を差し出してきた。
「ここを出るまで休戦協定」
「分かってもらえてよかった」
よっしゃぁ!助かった!
刹那は心の中でガッツポーズした。なんとか当面の危機を避けることが出来たのである。自分で自分を褒めてあげたい気分だ。
「何ニヤついてるの?」
「え?あ、ああ、なんでもないよ」
まずいまずい。バレたらもっとこの前より酷い目に遭わされてしまう。
「ところで、ここは人の手が入った場所みたいだけど、上に上がる出口とかないのかな?」
ここを作ったのが地底人でもない限り、地上からここに来るまでの通路があったはずだ。それがまだ生きていれば……
「私もそう思って探したけど、残念ながら土砂で埋まってたわ。あれじゃ掘って通るのは無理ね」
なんてこった。となると、他の脱出経路としては……
「君はどこから来たの?」
「あっちよ」
凛に案内された先では刹那が通ってきたのと同じような穴が口を開けていた。そこはちょうど刹那が入ってきた穴と正反対の場所に位置している。
「この先には出口は?」
「分からない。私が落ちた場所はここから少し行った所で、とりあえずこっちに来たから。もしかしたら反対方向はどこかに通じてるかも」
「俺と同じような感じか。ここまでどれくらいかかった?」
「十分くらい」
それなら刹那の落下地点より凛の落下地点の方がここから近いことになる。ならば、凛の方へ向かったほうが良いのではないか。
「じゃあ君が来た方に行こう」
凛が通ってきたという道は刹那が通ってきたものと同じような横穴だった。十分ほど歩いてみると、刹那が落ちてきた穴と同じような穴が頭上に開いていた。凛はここから落下してきたらしい。
「肩車しても……届きそうにないな」
「進むしかないんじゃない?」
二人ならなんとか上まで届くのではないかと淡い期待を抱いていたのだが、どうやらそう上手く事は運ばないようだ。




