第35話 ▶真津璃は女か?
あらすじ:あれから
桃神郷に来て二週間が経った。初めは右も左もわからない状態だったが、今となっては慣れたものである。
朝起きるのだけはいまだに弱いままだが。
「ちょっと、いい加減起きなさいよ」
ハシゴを上ってきた真津璃から軽く小突かれる。大丈夫、あと三回までは許されるはずだ。
寝返りを打って背中を見せると、そこに模造刀による突きが入った。ぐええ、とカエルみたいな呻き声が出る。
「な、なにすんだテメェ……」
「うっさいわね。あんたが起きないのが悪いのよ。ほら、早く授業行かなきゃ」
俺は背中をさすりながら起床。下に引っ込んだ真津璃は、いつもの丈の長い服装で持っていく教科書を整えている。
ハシゴを使って二段ベッドから降りると、クローゼットから適当に白シャツとデニムのパンツを引っ張り出した。
バスローブに手を掛けると真津璃が金切り声をあげた。
「あ、あんたねえ。いい加減着替える時はそう言ってよ」
「なんだよ。後ろ向いてりゃいいじゃねえか」
「そういうことじゃないのよっ。まったく、そんなガサツだからモテないのよ?」
「あー? それとこれとは関係ねえだろ。つか、男しかいねえんだからモテようがねえし?」
「ちょっと。女なら目の前にでしょうが」
「ああ、そうだ。月尊ちゃんがいたな、忘れてたよ」
「こん、のっ……!」
閑話休題。着替えと洗顔、歯を磨き終えると、俺たちは駆け足で外付け階段を下りる。食堂は満席に近かった。時間に追われているのはみんな同じなのだ、と若干安心感を覚える。無意味だということはわかっているが、そうでもしないとやってられねえよ、Dランクなんて。
「よお、お前ら。ここ座れよ」
込み入った食堂で空席を探していると、坊主頭のヤンキー君……ジョーと向かいのゴシップがテーブル席を分けてくれた。
「マジ、サンキューな。今日はお言葉に甘えさせてもらうぞ」
「今日も、だろうが。誰かさんが寝ぼすけなせいで」
真津璃の戯れ言を聞き流し、俺は朝食片手にお邪魔する。オンバさんお手製のザ・和食だ。ゴシップの隣に俺、ジョーの隣に真津璃が着席。四人での朝食が始まる。といっても二人は半分以上食べ終えていたが。
テーブルの上を何気なく見渡すと、ジョーとゴシップのトレーにサランラップが丸めて置かれていた。俺と真津璃のそれには無い。まさか。
「……おい、それってもしかして」
「ふふん。気づきましたかな? いかにも、これは月尊氏が作られた元気おにぎりに他なりませんぞ!」
「な、なにぃぃいいいっ!」
馬鹿な。限定五食だぞ? そのうちの二つを、よりにもよってこいつらなんかに取られちまっていたとは! 俺は目を細め、親の仇みたいに小松菜を口に運ぶ。鰹節が効いてうまい。
「ちくしょう、幸せ者め……。味わって食べただろうな?」
「当然ですな」
「めちゃくちゃ美味かったぜ。オレなんか食べるのが勿体なくて、一口食うのに十分もかかっちまったよ」
それこそ勿体ないな、と真津璃は湯呑みを傾ける。相変わらずドライなやつだ。
しかし、月尊ちゃんのおにぎりを拝めるのは素直に羨ましい。
俺だって最初のうちは早起きを試みた。新作ゲーム発売日のおもちゃ屋ばりに張り込んでやろうかとも考えた。けれども、うまくいかなかった。
わかっている。俺が朝起きられないのは、毎晩遅くまでトレーニングをしているせいだ。……でも、その裏で勉強している真津璃はいつも早起きなんだよなぁ。
ああ、そうだよ。俺の月尊ちゃんへの愛が足りないのだ。そうに違いない。
「すまない、ちょっと席を外す」
どうにかして俺もおにぎりにありつけないものかと考えていると、あっという間に朝食を平らげた真津璃が立ちあがり、トイレの方に向かっていった。
それが引き金だった。
「……ああ、そうだ。実は唯人、オレと大将で一つ『決闘』をしててな」
思わず箸の手が止まる。ジョーとゴシップが闘うとはちょっと意外だ。
「へえ、どんな勝負なんだ」
「至極単純な賭けさ。ふたつにひとつ。真津璃が男か、実は女か?」
今お茶を飲んでなくてよかった。飲んでたら間違いなく吹き出していただろう。それくらい俺は動揺していた。
「ほ、ほーん。なんでまた、そんな」
「一部界隈で話題になっているのですぞ。真津璃氏が女の子なんじゃないか、という噂が。……まあ、肯定派なんてほとんどがこじつけたいだけの愉快犯ですがな」
し、知らなかった。どんな界隈で話題になってんだよ、真津璃お前。
ゴシップは俺の肩にポンと手を載せる。
「ちなみに、小生は否定派ですぞ。あの整った顔立ち、雪のように白い肌……かえって女の子であるはずがありませんな!」
「テメェが否定派なのかよ!」
てっきり情報屋のこいつがシッポを掴んだのかと思ったが、飛んだ思い違いだった。
「……てことは、ジョー。お前は真津璃を女の子だと思っているのか?」
「確証はねえが、怪しいとオレは踏んでるぜ。理由もある。校舎の便所であいつを見かけた時はいつも個室に入りやがるし、なにより連れション拒否率百パーセントだぜ? こりゃ女でなけりゃよっぽど小せぇとしか考えられねえよ!」
決め手が適当すぎるだろ。結局こいつも愉快犯なんじゃねえか。くそっ、アホみたいなことに巻き込みやがって。
「──で、唯人。真相を確かめるため、お前にはこの『決闘』の答え合わせをして欲しい」
「はあ?」
「お前、初日に真津璃と風呂入ってただろ? だったら当然わかるはずよな。ついてるのか、ついてないのか」
「部屋も同じですしな。これでもし真津璃氏が女の子だったら、もう大スクープですぞ?」
そういうことか。俺だけが真偽を知りうるからこそ、真津璃の離席時を狙ってこんなことを……。直接本人に訊けよチキン共。俺の一存で発言しちゃっていいのかよ。
まあ、端から答えは決まっているけど。
「……誰にも言うなよ?」
俺はわざとらしく声を潜めて、二人に耳打ちする。
「……真津璃は、俺の女だ。わかってるとは思うが、手ぇ出すんじゃねえぞ……」
ゴクリ、とジョーは生唾を飲んだ。それから三秒。俺たちは示し合わせたかのように馬鹿笑いをあげた。
「ウワーッハッハッハ!」
俺の迫真の演技がツボに入ったらしい、ジョーはひぃひぃ腹を抱えている。
うるせーぞテメェら! と当然のごとくクレームが届くが、本当に申し訳ない、真津璃のプライバシーを守るにはこうするしかなかったんだ。
さて。
ひとまずこの場は凌げたが、いつまでも無策でいるのは危なっかしすぎる。念のための保険はかけておくべきだ。後で真津璃に相談しなきゃだな。
「いやはや、今回の『決闘』は小生の負けですな。約束通り、夕飯分の元気おにぎりは責任をもってジョー氏に献上致しますぞ」
「やりぃ! 頼んだぜ、大将っ」
……ゴシップの野郎。実は全部わかった上で道化を演じているんじゃねえだろうな?
単発回……に見せかけて次回へ続きます。
2,500字前後でオチまで付けるのって思いのほか大変ですね。でも、1本の短編小説を書いているみたいでわりと楽しいです。




