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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六話 そうもく もえいずる
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草木萌動その三 厳左対与太郎

方々(かたがた)、何を驚かれておる。簡単な話ではないか」


 厳左は上座に座り直すと、穏やかに話を始めました。


「雁四郎の申す通り、戦国の世の城郭に比すれば劣るとはいえ、警護の番方に気付かれずに塀を乗り越え屋敷に入り込むのは、容易に出来ることではない。しかし、城内に手引きする者が居れば話は別。塀の戸口の錠を開け、奥御殿の心張り棒を外し、人の居らぬ時を見計らって中に招き入れれば、控えの間にも女中部屋にも、誰にも気付かれずに侵入出来よう。仕置き部屋の錠を外して逃がし、また錠を掛けておくことなど赤子の手を捻るより容易なこと。そうではないか」

「お福が手引きをしたと言うのか!」


 恵姫は憤然として立ち上がりました。お福を罪人に仕立て上げようとする厳左に、怒りすら覚えたのです。


「他に誰が居ると申される。与太郎が現れた場所はどちらもお福の居る場所。しかもお福はこの城に来てまだ一月ひとつき、最も怪しい人物であろう」

「怪しいだけでお福と決めつけるのか。それは言い掛かりじゃ」

「ならば、他の女中が手引きしたとお考えか。あるいは、奥御殿の者の手引きなしに曲者が侵入し、かつ抜け出したとお考えか。姫様、お答えくだされ」

「う、そ、それは……だから、与太郎は忍術を……」


 厳左が呆れた顔をしました。それが恵姫の単なる思い付きであることはとっくに分かっていたのです。


「姫様、黒ずくめの装束だけで忍者と考えるのは、それこそ言い掛かりに過ぎる。あのように不甲斐ない男が忍者であるはずがない。持ち物を改めたところ出て来たのは、折り畳んだ布、塵紙、白紙の綴じ本だけ。忍具もなしにどのように忍び込み、どのように抜け出したと言われるのか」


 恵姫は答えられませんでした。それは前回、もぬけの殻になった仕置き部屋を前にして、城内の誰かが力を貸したのではないかとの疑惑を、今の厳左同様恵姫自身も抱いたからでした。


「いかがされた、姫様」


 返答を促す厳左。恵姫は迷いながら、絞り出すような低い声で言いました。


「方法は……分からぬ。だが、たとえ手引きした者がいたとしても、それはお福ではない」

「調べれば分かること」


 厳左はにやりと笑うと、大声で命じました。


「お福に縄を打て。牢に入れて自白させる」


 それはまるで自分に言い渡された沙汰のように恵姫には聞こえました。気付かぬうちに厳左の袖を掴み、恵姫は絶叫していました。


「やめよ、お福は被害者なのじゃぞ。お福に縄を打つのはやめよ」

「いかに姫様のめいとあってもこれだけは聞けぬ。それ、何を致しておる。さっさとお福を縛れ」

「お福、首を横に振れ。紙に違うと書け。そなたはやってはおらぬ!」


 しかし、お福は動きませんでした。動けなかったのです。ただ体を丸め額を畳に擦り付け体を震わせていること、それが今のお福にできる精一杯なのでした


「見よ。お福は否定しようとはせぬ。観念した証拠だ」

「厳左を恐れて動けぬのじゃ。逆らうのが恐いのじゃ。誰が何と言おうとお福はやってはおらぬ」


 末席の捕り方が二名、お福に近付くと縄を掛けようとしました。


「そんなことはさせぬ!」


 上座から降り、やめさせようとする恵姫。しかし、その体はすぐさま厳左によって背後から羽交い絞めにされました。手足をばたばたさせて抵抗する恵姫に、厳左は脅しを掛けるように言いました。


「姫様、我儘も大概にされよ。この厳左、気の長い方ではござらぬ。如何に姫様とて容赦はせぬぞ」

「その手を離せ、厳左。わらわを放せ。お福に触るな。やめよ、お福を縛るな!」

「いい加減にしてください!」


 一瞬、大書院が静まり返りました。これまでずっと沈黙を通し、成り行きを見守っていただけの与太郎が声をあげたのでした。今は、猿轡は外され目隠しもされてはいませんが、両手は後ろで縛られています。


「さっきから黙って聞いていれば、みんな言いたい放題、やりたい放題。今回の番組のテーマは一体何なのですか。いくらお芝居だからってこれはやり過ぎでしょう。可哀想に、お福さん、震えて泣いているじゃないですか。女の子をいじめるのが今回の番組の目的ですか。前回だって僕は散々恥ずかしい目に遭わされたし。こんな番組を放送したら、間違いなくBPOから勧告が来ますよ」


 厳左も恵姫も、そして大書院に居る誰もが言葉をなくしてしまいました。与太郎の喋っている内容がほとんど理解出来なかったからです。厳左の腕から力が抜けました。


「うぉっほん。よろしい。お福の件は後に回し与太郎の吟味に移る。縄を掛けるのはひとまずやめい。お福も下がれ。姫様、これでよろしいな」

「う、うむ」


 自由になった恵姫は元の上座に戻りました。恐怖の為に動けなくなっているお福は、磯島と雁四郎の手を借りて元の場所に戻りました。


「では、曲者、そちに訊く。名は与太郎。年は十八。生国は志麻。寺子屋通い。これに相違ないな」

「あ、はい、そうです……やれやれまたお芝居か」


 不満そうに答える与太郎。この場の騒ぎが一応収まったので、大人しく演技を始めたようです。


「余計な事は言わんでよい。与太郎、下調べでは忍び込んだ目的と方法を訊かれても、己は存ぜぬ、己は知らぬ、他人がやったとシラを切り通していたようだが、そのような態度のままでは重罪もありうるぞ。素直に吐いたらどうだ」

「そうじゃ、与太郎。お福はまったく関係ない、全部己一人でやったのだと正直に言うのじゃ」


 横から口を挟む恵姫を睨み付けておいて、厳左は再び問い詰めます。


「そもそもその装束は何だ。異人の着物に似ておるが、何故そのように黒一色なのだ」

「だから言ってるじゃないですか。これは高校の制服ですよ。これから私大の合格発表を見に行って、帰りに高校に寄って報告するから制服にしたんです。もう、発表の時間、とっくに過ぎちゃってるよ。とっとと終わらせて早く帰してください」


 厳左はむっとした顔になりました。与太郎の言葉のほとんどを理解出来なかったからです。募ってくるイライラを抑えながら、厳左は言いました。


「与太郎、分かるように申せ。そちの言葉はほとんど分からぬ。そもそもそれは日本の言葉か。異人の言葉ではないのか」


 今度は与太郎がむっとした顔になりました。


「それなら台本を下さいよ。いきなりこんな所に連れて来て、アドリブで演技しろって言われても出来るわけがないでしょう。一体、僕にどうしろって言うんですか。こんな茶番に二度も付き合うほど、僕は暇じゃないんです」

「茶番!、この大書院での吟味を茶番と申すのか」

「大書院って、こんなのどうせ安いベニヤで作ったハリボテのセットでしょう。ひと暴れしたらすぐに壊れるんじゃないですか」

「我が城を愚弄するのか。ここは表御殿でも最も格式の高い大書院であるぞ」


 厳左の声に怒りが籠っています。かみ合わない言葉のやり取りに不満が溜まっているのでしょう。


『このまま二人だけで話し合わせるのはまずいのう』


 そう感じた恵姫は、与太郎に向かって、殊更穏やかな声で話し掛けました。


「これ、与太郎。お主の置かれた立場をよく考えてみるがよいぞ。ひとつひとつの受け答えによって今後の処遇が決まるのじゃ。もっとよく考えて物申した方がお主の為じゃぞ」


 与太郎が口元で笑いました。姫と言っても自分より年下、厳左よりもくみし易い相手、そう考えたようです。前回、恥ずかしい目に遭わされた仇をここで討ってやる、与太郎は密かにそんな事を考えていました。



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