第94話 ▶開戦
「おい醍醐。俺様の目が腐っていなければ、あの角。鬼に見えるのだが?」
「鬼だろ。テメェ、さっきマイクで言ってたの聞いてなかったのか」
Dランクの仮設テント。
観客が我先にと下山する中、真津璃たちは黙って事の成り行きを見守っていた。宿敵が現れたというのに、彼女たちの心は思いのほか冷静だった。感情的な人々を見てかえって落ち着いたのだろう。
真津璃は短く息を吐いた。
「それで、月尊さん。これからどうするんだ?」
「あいつらに好き勝手言われるのは、あんまりいい気分はしねえな」
「フゥン。戦うというなら俺様も助太刀するぞ」
三人の声を受け、月尊は静かに正座を解いた。
「……本来であれば、私は皆さんを危険から遠ざけなければならない立場にあります。ですから、これは私の個人的なお願いです」
立ちあがり、彼女はグッと歯をくいしばった。
「彼らを追い返してほしいのです。唯人さんを、桃神郷を助けてくださいっ……!」
胸の内から湧き出る、団月尊の本音だった。嘘偽りない心の叫び。
三人の答えは決まりきっていた。その言葉を待っていた、と言わんばかりに三人は腰をあげる。
「フゥン。まだ身体に痺れが残っているが、これくらい誤差の範囲だな!」
「天地、テメェ一人にいい格好はさせねえぞ。俺も戦う。決勝戦に出られなかったぶん、派手に暴れてやろうじゃねえかっ」
「私も同意だ。どうしてもこの手で倒さないといけない輩がいるのでな」
真津璃の声には含みがあった。
三連星の一角、筋肉漢ビドゥ。真津璃はかつて彼と船上で拳を交わし合っている。
その事実を知るのは彼女と要、加えて唯人の三人のみ。
しかし。
(妙だと思っていたのよね。鬼と交戦したあの時、手応えはあったのになぜだか違和感があった。その正体も今ならわかる。あいつは、手を抜いていたんだ。……でも、どうして。あいつの目的は、船を襲撃する以外の何かだったというの?)
真津璃が思考を巡らせる中、月尊は静かに俯いた。
「……あ、ありがとうございます。本当に、ありがとう」
「気にしなくていい。桃太郎というのは、すべからく鬼を討つために存在している。ここで戦わずしていつ腰元の刀を抜く?」
「真津璃の言う通りだな。まず、やつらの元から唯人と備然を救い出すぞ」
「実に面白い! では、さっそく参ろうか」
四人は同時に首を振り、鬼のいる戦場に繰り出した。
一方、フィールドの中央で佇むビドゥとアンジュは、視線をそのままに言葉を交わす。
「来たわよ、ビドゥ。しかも、あの袖が長い美形クン。アンタのお望みの相手じゃない?」
「ああ、間違いねえ。今度は俺が圧倒的に勝つ。お嬢さん、ここは俺に任せてくれねえか」
ビドゥはボキボキと拳を鳴らす。相当、やる気に満ちた様子だ。
「……わかったわ。じゃあ、アタシはあっちの雑魚共を蹴散らしてくるから。くれぐれもダァトは巻き込まないようにっ!」
「ああ! あの美形野郎が付けている甘いマスクは、俺が剥ぎ取ってやるぜ!」
大丈夫かしら、とアンジュは頭を掻くと、押し寄せる観客・応援団の方へと飛んでいった。




