第三部 合体する者たち
一体、私は、何を…。優しく声をかけてくれた人を傷つけるなんて、正気の沙汰とは思えない。でも、体が、いや私を意のままに操っているあの人が勝手にそうさせてくる。もし私が死んでも、あの人は持っていたカードを一枚失くしたくらいにしか思わないだろう。そう考えると、私ってなんてちっぽけで、なんて非力なんだろう。私は視界だけ持っている。彼はまだ、諦めようとしてくれない。いっそのこと、このまま止めを刺して全て終わらせてくれた方が楽なのかもしれない。そんな考えがよぎる。しかし、私はまだ死ねない。ここで死んだら、あの人と交わした約束を破ることになってしまう。それに、私を助けようとしてくれている優しい彼にそんなことをさせたくはない。私は無意味だとわかっていても、体に精一杯力を込めて動きを止めようとした。しかし、やっぱり無理だった。わかっていたことだ。でも、彼は私のそのわずかな動きを見逃さなかった。
こいつ、まだ、諦めていない。昆虫好きだったあいつは諦め切った様子だったのに。俺は絶望の中に少しの希望を見出した気がした。おそらくこいつを倒すのは強過ぎて不可能だ。殺すのは簡単だろうが。妖気が無くなっても動き続ければ、そのまま死んでしまうからだ。だから、こいつをどうにかして支配に勝たせなければならない。俺はライト程有能じゃない。だから、うまくいくかはわからないが、説得するところから始めてみるか。
「お前、ちゃんと意識はあるみたいだな。なら、まだ希望はある。ひとまずは俺を含む周りのことを考えるのをやめて、自分が支配から逃れることだけを考えろ。それが、全員助かるための唯一の方法だ」
相手の目にほんのわずかの光が宿った気がした。本当は支配している本人を叩くのが1番効果的だろうが、どこにいるのかもわからず、返り討ちに遭う可能性があるのでその方法は選択肢から除いている。となると、彼女に語りかけ続け、少しずつ正常に戻していくしか方法がない。
「なあ。お前は、したかったって思ってること、ないのか?俺の一部、シンにもあるくらいだから、もしかしてと思ってな。俺は出来て間もないからまだ見つかってないけど、ずっと長く生きてきたお前ならあるだろう?叶えたいって思わないのか?もし、ちょっとしたことでもあるんだったら、それに向かって突き進め。俺を作っている奴らの記憶からの経験上、執着は強い思いだからな」
今度は特に変化は見られなかった。彼女はそれよりも大切なことがあるのかもしれない。相手の技が俺の頬を掠った。あまり時間はかけていられない。若すぎる俺には人の核心をつく言葉というのがわからない。こうなってしまえば、質より量。考えている時間があったら話すことにした。
「そうだ。大事な人はいないのか?命懸けで守りたいと思えるような。ずっと笑顔でいてほしくて、無事でいてほしいような。だったら、早く帰って、顔を見たいと思わないか?戻って来い。そしたら、お前は解放されて幸せになれるはずだ」
俺の一部であるシンの心がうずいたような気がした。その瞬間、相手は彼女となり、相手は表に出ようと必死で抵抗し始めた。つまり、形勢逆転というわけだ。
「ありが、とう。おかげで、思い出せた。でも、中々、離れない。早く帰りたいのに。どうすれば、どうすれば…!」
彼女から今までの比じゃないくらいに強大な妖気が流れ出す。すると、彼女は完全に打ち勝ったようだ。相手の気配はどこにも見当たらなかった。しかし、妖力を酷使し過ぎた彼女は、昏睡状態になってしまった。俺は駆け寄ろうとするが、2人を繋ぎ合わせておく力に限界が来たようだ。俺の意思は、2人に還元されてしまった。
合体が解け、満身創痍で動けなくなってしまった俺たちの代わりに、ライトが駆け寄って抱き抱え、病院めがけて走って行った。ツーハはいつもならライトを憧れの眼差しで見ているが、今はその目線を地面に落としていた。なぜかは俺が1番わかると思う。俺たちが合体してできたあの意思は、元に戻る寸前、悔しいという思いを残した。おそらく、自分だけではやり切れなかったことに対するそれであるのだろうが、ツーハはもっと長い間繋げておけなかった自分に落ち込んでいるのだろう。ツーハは俺を見る。俺は視線の端でそれを捉えた。俺はツーハと目を合わせた。途端にツーハは涙目になり、俺に抱きついて静かに泣き始める。
「うおっ!?」
予想だにしていなかった出来事に、俺は思わず驚きの声をあげた。しかし、よく考えてみると、ツーハはライトとエントにしかこんなことをしないはずだから、余程堪えることだったのかもしれない。それに、今のツーハの気持ちがわかるのは多分俺だけだ。仕方ないと思い、俺は右手でツーハの頭を撫で、左手でその体を安定させた。ツーハの熱い涙が服を伝って体につく。しかし、なぜだろう。不快な感じは全くなかった。




