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▶桃神の郷  作者: 三坂いおり
12/186

第12話 ▶船旅の終わり

 あらすじ:いよいよ桃神郷へ!

 ことの成り行きは大体、真津璃から耳にした。

 どうやら俺はボッコボコにされた挙句、備然の野郎に負けちまったらしい。

 まあ、負けたこと自体は別にいいんだ。いや、よくはないけど、問題はそこじゃない。


 どもにも。『決闘』の最中、俺が別人みたいに強くなったらしいのだ。

 なんかそれだと普段の俺は強くないみたいな言い方だが、強いと言われて悪い気はしない。


「……でも、俺、負けたんだよなぁ」

 柵にもたれかかってため息をつく。気にしない風を装っても、やっぱり悔しいものは悔しい。

 せめて、真津璃のかたきは討ちたかった。


「何しょぼくれてんだよ」

 噂をすればなんとやら。真津璃がトロピカルジュースを片手にやってきた。おい、なんだそれ。めちゃくちゃ美味そうじゃねえか。


「ん、これか? これは僕の分だ。あんたのは、こっち」

 そう言って俺に寄越したのは、紙コップに入った天然水。もしかしたら水道水かもしれん。新手の嫌がらせか? 泣くぞこの野郎。


「僕を睨むなよ。違う違う、今あっちでドリンクが配られてんだけど、ランクによって貰える物が変わるらしいんだ」

「で、お前がそのスウィートなお飲み物で、俺が下水と」

「下水じゃないよ、水道水だから」

 やっぱ水道水じゃねえか!


 なんつーか、正直舐めてた。いくら階級性とはいえ、学校だからもう少しマシだと思ってたよ。

「ええい、腹立つ。それちょっと俺に飲ませろ」

 真津璃のトロピカルなジュースを一口頂戴する。「ああっ!」とやつは大袈裟に驚き、ほんのりと顔が赤くなった。ちくしょう。めちゃくちゃ美味ぇじゃねえか、ちくしょう。


 紙コップの水道水と睨めっこしていると、真津璃が柵にもたれかかって言い出した。

「……覚えてないのか、さっきのこと」

 さっきのこと、というのは十中八九、『決闘』の最中に起きた異変についてだろう。


「悪いが、まったく記憶にない。だから、思い出そうにもさっぱりなんだよ」

 そうか、と真津璃は物憂げに水平線を見つめる。

「ちなみに、そん時の俺ってどんな感じだったんだ? あの備然といい勝負してたって信じられねぇよ」

 言ってて悲しくなるな。そして、思い出したように全身が痛む。この痛みは本物だ。靴跡が付いたシャツも、紛れもなく──。


 あいつは、強かった。ガキの頃からそれなりに喧嘩はしてきたけれど、あんな連中とは根本的に違う。

 まったく歯が立たなかった。

 比べる訳じゃないが、復讐心に燃える真津璃や、図体がデカいゴーマン、甲板で遭遇した鬼にさえ俺はサシで闘って勝てる気がしない。


 それでも、独守備然はまるで違う。

 対峙してみて初めてわかった。強いとか弱いとか、そんな次元じゃない。すべてがデタラメだった。戦国時代に核兵器を持ち込むような、一種の理不尽。


 どうして、俺はそんな規格外の相手と対等に闘えたんだ。

 真津璃はゆっくりと首を横に振った。

「……あんまり、思い出したくない」

「なんだそりゃ。白目剥いて金的ばっか狙ってたとか?」

「そんなんじゃない」

 即答だった。んなこた、わかってるわい。

 少しの間があった後、「白目というより赤目だったけどさ」と真津璃は小さく補足する。なんか釈然としないな。


 俺が紙コップの中の液体を口に流し込んでいると、やつは意を決したように言い放った。

「暴走」

「は?」

 いきなりなんだ。


「暴走してるみたいだった。昔、なんかの映画で見た、自我を失ったまま破壊を続けるバーサーカーみたいな……」

 どんな映画だよ。しかも、暴走状態とは穏やかじゃない。俺はいつだってシベリアもびっくりなクール系男子だってのに。


「とにかく、アレはできるだけ使わない方がいい。直感だけど、そう思う」

 そもそも俺の意思ではないんだけどなぁ。発動する条件でもあるのだろうか。たとえば、身の危険を感じた時とか。でも、それなら今まで何度も俺は死にかけている。主に喧嘩で。


「よくわからんが、極力気をつけるよ」

 何に気をつけたらいいのかすら曖昧だけどな。一応、備然のことは注視しておこう。あの黒コート野郎に意識を割かなきゃならんのは気に食わんが、もしそれで誰かを傷つけてしまっては堪ったもんじゃない。


 というか、俺は家に帰るんだよ。このめちゃくちゃな空間とももうじきお別れだ。全然、名残惜しくなんてねえからな。

 そういえば。

「なんで俺はまだ船にいるんだ? キビダンゴとやらが無くなったら退学じゃなかったのか」


 ポケットから桃色の巾着袋を取りだし、中を見る。なーんにも入っちゃいない。財布も持っていないし、これでは本当に一文無しだ。

「あんた、本気で言ってる?」


 はぁ……と真津璃がため息を漏らす。おい、なんだその馬鹿を見るような目は。

「あんな間近にいて、ディーラーが言っていたのを聞いてなかったのか? キビダンゴを失っても退学になるのは月末の監査の時。だから、まだあんたには一ヶ月生きる権利があるんだよ」


 そういえば、黄色い着物のかわい子ちゃんがそんなことを言ってたような。

 けれども。正直、執行猶予を貰ったところでなぁ……。俺には宝の持ち腐れってもんだぜ。


「……唯人」

「なんだよ」


 今度はどんなヘンテコ話が飛び出すのかと身構えていたが、待っていたのは真津璃のしかめっ面だった。

「……その、ありがと。わた……僕のために怒ってくれて。独守備然に立ち向かってくれて」

「は、はぁっ!?」

 想定外の言葉に俺は思わず変な声が出る。なんだなんだ、改まって。気持ち悪いぞこの野郎。


「違っ、俺はそんなんじゃ……」

「いいんだ。無意識的な行動であろうと、僕は嬉しかった。……この借りは桃神郷できっと返す。きっとだ」


 こちらに詰め寄り上目遣いになる真津璃。くそっ、女の子みたいな顔しやがって。借りなんて作られちゃとっとと帰れないじゃねえか。


「おっ、見えてきたぞ」

「間違いない。……あれが、桃太郎を育てる学び舎」

 到着だ。ここまで小さな島はいくつか見てきたが、それらとは格別に大きな島である。森に、洞窟に、どデカい山。

 学校というより一つの(くに) だな。


 来たぞ、桃神郷だ。

 第2章スタートです。今回は導入……というより、前回でできなかったことを書きました。

 ちなみにドリンクですが、Bランクは自販機のペットボトルジュース、Cランクはおばあちゃんが入れた麦茶です。

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