16章-2…三太郎、勇躍
袖から金太郎が喜び勇んで出てくる。
「いやっほう! 砂浜だ! 海だ――っ!」
飛び回っている金太郎にようやく追いついたとばかりに、息を切らして苦しそうな様子の桃太郎。
「金太郎さん、早いですよ~……」
はあはあと苦悶に顔を歪め、喘いでいる桃太郎に近付き、金太郎は肩をばんばん叩きつつ大笑する。
「おいおい、桃太郎さんよ。俺よりも若いんだから、しっかりしましょうぜ」
「そんなこと言われても……げほっ、ごほっ」
むせ返っている桃太郎を後目に、金太郎は鉞を持って反対の袖へと去って行く。
「そこの君、ちょっといいかな」
「はい?」
声がする方を振り返ると、そこには忽然として長身の男が小脇に箱と矢のようなものを抱えて立っていた。
「ふぇっ……」
動悸が止まりかけた桃太郎は、胸に手を当てて眼を大きく見開いた。
男が対照的に悠然とした態で口元を緩め、桃太郎の顔を覗き込む。
「ふふふ、驚いた? 僕の名前は浦島太郎。君の名は何ていうんだい?」
「ぼ、僕の名前は……桃太郎です」
「ほう、桃太郎くんか。良い名だ。こんな所で何をしているのかな? あそこで騒いでいる友達と遊びに来たのかい?」
「いえ、目ぼしい船を探しているんです。鬼ヶ島に行きたいので」
「鬼ヶ島だって!?」
浦島太郎は、まるで脳天に一撃を喰らったような気がした。
そう言えば、浦島太郎の役は紗弥菜である。本人はやりたくないと固辞していたが、じゃんけんで負けた結果がこうだった。しかし、やるからには紗弥菜は結構真剣だった。なるべく低く安定した声を出せるように、成佳に教えを請い、作り上げていた。演技も自分なりに練習し、男役を演じるのに豊満な胸は邪魔になると、胸に晒しをきつく巻きつけて目立たなくするなど、意気込みは人1倍あると思われる。しかしかつらは被らず、自慢の背に流している黒髪は後ろで束ねるにだけに留め、前髪は爽奈達と同様に手ぬぐいを巻いている。眼鏡もかけたままで、おおよそ時代考証がずれてしまっているが、これには理由があった。紗弥菜は、コンタクトレンズに強い抵抗を持ち、眼に入れることができなかったのだ。それと、爽奈の熱望があったからと容易に推測できる。なお、服装は野良着のような旧いものである。
浦島太郎――紗弥菜――がここに来た経過を語り出した。
竜宮城から持ち帰った玉手箱に鍵が掛かっており「開けたいのなら、鬼ヶ島の鬼を倒さなければならない」と、帰り際に乙姫に言われていた。地上に帰ってきた浦島太郎は、周囲の変わり振りに絶望し、玉手箱を開けようとした。しかし、全く開かなかったことに憤慨しつつも、乙姫の言葉を思い出し、意地でも開けてやると決意。丹後(京都府北部)から単身備前(岡山県南東部)にやってきたのだった。
「そういうことだから、僕も鬼退治に参加させてはもらえないだろうか。玉手箱の中身を見るまでは、死んでも死にきれないんだ」
浦島太郎の申し出に、唸りを発しつつ少し困った顔になる桃太郎。
「僕は構いませんけど、金太郎さんが何て言うか……」
「俺は一向に構わないぜ!」
「うわあっ!?」
突然舞い戻ってきた金太郎の出現に、度肝を抜かれた桃太郎は、へたり込んでしまった。
「おどおどおど……脅かさないで下さいよっ……!」
胸を鷲掴んで怒りと驚きで混乱しそうになったらしい。声が震え、目の焦点が誰にも合ってない。相当参ってしまったようだ。
金太郎は桃太郎を引き起こしながら、呵々大笑する。
「はっはっは、大げさだなあ。そんなに驚くことないだろう。と言う訳で、宜しく。えーっと……」
浦島太郎は、眉をぴくりとも動かさず答える。
「浦島太郎です」
「浦島太郎さんね。あいよ、憶えたぞー。にしても、太郎が3人揃うなんてなあ」
金太郎がしみじみ言ったのを聞いて、桃太郎が首を縦に振る。
「ねえ。珍しいですよね」
「で、さ。船がなかった訳だが、どうやって行くかー」
「そうですね……」
小首を傾げて方策を頭の中で巡らす桃太郎。
「それについては懸念に及ばない」
浦島太郎が、自信に満ちた様子で言った。
「なぬっ。あらかじめ手配してくれたのかっ?」
金太郎は眼を輝かせて問うた。
「そうじゃないんだよ。ちょっと、2人も眼をつむっててもらってもいいかな?」
両目を閉じ、何ごとかを唇のうちで唱え始めた浦島太郎。
金太郎から眼の輝きが失せた。眉をひそめ、浦島太郎の顔を見上げる。
「は? 一体全体何をするつもりなんだ」
「金太郎さん、ここは浦島太郎さんの言う通りにしましょう」
まぶたを閉め、光を遮断しつつ桃太郎は、金太郎をなだめる。
「しょうがねえな」
渋々金太郎が眼をつむった瞬間に、照明が消えた。
3人をそのままに、セットの交換が手際よく行われる。物音が治まったところで照明がまぶしく光を発し、ステージを照らす。紙で作った岩肌のようなものが、あちこちに点在し、血の池を想像したのか大きめに切られた赤い紙が3人の傍に置かれている。
「さ、着いたみたいだ。2人とも眼を――」
浦島太郎が促すまでもなく、我慢の限界を超えたらしい。金太郎は、真っ先に眼を開けた。
「な、何だ? この赤いのは!?」
「血の池地獄だ。敗者は、ここに投げ入れられるんだよ」
「まじかよっ!」
大仰に後ずさって仰天する金太郎に対し、浦島太郎は冷静そのものだ。
「ここは……一体何処なんですか?」
桃太郎は、周りを窺いながら不安気な顔を浦島太郎に向ける。
「こここそが鬼ヶ島。鬼の基地でもあり、鬼の支配者が――」
言い終えようとした時、
「ほーっほっほっほ」
と、女性のまるで勝ち誇った笑声が聞こえてきたではないか。
袖から何者かが出てくる。その者はなぜかピンクのチャイナドレスを着用していた。
たまげた桃太郎が思わず訊く。
「あ、貴方は誰ですか?」
「あたくしは鬼ヶ島響子。島の主よ」
響子は扇子をぱたぱた扇ぎ、明後日の方向に高笑いをする。
鬼ヶ島響子(人間)の役は、未だに出てこなかった侑治郎。本来なら、紗弥菜辺りが似合いそうな役だったが、じゃんけんで負けた為にボス兼女性の役をすることになった。と言うよりも、紗弥菜や成佳が着てしまったら、刺激が強過ぎて衣装の変更を余儀なくされていただろう。チャイナドレスは、なぜか成佳が子ども用から大人用を持っていてどうせ着ないから、それと試しに着せてみたら細身の体にぴったり合っていたとのことで採用。
それと、女装するからには侑治郎以外の4人が色々な面と徹底した。ある意味方法を間違えれば拷問になる無駄毛処理は、侑治郎が水泳をやっており、水の抵抗をなくす為にも常日頃から剃っていたから行われなかった。が、仕草の面は成佳と紗弥菜を筆頭に叩き込まれた。化粧は、侑治郎自身がやるのでないから、特に教えなくてもいいのだが、一応享受していた。そして本番のこの日は、紗弥菜のような髪の長さ・質のかつらをつけ、化粧もしっかりと施された。眼は完全な一重ではないが、それに近いものだったのでアイプチを使用した。これにより、割と整った顔立ちだったこもあってなかなかの美人に仕上がった。ただ、常人より広い肩幅がネックではあったが。当然胸にはブラジャーをつけており、質感を出す為に詰め物を入れている。
「ここに辿り着いたからには、生かしちゃおけないね。あたくしが直々に倒して差し上げるから、かかってらっしゃい」
因みに、侑治郎は声を一切出してない。ではどうしているのかと言うと、袖で成佳が台本を読んでいるのだ。これは成佳がやってみたかったのこと、侑治郎が無理して甲高い声を出さないようにする為の配慮である。高飛車な女性を像としたのだろう。きいきい声に近い声質で普段は決して出さない声を、成佳は表情崩さず平然と演じている。侑治郎が口パクと動きを担当し、今のところ見事に機能していた。もっとも、これができるようになるまでは、相当な苦労があったらしいが。
響子――侑治郎――は、挑発的に腕を前に伸ばして掌を上にすると、親指以外の指を2度ほど一斉に折った。
かかってこいと誘っているのである。
憤激した金太郎は、鉞を両手に持つと一気に駆け出した。
「くたばれっ!」
鉞を振り下ろす。しかし、響子に当たることなく、何か当たって跳ね返された。金太郎は元居た所まで、転がった。
「大丈夫!?」
「金太郎、大丈夫か?」
桃太郎と浦島太郎が金太郎を起こしながら、心配そうに声を掛ける。
「何のこれしき。大丈夫だ! しっかし、確かに叩き斬ったはずなんだけどな」
「ある一定の力であれば防げるのよ。ま、貴方達に倒されるような、やわなあたくしではありませんわ」
響子は耳にいつまでもへばりつく哄笑を発し、更に挑発に挑発を重ねる。
「くっそ、言わせておけばっ……!」
「金太郎さん、落ち着いて!」
今にも突貫しそうな金太郎を、桃太郎が後ろから脇の下に手を通して、ぐっと引き寄せる。
「浦島太郎さんも落ち着かせて下さいよ!」
悲鳴のような叫びを挙げて、浦島太郎を振り仰ぐ。
「む……ああ、すまない」
顎に手をやって思案していた浦島太郎が、金太郎の頭を上からがしっと掴んだ。その時、にわか愁眉が開かれた。
「良い案を思いついた。敵にばれないように円陣を組もう」
3人が輪になり、浦島太郎がひそひそと策を披露し始めた。
「あらあら、相談? 貴方達の浅知恵があたくしに通用するのかしら」
そして、尾を引く喉に負担のかかりそうな嘲笑を響かせる。
対して3人は誰も反応しない。
響子は、面白くなさそうに軽く舌打ちをして、せわしなく扇子を扇ぐ。
「ふんっ。まあ、いいわ。次の攻撃であたくしを倒せなければ、貴方達はそこの血の池に落として差し上げますから、せいぜい覚悟なさい」
騒音になりそうな高笑いを挙げていると、3人がこちらの方に体を向けた。
「じゃあ、行くぞ。必ずや奴を討ち取る。いいな」
「はい!」
桃太郎は、太刀を抜き放ち敢然と構える。
「心得た!」
金太郎も鉞を頭上で1度回し、構えた。
浦島太郎の左右に居た金太郎と桃太郎が、先陣を切って駆け出す。2歩ほど遅れて浦島太郎が銛――と言っても本物は危ないので、代用のマジックハンド――を構えて突貫した。
「たあああっ!」
桃太郎が地を蹴って、高々と飛び上がる。
「うおりゃあああっ!」
金太郎は、足から滑り込んで振りかぶる。
「ほう、考えたわね。時間差攻撃とは! でも、考えが大甘の甘ちゃんだわ!」
1歩逃げようともせず、堂々と2人を迎え討たんと、妖艶さが滲み出た笑みを閃かせる響子。
桃太郎の大気を切り裂く太刀が振り下ろされ、金太郎の頭の後ろにあった鉞の刃の部分が、勢いを持って襲い掛かる。
「2方向なんてまだ防御できる範囲よ! やっぱり、あたくしの勝ち――」
すると、間に合わないと思っていた浦島太郎の銛が伸びてきて、響子の腹部を直撃したと同時に、肩先と脛に形容しがたい激痛が奔った。
「ぎゃあああっ!」
断末魔の叫びとともに、響子は血の池地獄に落ちて絶命した。
「よっしゃ――っ! 倒したぞ――っ!」
「やりましたね!」
「ああ、よくやったな!」
3人が歓喜の声を挙げて飛び回る。
と、飛び回っている最中、足裏に違和感を感じた金太郎。踏んだ物を拾ってまじまじと見つめる。
「何だ? この鍵。おーい、2人ともこんなのを拾ったぞ」
鍵が視界入った途端、浦島太郎の目の色が変わった。金太郎のもとへ素早く走ると、頭を下げながら言う。
「すまないが、貸してくれ。なに、すぐ返すから」
気迫に押されつつも不思議に思った金太郎は、鍵を渡して問うてみる。
「いいけど、どうしたんだ?」
「玉手箱を開けるんですよ!」
桃太郎は興奮を隠せないようだ。
がちゃっと施錠を解除する音が鳴った。
「2人とも開けるぞ」
浦島太郎の声もまた昂揚で震えていた。
返事をする代わりに生唾を飲み込む2人。
「そらっ」
玉手箱を開けるや、白く濃い煙が辺りを包んだ。時の間に照明が消えて、何かが積まれる音が響く。その音が終わると、照明が点いた。
「なーんだ、何にも入ってないじゃん」
「そうですね……」
「おかしいなぁ……こんなはずじゃ……」
首をひねる。ふと、えも言われぬ何かを感じ取り、浦島太郎は顔を横に向ける。
「ああ……あ――っ!」
顎を外さんばかりに絶叫して、両手を後ろについた。
「何だようるせえな……あ――っ!?」
浦島太郎と同じ格好になる金太郎
「もう、煩いですよ。そんなに驚くことが……あ――っ!」
桃太郎も無論同様である。
何故驚いているのか。
それは3人の視線の先には、うずたかく積まれた金銀財宝が、煌びやかに存在を誇示しているからだ。
3人は財宝に我先にと近付き、触ってみる。
「おおおっ! 全部本物だ!」
「やった! やりましたね、浦島太郎さん!」
「ああ、2人が頑張ったからだよ。2人にも感謝だけど、乙姫様にも感謝しなければな。鬼を倒して財宝を得て……何だか生きていく勇気が湧いてきたよ」
その後は全体を映す照明が消え、代わりにスポットライトが財宝をばら撒いて喜ぶ3人に当たった。それも徐々に消えて行く。完全に消えたところで、後半はナレーションに代わった成佳の口が開く。
「こうして桃太郎と金太郎と浦島太郎は、財宝を手に入れて平等に分け、それぞれの故郷で幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
観客達の拍手が体育館中に鳴り、天井に反響して耳を聾するほどだった。園児達も喜んでいるのだろう。甲高い声を撒き散らしている。
照明が点って成佳と侑治郎が袖から出てきて、真ん中に並んだ。
その中で恥ずかしいような嬉しいような面持ちで、5人は深々と頭を下げた。
「終わった――っ! 私は自由の身だ――っ!」
爽奈が両手を突き上げ、喜んでいる。
「本当、すっごく緊張したね~」
胸を撫で下ろした真優は、緩みきった笑顔をみなに振りまく。
「全くだ。でも、やりきった感はあるよな」
伸びをしつつ、侑治郎も満更でもないみたいだ。
「そうね。とにかく、無事終わって何よりだわ。それと、侑治郎はとりあえず化粧を落としなさい。肌が傷むわよ」
紗弥菜は、化粧落としのオイルとコットンと化粧水を渡す。
「そうなのか。じゃ、着替えついでに落としてくるわ」
ステージの裏から出て行く侑治郎。
「あれ? そういやー、なるさんは? どっか行っちゃったの」
爽奈の疑問に辺りを見渡すと、確かに成佳がいつの間にか居なくなっている。
「本当だ。どうしたんだろう?」
真優は、首を横に倒して不思議がる。
「多分、お手洗いにでも行ったんじゃないの。そのうち帰って来ると思うけど、珍しいわね。何も言わずに行くなんて」
言って、引っ掛かりを覚え、何となく髪を掻き揚げる紗弥菜。
結局、成佳が戻ってきたのは最後の班の劇が終わる頃だった。
爽奈があれこれ訊くも、表情は普段と同じく優しげだし、特に変わった様子もなかった。
しかし、若干の態度の違いに、成佳を除く3人は薄々気づいていた。




