第十七話 一か八か
「よく吠えんな~」
刹那が巨人に近づいて行く。刹那の耳にあの空気が集まるような音が届き始めた。どうやら巨人はあの光線で自分たちを丸ごと消し飛ばしてしまおうという算段のようだ。
もしあの光線を正面から受けてしまったら――
そんなことを考えたら急に汗が噴き出してきた。円の言うとおり、自殺行為だったかもしれない。
巨人の照準はまっすぐ刹那を向いていて、巨人の首から隠された顔が見え、その口が大きく開かれている。まるで全てを飲み込もうとしているかのようだ。
巨人との距離は徐々に縮まっていった。
まだ間に合う。逃げてしまおうか……。
一瞬そんな考えが頭をよぎる。
「ボサっとするな刹那!」
「ッ!」
その声を合図に刹那は頭を振ってその考えを一蹴した。後ろには自分を信じて後衛を務めてくれた者がいるのだ。
「円ァッ!」
「任せておけッ!」
刹那の合図で円の瞳が見る見るうちに真紅に染まっていく。
「燃えろ!」
巨人の胴体から炎が噴きあがる。その炎に恐怖し、巨人がうろたえ始める。刹那はその隙を見逃さなかった。巨人はもう目の前だ。
迷いは――ない!
「行くぜェェェ!」
巨人が地面についた腕から刹那が駆け上がる。あっという間に肩の位置まで移動。作戦の第一段階は成功だ。あとはこのまま顔のところまで……
「刹那ッ!」
「ッ?――ぐぁッ!」
顔の方へ神経を向けていた刹那の体めがけて巨人の巨腕が振り切られる。気を失ってしまうのではないかという衝撃が刹那を襲い、体が宙を舞う。視界が三回ほど回転した後、彼の体は地面に叩きつけられ、その衝撃で立ち上がることができない。
「いかんッ!刹那!起きろ!」
巨人は今が好機とばかりに腕を振り上げる。刹那はまだ自分に起きた状態を認識するのに精いっぱいで、それを防ぐ術がない。このままでは叩き潰されてしまう!
「くっそっ!」
まだ頭が朦朧としているが、何とか片膝をついて立ち上がる。口の中に血の味が広がる。そして目の前には腕を振り上げた巨人。
万事休すか――
「ウォォォォォォ!」
刹那が再び死を覚悟した時だった。巨人が咆哮を上げて体を揺らしている。見れば、先ほどよりも胴体の炎が強くなっている。
「これは……」
「早くしろ刹那!長くは持たん!」
「――ッ!オオオォォォォ!」
未だに完全に力の入らない両足を無理やりに動かし巨人の腕に飛びついた。刹那のその動きを感知して、炎が彼を避けるようにして広がっていく。
これなら――いける!
「ボウォォォォォォ!」
巨人が刹那を叩き落そうと片方の腕を上げた。しかし、その腕もすぐに炎に包まれる。
「邪魔を!するなァァァ!」
円は今や巨人の体、腕と二カ所同時に炎を操っている。炎を操るのにはかなりの集中力が必要なようだ。円の眉間には何本もの皺が寄っている。
「ダラァァァ!」
刹那は腕を駆け上がり、ついに相手の首の所まで来た。そして、ついに目標の顔の穴に到着する。顔の穴は少し閉じられていたが、それでも体に纏わり着く炎に気を取られているのか完全には閉じていない。
「これでェェェ終いだァァァ!」
刹那が神威を両手で持って振り上げそのまま真っ直ぐ巨人の顔面に突き刺した。
神威は確かな感触とともに巨人の顔にめり込んで行く。
神威を眉間に受けた巨人の顔が苦痛に歪む。
「オオオオオオオォォォォォ」
凄まじい咆哮とともに、体を揺らす巨人。その勢いで神威が顔から抜ける。そして、のたうち回る巨人の勢いに刹那が吹き飛ばされた。
「いっててて」
「刹那、大丈夫かッ?」
背中から地面に落下するもすぐに起き上がった刹那の元へ円が駆け寄った。もう瞳は本来の色を取り戻している。
「あぁ、なんとか……」
巨人の方へと視線を向けると、巨人は首のあたりを両手で押さえ、まだ体を揺らしている。
「まだ生きてるのか、しぶてぇな」
「待て、見てみろ」
円がそう言った瞬間、巨人の体が見る見るうちに崩れ去って行った。手、足、そして胴体と次々に崩れ、最後には跡形もなく巨人の体は崩れてしまった。
「勝った……のか?」
「あぁ、俺達の勝利だ」
瞬間、刹那たちの時間が止まる。そして――
「……やったァ!」
刹那が喜びに飛び上がる。いつもは無愛想な円だが、今日ばかりはそんな刹那を見て心なしか笑っているように見える。
「あ~、しんどかったぜ」
「それはこちらのセリフだ」
「ん~、まあ確かに。円がいなかったらと思うと、ゾッとするわ」
巨人に振り払われて地面に叩きつけられた時、もし円が助けてくれなければ今頃刹那はこの世にはいなかっただろう。
「お前の心臓をもらうまでは死なれては困るからな。それにしても、今回みたいな無茶なマネはもう御免こうむるぞ。だいたい、お前は後先を考えなさすぎる。今回は運よく勝つことが出来たが――」
「ま、まあ、いいじゃねぇかよ。こうやって生きてるんだしさ」
「お前はッ!……まあ、今回はそれで良しとするか」
口ではこう言っているが、円も無事勝利することが出来たことを安堵しているのではないだろうか。
「さて、それじゃあまた変なのが出ないうちにとっとと頂上に行きますか」
「うむ」
刹那たちはこの激戦地を後にし頂上へ続く道を急いだ。
あれが最初で最後の関門だったのか、それ以降は特に目立った罠や凶暴な生物などに出会うことは無かった。
一心不乱に歩き続け、そしてついに――
「ここが頂上か?」
そこで彼らを待ち受けていたのは――




