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16章-1…学校のね、劇ですから

 いよいよ文化祭当日となった。

 各々の練習の成果を披露する日がやってきたのである。

 1年生の出し物である合唱が終わる頃には、体育館の中が複数の幼稚園児や保育園児、その保護者・教諭(保育士)、毎年楽しみにやってくる周囲の住民で埋め尽くされるほどまでになっていた。

 そして、先ほどから2年生の出し物である劇が始まった。既にステージ上で演じている者は、大方棒読みやたどたどしい動きは目立つが、それでも一生懸命やっている。

 一方、ステージの袖で待機している側の生徒達にとっては、緊張しすぎて永遠一歩手前まで魂を持っていかれそうな者がそこかしこに居た。他にも、腹を据えて黙然としている者やぶつぶつと唇のうちで台詞を唱えている者やうろちょろと動き回っている者など、大半の生徒は緊張を隠しきれないようだ。

 今はまだ少数ながら演じ終えた者達は、開放感と達成感に包まれていた。重圧に押し潰されることもなく、膨大な台詞をそらんじることもなく、何も考えなくていいのだ。台詞など終わった瞬間に忘れ去り、今はただただ菩薩のように優しい顔で安息し、他班の劇の様子をいち観客として観ている。中には台詞や動作を間違えたことを気にして、落ち込んでいる者も居たが。

 爽奈達は待機している側である。もっとも、今演じている班が終われば、次に演じねばならないのだが。それゆえにそれぞれがそれぞれに緊張している。

 爽奈は意味もなく動き回り、紗弥菜は台本を睨みつつつぶやいていて、真優は緊張と重圧に飲まれて泣きそうだ。それを成佳が胸の内に抱きしめて「大丈夫、大丈夫」と諭しながら、頭を撫で続けている。侑治郎はと言えば、反対側で待機していた。座禅を組んで緊張を押し殺そうとしているみたいだ。

「……とさ。めでたし、めでたし」

 どうやら、前の班が終わったらしい。割れんばかりの拍手が巻き起こり、交わるように園児達の甲走った声も体育館中に響き渡った。

 演じていた生徒達は、中央に寄り集まって左右中央を順繰りに向いて一礼し、袖に退いて行く。待機している生徒達の手によって幔幕がさっと横走り、組んでいた簡易なセットや小道具が片付けられ、新たにセットが手早く配置されていく。

 そんな様子を目の端に入れつつ、爽奈は右手を前方ぴんと伸ばして、そのままへその前まで下ろした。

「さあ、いよいよ本番だよ! みんなも手を置いた置いた」

 言われるがまま特に抵抗することもなく、3人が手を置いた。

 首を侑治郎の方に向け、爽奈は命ずる。

「侑治郎は、そこでタイミングを見計らって下ろすこと!」

「お、おう!」

 侑治郎だけ1人で寂しい状況だが、時間もあまりないし、致し方なかった。もしも、爽奈達の所に行き来する時に幔幕が開いたら、それだけでもう台無しである。それだけ重要な役を与えられているらしい。

「よーし、頑張っていこ――っ!」

「お、お――っ!」

 何とか頃合を合わせて手を下ろし終えた4人は、微々たるものではあるが落ち着きを取り戻せた。侑治郎の場合は、その直後に猛烈な恥ずかしさが襲ってきたみたいで、うつむいてしまったが。

 その時、進行役の生徒が朗々と告げた。

「次は1組5班で『少し変わったももたろう』です。どうぞお楽しみ下さい」


「むかーし、むかし、ある所におじいさんとおばあさんが……」

 いよいよ爽奈達の劇が始まった。おじいさん役は真優、おばあさん役は成佳の役柄だ。

 序盤は何ら変わらない至って普通の桃太郎。おじいさんが山に芝刈りに行って、おばあさんが川に洗濯に行ったら、通常ではありえない大きさの桃がどんぶら(り)こどんぶら(り)こと流れて来て、それを老人の細腕で持ち帰って包丁で一刀両断したら、中から可愛らしい赤ちゃんが入っており、桃から生まれたから「桃太郎」と名づけたところまで一緒である。

 因みに、赤ちゃんは本物を借りられる訳なかったので、人形で代役したらしい。

 心身ともに成長し、今ではすっかり村1番の働き者で且つ見かけによらず力持ちの桃太郎――担当は爽奈――が、ある日突然、

「おじいさん、おばあさん。近頃、鬼達が悪さをして、人々を苦しめているそうです。僕は、そんな鬼達を許しておけなくなりました。ここはひとつ、世の為人の為にも鬼退治をしに鬼ヶ島に行きたいのですが、許してはもらえないでしょうか」

 おじいさん――真優――が瞠目する。

「何と、そのような志があったとは……。桃太郎、お前も立派に成長したのう。わしは嬉しいぞ。ばあさんや、よよよと泣いてないで、きび団子を作ってやりなさい」

 真優の場合、化粧とかつらで風采は何とかおじいさんぽく見えるものの、声は変えなければ作らずそのまんま地声である。なので、妙に幼い声を出すおじいさん、と言う可愛いんだか気持ち悪いんだかよく分からないことになっていた。因みに、眼鏡はフィクションと爽奈の強い希望でかけたままである。

 おばあさん――成佳――は、袖で目を隠しつつ立ち上がる。

「そうですね。桃太郎は12歳になったし、男の子はいつか旅に出るのですものね。待ってなさい、とびっきり力がつく黍団子をこしらえてあげますからね」

 比して成佳は、見事に老婆の声を作って演じていた。因みに、成佳の場合は髪が長すぎた為に、かつらはつけていない。ただ単に、髪を後ろにやって服の中に入れただけである。他の部分はそのままであるが、白髪に見えるように髪に多少の着色は施してあった。なお、化粧はきちんと老婆に見えるようにされてある。

 深々と頭を下げる桃太郎。

「ありがとうございます」

 爽奈は化粧なしでかつらなしである。しかも声も変えていない。何ぶん12歳という年齢設定で、声変わりするかしないかの微妙な時期であるから、声は高くても問題ない。顔も第二次成長期を終えても童顔の男など、いくらでも居るものである。髪形は題名を『少し変わったももたろう』にしたので、無理にちょんまげにこだわる必要はない、とのことで、変更なしとなった。

 桃太郎は、日の丸の鉢巻を額にぎゅっと締め、陣羽織を羽織る。

 背負うのぼりは大きく「桃太郎」と書してある。腰に刀を差し、反対側には黍団子が吊り下がっており、手には風呂敷を持っていた。

「それでは、行って参ります」

「うむ。達者でな。道中気をつけるのじゃぞ。これ、ばあさんも泣いてないで、ちゃんと見送らんか」

 おばあさんは桃太郎の手を握り、よよと泣き続ける。

「無事に……無事に帰って来るのですよ」

 顔筋を緩め、力強く握り返す桃太郎。

「ええ、勿論。村1番の力持ちの僕が、鬼なんかに負けませんよ」

 おばあさんの手を名残惜しそうに離し、背を向けて歩き出した。

「こうして鬼ヶ島へと旅立った桃太郎。彼の行く先にどんなことが起こるのやら」

 語り手の一言を挟み、一旦照明が落ちる。セットの変更と出番を終えた出演者が一旦退く為だ。電光石火の早業でたちまち次の場面のセットが構築され、ぱっと照明が再度点灯した。

 先ほどと代わって草や地蔵などを置いた道端のセットである。

 袖から桃太郎が、少し疲れた顔をして出てきた。

「ふう、結構歩いたなぁ……。おや、あそこで美味しそうにおにぎりを頬張っている人が居るぞ。僕もご一緒させてもらおうかな。すいま――」

 桃太郎がおにぎりを喰らっている人物を呼ぼうとした時、その人物は息苦しげな声を1つ言ったと思うや、どんどんと胸元を叩き始めた。

「た、大変だ! 水をあげないと!」

 風呂敷から竹筒を引っ張り出して、急いで駆け寄って手渡す。

 彼は、ごくりごくりと喉を鳴らして、飲み干した。

「ぷはーっ……ふうー、死ぬかと思った。坊ちゃんありがとうよ! おかげで助かったわ!」

 大笑いをしながら、ぐしゃぐしゃと桃太郎の頭撫でる。

「い、痛いです……」

 痛ましげな眼で桃太郎は、少しばかり背の高い男を見る。

 彼は、苦笑しながら手を放す。ふと、視線が幟に釘付けになった。

「ああ、悪い悪い。それにしても、何だ。えらく物々しい格好をしているじゃねえか。怪物でも退治しに行くのか? なーんて、そんな訳ないよなー」

 あらん限りの声で笑い飛ばす男に、桃太郎は何ごとかを言い辛そうに眼を伏せる。

 しばらく好き勝手に笑っていたが、眼を伏せて何も反論してこない桃太郎を不審に思った彼は、次第に表情を元に戻して行く。

「も、もしかして……本気で退治しに行くのか?」

「そ、そうです……」

 視線を合わせようともせず、蚊の鳴くような肯定が聞こえた。

「す、すまん。そんなつもりじゃなかったんだ。許してくれ。これ、この通りだ」

 彼はかぶりを下げ、掌を併せて前に突き出す。

 驚いた桃太郎は、慌てて首を左右に振った。

「いやいや、謝ることないですよ。普通なら考えられませんからね。貴方の仰るとおりです。僕は今から鬼ヶ島に、鬼退治をしに行こうとしてたところなんです」

 最後の方は、真剣味を帯びていて意志の強さが伝わってくるほどの一言だった。

 下げたかぶりをバネ仕掛けのように、元の高さに戻し、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を桃太郎に向ける。

「何っ、君も鬼ヶ島へ!? 奇遇だなー、実は俺も行こうとしてたところなんだよ!」

「え――っ!? じゃ、じゃあ……もしかして、貴方は鬼の子分だったりするんですか?」

 突拍子もないボケのみたいな問いに、男がその場でずっこける。体を起こしつつ、

「ちっが――う! そんな訳ないだろ! この金太郎が鬼の仲間なんかじゃないわっ! それに、俺は、れっきとした人間だ!」

 なぜか腕を広げて見せた。意味は特にないのだろう。とりあえず、何も害悪がないことを証明したかったらしい。

 因みに、金太郎役は真優である。物語の関係上、1人2役は致し方ないことだった。おじいさんの化粧を急いで落とし、かつらも取って髪もそのまま。普段どおりで演じている。金太郎と言えば菱形の腰掛けなのだが、成長して青年期の男にそれは酷だろうということで、やむなく赤地に黄金色で「金」と書かれた手ぬぐいを頭に巻くことになった。服装は、一応時代に合った平服を纏っている。流石に眼鏡は外し、コンタクトレンズを急いで入れた。爽奈は不服そうだったが、こればっかりはしょうがなかった。どうしても、金太郎は活発な印象が強く、眼鏡をかけている姿は想像できなかったからだ。

 相変わらず声もそのまんまである。声変わり後の15歳頃の設定だが、容赦無く。もっとも、稀に声変わりをしない男も世の中に居るらしいから、寛容な心で観れば何ら問題はないと思われる。

 本来なら一人称が俺に男っぽい口調で、野郎要素満載の金太郎であるべきである。だが、明らかに一個も当てはまらない真優が演じることによって、新しい金太郎像が作り出されていると言っても過言ではないだろう。

 当の真優は、顔を熟したトマトのようにまっかっかにし、ほぼやけくそで演じているのだが、誰1人して気づかない。むしろ一生懸命さが伝わり、受け入れられている現状であった。

 金太郎――真優――は、ここに来た経緯を話し始めた。

 何千試合に及ぶ熊との戦いで、ある日突然熊に「お前は誰かに仕えて、世に名を轟かすべきだ」と冗談交じり言われ、翌日から相模(現神奈川県)から出て全国を仕官先探し兼武者修行中だった――とのこと。

「だから、俺はあんたに仕えるぜ! 命の恩人だし、旅は道連れ、世は情けってやつだ。と言う訳で宜しくな! ……えーっと……名前は?」

「あっ、も、桃太郎です……」

「おおっ、同じ太郎か! ますます気に入ったあっ! これからは桃太郎さんと呼ばせてもらうぜ!」

「は、はい。宜しくお願いします」

 急展開に頭がこんがらがりそうな桃太郎は、肩を叩いて喜んでいる金太郎に合わせて笑い浮かべながら、叩頭した。

 ここで一旦照明が落ち、出演者とセットが行き交った。ぱあっと照明が点くと、今度は海(に見立てた青く塗った大洋紙)や砂などを置いた海辺のセットである。

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