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18章……雪国はこんな感じです

「ふうー、やっと終わった――っ! 私は自由だ――っ!」

 大きく伸びをしながら、快哉を叫ぶ爽奈。

「さっきから何回言ってんのよ。もういい加減聞き飽きたわ」

 紗弥菜は煩そうに言った。もう辟易といった感じである。

「でも、最後の試験だったし、達成感と開放感が今まで以上に凄くあるよね」

 真優がしみじみと撃破してきた試験を、頭の中で巡らす。

「そうねぇ。これで試験が終わると思うと、嬉しくもあるし、寂しくもあるわ」

 笑顔の中に寂しさを滲ませて、成佳は頷く。

「それもそうだけど、落としてないか不安だよな。最後の最後で再試は、流石に嫌だよな」

 侑治郎の話を聞いていた真優と成佳が、もっともだと言わんばかりに首肯する。

 せんべいをぼりぼりと音を立てながら食べていた爽奈は、呆れ気味に言う。

「そーそー、やだやだ。でもさ、クラスの中では毎回誰2教科以上落として、涙目で再試を受けてるなんて奴も居るしね」

 爽奈の答えに違和感が生じた紗弥菜。持っていたポッキーを指の代わりにし、斜め向かいに座っている爽奈にチョコの付いている方を差し向ける。

「それはあんたのことでしょうが。私達が一生懸命教えてるのに、理解しないなんておかしいわよっ!」

 爽奈も負けじと手に持っていたポッキーを口にしようとしたが、一旦中断していちごのムースが付いている方を紗弥菜に差し向ける。

「しっつれいな! 私は毎回落としてたのは1教科だけだっての! ……あと、違うところがあるよ。まゆっちとなるさんは良いんだよ。でもねぇ、あんたの教え方が上からものを言ってるみたいで憶えれないの」

「またあんたは自分のことを棚に上げる。それだから、再試を受けるはめになるのよ」

 紗弥菜は肩をすくめ、差し向けていたポッキーを口の中に入れた。

「むむっ。そういうあんたは――」 


 最後の定期試験が終了し、5人はしばらく平穏な日々を過ごしていた。講義は1月の中旬に終了し、あとは試験の結果次第で約2ヶ月間自由に過ごせるかどうか決まっているので、待機の状態が続いている。

 因みに、ボランティアを2年間で100日間行えば卒業論文は免除される。なので、侑治郎以外の4人は書いていない。

「ん? 誰だろ」

 爽奈の携帯から軽快な音楽が聞こえてくる。携帯を開き、メールの文面をしばし黙読する。

「誰から?」

 真優が何気なく訊いた。

「んー? とーちゃんから。何か叔父さんから蟹を沢山貰ったから、食いきれないから友達を誘って今すぐこっちに来いってさ。と、いうことで蟹が好きな人、手ぇ上げてー」

 爽奈の呼びかけに、一も二も無く紗弥菜以外の3人は挙手した。

「あれ、あんたって蟹嫌いだったんだ」

「そうじゃないわよ。むしろ好きな方だけど……初対面の私達が、いきなり蟹をご馳走になってもいいものなの?」

 少しこうじた様子で紗弥菜は質問した。

 爽奈は屈託なく笑う。

「別にいいんじゃない。美味しい物はみんなで食べた方が美味しいしね。細かいことを気にしてたら、食べれないよ」

「そういうものかしら……。それじゃ、お言葉に甘えようか。おすそ分けのお礼も言いたいしね」

「そうね。爽奈ちゃんのお父さんには、間接的とは言え大変お世話になったもの。何かお土産を持って行ったほうがいいわね」

 成佳の言葉に爽奈を除いた3人が、三者三様に首肯する。

「だとすると、何を持って行ったほうがいいんだろうか?」

 3人を代表する形で爽奈に質問する侑治郎。

 爽奈は若干嘆息を混じらせつつ、首を横に振った。

「だーかーらー、そんなに気を遣う必要ないんだって。手ぶらで結構。それに」

 口を一旦つぐんで面映そうに笑みを作り、人差し指で頬を掻きながら、言い辛そうに口を開いた。

「私もみんなにはさんざんっぱら迷惑かけたし、何と言うかその……ほら、お礼みたいなもんだよ。だからさ、わざわざお土産なんて買う必要なんてないの。あとね、私は一秒でも早く蟹を食べたいの! お土産を買う・買わないなんか言ってたら、とーちゃんと光樹こうきに食べられちゃうよ!」

 お土産のくだりでは、知らず知らずの内に少し口調に怒気も入っていた。

 "光樹"と言う名前を聞いた途端、爽奈と侑治郎を除く3人は懐かしそうな顔になった。

「そうだね。こーちゃんの食欲たるや、凄まじいものがあったよね」

「全く。爽奈と真優も食べる方だけど、流石は男の子って感じの食べっぷりだったわ」

「今年の夏は来なかったけど、元気にしてるかしらねぇ」

 口々に光樹について述べる3人。どうやら、光樹に対する悪い印象は一切ない様子だった。

「ちょっと待った。光樹って誰だ?」

 光樹について何も知らない侑治郎が渋面を作り、訊ねた。

「ありゃ、言ってなかったっけ。私の可愛い可愛い弟だよー」

「へえー、弟が居たのか」

「歳は8ぐらい違うけどね。でもさ、歳が離れた分可愛くて仕方がないんだよねー」

 嬉々として弟・光樹について語る爽奈の眼は、夢を語る少女のように煌いていた。

 爽奈の溺愛っぷりにいささか呆れた侑治郎。しかし、同時に興味に惹かれた。

「さいですか。そこまでべた惚れしてるなら、会ってみたいな。たまには同性と話したいし」

 爽奈は、満面に笑みを閃かせて促す。

「ほらほら、みんなも会いたいでしょ? 光樹もきっと楽しみにしてるよ。だから、早く支度をしてさっさと行こうよ」

 それもそれだ、と4人は立ち上がって「また後で」の一言を残し、部屋から出て行った。


「何だこの門は……」

 やっと出た言葉だった。それまで侑治郎は、あんぐりと口を開けたままその場に立ち尽くしていた。

 視線の先には10メートルはあろうかと思われる木製の門が、そびえ立っている。門扉もどうやって加工したものか大きく重厚そうで、とてもじゃないが、人ひとりの力では開けられそうにはなかった。

 他の3人も一様に驚いた表情だ。話は爽奈から何回か聞いていたが、まさかここまでとは夢にも思っていなかったのである。

 しばし呆然としていた侑治郎だったが、ふとつぶやき始める。

「俺の実家も農家だけど、どんだけ田んぼ持ってたらこんな門が出来るんだか……」

「とーちゃんの話では、ご先祖様が相当苦労した人だったんだって」

「凄まじい苦労人だな。……で、どうやって入るんだ?」

 門扉には取っ手こそ付いてはいるが、全員が力を併せて開けようとしても、びくとも動きそうもなかった。

「今日はとーちゃんが有給休暇を取って休んでるから、合言葉だね」

「は?」

 侑治郎が頓狂な声を発したのと同じ頃合に、爽奈は門に備え付けられていたインターホンを押した。間もなく、

『どちらさまです? 眼鏡に続く合言葉をどうぞ』

 と、低く落ち着いた男声が耳に入ってきた。

「娘は最高」

『おお、その声と答えは爽奈だな。よーし、今開けてやるから待ってろよ』

 数十秒の間があり、門扉がぎぎぎ、と軋む音と共に大きく開かれた。

「それじゃ、みんな入るよー」

 いつの間にか自分の荷物を持っていた爽奈は、先陣を切って門の中に入って行った。

「ちょっと、爽奈! 待ちなさいよっ!」

 4人も慌てて荷物を持って、追いかけるのだった。


 新幹線で2時間、バスで1時間、徒歩で30分。それが爽奈の実家までの道のりだった。 爽奈がど田舎と言ってとは言え、バスを降りてからが大変であった。なんせ、この時期晴天が続く5人が住んでいる野瀬市とは全く違うのだ。

 まずは雪が降っているせいか寒い。訊けば二桁どころか5度に達しない日も多々あり、雪が全く降らない都会育ちの紗弥菜と真優と侑治郎にとっては、生き地獄にしか思えなかった。

 次に、爽奈の実家の田舎は深々と雪が降りつもり、見渡す限り建物も樹も何もかもが雪色せっしょくに染め上げられている。

 積雪量は、申し訳ない程度に少しだけ降って終わる野瀬市とは違い、大人ひとりの膝下まで埋まる程であり、何をするのにも難渋する。しかしながら、人通りが少ない所ならともかく、車の往来がある道路は除雪車と消雪パイプよって除雪されているので、移動の不自由は特にない。

 だが、消雪パイプから出る水の量が尋常じゃない箇所もあるもので、消雪パイプで融けた水と消雪パイプから出た水が相まり、冬の道路は常時まるで大雨の降った後の状態になってしまうのだ。

 当然、車が通れば水が跳ね上がる。歩道を歩いていようと、容赦なく水がぶっかかることもある。それについては爽奈は、説明済みだったので対策もばっちりだった。しかし、靴の方の対策はばっちりではなかったので、爽奈と北方の雪国出身の成佳以外の靴は、爽奈の家に着く頃にもなると雪と水のせいで、ぐちょぐちょになってしまっていたのである。

 やっと暖を取る事が出来るので、ほっと安堵の息をつく4人。特に成佳を除く3人は、靴が濡れ、靴下も濡れ、足までもが濡れて身体の芯の芯まで冷え切っていたので、安堵の息も大きめだった。

 雪を払って玄関に入ると、そこは既に普通の暖房が点いている部屋並みに暖かかった。

 そこに、早くも部屋着に着替えてエプロンを身に付けた爽奈が、廊下の最奥の部屋から飛び出してきた。

「みんなー、こっちこっち。この部屋の手前の部屋で着替えるんなら、着替えて。洗濯かごがあるから、濡れた物はそこに入れて下さいなー。あ、侑治郎は光樹の部屋を使ってね。部屋は2階にあるから。あー、あと玄関マットの近くにタオルがいっぱいあるからそれを使ってもいいよー。えーっと以上かな。……いや、あともう1つあった! 着替え終わったら、侑治郎以外のみんなが着替えた部屋の隣の部屋に入って待ってて。今度こそ以上! んじゃ、私は料理の準備があるんで」

 立て板に水とはこのことだろう。そう感じさせるような指示を一方的に出すと、爽奈は奥の部屋に引っ込んでしまった。

 4人は圧倒されたらしく、しばらく金縛りにでもかかったかのように動けなかった。

「とりあえず、爽奈ちゃんの言った通りしましょうか」

 いち早く頭の中で処理し終えた成佳が、タオルで頭とジャンパーを拭き始めた。

 3人もそれぞれ汚れや濡れた箇所をタオルで拭いていく。やはり、足は血が通ってないせいか青白く、靴下越しでも水に当たっていた為に、長時間浴槽に浸かった時みたく皮膚が皺だらけになり、ぶよぶよになっていた。

「うわぁ……凄いことになってる……」

 靴下を脱ぎ、タオルで拭いた足をまじまじと凝視する真優。

「私も。これって直るのかしら……?」

 紗弥菜も初めて見たのだろう。困り切った声音で言って、足の裏を指でつついている。

「心配ないって。時間が経てば元に戻るさ。俺なんか水泳をやってるから、しょっちゅうそうなるぞ」

 侑治郎が苦笑いしつつ、2人を励ます。

「さて、と。俺は2階に行くわ。靴下を履いて来るだけだから、すぐに戻ってくるけどな。じゃ、あそこの部屋で」

 廊下を歩いていくと、中ほどに行った所の左側に階段があったので、ためらいもなく登る。 

 その後3人も、爽奈に着替えるようにと言われた部屋に行き、荷物を下ろして今度こそやっと一息付けたのだった。

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