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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第3章 汚名
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11.「その、特別な力は……」

 ●【11.「その、特別な力は……」】


「これからどうするんだ?フィン」


 フィンは黙したままだ。ピリポの呼びかけすらまともに聴いていない様子で、ただ、手にした陶器のカップを見つめているばかりだった。


「フィン!」


 いらいらしたようにピリポが再度呼びかける。


「あっ……ごめん……」


 フィンははっと顔を上げ、申し訳なさそうにまた俯く。


「私は別に謝って欲しい訳じゃないよ」

「……うん」


 言葉はまた途切れる。


「あー!もうじれったいなあ。こういう雰囲気大嫌い」


 ピリポのあからさまな嫌悪の表情にフィンはさらに萎縮してしまう。


「ごめん……」

「だから謝らなくていいって言ったでしょ」


 さっきから何度か繰り返されているこのやりとりにピリポはいい加減うんざりしはじめていた。

「あのさ、こんなところでくよくよ考えていてもなんにもならないよ。外に出ようよ、フィン。少しは何かいい考えが浮かぶかもしれないよ?」

「でも……」


 フィンはあまり気乗りしない表情だ。


「ほら!行くよ」


 ピリポは椅子から立ち上がると強引にフィンの腕を掴み、椅子から立たせた。


「痛いってば。行くよ!行くから離してよ。ピリポ」


 フィンには気分転換が必要だ。

 フローリアのこと、そしてアデラードの事があってからというもの、フィンはずっと暗い表情で考え込んでばかり。

 彼の性格だ、おそらく自分の無力さでも責めているのだろう。

 しかし、思い悩む事でどうにかなるならとっくに問題は解決している。

 事実、何も解決して等いないのだ。フィンのようにぐずぐず考え込むぐらいなら、外に出てきれいな空気で体を満たす方がよほど健康的というもの。

 ピリポにだって焦りが無い訳ではない。

 だけど、ただ考えているだけでは何も解決しない事を彼女はよく知っていた。だからこそ、彼女は今の憔悴しきったフィンが痛々しくて見ていられない。


 外に出て、明るい日差しを浴びても、フィンの表情は晴れなかった。

 ピリポは構わぬ振りをしつつも、フィンの表情をちらちらと伺う。


「鏡湖に行ってみない?フィン。今日は天気もいいし綺麗なんじゃないかな」


 フィンは無言でうなづいただけだった。

 ピリポは心の奥底にチリッとするものを感じたが、再び爆発しそうになる感情を抑えるため、その火種を無理矢理飲み込んだ。

 今のフィンのうじうじとした態度はとてもピリポの気に障る。しかし、一緒になっていらいらしていても何も変わらないのだから。


 明るい午後の日差しの中、気まずい雰囲気のまま殆ど無言で二人は歩く。

 まるで、葬列の最後をとぼとぼと悲しみに打ちひしがれながら歩く遺族のような悲壮ささえあった。


 どうしたものか……。

 ピリポは雲一つない青空をぼんやり見つめながら考える。

 高度な魔道を自由に使いこなす事ができる、ある意味無敵の筈のこの少年が、どうしてこんなに苦悩しなければならないのか。


 竜王の特別な鱗から作られたネッカラ族とソーナ族。

 一方は無敵の力を授けられ、一方は万能の能力を与えられた。

 だが、二つの種族が歩んだ道は大きく違っていた。

 ネッカラ族は竜王を絶対的に信頼し、彼女らの女王を守る事を至上の喜びとして過ごし、ソーナ族は竜王を拒絶し、自分たちだけの力で生きて行く事を選択した。


 とても皮肉だとピリポは感じる。

 女神とすべての竜王に愛され、特別な力を与えられたソーナ族は、その力ゆえに竜王を裏切り、優しき竜の女王にのみ愛されたネッカラ族は、力において人間に勝る以外のものは与えられなかったが、彼女らの仕える女王だけにとどまらず、どの竜王も敬っている。

 ネッカラの里には全ての竜王を讃える小さな礼拝堂があることはあまり知られていないが、そこはいつも清潔に保たれ、交代で必ず一人、そこを守る者がいる。


 ネッカラの民は必ずしも竜王達の庇護を受けていた訳ではない。


 創竜の地にて、竜たちが自らの鱗を使い人間を作り出したとき、彼らは話し合ったという。

 我らが争う事がないように、各々の魔法の鱗を使って全ての竜の子である特別な人間を作ろうと。

 そこで作られたのがソーナ族だ。彼らは特別だった。


 ソーナ族は創竜の地で女神と桜翁と共に過ごした。祈りと歌に囲まれ、女神の武具を作ったのも彼らだ。

 全ての竜王たち、そして女神デーデからも彼らは愛されたという。

 だが、女神の愛した特別な娘、『祈りの歌姫』セラスとソーナ族の『祭司』であった青年コンラートの間にあの忌まわしい事件が起こり、全ては変わった。


 女神は武具とともに姿を隠し、セラスとコンラートは引き裂かれた。

 絶望したセラスは自らの命を絶ち、彼女の死によって楽園とまで讃えられた美しい創竜の地は不毛の地と変わり果てた。

 セラスを失ったコンラートは女神に記憶の消去を許されぬ永遠の呪いをかけられ、全ての記憶を持ったまま転生を繰り返し、この世界が終わるまでの記録を記し続ける『記録者』として生き続けるという厳罰が与えられた。

 二人の魂は永遠に出会えない。お互いがお互いを追って永遠の転生を繰り返している。


 ただ一人の女竜であるユズリは特にこの出来事に胸を痛めたという。

 彼女は自らの領地で考えた。私なら自分の愛する子にこんなつらい思いはさせない。

 私だけの、私の為だけに生きる子らを作ろう。そして、私も彼らを愛そう。

 ユズリは自分の指先の一番透明で白い鱗から僅かな民を作った。これがネッカラ族のはじまりだ。


 ネッカラの民は神話としてこの話を代々受け継いできた。

 もちろん、この話はネッカラの門外不出の話。口述だけで伝えられる秘話だ。


 祖母からこの話を聴かされたとき、ピリポはよく思ったものだ。

 ユズリ様だけが私たちを愛してくれるのだと。

 だから他の竜王たちなどどうなっても気にしない。

 ずっとそう思っていた。


 ネッカラ族はその出自もあってかもともと排他的な種族だ。当然の感情だった。

 だけど、今はユズリではない他の竜王の為に尽力しようとしている自分がいる。

 自らの領地の民、ソーナ族から見放されたあの優しい目をした竜王の為に。


 ピリポはアデラードに初めて出会った時から、彼の眼差しの優しさに心を惹かれていた。

 魔力のさなぎとなったフィンを守り、助けてくれた。落ち込み、不安になったピリポに優しく接してくれた。


 フローリアを救えなかった時の壊れそうな彼の表情が忘れられない。

 あの優しい人をこれ以上悲しませたくなかった。

 自分とフィンにはきっとアデラードとソーナを救う力がある。だけど、その力はどうすれば発揮出来るのかがわからない。そしてそれがピリポの心をいらだたせていた。


「鏡湖についたよ。ピリポ」


 フィンの声でピリポはふと我にかえる。

 いつのまにか鏡湖に到着していた。


 波一つたたない磨かれた鏡のような湖面。

 遠くに竜巫女の館のある浮き島が見える。しかし、浮き島の主はもういない。そこには次の主を待つ無人の館があるだけだ。

 どんな季節でも常に花を咲かせていた、美しい桜翁の樹はフローリアの死後から一切花を咲かせなくなった。

 今は青々とした緑の葉を茂らせているだけだ。

 草の香りを含んだ爽やかな風がピリポの純白の髪を微かに揺らす。

 二人は草の上に腰をおろし、無言で鏡湖を見つめていた。


「……ピリポ」


 暫くの沈黙のあと、フィンがようやく口を開いた。


「何?」

「……魔道ってなんなんだろうね……」

「えっ?」

「僕の力は……ううん……ソーナ族の力はなんのためにあるんだろう?」


 フィンの視線は湖面に向けられたままでピリポの方には向いていない。

 これはフィン自身に対する問い掛けでもあるのだろう。


「フィンはなんだと思うの?」

「……実は、僕にもよくわからないんだ……」


 今にも泣き出しそうな表情で、フィンはピリポをじっと見つめた。


「僕は、生まれてからずっと魔道をあたりまえに使っていた。使えて当然だと思ってたし、疑問にも思わなかった。だから自分たちになぜそんな力が与えられているのかなんて考えた事もなかった」

「……うん」

「だけど、もしそれが誰かの為に……誰かを守る為に与えられたものだとしたら、僕は今のソーナは間違っていると思う。僕はやっぱりラドリアス陛下の考えには賛同出来ない」

「……うん……」


 ピリポは相づちだけを打つ。

 彼はピリポに問いかけ、話す事によって自分自身と対話しているのだ。余計な意見を述べて邪魔をしてはいけない。ピリポはそう思った。


「僕の魂の中にある力は、きっと何かを変える為に僕に与えられたものだと思う」

「うん」

「だから、僕はそれをなんとかしてうまく生かしたい……その為に、もしも僕の魔道が邪魔になるなら、僕はこの力を……魔道の力を全部無くしたっていい……だけど、わからないんだ……その方法が」


 フィンは今、とても大事な決断をした。

 彼の心はもう決まっている。そして、それはおそらく……。

 ピリポはフィンの手をそっと握った。


「大丈夫。二人一緒ならなんとかなるよ」

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