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▶桃神の郷  作者: 三坂いおり
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第90話 ▶本当の自分

 夜、眠っている時もずっと聞こえるんだ。


 俺の力はこんなものか? 誰かに制御されて、それで満足なのか?


 冗談じゃない。枷を嵌められて大人しくしているほど、俺は忠犬じゃねえんだ。誰がこんなことをしたのか知らねえが、本当の俺は……。


「ヴヴヴ……」

「フッ、その顔。久しいな。ようやく本当のキミが見られるようだ」


 備然は心底嬉しそうに腕を回す。伸ばした『ガンダーラの如意棒』を前に構え、万全といった風に口角をあげた。


 本当の。


 俺は……。


「唯人ぉ!」

「唯人さん!」


 ──ッ


「あんた、また我を忘れて暴れまわるんじゃないだろうなっ。少なくとも、私はあんな姿になられてまで闘ってほしくない!」


「私も船上()の時、審判を務めていたからわかります。あの時の唯人さんは普通ではありませんでした。なにかに憑りつかれていたんですよ」


 真津璃と月尊ちゃんの声がする。

 二人だけじゃない。耳を澄ませばみんなの声が、遠いところから聞こえてくる。


 ずっと、遠くから。


 時々わからなくなる。

 自分がいったい何者なのかが。これまで過ごしてきた十云年がすべてまやかしであるかのような、奇妙な感覚。他人の記憶を覗いているような……。


 誰のだ? 俺の中に誰がいる。人知れず抱いてきた違和感が、渦になって弾ける。


 俺は。

「……ふう」


 馬鹿馬鹿しい。

 頭を押さえていた両腕を、スッと下ろして前を見る。


 何を迷うことがあったんだ。俺を蝕む者がいるのなら、そいつをぶっ飛ばせばいいだけだろうが。


「……どうした、備然。驚いた顔しやがって」


 備然は如意棒を握り直すと、挑むような顔つきになった。

「忘れるはずもない。私を打ち破ったその赤い目、間違いなく船上で闘った時の獣だ。……なるほど。内なる獣を乗りこなしたようだな」

「はっ、当たり前だろ。同じ轍を踏むほど俺は馬鹿じゃねえ」


 と、言いつつも内心ヒヤヒヤが止まらない。なんとか衝動は抑えられたものの、いつさっきの現象がぶり返すか定かではない。

 備然は、俺の目を見て『赤い』と言っていた。充血でもしていない限り俺の目は特別赤くもない。


 赤い目とやらが俺の中にいる誰かの象徴ならば、俺はそいつの手綱を握られたのか?


 深呼吸をする。

 なんだか力がみなぎってくるような……。


「結構。茶番劇かと思っていたが、中々面白くなってきたじゃないか。……それ、第二ラウンドの開幕だっ」


 試合の再開は前触れなく始まった。

 備然が如意棒を持って突撃してくる。ここから棒を伸ばされては、リーチの長さで避けられない。


 そう覚悟し、やけくそ気味に手を顔の前で振った。


 ギッ


 かざした手が、如意棒をなんなく止めていた。

「やはりパワーアップしているな。ふふ、そう来なくては」

「マジかよ」


 真津璃は言った。

 あの時の俺をバーサーカーだと。


 もし、その力を手中に収めたのだとしたら。

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