第60話 ▶定例監査
あらすじ:キビダンゴの虚偽申告は可能か?
食堂の扉を開ける。夕飯時ということもあってか、席の八割ほどDランクの生徒が埋めつくしていた。聞こえてくる会話の内容は決まりきっている。
「──なあ、おめぇキビダンゴ何枚集めたよ?」
「聞いちゃうか? 8枚だよ。最初が10枚だったから負け越しだな、ちくしょうめ」
「──聞いてくれよ。おいら、50枚も集めたんだぜ」
「マジかよ! Dランクの裏切り者がーっ」
どこもかしこも定例監査の話で持ち切りだ。毎月こんな感じでザワつくんだろうな。クラス替えの前日みたいで悪い気分ではない。が、俺は何としてでも真津璃との相部屋を死守せねばならんのだ。
空いている席に腰を下ろし、質素だけど抜群にうまいいつもの夕食をオーダー。メニューはこれだけだが、日替わりなので飽きはこない。
と、そろそろ俺たちも動くかな。笑顔が素敵な着物女子を捕まえて訊いてみた。
「おっす、月尊ちゃん」
「唯人さん、真津璃さん! こんばんはーっ」
「月尊さん、今日は定例監査だろう? 実は私たち、少し訊きたいことがあって……」
はいはい、と盆を胸元で持って頷く月尊ちゃん。やはりこの手の相談は多いのだろうか。
「いいですよ。わからないことはなんでも質問してください!」
「では、遠慮なく……」
婉曲的に訊いても仕方ない。後々のためにも、ここは白黒はっきりさせておこう。
「ランクが以前と同じだった場合でも、違う部屋に引越したりするのか?」
「うーん……そこは柔軟に対応できるので、これといった答えはないのですが、一般的にはそのままですね。お部屋にも愛着が湧くでしょうし、引っ越すのが面倒という方も多くおられます」
「なるほどな」
よし、まずは第一関門突破。
勝負は次だ。
「もう一つ。キビダンゴの所持枚数を、過少に申告することはオッケーなのか?」
「大丈夫ですよ」
即答だった。
思わず拍子抜けするが、月尊ちゃんの話にはまだ続きがあった。
「枚数を盛って申告する……過大はダメですけど、少なめであれば問題ありません。といっても、ルールの穴を突いたグレーゾーンではありますけどね」
ああ、やっぱ大っぴらに言えることでは無いんだな。適正なランク測れなくなっちまうもんな。
「ところで、お二人は定例監査の仕組みを覚えておられますか?」
「まあ、ざっくりとは……」
答えたのは真津璃。正直言うと、俺はまだ今ひとつわかっていない。
「とりあえず、キビダンゴが0枚のまま日を跨がなかったらいいんだよな?」
「ざっくりしすぎだろ」
「まあ、そうですね。締切のタイミングは月末の23時59分59秒。この時点で、持っているキビダンゴの枚数を、巾着袋が中で自動的に計算してくれます」
俺は腰元から桃色の巾着袋を取り出して目の前で揺らす。
「ハイテクだよな。どう見ても普通の布っきれなのに」
「……なるほど。巾着袋に入っている枚数がそのまま換算される。ならば、仮にキビダンゴを1枚だけ中に入れて、残りを横に避けておけば」
「そういうことですね。その場合は所持枚数1ということでデータが発信されます」
ははあ。だから過大申告はできないって言ったのか。
「ありがとう、月尊ちゃん。助かったよ」
「いえいえ、お力になれて私も嬉しいです。……ですが、過少申告なんてしても何もメリットはありませんよ? DよりC、CよりもBの方が待遇も環境も上ですし」
愚問ですな、月尊ちゃん。真津璃と俺は示し合わせたように決め台詞を言い放つ。
「利点が無いだって? 一向に構わない。私たちは、Dランクでいい。……Dランクがいいんだ」
「おうとも。なんてったってDには月尊ちゃんがいるしな」
どこまで本音なんだこいつ、と真津璃と顔を見合わせる。しばし睨めっこに興じていると、月尊ちゃんは不意に破顔した。いつも浮かべている笑みではない。等身大の女の子が見せる柔和な表情。
「……そう言ってもらえると、嬉しいです」
▶▶▶
やめだやめだ。俺は、こんなちょっといい雰囲気を作りたかったわけではない。自制心を保て、俺。月尊ちゃんの笑顔にドギマギしてんじゃねえぞ。くそっ。
夕食を腹にかき込んで、場所は再びツクヨミ荘201号室。俺は鏡台の椅子にどかっと座り、真津璃は自らのベッドにダイブ。すっかりここが俺たちの定位置になっちまった。
「よかったじゃねえか、虚偽申告してもいいんだってよ。月尊ちゃんのお墨付きだ」
真津璃は枕に顔をうずめて言う。
「そうね。一時はどうなるかと思ったけれど、これであんたとまた同じ部屋にいられるわ」
バッと顔を見合わせる。違う、そういう意味じゃないから。いや、わかってるよ気にするな。的な会話をテレパシーで即座に行う。よし。オッケー、オッケー。
「と、とりあえず巾着袋の中を改めるか。入れる枚数は1でいいよな?」
「だ、大丈夫でしょ。どうせ同じ部屋になるんだし」
「おう……そうだったな」
お互いどこかよそよそしいノリで巾着袋からキビダンゴを引っ張り出す。中に1枚入れて、目視。確認完了。真津璃とサムズアップを交わす。後は時計の針が12時をさすのを待つだけだ。
なんてことはない。うだうだ言ってた定例監査もこれで乗り切れる。簡単なことだったんだよ。
「「…………」」
沈黙の二文字が部屋の中を支配する。なんで、俺たちこんなにドタバタしてんだろうね。
終わってしまえば後の祭り。夏の暮れみたいな喪失感。だけど、本当の祭りはこの時すでに産声をあげていたのだ。




