第85話 ▶敵わない相手、変わらない相手
窮鼠猫を噛む。
近づいた備然に突き立てられる、『即席の刀』。殺傷能力こそないが、みぞおち辺りをやられており、備然も虚を突かれたように顔を歪める。『第三の目』をもってしても想定外の事態だったのだろう。
「く、ふふ……。見苦しいものだな、弱者の足掻きというやつは」
「その弱者にやられるあんたも大概なんじゃないか?」
反抗的な目で見あげる真津璃を、備然はブーツの底で蹴りつけた。痺れ毒にやられた真津璃は、横に倒れたまま動けない。無情にもカウントダウンが始まった。
「粋がるなよ。矜恃を捨ててなお勝つことの出来ない弱者が」
ぐっ、と唇を噛む真津璃。その腹の上に右足を乗せ、備然はひどくつまらさそうにあくびを噛み殺した。
「終わりだ。結局、テメェは何一つ変わっちゃいなかった」
「ここで10カウントーっ! 備然氏、危なげなく真津璃氏を打ち破りましたなっ」
響く決着のアナウンス。俺は仮設テントを飛び出し、倒れている真津璃に駆け寄った。
「備然……いい加減その足どけやがれ!」
「フフ、そこの弱者が惨めに敗れ、怒ったキミが出しゃばってくる。船の時とまるで同じだな」
やっぱりこいつは気に食わねえ。やつの主張が正しいのか間違っているか、そんなことはどうでもいい。
「ムカつくからぶっ飛ばす。それだけだ。恨むなよ、備然」
「本当に……変わらないな、キミは。いいだろう。今度こそ完膚無きまでに叩きのめす。恨むなよ、唯人」
真津璃を担架に任せ、定位置につく。これが最後の闘いだ。醍醐が、天地が、そして真津璃が繋いでくれたリレーバトン。月尊ちゃんの笑顔のためにも、優勝だけは譲れねえ。
ゴシップの実況も最高潮に達する。
「さあて、少なからずトラブルはありましたが、ランク対抗戦もいよいよ大詰めですな! 吉良唯人バーサス独守備然っ。最後に笑うのはDランクか、Aランクかっ!? それでは参りましょうかな。レディー……ファイナル・ファイッ!」
「行けえ、唯人!」
「俺様の活躍を無駄にするなよー!」
「唯人さん、頑張ってくださーい!」
ワアア、と双方の仮設テント、及び応援団の席が沸いた。空気の澄んだ山の中腹にあがる、うなるような強い熱気。
喧騒の中、始まった。
俺と備然による、二度目の『決闘』が。
▶▶▶
時を同じくして。
「ついに始まりましたね」
「ふん。見るからに楽しそうじゃな、語り手。年末特番が始まったみたいな反応しおる」
「似たようなものだよ」
決戦のフィールドから五十メートルほど離れた岩場にて、二人の老人が下の景色に思いを馳せていた。
からくりマスターはため息をつく。
「まあ、確かにいい勝負じゃよ。Dランクの連中がここまで拮抗するとは思わなんだ。……もっとも、お前にはすべてお見通しなんじゃろうけどな」
嫌味を含んだその視線を、語り手はあっさり一蹴した。
「いいえ。今回、私は一度たりとも視ていませんよ」
「ほう。珍しいこともあるもんじゃな。……して、その心は?」
「簡単なことです」
フッと短く笑うと、語り手は仙人のような白髭をちょいと撫でる。白髪に覆われた瞳の奥は、深い期待の色に染まっていた。
「この目で見届けたいのですよ。運命が変わる瞬間ってやつをね」
ロマンチストめ、とマスターは頭を掻いた。




