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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第3章 汚名
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13.「汚れた薔薇」

 ●【13.「汚れた薔薇」】


「シャーロッテ……嘘だろ……」


 フィンはまだ信じられなかった。

 シャーロッテはピリポを刺した。笑いながら。

 狙われたのはフィン。ピリポはそれを庇って代わりに刺されたのだ。


「フィン……この子普通じゃない……何か、暗示か、術にかけられてる……」


 苦しそうな表情で、ピリポは脇腹を押さえて立ち上がった。


「ピリポ……」

「大丈夫……このぐらいの傷、私たちネッカラの女にはどうってことない……」


 ピリポが強がりを言っているであろうことはフィンの目にも明らかだった。どう考えてもかなりつらそうだ。

 手で押さえた傷口からは血が溢れ出している。


「フィン。お願い……死んで」


 シャーロッテは殆ど表情を変えることなく、再びフィンに向けてナイフの切っ先を向けた。


「邪を払う護りの盾よ」


 短い詠唱文と共に、淡い光の壁がフィンとピリポの前に出現する。

 再び襲いかかってきたシャーロッテは光の壁にぶつかり、倒れ込んだ。

 シャーロッテが何かの力で操られていることをフィンは確信する。いつもの彼女なら、光の盾の威力は知っている筈だ。


「苦痛を取り去る癒しの風よ」


 続けてフィンは短くつぶやく。即効性のある治療術をピリポに向けて発したのだった。ピリポの脇腹の出血が止まり、痛みが和らぐ。


「ごめんね。二つの術を同時に使うのは体力的にきついんだ。でも、とりあえずそれで出血は止まるから」


 フィンは少し苦しそうだった。

 ソーナ族の使う魔道は本来彼らの体力と精神力を使う。二つの術を一度に使う負担は大変大きい。


「無理しないで。フィン」

「平気」


 シャーロッテはナイフを構えたまま、こちらを激しく睨みつけている。


「なんとか彼女にかけられた術を解いてやらないと」


 ピリポは苦々しい表情だ。


「無駄だよ。その娘にかけられた暗示は強力だからね。フィンを殺さない限り暗示は解けないよ」


 若い女の声がした。


「誰!」


 ピリポとフィンが声のした方向を見ると、そこには一人の女がいつのまにか立っていた。

 女はピリポと同じ純白の髪、額と頬には赤い入れ墨が施されていた。瞳の色は黒に近いくすんだ赤。そして、彼女が纏う純白のマントには銀糸の刺繍で美しい薔薇の模様が縫い込まれていた。


「おまえ……まさか……」


 ピリポはまだ信じられなかった。

 しかし、女の纏うマントは間違いなく「ネッカラの白薔薇」の称号を持つ戦乙女にのみ与えられるもの。

 そして、女の特徴は、カムラ・カユルと同じ。


「……ソーナの魔道は本当に素晴らしくて、そして恐ろしいねえ……失った若さすら取り戻せるんだからね」


 女は声高に笑った。


「また会えて嬉しいよ。ピリポ……それに、私の血を受けつぐ可愛いフィン……」

「……カムラ・カユル……」


 ピリポの心の中に怒りがわき上がる。

 この女の為にどれほどの人の運命が狂った事か。

 ピリカの命を奪い、ネッカラ族の誇りを汚し、竜の女王を悲しませたその罪は重い。


「お下がり、シャーロッテ。フィンを殺す前にあたしはこの子たちに話があるからねえ」


 カムラ・カユルが命ずるとシャーロッテは大人しく引き下がり、まるで人形のようにその場から動かなくなった。


「なんて酷い事を……お前に「白薔薇」のマントを纏う資格なんかない!お前は「ネッカラの白薔薇」を汚した!私は、ネッカラの白薔薇として、誇りを汚したお前を許さない!」


 ピリポは怒りに満ちた目でカムラ・カユルを睨みつける。彼女の深紅の瞳は怒りの感情に煽られるようにさらに燃え上がるように鮮やかに赤く輝く。


「ほう……当代の白薔薇はお前だったのかい」


 カムラ・カユルは口の端をクイとあげて意味深に笑った。


「ピリポ。白薔薇の本当の由来も知らずに知った風な口を叩くんじゃないよ!ネッカラの白薔薇に選ばれた戦乙女はいわば、「ネッカラ存続のための生け贄」さ!」


 カムラ・カユルは吐き捨てるように言った。


「極寒のホロに薔薇は咲かない。「奇跡の白薔薇」の本当の意味を知れば、お前だって考えが変わるだろうよ」

「それはどういうことだ!」


 カムラ・カユルはピリポを嘲笑うかのように言った。


「白薔薇は元々汚れている。あたしらネッカラ族はユズリにもソーナにもとうに見捨てらているのさ!」

「うそだ!白薔薇は里を守り、ソーナとの大切な友好の証でもあるんだ!」


 極寒のネッカラの里において、何故か白い薔薇の咲く場所があったことはフィンも覚えている。

 本来温帯にしか育たないこの花が、なぜこの永遠の冬の地に咲いているのか不思議に思った事があったが、それはソーナとネッカラの友好の証としてソーナより贈られた特別な魔道の力を帯びた花で、その力により里を外敵より守っているのだとイナウコタイから聞いた。


「嘘なものか!代々の長老は都合の悪い事を隠している。お前の祖母(イナウコタイ)だってそうだ。酷い女だね。自分の孫娘をよりにもよって白薔薇に選ぶとはね」

「黙れ!」


 ピリポの叫びをカムラ・カユルは無視してなおも喋り続ける。


「ネッカラの白薔薇は、戦乙女の最高の称号。最も強く、最も清廉で、最も優雅な乙女にのみ与えられる名誉ある称号。白薔薇の称号を持つ乙女は、里の掟に縛られない。何をするにも自由……だけど、もうひとつの意味もある。お前はそれを知らされてない」

「……どういうことだ……」

「白薔薇の乙女はソーナ族に強力な魔道の素養を持った子を作らせる為に捧げられた国公認の娼婦なんだよ」

「……う……嘘だ……」


 ピリポの目が大きく見開かれ、フィンは両手で口を覆った。


「嘘なものか。私がソーナで受けた仕打ちをお前は知らないだろう」


 カムラ・カユルはあざ笑うように声高に笑いながらなおも続けた。


「ソーナとネッカラの混血児は潜在的魔力が高い。他の民と違い、ソーナ族とネッカラ族は竜の血が濃いからね……しかもユズリとアヴィエール……二人の竜王の血を受け継げばその血の濃度が何倍にも凝縮される。ネッカラとソーナの混血児には女児しか生まれないが、生まれた女児とソーナ人との間に出来た子供の、さらに孫の代には再びソーナの特徴を持った子が生まれる。そして、その子は紫紺の後継者の中でも最高クラスの力を持って生まれる……ソーナの支配階級は早くからそれを知ってた。そして、取引したのさ。ネッカラの長老たちとね」

「……取引……だと?」

「そうさ!最も強く、最も清廉で、最も優雅な乙女を一人、ソーナに捧げると。白薔薇のマントを纏い、国を出てソーナに入った白薔薇の乙女がどうなるか知っているかい?ソーナの支配階級の男たちに娼婦として囲われるんだ。代わりに里の周りにソーナ産の白薔薇が植えられる……北国のホロで奇跡的に咲き誇る白薔薇は魔道の結界を作り出す魔道の薔薇だ。ネッカラの里は戦乙女の力だけで守られていたのではない。白薔薇の乙女の悲しみと引き換えにしたソーナの力で守られていたんだ!」

「馬鹿な!」


 ピリポは目の前が真っ白になるような錯覚を覚えた。

 祖母に与えられた白薔薇の称号にそんな衝撃的な事実が隠されていたなんて知らなかった。

 いや、とても信じられない。カムラ・カユルは嘘をついているに違いない。

 ピリポは必死でこの話を否定しようとした。


「コノール・ホリンもその一人だった。彼の高祖母はネッカラの白薔薇の称号を持った乙女だったと彼に聞かされたとき、あたしは確信した。彼は私を愛したのではない。強い魔力の血が欲しかっただけなんだとね……」

「嘘だ……ソーナ人と私たちとの結婚はよくあることじゃないか……なんでわざわざ……そんな」

「普通のネッカラの女と普通のソーナ人じゃだめなんだ。より強い王を生み出すために、選ばれた血族というのがいくつか存在する。ホリン家や、リンド家はそういう意味ではエリート中のエリートだ。どちらも過去に多くの王を排出してきた家柄だ……フィン。お前は知らないと言わせないよ?」


 フィンは言葉に詰まった。

 ピリポの悲しそうな表情が痛かった。

 確かに過去にリンド家からは何人かの王が出ている。王にならなくとも、国家の重職に就いている者も多い。


 だが、それが意図された血統の操作であることはフィンもしらなかった。


「そんな事実を知らなかったあたしは本当にあの男を愛していた。だけど、あの人はあたしを愛してなどいなかった。強い子を生む道具に過ぎなかった。あの人の娘を生んだあたしに、別の男と引き合わせる段取りをしていたあの人の両親の話を聞いてしまったあたしは、娘を連れて逃げ出した。だけど、あたしの娘も何の因果か結局あたしの元を離れ、ソーナの男と結ばれている……その果てに生まれたのがフィン……お前さ」

「嘘だ!うそだ、うそだ、嘘だぁーっ!」


 ピリポは絶叫した。


「信じない!私はお前なんか信じない!」


 しかし、カムラ・カユルはピリポにあざ笑うように言った。


「いずれわかるさ。でも、それより前に、あたしはこの忌々しい魔道の国を潰す。あたしと同じく、強い魔力を生み出す為に犠牲にされたもう一人の復讐者とともにね……その為にはフィンには死んでもらわなきゃいけない。竜王を殺せる最強の剣を唯一制御できる鞘を取り出す為にね……ピリポ。お前がいくら最強の剣を持っていても、制御出来なきゃ意味が無い。だが、お前の女神の剣を制御できる鞘を私が持てばどうなる?お前を制御出来るのはあたし……ということになる。これがどういうことか、わかるかい?」

「くっ……」


 ピリポは悔しそうに唇を噛み締める。


「ピリポ!可哀想なシャーロッテにかけられた術はフィンを殺すまで絶対に解けないよ!絶対にね!」


 カムラ・カユルは勝ち誇ったように笑う。


 フィンはカムラ・カユルの背後で人形のように無表情に佇むシャーロッテを見た。

 大事な幼なじみを助けてあげたい。その為にこの命が必要ならばそれでもいいと思った。

 だが、今はだめだ。剣を持つピリポを制御できるのは自分だけ。このままでは大変な事になってしまう。

 どうすればいい?


 いったい、どうすれば……。


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