第七章 魔界の空にて
亮が寝ようと目を閉じる寸前に小窓から広がる魔界の満天の星空を見た。亮は寝るのを忘れてその眺めをじっと見つめていた。見ると見るほど亮の中にある一つの欲望が大きくなっていった。
〔この空を自由に飛び回ってみたい。〕
という欲望が…
だが、この魔界ではドラゴンはただの魔物。竜界のようにむやみにドラゴンでいると人間に狩られてしまう。
そのくらいは、亮にも常識として身に付いていた。
だが、亮は自分の欲望を抑えることが出来ず決心をし空間移転で寮のロビーに移転し、寮を飛び出した。外は夜中と言うこともあって人気が少ない。
亮は走って学校敷地内の森に入った。この森は剣術の訓練やサバイバルなどに使われているらしいが、暗い森には人の臭いがしない。亮は人の有無を確かめると、夜空を見上げながら竜化した。
亮は人目に付かないよう一気に急上昇をしてある程度の高度に行き着くと魔界の満天の夜空を自由に飛び回った。
〔これが魔界の空か〜。なんて気持ちいいのだろう!〕
初めは辺りに雲が見当たらなかったので人に見つかるのを恐れたがよく考えてみると、もし見つかったとしても自分以外にこんな高空を飛べる人間なんていないだろうと高を括っていた。
亮は喜びながら満天の夜空の丸い月に対して体に溜まった竜の力をブレスとして思いっきり吐き出した。それは亮が吐いたブレスの中で今までにないほど大きく、また美しい紅蓮[グレン]の炎だった。
だが、このブレスが亮に災厄を招くのであった。
〜〜寮、スヒルの部屋〜〜
スヒルは部屋に入ると荷物を片付け、それから学食で晩ご飯を済ましバルコニーで夜空を眺めながらギルドの任務依頼書を片付けていた。
「ドラゴン退治か〜」
スヒルが声に出したものは依頼書のことだ。
最近ラウス近郊でドラゴンが暴れるので退治して欲しいというものである。
これはSランク級の依頼なのだがどういう訳かSSSランクのスヒルに回ってきた。
スヒルは自分が低く見られていると思い、俯いて溜め息を吐いた。
そして月を見上げたその刹那、月を紅蓮の巨大な炎が覆ったのである。
〔!!!〕
その時スヒルはハッとして目を魔力で強化しその炎の元を見た。
亮が目を凝らすと月光の影に竜のシルエットが浮かんだ。
「なっ!?」
〔何でこんなところにドラゴンがいるんだ!?
ここは首都ラウスの真上だぞ!
さては見張りの奴らサボってたな!〕
スヒルはそう思ったが実際は違った。ちゃんと城の外壁に配備された見張りはしっかりと空を睨んでいた。
だが、見張りが見ていたのは城の外。城の内側を見ようとした兵は誰ひとりしていなかったのである。
つまり、元々城の内側にいた魔物なんて察知できなかったのだ。
スヒルはただ呆然と立っていたが、スヒルはこの竜の発見が自分にとって幸運だと思った。なぜなら、自分が今みている竜がラウス近郊で荒らす竜だと判断したからだ。
〔よし、探す手間が省けたな。
それじゃあ、殺[ヤ]るか。〕
スヒルは素早く戦闘用の服装に着替え、風魔法で背中に紺色の翼を生やしバルコニーから外に飛び出した。
この時、スヒルはこの任務がすぐに終わると確信していた。
スヒルにとって一頭の竜など敵ではないのだから…
亮は思いっきりブレスを吐いた後も空中浮遊を楽しんでいた。
だが、
シュン
〔おっと!〕
突如、亮の下方から雷が飛んできた。
亮はそれをギリギリのところで交わし、雷が飛んできた方向を睨みつけた。すると亮の50m程下方に紺色の翼を纏った人間…いや、よく見るとスヒルがいた。
〔何でこんな所に…。さっきのブレスはまずかったか。〕
亮がそんなこと思っているうちにスヒルは近づきながら次々と雷を放ってくる。だが、亮はジョゾから教わった回避術で最小限の動きでそれらを回避していった。
スヒルとの距離が縮まるとスヒルは、腰に据え付けていた二本の双剣を左右の手に持ち、亮に切りかかってきた。
「フン」
「グルァァァァァァ」
ガキン!
亮はとっさに自分の爪でスヒルの攻撃を防御した。
それからスヒルは双剣で何度も切りかかってくるが亮はそれをすべて爪で防御するだけだった。
〔こいつ…、強い。少なくとも俺が今まで闘った何よりも強い。
しかし、妙だ。
ドラゴンは好戦的な魔物のはず。それなのにこいつ、守るだけだ。
しかもこの感じ…、似ている。〕
スヒルはドラゴンとやり合っているうちに敵に違和感を感じ始めていた。
「カマイタチ!」
スヒルは素早く剣を振ると風音が聞こえ、それが亮に迫っていた。亮は身の危険を感じ爪を構えたが数秒後、亮は爪に何かが当たるのを感じると同時に体中に痛みが走った。見ると身体の至る所から、青い血が流れ出ている。
幸い急所は外れたようだ。
だが、
「止めだ。フリザード!」
スヒルはそう唱えると辺りに雪あらしが発生し、それが竜巻となって亮に襲い掛かって来た。
〔まずい。炎壁!〕
亮は口から炎を吹き、その炎は亮の身体を包み込み雪あらしから亮の身を守った。
雪あらしが収まり、亮が炎壁を解き前を見ると、さっきまでいた場所にスヒルがいない。
その時、
「はぁっ!」
スヒルが声をあげながら、亮の直上から二本の双剣を亮の首もとに突き刺そうとしていた。
スヒルは亮が炎壁を使っている間、視界が塞がれるのを利用し奇襲をするのにちょうど良い亮の後方直上に移動していたのである。
しかし、スヒルは完璧な不意打ちになると思っていたのだが実際は違った。亮は最初からスヒルを見失っていなかったのだ。亮が炎壁を使ってから、鋭い嗅覚と聴覚を駆使してスヒルの動きを読んでいた。
亮はスヒルが双剣を振りかざそうとしていた時、亮は後ろを見ずにそれをかわした。
それがスヒルが亮に背を向けるという結果になった。相手に背を向けるということは敗北を意味する。
亮はあらかじめ準備していたファイアボールをスヒルに向け放った。
「う……」
スヒルが体勢を整えた時には亮のファイアボールは目の前にあった。スヒルは自らの死を覚悟し、目を瞑った。
その時スヒルの頭の中で低い声がした。
「許せ」
と……。
スヒルはその言葉を聞くと意識を手放した。
「ここは…」
スヒルが目を覚ますと自分はベッドに寝かされていた。始めは視野がぼんやりしていたが時間が経つにつれはっきりしてきた。周りを見渡すと、ベッドの脇にある小机、白いカーテンそして、消毒液の臭い、そうここは学校の医務室だ。
〔そういえば、あの時ドラゴンの攻撃を受けて…、何で生きているんだ?確かにあれは直撃したはず。当たっていなくてもあの高さから落ちたら普通は死ぬはずだが…。〕
スヒルは自分が生きていることに混乱した。
コンコン
その時、医務室の扉が開いてミリー、ノベス、ルルそして亮が入ってきた。
「あっ、スヒル起きてた。」
ミリーが満面の笑みを浮かべて言った。
「昨日はどうしてあんなところで寝ていたんだよ。意外にお前も俺より馬鹿なことするんだな。」
ノベスが笑いながら言った。
「あんなところ?寝ていた?」
スヒルはますます混乱した。
「どうしだの?もしかして覚えてないの?」
いつもは冷静沈着なスヒルが混乱しているのを見てルルは尋ねた。
「ああ、覚えていない。
覚えている事と言ったら昨夜、ドラゴンと闘って負けたくらいだ。それが本当なら俺は今ここにはいないはずなんだが…」
スヒルが言うと、それまで俯いていた亮が僅かに反応した。スヒルはその反応を見逃さなかった。
「スヒルがドラゴンなんかに負ける訳ないじゃん。悪い夢でも見てたんじゃないの?」
ミリーが笑いながら言った。
「そうかもな」
スヒルは微笑し答えた。
「さあ、授業もあるし行きましょ。
スヒル、授業出れる?大丈夫なら授業に出てもいいって医務の先生が言ってたんだけど。」
ルルが心配して言った。
「ああ、大丈夫だ。授業にも出よう。」
スヒルはそう言って、ベッドから抜け出し自分の持ち物を確認して、5人一緒に医務室を出た。