第84話 ▶焦りとダブルスタンダード
真津璃は『即席の刀』をストラップに戻し、初期位置へ。呼吸を整えて大将を待つ。
「さぁて、ランク対抗戦もいよいよ大詰めですな。Aランク最強の男、独守備然氏ーっ!」
ゴシップのアナウンスに合わせて、仮設テントからやつが現れる。黒い髪に黒いロングコート。耳元には、『第三の目』であろうワイヤレスイヤホン。外見が黒けりゃ中身も黒い。
ついに、備然が出てきたか。
無表情なそいつが初期位置についた時、真津璃はフゥとため息をついた。
「さっさと始めよう。……ほら」
ギロリとゴシップを睨む。超怖い。
「そ、そうですな。では、レディー……ファイッ!」
早足気味に始まった対大将戦。真津璃がこれほど勝負を急ぐ理由はわかる。
「備然、覚悟!」
「拓郎の射った毒だろう?」
「……ッ」
速攻を仕掛ける真津璃に向けて、今度は備然がため息をついた。やはりバレている。
「おい、どういうことだ? 俺様にも説明しろ」
「テメェもふてぶてしいな……。拓郎のやつが散り際に矢を放っただろ。『紫毒塗料』がべったりと塗られた矢だ。そいつを、真津璃は頬に食らっている。毒矢の効力はテメェが身をもって知っているはずだぜ」
醍醐の問いに天地は顔をゆがめた。
「フン、言われるまでもない。つまりこういうことだ。痺れが身体に回る前にケリをつけよう、と」
「恐らくな。あの野郎、連戦だってのに無茶しやがるぜ」
幸い痺れ毒は遅効性だが、それでも相手はあの備然だ。攻め急いでいい相手じゃない。
焦るなよ、真津璃。
「拓郎の毒を受けたんだ。無駄な足掻きはしないことをおすすめするよ」
「上等……っ。あんた、人を馬鹿にするのも大概にしろよ。私はあんたを倒すんだ、今度こそ、この場で!」
「……ああ、そう」
急激に冷めた目付きになると、備然は迫る真津璃に刀を振るう。情け容赦一切なしの抜刀術だ。
「くっ! ……わ、私はあんたに勝たなきゃいけない。勝って証明するんだ、私が間違っていないことを!」
真津璃の言葉に、俺は腹が立っているのを感じた。
いい加減にしろよ。正しいだの、間違っているだの。拓郎に惑わされるんじゃねえ。悩むのはこの闘いが終わったあとだ。
思わず想いが声に出る。
「攻撃が単調になってるぞ! 真津璃、もう仮設テントに戻れ!」
「……きっと、真津璃さんは葛藤しているんですよ」
月尊ちゃんがぎゅっと己の拳を握る。
「真津璃さんだってわかっているはずです。こんな闘い方が不毛だということは。でも、闘わなきゃいけないんですよ。応援してくれるチームのために。そして、次にフィールドに立つ唯人さんのために。最後までっ」
「俺の、ために」
真津璃の刀はまるで備然に当たらない。『第三の目』で動きを読まれているのだろうけど、単純に動作がワンパターンになっているのだ。
「ハア……ハア……くッ、まだまだ!」
今の真津璃なら、俺でも難なく倒せる。そう思わせるほどに、やつの動きは単調であった。
「真津璃……!」
痺れ毒が回ってきたのだろう。ついには刀を振るうこともできなくなってしまった。動けない真津璃に無表情の備然が迫る。
「あ……が……っ」
「いい加減わかっただろう。弱者は、あげた拳を振り下ろせない。私が自ら手を下すまでもなかったのだ」
備然は、中腰状態の真津璃に近づくと不敵な笑みで見下した。
「これもいい教訓だ。己の口で『負けました』と言え」
「な、めるな……っ!」
歯を食いしばり、徹底抗戦を試みる真津璃。震える親指の腹で、手中に収めていたストラップをぐっと押す。
刹那。
『即席の刀』が起動し、柄からぐんと伸びた刀身が――備然の胸を重々しく突いた。




