戦闘準備
「おにいちゃん、泣いてるの?」
「痛いの? 悲しいの?」
6歳と7歳の妹達は優しい。
共感が強すぎて兄や姉が泣くと一緒に泣き出すのが欠点と言えるくらい。
「サターナ、ユピテラ。お母さん達の格好をどう思う?」
「なかなか攻めてる」
「あと5年くらいであたしも着たい」
「やめなさい。お兄ちゃん泣くよ?」
とっくに半泣きのソルタの動きが止まる。
第三者の魔法、しかも飛び切り強力な拘束魔法をかけられた。
「”影踏み” もーソルちゃんったらママ達に冷たくなってぇ、まあ年頃だし仕方ないけど寂しいものは寂しいのよ。おーよしよし、苦労したの? ちょっと痩せたんじゃない? いいわねえママもダイエットしないと、って怪我してるじゃないの! レアー、肩よ、左肩!」
気配を感じさせずにソルタの動きを止め、背中から抱きしめるのはユピテラを産んだカミィラ母。
本来なら”影踏み”は敵の呼吸すら止める魔法らしいが、産まれた時からの関係がある二人の間では危険な事は起きない、せいぜい数秒が限界。
ソルタは体をよじって母の抱擁から逃げ出す。
「ねえカミィラ母ちゃん、ここに転移したのは母ちゃん?」
「そうよぉ。座標はテテに貰ってちょっと準備が要ったけど上手くいったわぁ、10年ぶりに使ったのよ。あらー結構酷い怪我じゃないの、許せないわ。どいつにやられたの? お母さんが締めてあげるから! そうよ、使い魔は何してたの? 何処にいるのかしら」
ヴァンパイア最初の一族の末裔カミィラは母親達で一番のお喋り。
崩れかけの古城に一人住んでいた反動だとソルタも聞かされた。
「カーボンなら、あそこに」
黒猫のカーボンは、ソルタの命令でアキュリィに付きっぱなし。
今は病室の暖炉の前で丸くなっていたが、カミィラを見つけると慌てて走り寄ってきた。
「ご、ご機嫌麗しゅう! カミィラ様!」
「ん、あらあんた名前を貰ったの?」
「はい、ご主人様に頂きました。あのそれで、妹様の護衛をしてたので……」
「なら仕方ないわねえ。けどソルちゃんが怪我しないように守るのがお前の使命よ?」
「重々承知しております! この度はどのような罰でも……」
まあまあとソルタは割り込んだ。
「カーボンはよくやってくれてる。褒めてあげてよ」
「よくやったわ、いい仔ね! 名前を貰ったお祝いに一つ昇格させておくわね」
カミィラ母が一番子供達に甘いが、それ以外には容赦しないタイプ。
着てる服はヴァンパイアらしく黒だが、これもやたらと丈と裾が短く、しかも半分はレースで透けている。
ただ黒いタイツを履いてることがソルタにとって救いだった。
「ソルタ、傷を見せなさい。治しておくから」
ソルタは母レアーに傷を見せる。
妹二人は悲鳴をあげて、カミィラは卒倒しかけた。
「呪いの類ね、死竜となって強さが増してるわね。腐肉化はちょっと厄介よ」
ソルタの母親は、傷口に手を当てた。
刺すような一瞬の熱さと共に手を離すと、レアーの右手には黒い塊があった。
そのまま呪いを握りつぶすと、ソルタの左肩は痛みも消え肉が盛り上がり、傷口さえ無くなった。
「治った」
「はいおしまい。余りやんちゃするんじゃないわよ、ママにも治せない事がひょっとしたらあるかも知れないんだから」
母親が子供に使う回復魔法は奇跡の威力、数ヶ月は悩まされるのを覚悟をした傷が数秒で治ってしまった。
「魔力が……戻ってくる。よし、これなら!」
駆け出そうとしたソルタの襟首を二人の母親が掴んだ。
今のソルタなら振り切れるのだが、長年の習慣で何となく抵抗する気がなくなる。
「レアー、この子をこんなにしたヤツがどいつか分かってる?」
「ボラリスでしょ。ほら、大氷河に居た三つ首の竜よ」
カミィラ母は、ソルタの襟首を掴んだままで考える。
「あぁー、あいつか。倒したよね?」
「けどクレバスに落としたでしょ? 大物は何時も死霊化しないように浄化するけど出来なくて、なんとかって死霊使いのせいでゾンビになったみたいなの」
「で、うちの子を傷付けてくれたわけ? 舐めた真似をしてくれるじゃない」
「まあ普通に戦うと危険だし、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか」
聞き捨てならない。
「待って! 母ちゃんらには無理だって! あいつ飛ぶしタフだしブレスも吐くし、母ちゃん達だと避けようもない。竜は俺が倒すから、ほら怪我も治ったし余裕余裕」
左手をぐるぐる回してソルタはアピールする。
母親たちにとっては、ソルタの印象は小さい時のままなのだろう。
だが今や15歳、背丈もとっくに母を追い越し力も付き、実戦も経験し仲間も出来た、もうソルタよりも弱い母を戦わせるわけにはいかない。
二人の母は嬉しそうにソルタを見たが、また相談に戻った。
「どうする? ソルちゃんはああ言ってるけど……」
「やる気あるのを邪魔したくはないけど……」
「こっそり付いてく? いっそ瀕死ってもう死んでるけど、ぎりぎりまで追い込んでからの止めの一撃でうちの子凄いでしょ! ってやっとく?」
何を言ってるのだろうかうちの母親は、あのドラゴンゾンビが危険なやつだと理解してないみたいだとソルタは焦る。
「あのね、うーんと、ママ達が来てくれ助かったよ。怪我も治ったし、ほらアキュリィに妹達を会わせることが出来た、僕も会えて嬉しいよ。ママと妹の顔を見たら幾らでも力が湧いてくるみたいだ。だから、ここは俺に任せて母さん達は後ろに居てくれ!」
母親達は大喜びだった。
「お父さんみたいねぇ」
「本当に似てきたわぁ」
「……ところで、父ちゃんって生きてるの?」
「生きてるわよ、当たり前でしょ」
衝撃的な情報だった、もう死んでるのかと半分くらいは思っていたのだ。
「え、何処で?」
「何処でっていうか、重力の穴に捕まって脱出の最中よ。ソルタがもう少し大きくなったら教えてあげるわ。今、助けに行こうとしても無理だから」
まあ生きてるならそれで良い、今のソルタには目前に超えるべき強敵がいるのだ。
「じゃ、行くね」
「待ちなさい」
「まだなんかあるのー?」
「その剣は、アキュリィに貰ったんでしょ? 本当の使い方はこうよ。”大地賛歌”、”地母神の加護”。最初のは対アンデッド特化、大地に死者を還すわ。次のが即死回避と完全回復、もし使う羽目になったら逃げなさい。まだソルタでは勝てない相手よ」
二つの魔法が聖剣に吸い込まれ、ソルタは首を傾げた。
どちらもソルタが知らない魔法だが、これまで見たどんな魔法より魔力量があったと感じた。
ひょっとしたら母は強いのかも知れないとさえ思う。
「じゃあ次はこれね。”反転・魔力吸収”」
カミィラの両手から膨大な魔力が注ぎ込まれる。
三割を切るくらいだったソルタの魔力が回復し、限界を超えて僅かに溢れた。
「ねえ、母ちゃん達って強いの?」
「普通よ普通、普通の魔王討伐の一行の一人よ。もう15の息子には敵わないわよ、だからいたわってね」
よく分からないが年の功ということもある、ソルタは深く考えるのはやめた。
神殿の扉の前では、二人の妹が様子を伺いながら、まだぎこちなく会話をしていた。
「仲良くしろよ、お兄ちゃんはちょっと戦ってくるから。下の二人は任せたぞ」
声をかけると、アキュリィとフィーナは慌てて走ってくる。
特に出来ることはないが、頑張ってね怪我しないでねと声をかけるくらいには兄のことを心配してくれた。
「絶好調だ。これならば」
妹の声援を背に受け、今なら北の極竜にも勝てるとソルタは確信した。
チートなのはママ




