婚約者は交代だといわれたわたしは世界でただひとりの魔法使いになって楽しく生きる
相生、勝手に秋の短編祭り2作品目
[週間]異世界転生/転移〔恋愛〕 - 短編ランキング1位(11/12〜11/15)
キンバリー公爵令嬢であるカティアが王妃教育として王妃に呼び出された後におこなわれるサロンでのお茶会。
クレタバ王太子はカティアの妹のケイトの華やかな笑顔に目を奪われている。
婚約者であるカティアではなく、だ。
意味がわからない。
カティアの席はない。
意味がわからないのも2回目だ。
どうしたものかとカティアが考えていると、クレタバがカティアを振り返った。
「カティア。君は王妃教育を完ぺきにこなした。だが、それだけだ。私は君を愛せそうにない」
だから何なのだろうかとカティアは首をかしげ、王妃になるのに愛は必要なのかを確認するべきか、少しだけ迷った。
カティアが何か問いかける前に、さらにクレタバは冷たく言い放った。
「君は王族としての義務をいつも優先する。俺の心を癒やしそうとしたことはなかった。そこが君とケイトのちがいだ」
「お姉様、ごめんなさい。でも、クレタバ様は私がいないと……」
そういってケイトは泣き真似をする。
カティアが思ったのは言葉を濁さずに最後までちゃんといえばいいのに、ということだった。
カティアはまじめに努力している。
王妃としてこの国を支えていくためにはそれだけ学ばなければならないからだ。
「……それで、殿下はどうなさるおつもりでしょうか」
「婚約者を君からケイトに変更する。どちらにせよキンバリー家の令嬢であることに変わりはないからな」
予想通りの答えを聞いて、カティアはため息をこらえた。
「……帰って父に確認します」
そうして帰宅し、カティアはクレタバの言葉を父であるキンバリー公爵に伝えた。
「お前の婚約者としての地位は、ケイトに譲る。お前は準備が済み次第修道院に入り、ケイトの邪魔をするな」
カティアに告げられたのは、父の冷酷な決定だった。それはカティアが予想していたものとはちがっていた。
カティアの努力を父は認めていると思っていたのだ。裏切られたように感じても無理はない。
その夜、自室で泣き崩れたカティアは、激しい頭痛と共に前世の記憶を思い出す。
「――クソみたいな人生じゃない。嘘でしょう? こんな世界、もうどうでもいいわ」
涙が止まった。
その瞬間、彼女の身体にどこからか膨大な魔力が流れ込んだ。
「誰かがいってたわね。魔法はイメージだって。それなら……空間魔法、アイテムボックス!」
カティアが伸ばした手の先の空間が歪み、そして開いた。
「あ、ほんとにできちゃった……」
カティアは開いた異空間にぽいぽいと部屋の物を放り込んでみた。
そして、取り出してみた。
「……ちゃんと使えた……」
そうつぶやいて、カティアは思い出した。
「あれ? でも……この世界に魔法なんて、あったっけ……?」
そのつぶやきをきっかけとして、カティアが思い出した前世の記憶とカティアとして今までこの世界で生きてきた記憶が急速にシンクロして重なっていく。
「……あ、うん。ここ、魔法とかない世界だったわ。わたし、やらかしたかも?」
こうして、カティアはこの世界でただひとり、魔法が使える人間となったのだった。
そして、キンバリー公爵家の屋敷の中にある売れそうな物を片っ端からアイテムボックスに放り込んで、誰にも告げずに公爵家を去った。カティアを裏切った父に対して遠慮する気はなかった。
キンバリー公爵家を出たカティアが目指したのは、王都からはるか北西に位置する湖畔の町アルファロメイトだった。
王都からもっとも遠い領地として知られていて王家の影響力が薄く、自然に恵まれたこの町は身分……というか、カティアの正体を隠して生活するには最適だった。
カティアはアルファロメイトの町から少しだけ離れた、湖を見下ろす丘の上の森の中に家を建てた。
とりあえず魔法で。
「魔法、便利すぎる……」
ひのきっぽい木造の湯舟で温泉に入りながら、カティアはそうつぶやいた。
魔法。それはもはや神に等しいとでもいえる力だった。
家も、湯舟も、温泉を掘るのも……全て魔法で解決した。ありえない。
そのへんの木に軽く手を触れて「マンゴーよ、育て」と念じれば完熟マンゴーがポコポコとその木に生る。マンゴーとは関係ない木なのに。
そのへんの石を拾って「魔力がこもった魔石になあれ」とふざけてみれば、石は輝いて魔力をもつようになった。本当にそのへんに落ちてるだけの石なのに。
チートすぎる。
チートすぎた。
まさに、もう全部あいつひとりでいいんじゃない? である。
「私の人生が楽勝すぎてヤバい件……」
あまりにも魔法が便利すぎて、カティアは自分が堕落してしまうことを確信した。
「少なくとも、人として何か、働かないとダメだ……」
婚約者交代の時のショックが大きかったのか、カティアの人格はどちらかといえば前世よりになっていた。
カティアは、まず「魔石」を普及させて自分だけでなくいろいろな人の生活が便利になるようにしようと考えた。
そうすれば人々は「魔石」に依存するので、そのへんの石を「魔石」にすることができるカティアにとっては簡単にお金が稼げるようになる。
なんとも迂遠な道を選んだものである。
ただし、カティア本人はまじめにそう考えていて、それがものすごく遠回りだとは気づいていなかった。ポンコツである。
カティアは湖の向こうに見える小山へと転移魔法で移動する。
なぜかカティアの転移魔法のこだわりはその場でジャンプすることだった。そして転移先に着地するのだ。
それでいいのだ。魔法はイメージだから。
カティアは両腕を伸ばして手を広げると「小山よ~魔石がとれる鉱山にな~れ~」と魔法をかけた。
「……ちょっと疲れたかも」
ちょっと疲れただけで小山が魔石鉱山になった。
カティアの魔力は尋常ではない量だった。
それからカティアの人類魔石依存計画が本格的にスタートした。
まずカティアはコンロを作った。
自分が料理をするのにあったら便利だからだ。
そのへんの石とか土を集めて「鉄になれ~」と魔法をかければ鉄になるのがカティアの魔法だ。要するになんでもできる。
「……魔石に属性があった方がいい? それとも魔石に属性をつけられるようにする? どっちが……ああ、仕事が増えた方がいいかも」
カティアは魔石はあくまでも電池的な役割で、属性をあとづけできるものにすることにした。
「よし、これでいいや」
魔石に漢字で「火」と書き込んだら火属性になる。
カティアがそう決めた。カティアが決めればそれが世界の法則になっていく。チートすぎる。
もちろん「水」と書けば水属性で、「風」と書けば風属性だ。
基本的な漢字を覚えたら属性をあとづけできる。
あとはその漢字を秘伝にすれば魔石に属性をつける専門職が誕生するのだ。
「いくつか魔道具を作って、わたしの家の生活をよくしたら……ちょっとずつ近くの町に魔道具を広げよう」
カティアの人類魔石依存計画はどこまでも迂遠だった。
カティアはまずコンロを配った。
売るのではなく、配ったのだ。
串焼きの屋台のおじさんや宿屋のおかみさんなんかに便利な道具だよといって。
「わたしは魔石で稼ぐんだから、道具はあげても問題ないし、わたし以外の誰かが作れるようになってもらわないと……」
便利な魔道具はすぐに評判になった。
ほしいという人が増えたけど、カティアはそういう人には別の魔道具をプレゼントした。
コンロにはじまり、魔法ランプ、冷蔵庫、洗濯機、扇風機、お風呂用湯沸かし器、ドライヤーなどなど、いろいろな物を配った。
そして、こういった。
「真似して作ればいいんじゃない? 湖の向こうの小山で魔石は採れるし」
その結果、アルファロメイトの町の人たちは魔道具を作り、普及させて魔石に依存しはじめた。
それは隣町に、やがては領都にと少しずつ、少しずつ普及していった。
カティアの狙い通りだった。
「計画通り……ここは王都から遠いし、王都がこの恩恵を受けるのは後回しよ。ざまあみろ……」
カティアはにやりと笑った。
カティアのアルファロメイトでの生活は、表向きは穏やかだった。
偽名すら使わずカティアのままですごしていたのだ。正体を隠す気はあるのだろうか?
それなのに平和すぎるくらいだった。本当に王都から遠いのだ。
日中は湖畔を散策し、魔石を拾ったふりをしつつただの石を拾い集めた。
夜は余った時間で石を魔石に変えておく。
町の人々にカティアは「魔道具を広めた賢い女性」として受け入れられていた。「湖の女賢者」なんて呼び方もあった。
魔石への属性のつけ方や魔道具の作り方を惜しむことなく教えたことがよかったのかもしれない。
そして、カティアの配った魔道具が領都の有力な商人の目に留まった。
「こんな便利な道具があるなんて!」
有力な商人は領主に魔道具を献上した。
そのあたりがさらっとできるからこそ有力な商人なのかもしれない。
「わが領にこのようなものが広まっていたとは……これはわが領の産業として……使えるな……」
人間は利便性を求める生き物だ。
魔道具の力に抗うことは難しい。
領主であるコランディール・サイフォン公爵は魔道具作りを領主の主導で領の中心産業にしようと考えた。
そして、コランディールはアルファロメイトの町へとやってきたのだ。
基本的にカティアは湖畔にいるが、それでもたまにアルファロメイトの町にはやってくる。そして、町では人気者だ。美人なので目立つし。
最初にコンロの魔道具をカティアが持ち込んだことを知らない者はいない。
当然だが、カティアとコランディールは顔を合わせた。
「……あなたはキンバリー公爵令嬢ではありませんか!?」
驚いたのはコランディールの方だった。
(なんでこんなところに王太子の婚約者だった人がいるんだ!?)
カティアも少しは驚いたが、大した問題ではなかった。
いざとなったら魔法で逃げればよいのだ。人間、心の余裕が大切である。
意外と熱っぽいコランディールの視線に気づいたカティアは(スローライフも終わりかな、これで)なんてのんきに思っていた。
カティアはコランディールの質問には必要に応じて嘘を混ぜながらもまじめに答えた。
「……キンバリー公爵がそのような判断をするなんて……あなたは何も悪くないというのに王都の連中はどうなっているんだ……」
カティアが王太子に捨てられた経緯はよく知られていたが、その後のカティアは修道院に入ったことになっていたのだ。
それはキンバリー公爵の大きな嘘だった。
コランディールはカティアの才能を認めて、カティアに対等な協力者としての地位を提示する。
「王都はクレタバ新国王とケイト王妃の愚かな統治により、混乱している。王家は君を捨てたが、私は君の才覚を必要としている。君に、我がサイフォン公爵家の相談役の地位を与えたい」
カティアが驚いたのはコランディールの提案よりも、クレタバが国王になっていたことだった。
それこそいつの間に、という感じである。
「相談役はかまいませんけれど、わたしは今の家を出るつもりはありませんよ?」
「それはかまわないが、護衛をあなたのそばに置かせてほしい」
カティアの自由をできるだけ尊重しようとするコランディールの姿勢に、カティアの心はキュンとなった。
あの王太子……いや、今は国王か。あの男とは全然ちがうのがコランディールだった。
コランディールは貧しい北の田舎公爵と王都周辺では見下されていた。
だからいつか王都の連中を見返してやるのだとずっと思っていたのだ。
カティアが領地にいたことでコランディールにそのチャンスがやってきた。
カティアは相談役として公爵領の産業を飛躍的に発展させた。
コランディールには内緒で魔石鉱山を5つくらいこっそり増やしたりもしていた。もちろん領地内に、だ。カティアの魔法が最強すぎた。
しかし、カティアは名声を求めず、コランディール公爵の右腕だというのに名前を出さないようにしてほしいと願った。
その謙虚な姿にコランディールは堕ちた。完堕ちであった。
一方、クレタバとケイトは王と王妃になったものの、特に目立つ功績がない状態だった。
そこに貧しい北の田舎公爵の噂が届く。
「あの田舎公爵が最近調子に乗っているようだ」
「田舎なのにどうしてかしら?」
「便利な道具を次々に生み出してもうけているとか」
「それならその職人を召し上げたらいいんじゃない?」
「なるほど、そうしよう」
クレタバとケイトは、それがカティアとコランディールの狙い通りだと気づかないまま、にやにやと悪そうに口の端をあげた。
王都に呼び出されたコランディールははるばる王都へ旅をしてクレタバとの謁見に臨んだ。
「サイフォン公爵よ。公爵領の優秀な職人を王都へ寄こすのだ」
「わが公爵領よりも高い給金を王家が出すならば、自然と職人は王都に移りましょう。王都はサイフォン公爵領よりもはるかに魅力的なのですから」
「もちろんだ。そなたの領地のような田舎ではないのだからな」
それはクレタバが思い描いていた話の流れではなかったが、王都がサイフォン公爵領に劣るとは思っていないのでクレタバはそう答えるしかなかった。
コランディールにうまくかわされたクレタバは宰相に命じて職人の引き抜きをかけた。
しかし、なかなか職人を引き抜くことができない。
「どうなっているのだ!?」
「サイフォン公爵領の給金が高いのですよ」
「なんだと!? そんなバカな!?」
「見習い程度の若手なら、なんとか引き抜けるかもしれませんが人数も想定より少なくなります」
「なぜだ!」
「給金を高くするために予算を集中させるからどうしても人数は少なくなります」
「くっ、仕方がない。とにかく王都で魔道具を作らせることが優先だ!」
こうして、若い職人が3人ほど王都へと引き抜かれた。
だが、職人としての経験や技術の差は歴然としており、作れない魔道具もいくつか存在していた。
また、貴族が好む精巧な細工入りの魔道具はサイフォン公爵領でなければ作れなかったので、サイフォン公爵領の優位は変わらなかった。
それに魔石の鉱山はサイフォン公爵領にだけ存在している。
3人の若い職人たちは寝る間も惜しんで魔道具を作り、王都で魔道具を普及させたのだが、その結果として王家はずっとサイフォン公爵領から魔石を購入しなければならなくなったのだ。
カティアとコランディールは見つめ合って悪い笑みを浮かべていた。
「王命で魔石鉱山をひとつ寄こせと手紙が届いたよ」
「あら、それはとても横暴なやり方でございますこと。きっと神さまはみておられますよ」
コランディールが悔しそうにいえば、カティアはにこりと笑顔で答える。
カティアは王家に渡した鉱山から魔石を消すつもりなので関係ないと思っていた。魔法でちょいとやればすぐなのだ。
「王命とはいえ、何か代償を求めてはいかがですか?」
「ふむ。何がいいだろうか?」
「陛下は王命などというくだらないものを平気で出すような方ですけれど、それでも血筋は立派なものです。ですから、こちらもその権威をわけて頂いてはどうでしょう?」
「というと?」
「大公位を願えばよろしいのでは? あの陛下なら金がかからんならそれでいいとでもいいそうですし」
「はは、そうだろうな」
コランディールは笑って、大公位を代償として望んだ。
カティアの予想通り、クレタバはあっさりとコランディールに大公位を与えた。
公爵よりも上となるその権威は、サイフォン領の発展を裏付けとしてゆるぎないものになっていく。
数年後。
クレタバが何をやっても王家は財を失うばかり。
貴族たちからは白い目を向けられている。
コランディールは大公領から出ずに領地の発展だけを優先した。
そうして大公家が豊かになればなるほど、いくつもの貴族家が王家よりも大公家を頼るようになっていった。
王都の富が大公領に流れているからだ。
王都だけでなく、魔道具が普及した貴族領の全てから、である。
コランディールは貴族領へはその利益をある程度還元していたが、王都には少しも還元しなかったのだ。
敵と味方をはっきりさせているのだから、気づく者はすぐに気づき、大公家に近づいた。
命令だけして何も与えてくれない王家など、あってもなくても同じか……ない方がいいくらいだろう。
それをみてカティアはにんまりと笑った。
「エネルギー資源を握れば強いわよね」
ある時、王家が大きな舞踏会を開いた。
貴族たちの結束を呼びかけ、王家の威信を高めるためだ。
コランディールは全く同じ日に大公領でも大きな舞踏会を開催した。
大公家の舞踏会には貴族家の当主とその夫人が多く集まり、王家の舞踏会には貴族家の分家や次男、三男か、よくても跡継ぎの嫡男くらいしか参加しなかった。
カティアは別に復讐しようなんて思ってなかったが、結果としてカティアを失った王家と王都は衰退したのだった。




