第24話 ミスリルハート誕生
アリスの方を見る一同。
コラソン、メル、エマはアリスとフリルにゆっくり近づく。
「ひどい怪我だ。すぐ治さないと」
「悪魔だぞ」
アルファが、低い声で言った。倒れたアリスを見下ろしながら、その表情は硬い。
「今まで散々、人を苦しめてきた側の者だ。助けて、どうなるかわからないぞ」
「そうですね……」
セリナも、複雑そうな顔で頷く。
「悪魔を、しかも幹部の一人を助けるなんて大丈夫でしょうか」
フローレも、俯いたまま何も言わない。大人達の表情には、迷いと警戒が色濃く滲んでいた。
「けど」
コラソンが、静かに口を開いた。
「僕は、放っておけない」
「コラソン……」
「人か悪魔かじゃなくて」
コラソンは、倒れているアリスを見つめた。
「どうしても悪い子と思えない」
「それは憶測に過ぎない」
アルファが、眉を寄せる。
「情に流されて、判断を誤ることもある」
「わかってる」
コラソンは、頷いた。
「それでも――助けたい」
「私も」
メルが、小さく手を挙げた。
「アリスには、助けてもらったから」
その声には、迷いがなかった。
「五年前……盗賊に襲われた時、間に入ってくれた。だから、今度は私が」
「メル……」
エマも、頷いた。
「私も、同じです」
「エマ?」
「アリスの目……」
エマは、少し俯いてから続けた。
「少し前の、私と同じ目をしてた。哀しくて、苦しくて……誰かに、助けを求めてるみたいな目」
その言葉に、アルファは何も言えなくなった。
「……」
しばらくの沈黙が流れる。
「まったく」
やがて、アルファは短く息を吐いた。
「あなた達がそこまで言うなら……」
「アルファ?」
「反対しても、無駄なんだろうな」
アルファは、諦めたように、小さく笑った。
「やりたいようにやればいい」
「それにコラソン達ならきっといい方向へ行きそうな気がする。」
「これも憶測だけどね」
とアルファが微笑む。
「ありがとう、アルファ」
コラソンは、笑顔で頷いた。
それ以上、誰も反対しなかった。
コラソンは、アリスの傍に膝をつく。両手を、そっとアリスの胸の上に重ねた。
温かい光が、指先から溢れ出す。
暗闇の中。アリスは、温かさを感じていた。
(また、この光……)
三百年前のあの日と、同じ温もり。
(あの時と、一緒――)
瞼が、僅かに震える。光を追うように、ゆっくりと目を開けた。視界に映ったのは、三つの顔。コラソン、メル、エマ。じっと、こちらを覗き込んでいる。
「……」
アリスは、状況が理解できなかった。
「な……なぜ……」
声が掠れる。
「なぜ、助けたの……私は……」
コラソンは、少しだけ考えるように目を伏せた。
「じゃあ、聞くけど」
「……え?」
「五年前、なんでメルを助けてくれたの?」
アリスの目が、見開かれる。
「それ、は……」
言葉に詰まる。
「……きっと、それと同じだよ」
コラソンは、笑った。その瞬間――アリスの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「あ……ありがとう……」
絞り出すような、小さな声だった。
「まずは、街へ帰ろう」
(あの時と、一緒――)
瞼が、僅かに震える。光を追うように、ゆっくりと目を開けた。視界に映ったのは、三つの顔。コラソン、メル、エマ。じっと、こちらを覗き込んでいる。
「……」
アリスは、状況が理解できなかった。
「な……なぜ……」
声が掠れる。
「なぜ、助けたの……私は……」
コラソンは、少しだけ考えるように目を伏せた。
「じゃあ、聞くけど」
「……え?」
「五年前、なんでメルを助けてくれたの?」
アリスの目が、見開かれる。
「それ、は……」
言葉に詰まる。
「……きっと、それと同じだよ」
コラソンは、笑った。その瞬間――アリスの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「あ……ありがとう……」
絞り出すような、小さな声だった。
「まずは、街へ帰ろう」
コラソンが手を差し出す。アリスは、その手を見つめてから――そっと、自分の手を重ねた。
街に戻ると、孤児達が駆け寄ってきた。
「アリスお姉ちゃん!」
「フリルも!」
小さな手が、二人の服を掴む。アリスは、驚いたように目を見開いてから――柔らかく、微笑んだ。
ギルドでは、ファングが二人を出迎えた。
「マルギスを、倒した……」
コラソンから経緯を聞いたファングは、深く息を吐いた。
「そして、彼女が……」
アリスへ視線を向ける。
「孤児達の件は、把握していた」
それから、ファングはフリルの前に膝をつき、深く頭を下げた。
「対応が遅れたこと、詫びる」
「な……」
フリルが、戸惑ったように目を瞬かせる。
「そんな……頭を上げてください……!」
「まとめて、私が引き取ろう」
ファングの言葉に、孤児達から歓声が上がる。
「ほんと!?」
「やった!」
フリルの目にも、涙が滲んでいた。その様子を見届けてから、コラソンはアリスとフリルへ向き直った。
「アリス、フリル」
「……?」
「僕達と、一緒に行動しないか」
その場の空気が、一瞬止まった。
「な……」
アルファが目を丸くする。
「コラソン、正気か……」
「千里眼は、使えるなと」
コラソンは、悪びれもせず笑った。アルファは、額に手を当てて――それから、諦めたように苦笑した。
「本当に……いいんですか?」
アリスが、恐る恐る尋ねる。
「悪魔の私が、一緒になんて……」
「さっきも言ったろ」
コラソンは笑った。
「目と心を見てる、って」
アリスは、何も言えなかった。ただ、静かに頷いた。
その時、ハウンドが片手を上げた。
「なあ、それなら俺も一時的に加えてくれよ」
「ハウンド……」
セリナが呆れたように言う。
「別にいいだろ。人手は多い方がいい」
アルファは、少し考えてから頷いた。
「まあ……いいだろう」
「よし、決まりだな」
ハウンドは、満足げに頷いてから――ふと、思い出したように口を開いた。
「で、パーティ名は?」
「……え?」
全員が、顔を見合わせる。
「パーティ名?」
「まさか……」
アルファが、こめかみを押さえる。
「ないのか」
「……なかった」
エマが、気まずそうに目を逸らす。
「おいおい」
ハウンドが、大げさに肩をすくめた。
「普通、そういうのは最初に決めるもんだろ」
「今更言うな!」
セリナが声を上げる。
「まあまあ」
コラソンが、苦笑しながら間に入った。
「じゃあ、今から決めよう」
「そうだな」
アルファが頷く。それから、静かに続けた。
「私たちは、ただの冒険者パーティという結成ではなかったからな」
その言葉に、一同が少し黙る。
「そういうことだ」
ハウンドが、にやりと笑った。
「名前があれば、モチベーションも絆も深まるぞ」
「モチベーションて……」
セリナが小さく笑う。
「まあ、一理あるのね」
フローレも頷いた。
「じゃあ、決めよう」
コラソンが言うと、皆が思い思いに案を出し始めた。
「俺は、シンプルなのがいいな」
コラソンが、まず口を開いた。
「『ストロングパーティ』とか」
「捻りがなさすぎるのね……」
フローレが呆れたように言う。
「私は……」
メルが、少し照れながら言った。
「花の名前が、いいな。闇属性の花とか……」
「メル、花好きだもんな」
エマが微笑む。
「私は、逆に……」
エマが、少し得意げに続けた。
「ちょっと物騒な名前がいい。『血染めの刃』みたいな」
「エマ、それは……」
セリナが、微妙な顔をする。
「かっこいいと思わない?」
「思わないのね」
フローレが即答した。
アルファは、腕を組んだまま、皆の案をただ黙って聞いていた。
「私は、魔法っぽい名前が好きなのね」
フローレが言う。
「『星屑の詠唱』とか、どう?」
「素敵ですね」
セリナが頷いてから、続けた。
「私は、硬くて格式ある名前がいいです。『テンプルナイツ』のような」
「セリナらしいな」
アルファが、小さく笑った。
そして、皆の顔を順に見渡してから、ゆっくりと口を開いた。
「――なら、こういうのはどうだ」
全員の視線が集まる。
「ミスリル。世界で最も美しく、そして硬い鉱物だ」
「ミスリル……」
「そこに、ハートを付ける」
アルファは、少しだけ表情を緩めた。
「壊れない心、という意味を込めて」
「『ミスリルハート』……」
コラソンが、その名を繰り返す。
「いいね」
「私も、好き」
メルが微笑む。
「私も」
エマも頷いた。アリスは、その様子をじっと見つめてから――小さく、笑った。
「……いい名前」
「決まりだな」
アルファが頷く。
「俺達は、今日から――」
コラソンが、皆を見渡した。
「『ミスリルハート』だ」
その名前に、皆が拳を掲げた。
賑やかな声が収まった頃、ふと、アリスの表情が曇っていることに、コラソンは気づいた。
「アリス?」
「……」
呼びかけても、反応が薄い。視線は、どこか遠くを見ているようだった。
「妹が、気になるんでしょ」
アリスの肩が、びくりと揺れた。
「な……なぜ、それを……」
「あのマルギスってやつが、言ってたから」
コラソンは、静かに答えた。
「『妹を人質に取られている』って」
アリスは、俯いたまま何も言わなかった。ただ、膝の上で握った手が、僅かに震えていた。
「リリスは……七魔皇の本拠地の、奥深くにいます」
やがて、絞り出すように、アリスは言った。
「私が戻らなければ、いつ何をされるか……」
「だったら」
コラソンは、少し考えてから続けた。
「マルギスが、リリスの管理をしてたんだよね?」
「……はい」
「なら、今がチャンスかもしれない」
アリスが、顔を上げる。
「マルギスがいなくなったことで、リリスの見張りも、きっと手薄になってる」
「……!」
アリスの瞳に、初めて希望に似た光が灯った。
「本当に、そう思いますか……?」
「保証はできないけど」
コラソンは、まっすぐにアリスを見た。
「動かない理由には、ならないでしょ」
アルファが、地図を広げながら口を開いた。
「なら、決まりだな。まず、リリスを迎えに行こう」
「いい、んですか……?」
「いいも悪いも」
コラソンが笑った。
「放っておけるわけ、ないでしょ」
アリスの目に、また涙が滲む。それを誤魔化すように、慌てて袖で拭った。
「じゃあ、動きを分けよう」
アルファが、続けた。
「リリスの居場所は、アリスにしかわからない。少人数で、速やかに動く方がいい」
「私が、コラソンとメル、エマと共に迎えに行きます」
アリスが言うと、コラソンが頷いた。
「うん、その4人で行こう」
「なら、私達は」
セリナが、フローレとハウンドへ視線を向けた。
「ダンジョンの調査だな」
「森の異変も、放っておけないのね」
フローレが、小さく頷く。
その時、フリルが、そっと手を挙げた。
「あの……私も、ダンジョンに行きたい」
「フリル?」
コラソンが、驚いたように振り返る。
「お母さんが……まだ、暴走したまま、あそこにいるから」
フリルの声は、小さく震えていた。
「もし、少しでも……何かできることがあるなら……」
その言葉に、誰も何も言えなかった。
「わかった」
やがて、アルファが静かに頷いた。
「一緒に来い。ただし、無理はするな」
「うん……ありがとう」
フリルは、涙を堪えるように、小さく笑った。
支度を整え、二手に分かれる時が来た。
「アリス、頼んだぞ」
アルファが、短く声をかける。
「はい」
アリスは、深く頷いた。
「フリル、無茶するなよ」
コラソンが言うと、フリルは笑顔で手を振った。
「うん! みんなも、気をつけて!」
「行ってきます」
メルが、皆に向かって手を振る。
「必ず、リリスさんを助けましょう」
エマが、拳を握った。
二つの道が、それぞれ違う方向へと伸びていく。
コラソン、メル、エマ、アリス――リリスの元へ。
アルファ、セリナ、フローレ、ハウンド、フリル――ダンジョンの調査へ。
朝日が、二つの背中をそれぞれに照らしていた。
「――ミスリルハート、始動だ」
アルファの声が、静かな街に響いた。




