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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第3章 汚名
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1.「魔道の都」

 ●【1.「魔道の都」】


「ちょっとあなた、大丈夫?顔色が真っ青よ」


 白いローブの治療術士に言われ、フィンははっと我にかえった。


「あ……だ……大丈夫です」

「あまり大丈夫じゃなさそうだけど」

「いえ、本当に平気です」


 しかし、治療術士はフィンの精神的な動揺をすっかり見抜いていた。


「訳はきかないけど……その状態は心にも体にもあまりよくないわ。とりあえずこれを口の中に含ませておきなさい。心が落ち着くから」


 彼女は懐から乾燥した銀薄荷の葉を出すと、フィンに手渡した。

 銀薄荷草は煮出してお茶にするのが一般的だが、夏の日差しで数週間かけてからからに乾燥させれば爽快感のある嗜好品となる。

 気分の優れないときや、いらいらしたときなどに精神を落ち着かせる作用もある。

 即効性があるため、馬車酔いや船酔いの特効薬にもなる。


「ありがとうございます。いただきます」


 フィンは銀薄荷の葉をその場で口に含んだ。

 少し刺激を伴った爽やかな味は、動揺したフィンの心を少し落ち着かせるのには充分だった。


「では、私はこれで。気をつけていくんですよ」


 治療術士はフィンに軽く会釈をするとミヅキの方向へと歩いていった。


「ありがとうございました」


 フィンは頭を深く下げ、彼女の姿が見えなくなるまで見送った。



「……う……ん……」


 ピリポがまだぼーっとした顔で起き上がってきた。


「……なんだか、涼しくなって体も楽になった……なんでだろう?」


 どうやら彼女は処置の間眠り込んでいたらしい。


「ごめんねピリポ。僕、ちゃんと気付いてやれなかった。でも、もう大丈夫。暖かい土地でも対応できるように処置してもらったから」


 フィンはピリポに謝った。


「いいよ。私も我慢してたんだし……楽になる方法があるんならもっと早くフィンに言えばよかったな」

「うん……」

「どうしたんだ?フィン。なんだか顔色があんまりよくないみたいだけど」


 ピリポはフィンの様子が変なことに気付いていた。


「あ……いや、大丈夫だ。僕も長旅で少し疲れただけだ。もう、平気だから先を急ごう」


 フィンは苦笑しながら首を横に振った。


「そうか。だったらいいけど」


 今、ここで不安になっていてもどうしようもない。

 一刻も早くソーナに戻って、状況を把握することが先だ。


「さあ、行こう」

「ああ」


 二人はまた、街道をソーナに向かって進んでいった。







「すごい……ここが魔道の国ソーナ……フィンの国か……」


 ソーナの街門をくぐりぬけ、街に入ったピリポは感嘆の溜息をついた。

 そこはピリポにとって、珍しいものばかりだった。


「これはなんだ?」


 ピリポは井戸の側で回りつづけている巨大な水車を指差す。


「水を汲む水車だよ」

「勝手に回ってるぞ?誰が動かしているんだ?」

「魔道の力だよ」

「へえ……こんなのがうちの里にもあればいいのに……」


 魔道力で動いている水車をピリポは羨ましそうに見ていたが、すぐに別のものを指差す。


「あれはなんだ?馬が引いているわけでもないのに、勝手に荷車が動いている」


 ピリポが指差したのは、沢山の荷物を積んだ荷車だった。


「あれも魔道力で動いてる」

「すごいんだな……魔道の力って」


 ピリポは素直に感心していた。


「あまりきょろきょろしないほうがいいよ。それでなくてもピリポは目立つんだから」

「わかってるよ」


 すれ違うソーナ人たちは、ピリポを物珍しそうに見る。


 魔道の都、ソーナ。

 それはピリポにとって憧れの場所でもあった。


 幼い頃、祖母から聞かされた昔話。

 そこに登場する魔道の国ソーナは、幼いピリポの憧れと興味をいつもかきたてていた。

 神話の時代、竜王に近い者として、ソーナ族とネッカラ族は近い間柄にあった。

 他とは違う力を与えられたふたつの種族が進んだ運命はあまりにも違っていた。

 他にはない強く気高い力を与えられながらも、竜の女王の領地である北の地を離れず、必要な時以外は与えられた力を使うこともなくただひたすらに竜の女王を護り、密かにつつましく暮らしたネッカラ族。


 対して、創竜の地を出て海を渡り、水の竜王に仕えながらも、その力を生かしつつ、小さいながらも他の国に負けないほどの国家を築きあげたソーナ族。


 同じ竜王に仕える者の末裔でありながら、対照的なふたつの種族。

 それが、幼いピリポの心に、抗いがたい不思議な魅力を植え付けた。


 そして今、その憧れの魔道の国に彼女はいた。


「なあ、フィン」

「なんだい?」

「この国は……凄い国だね」


 ピリポがぽつんとそう言った。


「凄いって何が?」

「魔道の力のおかげで、楽園みたいだ。この国では、魔道の力で人々は苦しい労働をすることもなく、病気も飢えもないんだろう?」

「そういうわけでもないよ」

「でも……」


 ピリポがふと、つぶやいた。


「……この国は確かに凄いんだけど……なんだか私の想像と少し違う気がする」

「ピリポにはどう見えるの?」


 フィンのその質問に、ピリポの言葉が詰まる。


「うまくは言えないけど……でも、何かちょっと違和感があるんだ」


 ピリポのこの素直な感想に、フィンは複雑な気分になる。


 この国は楽園なんかじゃない。

 実力主義のこの国は、魔道力の強くない者にとってはとても住み難い国だ。

 確かに魔道力があれば、大抵の病は癒されるし、食料に困ることもない。

 だが、それは逆に言えば、魔道力の薄い者はなにもできないということだ。何をするにも魔道が必要なこの国では、魔道力が薄いほど不利になる。

 魔道力が薄い者にはろくな仕事は与えられない。

 最悪の場合は生活費を得られず、食費に困ることすらあるのだ。


 しかし、悲しいかな生まれつき決められた魔道力は、努力でどうにかなるものではないのだ。


 ホロに行くまではフィン自身も、自分のあまりの不甲斐なさに居心地の悪さを感じていた。

 幸運にもスペルマスターとして生まれたフィンは、魔道力の不足に悩むことはなかったが、その力を制御できないことがとてもつらかった。

 いくら魔道力の大きい者が有利であっても、制御することができなければ使えないのもおなじこと。

 ヘタをすれば水汲みひとつ満足にできないのだ。


「フィンの国を悪く言うつもりはまったくないんだけど……私は、なんだかあまりここは居心地がよくないな……」


 ピリポはそう言ってからちらりとフィンの方を伺う。


「あ……もしかして、気を悪くしたらごめん。あくまでもこれは私の第一印象だから……ほら、まだ着いたばかりでよくわからないし……」


 慌てて取り繕うピリポにフィンは笑いかける。


「別に気なんか悪くしてないよ。僕自身もあまり居心地いいとは言えない国だから」

「……そう……なのか?」


 ピリポが驚いたような顔をする。


「うん。でも、だからといって僕は自分の国が嫌いなわけじゃない……ただ、今の王になってからは実力主義がより一層強くなった気はするけどさ……」

「そうか……」

「うん」


 ピリポはばつがわるくなって俯いてしまう。

 想像していた魔道の国は自分の思い描いたような場所ではないらしかった。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 ピリポ自身の勝手な思い込みなど取るに足らないことだ。しかし、ピリポが気になったのはフィンの表情の暗さだった。

 あきらかにここしばらくのフィンの様子はおかしかった。


「あ……のさ」


 ピリポが何か言いかけたとき、フィンはピリポの手を引いて言った。


「さあ。とにかく急ごう。桜翁様のところへ」

「うん」


 ピリポは敢えてそれ以上言葉を発するのをやめた。

 そして、黙ってフィンの後に従うことにした。

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