第五部 動き始める悪魔
よし。今日の仕事はここまでだ。達成感に浸りながら伸びをして、とっくに冷めたコーヒーを飲み干す。片付けに行こうとドアを開けると、キョウが持っていこうとする。僕はそれを振り切り、直接厨房にいた部下に手渡した。2人は不思議そうにしていたが、最近深刻な運動不足なのだ。ちょっとでも歩きたい。これから公園にでも行こう。僕は長くて広い廊下を進み、玄関を目指す。思ったより早く着いてしまった。もっと運動したいのに。僕はとりあえず公園を目指して歩き始める。日は落ち始め、空は綺麗なグラデーションを描いている。空を見上げたのは、いつぶりだろうか。これまたあっという間に公園に着いてしまう。公園には誰もいなかった。まあ、夕飯時だし、当然か。僕はすべり台を眺める。上から下へと手でなぞっていくと、妙なシミを見つけて手を止めた。ペンキのムラなんかじゃない。青色の中に、子供の手のひらほどの大きさについた薄くて赤いシミ。ふと、後ろに人影を見つけて振り返った。すると、ナイフが迫ってきており間一髪で避けた。危なかった。このまま気づかなかったら死んでいた。妖気は感じない。しかも、顔は深く被った編み笠で覆われていた。この特徴、ニュースでやっていた連続殺人犯にそっくりだ。いよいよ猫の国にまで手を伸ばし始めたということか。もし本人なら、これ以上被害者を増やさないためにも絶対に捕らえなければならない。相手は何かを話すわけでもなく、銃で攻撃してきた。僕はそれを全てガードで防ぎつつ近づき、相手を蹴り飛ばした。相手は案外軽く、向こうの花壇まで飛んで行った。今度は槍だ。表情が見えないから攻撃のタイミングを掴み辛い。ガードも永続ではないので、避けなければやられてしまう。僕は怯まずに相手の後ろに回り込み、影撃ちで動けなくした。僕はトドメを刺そうと手を振り上げる。しかし、どこからか声が聞こえてくる。
『やあ、久しぶりだね、ギーヨ君。いやはや、いきなり王手は難しかったかー。一旦撤収とさせてもらうよ。追おうとしても、無駄だから。せいぜい殺される日を楽しみにしておいてよ』
もう2度と、聞きたくなかったあの声だ。その声はそれで途切れ、目の前の相手は消えてしまう。なるほど、奴の差し金だったのか。それにしても、さっきの相手、どこかで見たことがあるような気がするのは気のせいだろうか?
一方、フォニックスたちはそんなことも露知らずいつも通りに生活していた。目の前でテレビアニメを見ているツーハは突然俺に話しかけてきた。
「ねえ、シン。わたしたち、合体するじゃん。だから、2人で息ぴったりの口上をしてみたいなって」
テレビには主人公たちが長い口上をしているのが映し出されていた。テレビの影響か。
「どうでもいい。やりたいなら1人でやってろ」
ツーハは不満そうな顔をする。そのやりとりを見ていたスインは俺たちの間に入った。ツーハの頭を撫でて慰めている。
「まあまあ。シン君、そんな堅い事言わずに付き合ってあげたらええやん。文章は他の人に考えてもらえばいいし。ツーハちゃん、このままじゃいじけてまうで?」
「ツーハがいじけても俺には何の実害もない。それに、そんなもの実戦で使う可能性など無きに等しいだろう。…まあ、それでもいいのなら手伝ってやらんこともないが」
ツーハは顔をぱあっと明るくした。そして、俺の手を引いてフウワの所に向かった。
「ふーん。まあ、文章くらいなら考えてやるけどよ、シンがやるとは思えんぞ」
「うるさい。とっとと終わらせて、特訓に戻るぞ」
その後、フウワと小一時間程作った。いよいよ実践の時だ。俺とツーハは並んで立った。
「光のせんし、ツーハ!」
「闇の戦士、シン」
「目にやきつけろ!」
「記憶に刻め」
「光はぜつぼうをてらし!」
「闇は悪意を断ち切る」
「光とやみの力が!」
「貴様に制裁を与える」
「「いざ勝負(!)」」
「シン!なんか気持ちがない!もっとしっかり言ってよ!がんばって考えたんだから!」
「お前だって、なんか発音が子供っぽいだろ。ほら、意味なかっただろ?」
ツーハは不満そうに俺を睨んでいる。やれやれ、こいつの相手は疲れる。しかし、それを聞いていた他のメンバーはツーハに集まってきた。口から出る言葉はかっこいいやら息ぴったりやら。褒め言葉ばっかりだ。俺はそのまま中庭に向かった。
「やーれやれ。ギーヨ君に負けちゃったね。どうするの?」
「くそっ。所詮は貰った力。完全には馴染めん。それに、俺の中の『ムルル』がずっと邪魔をしてきやがる。変化を隠すために生かしてやっているだけだというのに。勝手なことばかりだ」
「ふふっ。じゃあ、ボクからもうちょっとだけ力をあげるよ。君は今武器を一度に一つしか持っていられないけれど、それを無制限にしてあげる。次は失敗しないようにね」
「わかった」
彼は力を与えるや否やすぐに消えてしまった。もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。




