Três episódios
「人間の魔術にしては高度なものよな。余とあろうものがここまで近づかねば気付かなんだ。褒めて遣わす。
して、どのような魔術がかかっておるのだ?」
「あ……」
顔面蒼白になった私は答えられませんでした。しかしそれは魔王様への不敬にあたります。
どうにか切り抜けようと思い考えを巡らせるのですがいい案も浮かびません。
ここで嘘をつくという選択肢はありません。魔族は魔王様、というか魔王族の方へ嘘をつくことはできないのです。一種の呪いですね。
嘘をつく、傷つける。そのどちらかを魔族が行うことは死を意味します。闇の純属性の方限定ですが、それだけで闇の純魔族の方は魔王になる資格を持ちます。
もちろん闇の純属性ではない魔王様も過去にはおられました。魔王になる第一条件は魔王族の血を引くことですからね。第一属性、第二属性どちらかが闇であれば魔王族の血を引いていることになります。
今代とて宰相の方が魔王様を引っ張り出してこなければ混合属性の方がなっていたでしょう。
「……」
ですが目の前におられるルドルフ・クリスティーナ・バルツェル様こそが今代魔王様。魔族の誰もが憧れる闇の純属性を持つ麗しの魔王様です。
そんなお方の質問に、無言。
ぐ、ぐるぐる考えていても何も浮かばなくて答えられないだけなんです!けっして魔王様を無視したとかじゃないんです!
ああどうしたらいいんですか!?助けてください!
ガチンガチンに固まったままパニックになっていると、魔王様はふっと笑みを作られました。
「此度のことは余を治した褒美として今は追求せぬこととしよう」
「……あ、ありがとうございます!」
一瞬魔王様に見惚れてしまい、慌てて頭を下げました。追求しないといっていただけたならそれ以上のことはありませんから。
魔族でありながら人間にかけられた魔術をずっと保ったままって、すごく不自然なんですよね。
この術は確かに高度ですが外せないというわけでもありませんし。
魔族は人間の20倍の時を生き、20倍の魔力を保有しています。いくら人間が魔の大陸グリターニャに侵攻しようとしても返り討ちにされるのはそういった理由です。
あと魔王様の言葉に“今は”とか付いた気がしますが気のせいですよね、気のせい。
引き籠りの魔王様にもう一度お会いする機会があるはずありませんし。
「もう下がってよいぞ」
「はい。これにて失礼させていただきます」
そう言って私は魔王様に一礼すると魔王城を後にしたのでした。
***
魔王様の治療を行って数日経ちました。
あれから褒美だとかいってお金やら物やらいろいろ送られてきましたが、倒れそうになりました。
金額もそうですし、なんといっても物の価値がヤバいです。
そこらの魔族では一生かかっても手に入らないレベルのものがほとんどなんですよ?
助手たちにあげようかとも思いましたが危険すぎます。こんなもの持ってたら家に泥棒が入るどころか命を狙わねかねません。
かといって売るということはできません。なんといっても魔王様から賜ったものですし。
どうしたらいいんですかね……と頭を悩ませること数日。
金庫に預けることにしました。
そうですよね、売れないからってずっと手元に持ってなきゃいけないってわけじゃないですよね!
金庫なら盗難防止用の魔法が何重にもかかっているので安心です。なんといっても魔王都ですしね。あの魔法が破れるくらいなのって魔王族の方くらいでしょう。
そして魔王族の方はお金に困っていません。魔王様が輩出されるされる家系ですので五大貴族レベルとはいきませんがそこらの魔族よりはお金持ちです。
あーこれで安心!と久々に晴れ晴れとした気持ちで治療に精を出していると、ルーディンが封筒を持ってやってきました。
「アン先生、お手紙です」
「……」
「気に入られたようですね?羨ましい限りです。私も1度お会いしてみたい」
「……かわりましょうか?」
「結構です」
にっこり笑うルーディンを見て最近ルーディンの趣味は私いじめじゃないかと思い始めました。
この診療所を始める前からの付き合いですが、だんだんエスカレートしてきている気がします。
少し見慣れ始めている黒い封筒をもらって裏返せばやはり魔王様の紋章。
今度はなんでしょうかと少し諦めの入ったため息を漏らします。
もともと動けない患者さんのために来てくれという依頼が手紙で来ていたのでペーパーナイフを持つ機会は多かったのですが、それは週に1度といった頻度。
それが変わったのは数日前からです。
……魔王様、ものを贈ってくださるたびにお手紙をくださるんですよね。
治療してくれてありがとう、といったものから国庫を物色していて私に似合うと思った、といったものまで内容は様々ですが魔王様からいただいた手紙を無視するわけにもいかず。
ペーパーナイフを使う頻度にあわせて普段滅多に書かない手紙を書く機会が増えました。
嬉しくないんですけど!本気で嬉しくないんです!私、手紙書くの嫌いなんです!しかも相手が魔王様だなんて恥ずかしくて死にたくなります!
私には学がありません。魔王都にいながらほとんど学校に通ったことがないんです。
スラム出身とは言いませんが、ほとんどラヴィソント出身といってもいいですから両親が死んでから勉強する機会はあまりありませんでした。
柔道整復師になってから医療について勉強しましたが、普通の魔族より学がないのは事実。
手紙を書くとそういったことが浮き彫りになるのでなるべくなら書きたくないんです。
「……」
「どうしました?」
「……魔王様、私のことが嫌いなんですかね?」
「これだけ贈っていただいていて嫌われているという発想はすごいですね、アン先生」
「だって……」
贈り物は嬉しくありません。対処に困ります。
そしてお食事のお誘いはもっと嬉しくありません。
嫌がらせの粋でしょう、これ!魔王様が腹心の部下でもない一魔族にここまでするなんて異常ですよ!ありえません!
「ああこれは……」
「たかが治療しただけなのに……。そもそもあの程度なら魔法で治せたはずなのに、どうしてわざわざ私を呼んだのか……」
「なら直接聞いてきたらいいんじゃないんですか?」
「え゛」
「ちょうどその機会があります」
ルーディンがひらりと魔王様の手紙を振りました。
つまりそれは私に魔王様と同じ席について食事しろっていうんですね!薄情者!そういうのが苦手で貴族からのお誘い全部断ってるの知ってるくせに!ひどいです!
「……昔から変なのに好かれる人だ。私たちを始め魔王様にも、なんて。運のない」
「何か言いました?」
「いいえ?魔王様とのお食事、楽しんできてくださいね?」
「楽しめませんよ……」
ルーディンが何か言ったかと思ったんですけど気のせいだったようです。
それにしてもどうしたらいいんですかね。お食事に誘われたのなら正装する必要があります。
あああドレスは着たくありません!絶対嫌です!胸ないのがわかりやすくなるじゃないですか!
どうしましょう!?と悩んでいたらサティアが声をかけてきました。
「魔王様とお食事と聞いて用意しました!」
「なんでドレスなんか持ってるんですか!?」
「こんなこともあろうかとフローラと一緒に選んでおいたんです。絶対似合いますよ!ね、ルーディンもそう思うでしょ?」
「そうですね。先生に映えるかと」
「ほら、ルーディンもこういってますし試しに来てみてくださいよ!」
「絶対嫌です!」
「そんなこと言わずに、ね?」
「いーやーでーすー!」
「フローラー手伝ってー」
「はーい」
「敵が増えました!?」
「サティア、フローラ、頑張ってください」
「皆嫌いですー!」
サティアから逃げ回っているとフローラまで増えました。それどころかルーディンが応援しだす始末。
ここには味方がいません……!と泣きながら走っていると魔法で捕まえにかかってきました。
診療所が壊れるから魔法禁止にしているというのに問答無用で破ってきましたね。
「……2人とも規則違反です。給料5%引きときますよ」
「構いませんよ。十分すぎるほどもらってますから」
「そうそう。今は先生にドレスを着せるほうが大事です」
ルーディンが帳簿に給料5%引きと書くのに気にも留めず2人はじりじりと寄ってきます。
逃げ場がない、です……!ですがここで諦めてはあのドレスを着る羽目になります。それは嫌です。絶対嫌です!
こうなったら!
「フレッド!助けてください!!」
「呼んだか?」
どこからともなく現れたフレッドが後ろから私を抱きしめました。
金の髪と金の瞳を持つ雷の純属性の魔族。無口無表情がデフォルトの彼はこういうときに味方になってくれる唯一の人です。みんな面白がって助けてくれませんからね。
長い金の髪がさらりと流れて綺麗です。うっかり切りたくなるくらいには。
「どうしたんだ?状況がわからない」
「フレッド、敬語を使いなさい。ここは診療所ですよ」
「そうよ。規則違反は給料5%引きよ?」
「あたしたちもそうされたんだからフレッドもそうされるべきだと思う!」
「俺は今休暇中だ。別にいいだろう」
「それでも、です」
「いいですよ。呼んだ私が悪いです」
水掛け論になりそうだったので仲裁に入りました。こんなことのために呼んだんじゃないんですけど。
フレッドが少し笑みを作っただけでフローラが食って掛かろうとしましたがサティアがそれを止めました。まあフレッドにフローラが食って掛かるのはいつものことですから気にしません。
でもこのメンバーでいるとちょっと違和感があります。1人足らないんですよね。今日はお休みですから仕方ないんですけど。
フレッドもお休みだったのに申し訳ないことをしました。でも助けてくれるのは彼だけなので許してほしいです。あとで一緒にお昼寝しましょう。
「で?何があったんだ?」
「サティアとフローラが私にドレスを着せようとするんです!」
「これよ。かわいいでしょう?」
「アン先生によく似合うと思うよね?」
「まあ、似合うだろうな」
「フレッド!?」
「別に着ろと言ってるわけじゃない。ただの感想だ」
フレッドの腕の中でサティアの持っている赤いドレスを指さして叫べば思わぬ裏切りを受けました。
信じていたのに!という気持ちを込めて叫べば冷静な声が返ってきます。頭を撫でられて子ども扱い。昔からの癖ですよね、それ。
「とにかく、アン先生を渡しなさい」
「アンが嫌がっているだろう」
「似合うんだからいいじゃない!」
「本人の意思を尊重しろ。そもそもなんでドレスを着せようとしているんだ」
「魔王様からお食事のお誘いです」
はい、これ手紙です。とフレッドに渡された魔王様からの手紙。それをちらりと一瞥したフレッドははあ、と溜め息をつきました。
そのまま抱きしめる力を強くして顎を私の頭に乗せてきます。
私からはフレッドの顔は見えませんが見えている3人は三者三様の反応。
サティアは仕方がないといった様子で頬に手を当てていて。
フローラは悔しいといった感じで拳を握り締めていて。
ルーディンは笑顔で……でも、ちょっと怖いです。
「……ドレスは違うのにしてやれ。どうせアンが気に入りそうなのを用意しているんだろう?」
「もちろん!当たり前じゃない!」
「でもやっぱりこれを着てほしいわ」
「別の機会にしろ」
「ああ、前みたいに着せ替え人形にして遊べばいいんじゃないですか?」
「そうするわ。じゃあ違うのを持ってくるわね」
「待っててくださいね、アン先生!」
私が口出ししない間にとんとん拍子で決まっていきます。私のことなのに。
しかもフレッド、味方のようで味方じゃないです。ルーディンまで加担してますし。
フレッドの腕の中で項垂れました。
……結局、ドレス着なきゃいけないんですね!?