24.「悪い報せ」
●【24.「悪い報せ」】
ホロを出て数日。
ミヅキを経由し、ソーナが近づいてくるにつれ、雪景色は消え緑豊かな森や林が広がってゆく。
ピリポは生まれて初めて見る雪景色以外の風景にすっかり魅了されていた。
「少し暑くないか?フィン」
ピリポは身に纏っていた厚手のマント類をすっかり脱いでしまい、肌の露出が増えた格好になっていた。
「そんなに暑くないよ。というか、むしろ普通に快適な気温だけど」
「そんなことはない。この暑さは異常だ」
実際ピリポは額から汗を滲ませていた。
ただでさえネッカラ族のピリポの姿は目立つ。
純白の髪と鮮やかな赤い瞳を持つ少女が、両腕が肩から露出した薄手の着物一枚と、長いスカートを膝までたくし上げた姿で馬に乗っているのだ、街道を往く旅人たちは皆、物珍しげに好奇の視線を投げかけていくのは当然といえば当然だった。
「極寒の地に体が対応しているネッカラの民にはミヅキの穏やかな気候でも暑いんだね」
「ソーナはここよりさらに暑いのか?」
うんざりしたような顔で聞くピリポにフィンは笑って言った。
「大丈夫。ここと気温はおなじくらいだから」
「……そうか」
そしてピリポは馬の背に揺られながらぼんやりした声で言った。
「ああ……この馬って乗り物は物凄く乗り心地が悪い……やっぱり私は乗るならユクルがいいなあ……」
北国の動物であるユクルはホロより南の街では生きていけない。従って彼らはここより先は馬に乗ることになった。
今まで育ててきた大切なユクルをどうしても手放したくないと嫌がるピリポを宥め、フィンはホロに入る時に世話になったベカンベーの街の案内人、チニのところへ行った。
残念だが馬を手に入れるにはユクルを売らねばならない。
どうせ売らねばならないのなら、せめてあの心優しい案内人の男なら大事にしてくれるのではないかとフィンは考えたのだった。
久しぶりに合うチニはフィンのことをちゃんと覚えていた。
「坊ちゃんのことはとても印象に残ったからね。おいら、よく覚えてたのさ」
チニはそう言った。
フィンは事情を話し、チニにピリポを逢わせた。
本物のネッカラの戦乙女を見て、チニはまるで女神でも見るかのように感動していた。
「ユクルは売らなくてええ。おいらが大事に預かってやるよ。馬も坊ちゃんたちに貸してやるさ。ホロでは馬は主要な乗り物じゃねえ。どちらかといえば食用にしかなんねえからな」
チニは相変わらず豪快に笑いながらフィンたちにそう言った。
そういえば、ユズリカムサで宿をとったとき、名物料理として馬肉と香草の煮込み料理が出た。
しかし、あれは酷く不味かった。
フィンは馬肉と香草の煮込みの不味さを思い出して嫌な気分になった。
「その代わり、案内人の仕事の時にこのユクルたちを貸しておくれ。たまにはノカを休ませてやりたいからな」
「いいよ。どうか大事にして欲しい」
沈んだ表情だったピリポがそれを聞いて元気になった。
「ネッカラの戦乙女からの預かりものだ、大切に扱うよ」
「ありがとう」
かくして馬を手に入れた二人はベカンベーを後にし、トトを経由してミヅキに入った。
ミヅキはソーナほどではないが、とても小さな国で、北方のトト、そしてソーナの首都ゾーラから徒歩で半日も離れていないアヴェリア、南の方にジャラクとペタという小さな町がある、縦に長い国だった。
ミヅキに入ってからは気温がぐんとあがり、それに比例するかのようにピリポは軽装になり肌の露出が増えてきた。
このまま南に進めばピリポのことだ、裸で馬に乗りかねない。
「フィン……暑くて日中は進みたくない……移動は夜にして昼は休まないか?」
ついにピリポが無茶なことを言い始めた。
「そういうわけにはいかないよ。早くソーナに戻って桜翁様に逢わなきゃいけないのに」
「だって……こう暑いと体力が奪われてもたない……」
ピリポは酷く不満そうだ。
たんなる我侭とは違い、彼女の場合、本当に体力的にきつそうだった。
ピリポはついに馬を降りて、ふらふらしながら街道脇の木陰に入っていくと、その場にぐったりと倒れこんでしまう。
慣れぬ土地の環境と機構は、彼女に大きなダメージをあたえていたのだとフィンは今更になって気付いた。
「どうしよう……困ったなあ」
フィンが弱り果てていたその時、街道をソーナ方面から歩いてきた一人の中年の女性が近づいてきて、フィンに声をかけた。
真っ白のローブを着て、黄金の木の葉のブローチをしている。
治療術士団の術士だ。
「どうかしたの?何か困っているようだけど」
「連れがこちらの気温に耐えられなくて動けなくなっちゃったんです」
「あら……それは大変。ちょっとみてあげましょう」
白のローブの女性はぐったりしたピリポの姿を見て驚いていたが、ピリポの額に手をあてたり、汗の量を見てすぐに治療術士らしい判断をしたようだ。
「この子……ネッカラの民ね……酷く衰弱してる。体に熱もあるわ。早く冷やしてあげないと」
「あっ……はい」
フィンはおどおどするばかりだ。
「ネッカラの娘がなぜこんなところにいるのかわからないけど、彼女を元気にしてあげるならそうね……彼女の周りに常に冷たい空気を纏わせておく術をかけてあげればいいと思うけど……」
「あっ!そうか……だったら、『北風』の術を使えばいいんですね。それなら僕にもできます。ありがとうございます!」
しかし、治療術士の女性は苦笑しながら言った。
「あなた魔道学院の生徒でしょう?こういう時の対処法は習っているはずよ?」
フィンの着ているローブと黄金の木の葉のブローチを見て、魔道学院の生徒だと判断したらしい。
「対処……ええっと……はい……すみません」
ホロに入ってから殆ど魔道らしい魔道を使っていなかったフィンは、自分が様々な魔道を使える身であることをすっかり忘れていた。
「単に『北風』を使うだけじゃだめよ。常に自然にこの子の回りに冷たい空気を纏わせておかなきゃいけない……私がやってみるからよく見て勉強なさいね」
治療術士は短い詠唱をしながらピリポの全身を撫でるように手を翳した。
「……そうか……『冷涼な空気』か……勉強になるなあ……」
フィンは感心しながら女性の処置をじっと見ていた。
「あなた魔道学院の生徒なら、そろそろマスター試験じゃないの?」
「え……ええ」
フィンは少しどきりとする。
それどころじゃない状況になっている。だが、もし、普通にこの状態で試験が行われたら確実に落第しそうだ。
「あの……僕、先生に言われて試験の為の勉強でホロに行ってたんです。今は帰宅の途中で……あの、今ソーナはどうなってますか?僕、一年近くも留守にしてたから……」
「そうねえ……」
白いローブの治療術士は少し困った顔をした。
「ちょっと大変なことになってるわ。ラドリアス王が竜王教との決別宣言を出して竜巫女が囚われたり、竜王神殿が閉鎖されたり……まあ、王宮は騒がしいけど私たち一般の民にはあまり関係ないわね。竜王教がなくなってもあまり変わりはないし……」
「えっ!」
フィンの表情が一瞬にして変わった。
「……竜巫女……フローリア姉さんが……まさか……」
シャーロッテの姉、当代の竜巫女フローリア。
囚われてるってどういうことだ?
フィンの心臓が早鐘を打ち始める。
「どうかしたの?大丈夫?」
治療術士の声も殆ど耳に入らない。
━━━━━━━ フィンは愕然とした表情のまま、その場に立ち尽くしていた。




